4 ~連襲の少女~



 あたしが急いで名古屋なごや市中心部のビル街へ戻ったときには、取り残されていたよう救助者ほぼ全員の非常避難が終わっていた。

 ルナちゃんが単独でディザイアーを引き付けていた――実際には暴走していただけだが――のと、ほかの地方の魔法少女まほうしょうじょ達が続々と集まってきているおかげで、陽動ようどうと救出がはかどったのだろう。

 今回は、初めから日本全国の国家魔法少女に召集命令が出ている。

 ルナちゃんの暴走というアクシデントはあったものの、ゆっくりとだけど事態じたいは好転し動き出した。


「トモナ」


 そんなことを考えていると、あたしの姿をいち早く見つけたリサ先輩が、隣へ飛んできて着地する。


「もう戻ってきて大丈夫なの? 思ってたより結構早かったけど」

「うん。回復の方は早いから問題ないって。だからあたしだけ先に戻ってって」


 リサ先輩が聞いているのは、あたしが連れて行ったルナちゃんのことだろう。彼女自身のことは良くは思っていなくても、やはりリサ先輩は弱っている人のことは放っておけないのだ。

 あたしの返答を聞いたリサ先輩は、一瞬むねで下ろしかけてディザイアーの方へそっぽを向く。


「そ、そう。ならまだ戦力にはなるようね」


 あれ? リサ先輩ってこんなツンデレキャラだっけ。小鞠こまりちゃんが自称していたものとは少し違うが、はたして本来どういったものだったか。

 などと愚考ぐこうを巡らせていると、隣に立った先輩魔法少女の呼び掛けにともなって、周囲の空気がガラリと変わった。


「――っ! トモナ!」


 リサ先輩の張り詰めた呼気こきうながされ、あたしが注意を向けるのと同時に、それは動き出した。


「ぉぉああああぁぁぁぁぁ………!!!」


 一際ひときわ大きなうなり声を上げたかと思うと、その人型ディザイアーはルナちゃんが空けた風穴をすっかり元通りに再生させた腕で、周りのビルを一振りに凪払なぎはらった。

 そしてこの場に居る魔法少女達がその衝撃と崩落ほうらくに構えたところで、とある一点へ向かって影の巨人は一目散いちもくさんに走り出す。


「く………。 一体何を―――ッッ!! まさかあいつ、名古屋城を!?」


 猛然もうぜんと突き進む巨体の先には、名古屋市のシンボルとも言える金鯱城きんこじょうこと名古屋城。立ち並ぶビルの街でも目立つそこへ向けて、ひた走る。


「ああもう! ちょこざいな! あんなもの壊されでもしたら、ただでさえいま現時点で打撃を受けてる名古屋市の観光経済が更にひどいことになるでしょ。お役所人の国家魔法少女わたしらが配慮して対応しないわけにはいかないじゃない!!」


 リサ先輩の悲鳴ひめいを皮切りに、魔法少女達も一斉いっせいに人型ディザイアーの後を追う。

 だが、いち早くディザイアーの動向に反応できた魔法少女達はわずかで、黒い巨人の足を止めるには戦力が足りなかった。

 なんとか出遅れずに駆け出せはしたが、併走へいそうするリサ先輩は突然の出来事に追いすがるのがやっとで強化きょうか詠唱えいしょう手間てま取っている。

 そんな中、辺りの動揺をき消す高笑いが周囲に響き渡った。


「お~っほっほっほっほっほっほっほ!! 今こそわたくしが活躍するとき! け抜けますわよ~~~!!」

『ヒヒヒ――――――イィン!!』


 そう言って馬のいななきと共にあたし達の横を抜き去っていったのは、銀髪ぎんぱつ桃色ももいろ魔法少女だった。


「は………はぁああ!?!? ちょ、なにあいつ―――魔法精霊獣に、乗ってるぅ!?」


 そう。乗っている。馬のような魔法精霊獣のに、またががるのではなく。両の足をそろえて直立不動に、彼女は


「いきますわよ金太郎きんたろう! 全速前進ですわ~~!!」

「違う! それは乗られる方じゃなくて乗る方! しかもウマじゃなくてクマだ!」

一文字ひともじ違いですわ―――――!」


 詠唱途中ということも吹き飛んだリサ先輩のツッコミが聞こえていたのか、前方を驀進ばくしんするヒサキさんはそれに律儀りちぎに答えて背を乗る魔法馬をらせる。

 契約者を背に乗せた、白い毛並みが無駄にえる魔法馬は見るに人型ディザイアーに追い付き、横へ並ぶと、銀髪ぎんぱつ桃色ももいろ魔法少女はどこからか取り出したむちのようなものをかざした。


