9 ~鹿の恐少女~


 五月十八日。

 授業を終えて校門を出ると、そこには雰囲気だけがかよった双子ふたご姉妹しまいが立っていた。

 昨日に引き続き、二日連続だ。

 最初に会った時点で先輩せんぱい達が生徒手帳を見せていたのだから当然だが、この悪戯イタズラきの双子には学校の所在を知られている。まあ、そもそも制服で近所の中学だということはすぐにれているのだが。


「……今日も、三人で調べるのかしら」

「そらまぁ」

「ウチら調べ事ヘタっぴやし」


 目の前のあお色とみず色のランドセル少女達は、お互いの言葉をつなげて返答する。

 そう。私ととしが一つ下のこの姉妹は、捜査というものが苦手らしく、幼馴染おさななじみの男の子の変調へんちょうを調べる、ということがらを一ヶ月近く行ってきて、成果がほとんど出ていないらしい。

 その成果も、私達中学生という協力者をたことが最大のものな程だ。

 活動がお休みとなった一昨日をはさんで調査をした昨日は、あまり進捗しんぽがない状態で解散となった。そして続いての今日なのだが、少し私にも事情がある。


「調査に付き合うのはかまわないけれど、今日は最後まではられないわよ」

「「あいき?」」

「違う」


 双子の軽口を即座そくざにいなし、進み出そうとしたその足を止める。


「今日は大事な用事があるのよ」

「「ちか」」

「だから違う! というかそんなのどこから覚えてくるのよ……」

「ミキちゃんかてってるやん」

「いっこしかちがわへんのに」

「…………」


 その返しにかんしては、私はぐうの音も出ない。

 中学生と小学生と言っても、彼女かのじょ達は最高学年の六年生で、私は二ヶ月ほど前まで彼女達と同じようにランドセルをっていた身だ。授業で習う範囲はんい以外の知識量の、私と双子たちとの多寡たかはかれない。


「確かに、その手の知識において、私が知っていてあなた達が知らないという道理どうりはあまり成立しないわね」

「じゃあ」

「やっぱり」

恋愛れんあい慕情ぼじょうは関係ない。その灯成ともな先輩のようなからみ方はなんなの……」


 顔を見合わせさらわるりしてこようとする双子にきっぱりと言い放つ。

 最後の私のひとごとには大山おおやま姉妹は反応せず、先へ進む二人に付いていくように私はイワオくんの調査へと向かっていった。


 調査、と言っても、あまり大したことはしていなかったりする。

 先日せんじつ発覚したあきらとの買い物のやり取り。イワオくんのマンションを見張り、少し待ってあきらがやってくるかを待ってイワオくんの様子をうかがう。ただそれだけだ。

 近隣住民とうに聞き込みをするなどの、他にも思い付くことはあるが、探偵たんてい魔法少女が話しかけてきた日から双子はずっとり込みをしているらしく、とりあえずは何か収穫が出るまではそれに付き合うことにした。

 昨日はあきらは現れたけれど結局はそれだけで、連続してり用なことがあるのか分からない以上、徒労とろうに終わる可能性は低くない。

 今日も、張り込みを初めてかれこれ一時間弱だ。

 今日は五時限授業だったからこの時間を付き合っていられたが、流石さすがにそろそろ行かなければならない。今日は水曜日すいようびだ。

 通学鞄の外ポケットに収めている携帯けいたい端末たんまつを取り出し、時間を見る。


「ごめんなさい。私は今日はここまでだわ」

「「延長料金は?」」

「レンタル彼女かのじょか。どうして二人同時どうじにそんな発想になるのよ……。用事ようじがあるって言ったでしょう」

「ミキちゃんかてなんのことかすぐ分かってたやんな」

「なー」

「…………」


 口の減らない双子に言い返したいのを押さえ込み、私は三人で隠れひそんでいた向かいのアパートのえ込みのかげから立ち上がり出る。

 明日ならば時間は作れることを伝え、帰るのがあまり遅くならないように双子へくぎしてから、私はその場を後にした。



 そして。


「あ! ちゃっんだー!」


 一昨日に買いのがしたお肉を求めて、目当てのスーパーの他にも美容院やパーティーホビーショップ、老舗しにせの食品販売店が立ち並ぶかみ板橋いたばしみなみ商店街を歩いていたところに、今日この場所にるはずのない人物の黄色きいろい声に私の鼓膜こまくが危機を察知させる。