「さあ金太郎きんたろう、仕掛けますわよ。むらがりなさい! 金太郎きんたろうもどき達!!」


 ヒサキさんが手に持った鞭を空中で高らかに打ち鳴らすと、金太郎きんたろうは『ヒヒッヒィーン!!!』といななきバイクのウィリー走行のように前足を持ち上げて体を激しく揺らして跳ね飛ぶ。すると、金太郎きんたろうが走っていた所に、少しくすんだ色の別の金太郎きんたろうが現れたのだ。

 金太郎きんたろうは更に右へ左へ前へと次々つぎつぎ飛び跳ねていき、あっという間に金太郎きんたろうの分身達、金太郎きんたろうもどきの大群たいぐんをビルというビルの屋上に出現させる。


「パーティの始まりでしてよ! おきなさい、金太郎きんたろうもどき達!!」


 ヒサキさんの号令と共に、オフホワイトの金太郎きんたろうもどき達はからいななきを天にさけび影の巨人へとおそい掛かっていく。

 雪崩なだれのように勢い良く人型ディザイアーの足元をおおい尽くしていく金太郎きんたろうもどき達は、まとわり付いたその黒い走者をふらつかせる。だがしかし、「おぉ!」と周囲から歓声が上がったのもつか、人型ディザイアーはセミメタルアスファルトを容易たやす粉々こなごなにする程に踏み締めた脚を軸に、軽々かるがる金太郎きんたろうもどき達を蹴散けちらす。


「そんな馬鹿なですわッッ!?!? わたくし金太郎きんたろうもどき達が!!!」

「アンタの乗ってる金太郎きんたろうの強さがどんなかは知らないけど、の時点で人型に通用するわけがないでしょう!!」


 本物の金太郎きんたろうの上で衝撃を受けてよろけるヒサキさんに、追随ついづいするリサ先輩はもはや自身を強化することも忘れて彼女へ叫ぶ。


「それもそうですわね」

「納得すんのかい!」

「そう言えば『金太郎』って、大昔の貨物列車の名前だっけ?」

「ズレてるから。はなしズレてるから。トモナ。てかそんな知識どっから仕入れてくんのよ」

「テリヤキ?」

「勝手に他猫ひとの知識を捏造ねつぞうするな小娘こむすめッ! そんな話、一度たりともしたことなどないわ!!」

「ちょっとテリヤキ、胸のとこからかお出さないでっていつも言ってるじゃん!」

「話をすり替えるな。そも、ならばその前に、その仕様もない呼び方をどうにかせいと毎度うておろう!」

「分かったから。そこから話さないで!」

「キサモが――!」


 また長くお説教される前に、焦げ茶色の頭を押し込んで体の中に戻させる。

 そんな話をしているうちに、人型ディザイアーは本町通ほんまちどおりに突き出て目の前の高架道路を横切ろうとしていた。


「って、ちょいちょいちょいちょい! このままじゃあいつ高速道路突き破んじゃないの!?」


 リサ先輩のあせり声に意識を現状に戻した視線、大きな人影を先頭とした色とりどりな一団のひた走るその先には、名古屋なごや高速こうそく都心環状線としんかんじょうせん。言うまでもなく、名古屋市の重要な交通インフラの一つだ。そしてその先、名古屋城の手前を横切るのはリニア鉄道高架線。

 高速環状線に続き現代日本陸路りくろかなめとなったリニア中央新幹線まで破壊されれば、名古屋城まで辿たどり着かずとも、すでに大打撃を受けている名古屋市の交通機関どころか、日本の経済が致命的なダメージを受けることは間違いない。

 下手をすれば破綻はたんしかねないだろう。


「クソ! ふざけんなよにゃあ! これ以上いじょー名古屋ン街わやにすんじゃねえにゃあ!」


 本町通をはさんだ向こう側で、誰かが叫ぶ。

 後ろから追いかけてくる絶叫ぜっきょうかいさず、目障りなクモの巣でも払うかのように、人型ディザイアーは高速環状線へと腕を伸ばす。

 数歩すすめばそれをちりあくたすその黒い腕の先、つち色の流星が高速環状線の防音壁を越えて飛び出してくる。


「遅ぐなっですまね!」


 そんな聞き慣れた声とセリフが、同じく土色の、いや黄土おうど色のくわもって迫りくる巨腕を豪快に打ち上げた。

 声のぬしは、想像する必要もない、黄土色の従者服に身を包んだ一人の少女。


「クォ………ッッ!?」


 腕を弾かれた人型ディザイアーは、上体をけ広げ、崩れかけた体勢のままもう片方の腕を闖入者ちんにゅうしゃへ襲わせる。

 しかし振り上げから返すくわで、黄土色の少女はその恐襲きょうしゅうを受け止め、それすらも見事みごと打ち返した。打ち合った衝撃に後背へ飛ぶ少女はそのまま、名古屋高速都心環状線の防音壁のへりつかまり立つ。

 二度もの拳筋けんすじを防がれたディザイアーは、ここではじめて体をよろめかせ足を止めた。


愛美あみ!」


 ともに組むマギアールズの相棒の名前を黄土おうど色の少女に呼び、リサ先輩は影の巨人を右回りに高速環状線へ走る。


「まだ遅ぐなっでしまって悪いおしょーしだず。リサ」

なに言ってんのグッドタイミングよ!」


 飛び付くリサ先輩を抱き止め、再び謝るもう一人の先輩魔法少女、愛美あみちゃん。

 リサ先輩が抱き付いたところで、愛美あみちゃんがびていた黄土おうど色のあわい光が薄れ消える。


「ん……すまねぇ。今のんで魔力ば切れちまっただ。暫くすばらぐはあんまり激しくすぐ動けねぇ」

「山形と静岡から走ってきて、そのうえ人型の攻撃を二回もふせいでくれたらもう十分よ。後は私らに任せなさい」

「んだら、

「へ」


 リサ先輩が振り返ったそこには、大きく振りかぶった頭上から、怒りのパンチを叩き込まんとするディザイアーの姿が。


「ちょ、待っ、人型ひとがたなら空気ぐらい読んで―――」

「ガァアアアアアア!」

「くれるわけないでしょねーっ」


 叫びながら、リサ先輩は愛美あみちゃんを抱え上げて魔法少女まほうしょうじょ達が多く居るところへ放り投げる。そして剣を抜き大きなさきをディザイアーの拳に向けて、いそぎ強化詠唱をつむぎ出していく。

 周りの魔法少女達も、加勢に回ろうとするがその大半がディザイアーを追いかけるのに出遅れた後発組であるため、高速環状線諸共もろともリサ先輩を打ち砕こうとする一撃は微塵みじんも揺るぎはしない。

 あたしも杖を構え、魔力のかたまりおおおうとするけれど、恐らくは届かない。


「えーっと! 『ゆるつるぎの――』違う! 『風来ふうらい轟剣ごうけんは―――っ間に合わな」

「リサ!」

「リサ先輩!!」


 愛美あみちゃんは叫び、数少ない魔法少女達や金太郎きんたろうもどき達の抵抗により若干じゃっかんぐらつく人型ディザイアーだが、その手拳しゅけんの威力はやわらぐことなく、リサ先輩ごと名古屋高速都心環状線を跡形もなく粉砕する。


 はずだった。


「はぁ!!!」


 ズドッゴンッッッ!!!


 一息の気合が、リサ先輩と高速環状線を殴り砕く寸前でそれを阻止する。

 空から降ってきた白いハイソックスパンプスのかかとが、ギリギリのところで黒い影の腕をり落としたのだ。

 そのこぶしに込めた勢いを地面へいなされ、前のめりになる人型ディザイアー。しかしその巨体が高速環状線をつぶすことはなかった。

 名古屋高速都心環状線の向こう、その場のほとんどどの人達が注目する奥を白色の車体が北東から西へと通り過ぎる。その直後、数多あまたの魔法少女達が北の空から現れ、巨大な人影を押し返そうとしていくではないか。続々ぞくぞくと繰り出される多種多様な魔法や攻撃は、人型ディザイアーをついに背後へ吹き飛ばした。