 その予感に振り返るも声のぬしは見当たらず、雑踏ざっとうと呼ぶにはまだ少ないまばらな人通りの商店街の真ん中に立ち止まる。

 そんな私の背中に、


ちゃーん!」

「――!?!」


 私の警戒をものともせずまったく気配を感じさせないでおそい掛かる、言動にたがわぬ騒がしいほうの先輩。


「あー。久しぶりの深輝みきちゃんだー。元気にしてたー?」

「たった今不快ふかいになりつつありますが体調の方はおおむね変わりありません。灯成ともな先輩こそ、こんな所でなにセクハラしてるんですか。三年生は、今日は修学旅行のえ休日のはずでは?」


 背中に張り付くショートヘアーの先輩の顔面をメリメリ、と押し返しながら、ほど近いと言っても、埼玉さいたま県に在住のはずの先輩が東京のかみ板橋いたばしに出現した所以ゆえんい掛ける。


「むぐごぁ……き、今日きょふは、お買い物に……。修学旅行でおうちけたから、冷蔵庫の中をらしてたぶん補充ほじゅうしようと思って……」

「それなら、家の近くのお店でそろえられれば良いじゃないですか。わざわざ電車に乗ってまでこちらですることはないでしょう。荷物も増えますし」

「んー。そうなんだけど、定期券で無料タダで来れるから。それにお肉は、今日はここのスーパーの方がやすく買えるんだよねー」

「確かにそれはそうで――」

「うん? どうしたの、深輝みきちゃん?」


 しくも同じ目的な灯成ともな先輩の言葉につられてあやうく同意しかけ、口をつぐむ。

 途中で言葉を途切れさせた私をおもんばかってか、灯成ともな先輩が声を掛けてくるが耳を左から右へ通り抜けていく。

 大丈夫だ。あそこ以外にも、スーパーは近くにある。まだ同じ場所だと決まったワケではない。


「い、いえ。ちなみに、どういったところなんですか?」

「えー? 駅前のスタイリッシュアオンってとこだよ。深輝みきちゃん知らない?」


 同じだぁぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 ……いや落ち着け。

 こんなことがあるのだろうか。

 よもや灯成ともな先輩と同じスーパーに同じ物を求めて居合いあわせてしまうとは。

 正直、この人には同じ店を行きつけにしていることをあまり知られたくない。

 だが、今日をのがせばお肉は来週までお預けになるだろう。私はそこまで好みとしているわけではないから、一週間いっしゅうかん肉料理を食べられないことにさして問題はない。

 いやしかし、育ち盛りのあきらには、出来ることなら安物でもお肉を食べさせてあげたい。それに私自身も、献立こんだてのバリエーションが増えること自体はありがたい。

 どうしたものか。

 ジレンマにさいなまれるが、頭の片隅でははらは代えられないことをさとっている自分が居る。

 そしてせまるタイムセールの時間を背後に既に出ている結論にあらがい悩んでいるその時、商店街の東、かみ板橋いたばし駅の方から女性の悲鳴が耳に届き響く。


「「!?」」


 灯成ともな先輩と二人そちらへ振り返ると、灯成先輩が現れたときよりも幾人いくにんか増えた人の往来をき分けて、何事なにごとかと思う間もなく野球やきゅうぼう目深まぶかかぶった中背の男が何かを抱えてあわただしく私達のそばを走り抜けていく。

 そのすぐ後に、先程さきほどの悲鳴の女性らしき「ひったくりよー!」という叫び声が商店街の奥から続き聞こえてくる。間違いない。今しがた走り去った男は、ひったくり犯だ。

 様々な防犯・取締とりしまり機構が整えられたこのご時世に、また珍しい下手人げしゅにんが居たものだ、とあきれ半分興味きょうみ半分で商店街の角に消えていったひったくり犯の男のすえを見すえる。