 倒れ行く巨影を避けるように、金太郎きんたろうもどき達はわらわらとビルの屋上に居る主人の元へ逃げ惑う。そこには愛美あみちゃんを受け止めたヒサキさんが。

 それらを見て、んだ白色のファイティングドレス 衣装 を身にまとい、同じく透き通るような白い肌の野生やせいの魔法少女はあっけらかんとつぶやく。


「生物ではない馬の大群に戦闘メイドって、ここには歩いて行けないとなりの世界の住人でもいるのかしら」

「ルナちゃん! それに柚杏ゆあんちゃん達も!」


 高速環状線の直前の本町通ほんまちどおりに横たわる人型ディザイアーを取り囲むように、あたり一面のビルの屋上に立ち並ぶのは、見知みしった顔ぶれもいくつか見受けられる数十名の魔法少女達。

 リニアで駆けつけてきた、関東の国家魔法少女達だ。その中に、ちゃっかりと檸衣奈れいなさんも居た。その隣にはこちらに小さく手を振るあたしと同い年の魔法少女である柚杏ゆあんちゃんも。

 先ほどチラっと見えたのは、彼女達を乗せたリニアモーターカーだったのだ。

 ルナちゃんは自分の背後に国家魔法少女達が集まるのを忌避きひしたのか、そそくさとあたしの居る小さい商社ビルの屋上へ飛びうつってくる。

 日本の魔法少女のほとんどがそろみ、西から来た魔法少女も、東から来た魔法少女も、そのほぼ全ての少女達が、勝利を確信した。

 その時、

 再三に渡り強襲を受け、自身のく手や感情の行き場をさまたげられ続けた巨大な影の怪物は、とうとうその本性をあらわにする。


 ギリ………。


 と、聞こえるのも不自然な身の毛もよだつ歯ぎしりが、全ての魔法少女達の背筋せすじを凍り付かせた。

 この感覚に、あたしは覚えがあった。

 数日前、一瞬にして目の前が真っ暗になったあの時と同じ―――



「――っああアァァァァアアアあァァァああああああアアアアアアアああぁアアあぁああアァァぁぁああアああァあぁあぁアァアァアァアあああああアああァアアあぁァあアッッッ!!!!!!!!!」



 びりびりと空気がしびれる咆哮ほうこうを放ち、化け物は飛び起きる。その空気の痺れに、魔法少女達は麻痺まひし、動けなかった。

 機能として存在する意味があるのかもわからない、影の怪物の黒い眼が、怒りにチラついたかのように見えた。


「くグくぅウ………ガあァァァああああアアアアアアアア!!」


 化物けものが再び叫び上げると、音速の衝撃波が周囲一帯を襲い、次の瞬間、始めた。

 まるで台風の中に居るかのような突風に包み込まれ、身体が人型の怪物へと吸い寄せられていく。だがそれ以上に、紛れもない違和感が深刻な事実を突き付けてくる。


「――!? ま、魔力まりょくが、まさかそんな!」


 誰かが叫ぶ。

 肉体だけではない。

 身体の内に揺蕩たゆたうエネルギーが、体中からみ出していき、目の前の怪物へ徐々じょじょに吸い込まれていく。


「ま………まさかこいつ、魔力を、私達の魔力を吸い取ってる!?!?」


 高速環状線の防音壁にしがみ付くリサ先輩が叫ぶのが、疾風に紛れて聞こえるのが分かった。

 誰かがこの嵐の中、魔法をはなつ。だが、それは化物けものへ届くことなくき乱され、吸収されていく。軽い瓦礫がれき破片はへん等も吸い上げられる程の吸気こきに、何とか踏み止まる。だが、それが精一杯せいいっぱいだ。

 誰もが、逃げられなかった。

 あたしも魔力が無駄にあるといっても、結局魔力そのものしか出せなければ、いしみずもいいところだ。

 怪物が吸い込んでいく物をよく見ると、吸収される寸前に、粉々に分解されているのがかすかに見えた。あれでは、直接的な攻撃も効き目はうすいだろう。

 このままでは、いずれみんな力尽きてしまうのは誰の目にもあきらかだった。

 ふと、隣に立つルナちゃんを見る。

 ディザイアーの特殊な攻撃、《欲圧よくあつ》には耐性があると以前ルナちゃんは言っていたが、対称的に魔力が極端きょくたんに少ないため、迂闊うかつに手を出せないのだろう。

 そう思った矢先やさき、彼女は意をけっしたように、かがめていた上体を起こす。


「ぅ……ルナ、ちゃん………?!」


 左手に拳を作り、固く握りめる。

 瞬間的に悟った。彼女の、成そうとせんとすることを。


「っ! ダメ、だよルナちゃん! 確かにルナちゃんの力は凄いけど、相性が悪い! 頭の良いほうじゃないあたしでも分かる! あれに当たるまでに、魔力は吸い込まれちゃうだろうし、ルナちゃんも見たでしょ!? 吸い込まれる直前に、手が壊されて―――」

うるさい!!!」


 化け物の慟哭どうこくに負けないほどに、野良のらの少女は声を張り上げる。

 そのには、さっきと同じ狂気きょうきはらんだ感情が浮かび上がっていた。


「あなたに私の何が分かると言うの! 私には、まだ失うものがある。無くなってしまうのが恐いものがある! もう何も失うものが無いお前とは違うんだ!!」

「―――――――っ!!」


 その感情は、

 その感情にも、あたしは覚えがあった。

 かつて、自分がいだいた悲しい感情。

 もう二度と味わいたくない、誰にも味わわせたくない、くるしみだ。


「…………違うよ……」


 気が付けば、あたしは知らずに声に出していた。

 それに気付き、だけど止まらなかった。


「っ何が違うと―――」

あたしは! またこの手からこぼちちゃうのが怖いもの、あるよ」

「―――っ………」

「確かにあたしには、お父さんはいなくて、お母さんが死んじゃって、おばあちゃんもいなくなっちゃって、何もかもなくなったって思ったけど、残ってないと思い込んでたけど出来たんだよ。ううん、気付いたんだ。もう二度と失いたくない、大切な人があたしにはもう居るってことが。あたしの周りには、小鞠こまりちゃんが、深輝みきちゃんがるって―――」


 次々と、言葉があふれれる。


「ルナちゃんが居るって!!」

「――!?」

あたしにはもう、ルナちゃんが居ないことなんて考えられないんだよ。ルナちゃんが何者かなんて関係ない。ルナちゃんがまもりたいモノがあるのは知ってる。それが何かは分かんないけど、それがなくなっちゃうのがどれだけ心が痛いことなのかは分かる! だから、ルナちゃんが守りたいっていうモノは、あたしまもる」

世迷よまごとを――!」

「前にも言ったでしょ。ルナちゃんの大事なものは、一緒いっしょに、まもるって」


 力をゆっくりと吸い取られていく暴風ぼうふうの中、ルナちゃんに近付き、手を取る。固く握られた手を。


「だから、行かせないよ。だってルナちゃん、笑ってないもん。ルナちゃんの笑顔をまもるためなら、ルナちゃんの背負せおってるもの、半分くらいはあたしも背負ってみせる!!」

「……………なら、どうすればいいのよ! あなたにならどうにかできるの?」


 その目にはかなしい水色にゆがんでいた。あたしが言うまでもなくルナちゃん自身も、どうすればいいのか分からないんだ。

 そんな大切な友達に、あたしは笑ってみせる。


「分からない。でも、ルナちゃんは一人じゃないよ。ルナちゃんと一緒なら、あたし、なにかはできそうな気がするんだ」

「………それは根本的な解決に繋がってないでしょう」


 薄くむらさき色をにじませていたルナちゃんは右手で目頭をはじく。そして左手を緩め、強大な脅威へ目を向ける。


「――まったく。あなたはいつもそればかりね。……私を笑わせたいと言うのなら、まずは考えなさいよ。あれをどうするのかを」


 言って、野良の魔法少女は気配を落ち着かせる。

 認める。とまではいかなくとも、彼女なりに、受け入れてくれたのだろうか。

 そんなルナちゃんのためにも、どうすればいいか考えなくちゃ。

 だが、この絶望的な状況で、打開策なんてものはあたしはもちろん、ルナちゃんも思い浮かばなかった。

 その時。

 あたしの頭に爪を立て、怪物の吸気に大気がれる中、しぶく通った声が頭の上から聞こえてきた。




ちからが欲しいか。小娘こむすめ





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る