 そこで、隣に立つ一人の女子が動いた。


深輝みきちゃんゴメン。ちょっとあたしのカバン持っててもらえるかな」

「え?」


 左肩にけていたトートバッグを私に預け、赤茶あかちゃショートヘアーの先輩は、男の走り去った方へ歩き出す。


「ま、待ってください! まさか魔法少女まほうしょうじょになって行くつもりですか?」

「うん。誰かの笑顔をうばうなんてこと、あたしがさせない」


 まよいなく突き進む灯成ともな先輩の腕を無意識に引き止めたところで、恐らくこの人が忘れていそうなことを想起する。


「ち、ちょっと。まさかこのまま変身してかれるつもりではないでしょうね。以前、魔法少女としての認識をどうこうする魔法が自身は使えないと言ってませんでしたか!?」

「あっ」


 私すらも引きずり進もうとするその足が止まった。


「やっぱり考えてなかったんかい!!」

「ど、どうしよう……」

「私に聞かれましても――」


 私がそこまで言いかけたところで、こちらを振り返った彼女の視線がさらに私の後ろの方へとうつされた。




「ちょーっと待ったぁー!!」


 商店街の奥へと逃げていったひったくり犯を追うと、かみ板橋いたばし駅西側に伸びるメイン通りから枝分かれするような形の角を曲がったすぐそこにその男はた。

 どうやら、被害者らしき女性の声を聞きつけた、メイン通りよりも少し多い通行人や商店街の利用客に行く手をさえぎられ、逃走をはばまれたようだ。

 しかし、状況は最悪に近しい形で停滞ていたいしていた。


「く、来るな! このガキがどうなってもいいのか!!」

「――!?!」


 二十数人ほどの通行人たちの人垣ひとがきに囲まれるように商店街の真ん中で往生おうじょうしている野球帽のひったくり犯の男。その男が手中に収めるのは、窃盗物であろうブランド物のハンドバッグの他に、私達とは違う学校の制服を着た少女。人質ひとじちだ。

 男のハンドバッグを掛けている方の手には、十徳じっとくナイフ。大勢に囲まれた状況では少々心許こころもとないが、人質がれば威嚇いかくや脅迫には十分過ぎるくらいにことりるだろう。

 だが、とうの人質の少女は、最近の暑さのためか長袖のシャツを肘上までたくし上げた右腕を掴まれながらも、危機感のの字も感じられないつまらなさそうな表情でこちらを、正確には魔法少女に変身した灯成ともな先輩をその目でとらえている。


「あー、えっと……あんた魔法少女まほうしょうじょ、でいいのか?」


 高校生くらいだろうか。身長170センチはありそうな男に対して二回りほど背の低い人質の少女は、若干の戸惑とまどいが混ざった気怠けだるそうな態度で先輩へい掛けてくる。


「え? う、うん」

「なら、警察サツが来るまでは大人しくしてやるつもりだったけど、魔法少女あんたが来たんならもういいだろ。あたしは帰る」

「はぁ!?」


 短く答える魔法少女に、簡潔かんけつに言いきった人質の少女はひったくり犯の男が声を上げた次の瞬間、動いた。


「てめぇクソガキ何を――ッ!?」


 すきとも言えないわずかな合間を突いて、人質ひとじちの少女は自身に突き付けられる十徳ナイフを持つ男の手をつかまれていない方の左手で押さえ、身体をひねるのと同時にその掴まれている右腕を扇状的せんじょうてきに回し束縛そくばくを逃れる。そしてその一連の動きの流れで、十徳ナイフを持つ手を伸ばさせ回避と受け流しの出来ないゼロ距離きょりに持ち込み、解放されたみぎひじを男の左胸に打ちえた。

 腕をばされた反動と少女自身の回転の勢いを上乗せされた肘鉄ひじてつしたたかに受けたひったくり犯の男は、すんでのところで落としかけた十徳ナイフを取り持ち、威嚇いかくにもならない程度にそれをひとりして、倒れるのを持ちこらえる。だが、人質に取っていた少女の捕縛ほばくえ無くかれた。

 たいする人質だった少女は、足元に落とされていた彼女自身のものらしい灰桜はいざくら色の通学かばんを拾い上げると、そのまま肩に掛け「じゃ」、とだけ言い残し何事なにごともなかったかのようにひょう々と人垣を抜け、脇道わきみちへと歩き去ってしまった。


「え、えぇ~~……。うっそぉ」


 そんな先輩の感想と同じような表情をこの場にた全員が顔に浮かべ、いたたまれない空気が僅かあたりを包み込んだ。

 ひったくり犯の男が、胸の痛みからか一息、「けほっ」と、せきをしたのを皮切りに先輩は改めてコトを動かせる。


「えっと、気を取り直して。あたし国家こっか魔法少女まほうしょうじょフレア!」


 ひったくり犯の男や周りの通行人達も、この如何いかんともしがたい空気を払拭するためか、何も言わずにその流れに乗ったのが当事者の身として感じ取れた。

 一歩踏み出して声をるその少女に、ひったくり犯の男を始めとして全ての視線が集まる。


「そ、そんな……」


 ひったくり犯の男の目の前に、燃え上がるようなの色をした衣装を身にまとの少女が立ちはだかる。


「そんな《鹿面しかづら》の魔法少女てたまるか!」


 人質を取っていた半狂乱きょうらん状態のときには疑問に感じなかったのか、可憐かれんな魔法少女の衣装の上に鹿しかの被り物を頭にすっぽりとかぶ灯成ともな先輩もとい、魔法少女フレアへ、ひったくり犯の男は十徳を差し向ける。


「し、仕方しかた無いでしょ。顔がバレるわけにはいかないんだから!」

「知るか! それにしてももっとマシなモンがあっただろ!」

「それはまぁ、あたしも思ったけど……。オホン、そんなことよりもカンネンしなさい! 皆の笑顔をくもらせるあなたの悪事あくじ、見逃しはしないよ」

「くっ……」


 がまえる男に、対峙たいじする魔法少女フレア。


「…………」

「…………?」


 一秒一秒と、沈黙が流れる。


「…………えっと、どうしよう」

一体いったい何しに来たんだお前は!」

「いやだって、あたし今までディザイアーとかしか戦ったことないんだもん、何やってもあなたを死なせちゃうかもしれないんだよ!」

えーよ。物騒ぶっそうだなおい! お前それでも国家魔法少女か!」

「しょーがないじゃん! こんなこと初めてなんだから!」


 十徳じっとくピンセットでがまえ、あか色の杖を構え、お互いに立ちすくむ野球帽の男と色の少女。

 立場が逆転した被害者と加害者になってしまう危険性に、両者は動けずにいる。このまま停滞し続けられれば、ひったくりの被害女性か誰かが通報しているであろう警察がけ付けるまで、被害がひろがらずに済むかもしれない。しかし、この膠着こうちゃく状態には一つだけ、穴がある。

 そして、それに私が気付いたのと同時に、おそらく、ひったくり犯の男も、その思考に行き着く。

 ひったくり犯の男は十徳ナイフの先が人質少女との一悶着ひともんちゃくでピンセットに変わっているのにも気付き、手早く再びナイフのを出し直すと、じり、じり、と足を引いて魔法少女フレアから距離を取り、自身を囲む通行人達の人垣ひとがきへ近付いていく。その目深まぶかに被ったその野球帽の下に、小さく口元をゆがめて。

 それに合わせて間合いをめる魔法少女フレアは、少ししてようやく男の真意に気が付いたのか、両手ににぎる杖の先を僅かに揺らす。その後ろ姿、杖の先よりは微細びさいだが、肩を強張こわばらせるのが見て取れた。

 そう。ひったくり犯の男の背後には、彼を包囲しているはずの勇敢ゆうかんな一般市民達。ところが、正面に魔法少女が相対あいたいしているこの状況下じょうきょうかでは、見方みかたが少し特殊になる。一歩間違まちがえれば軽く人を殺せてしまう、怪物と戦う軍事力を持った少女。威嚇だけに留まるならば軍隊と対面しているのと同じだが、背後にちから無き一般市民が居るとなると彼らは離れていながらにして、ひったくり犯の男の人質となってしまう。

 もちろん、男を取り囲む彼らも、包囲ほういもうに穴を作れば男を逃がし、取り抑えにかかれば誰かしらが凶器の餌食えじきになる。

 先程から一転したように見えて、そのじつ、より複雑な人質関係をして悪化した事態は、しかし、一人の人物によってすぐに打ちやぶられることとなった。


「なに……? この人だかり。ロクに買い物もできないじゃない。よいしょ、ちょっと失礼――って」


 ひったくり犯の男の後ろと左右を囲む人垣ひとがきき分けて現れたのは、以前ウチの中学校内で見かけた、金髪セーラー服の女子高生。


「し、鹿しかぁ!? ――いや、その色のファイティングドレス 衣装 ……もしかして、ト――フレア……? そんなあたまで何やってんのアンタ」

「り、リサ先輩!?」


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