3 ~面影の少女~



 ズル、ズル、と、大穴おおあなを空けられた黒い右腕から、じゅう数人の乗員乗客を残した観光バスが解放されようとしている。

 だが、楽観視らっかんしはできない。

 全長が周りのビルより抜き出ている人型のディザイアーは、その手にバスをちから無く持ち上げるだけでもゆうに三十メートル以上はあるのがうかがえる。


 まずはこっちを何とかしなきゃ。


 ルナちゃんは変わらずくろい影とはげしい打ち合いをり広げている。

 その様子は、完全にわれを忘れているようだ。

 人型ディザイアーの攻撃に食らいつき、徐々じょじょにヒット&アウェイの形に持ち込んでいるルナちゃんだが、その動きは少しづつ緩慢かんまんになってきている。

 ただでさえ少ない魔力の体にむちを打って無茶をしているんだ。まず間違いなく、わずかすらも余裕はない。

 ルナちゃんがくだき通って行った隣の、ビルの屋上をつたって巨大な人影の元へ急ぐ。

 その時、元々人型ひとがたディザイアーの対処に当たっていたのであろう、ルナちゃんが暴れだして距離を置いていた魔法少女達の一人、ピンク色を基色とした西欧ドレス風のファイティングドレス 衣装 そでを通した魔法少女が、甲高い声で行く先のアミューズメント施設の屋上に立ちはだかった。


「お~ほっほっほっほっほっほっほ。お久しぶりですわねトモナさん。ここで会ったが百年目。どちらが先にあの怪物めに一泡ひとあわ吹かせられるか、勝負ですわよ!!」

「ごめん今ちょっと無理! 急いでるからまたあとでね、ヒサキさん!」

「ごめんねー」


 お団子の下に結ばれた銀髪ぎんぱつのフィッシュテールを過ぎ去る色と山吹やまぶき色の風で左右に棚引たなびかさせ、銀髪ぎんぱつの少女を後にする。


「リサ先輩!?」

「アンタ達をっとけるわけないでしょ」

「ちょっと! 初登場だというのにあつかいがひどざつぎませんこと―――!?」


 後ろから聞こえてくる通りの良い声を背に、ビル群の上を走るあたしに追い並んできたのはリサ先輩だった。

 足を共にする彼女はう。


「で、あのおじょーサマはだれ?」

「えーっと、確か久我コガ妃咲姫ヒサキさん………だったかな。前に岐阜ぎふに出たディザイアーの応援に行った時に、あたしの魔力の多さに目を付けられて………。それから何かとあたしと張り合おうとしてくる子なんだ」


 全面ガラス張りのビルのはしに足を掛け、一息に飛び越える。

 人型ディザイアーはもう目の前で、丁度ちょうどルナちゃんとその巨大な人影がこぶし一合いちごう打ち合ったところだった。


「アンタも色々と大変ねー」


 はっせられた衝撃波から身を守りながら、リサ先輩は他人事たにんごとのようにそう漏らす。事実じじつ他人事なのだが、どうも釈然しゃくぜんとしないのはなんでだろうか。

 そして、その衝撃の余波よはにより、ついにひしゃげた観光バスは巨影の呪縛じゅばくから放り出されてしまう。


「———ッ!」


 一気に魔力をり上げ、杖に込める。

 飛び越えたビルのガラス壁をり、重力に引かれ落ちる観光バスへ手と杖を伸ばす。


「せぇええええええええい!」


 モーターによる重心のせいか、バスの後部が先に下へ傾き、見るに地面と接触しようとする。

 あたしには、魔力でバスを掴むという難しいことなんて出来ない。だから。

 瓦礫がれき陥没かんぼつ隆起りゅうきしたアスファルトへ向けて、魔力のかたまりき出す。弾むゴム玉のイメージ。その魔力で観光バスを受け止める。そしていきく間もなく、やわらかい、マシュマロのようなイメージへ変換する。

 魔力の反発で跳ね返されそうになった大型バスは、包み込むような弾力に導かれ、その落下エネルギーを徐々に打ち消していった。あたしもそれに便乗して、魔力の塊に落ち行くを預ける。

 周りに居た魔法少女達がそれに気付いて、あたしからバスを引き継いでゆっくりと下ろしていく。

 中に閉じ込められていた人達も、全員、無事とは言いがたくも命に問題はなさそうだった。

 それに一安心ひとあんしんし、魔力の塊を解除してすぐに飛び上がる。頭上ではまだむらさき色に叫ぶルナちゃんが文字通り身を削って戦っているのだ。

 多数の衝撃波を放つたびに、くろ色の欠片かけらあか血飛沫ちしぶきき散らされる。双方、量は取るに足らないものだが、魔法少女とディザイアーで大きく違う点が、明暗めいあん顕著けんちょに分けていく。

 黒い化け物は欠けたそばから回復し、紫にくるう少女は微々びびたるダメージをも蓄積ちくせきする。おまけにルナちゃんは他の魔法少女よりも劣ってしまう部分を酷使こくしし続けているのだ。

 限界は、とうに過ぎているはずだ。

 それでもなお、二つのこぶしは振り上げられる。


「『白銀しろがね鋭刃えいじんは山吹の光! 照らすは軌跡きせき! 打ち払え!』白銀しろがね一閃いっせん山吹やまぶきまい!!」


 せまり行く大小の拳のあいだに、黄銀おうぎん疾風しっぷうが割り込んだ。


「く………っっ!!」


 その山吹やまぶき花弁はなびらは黒い影の巨腕と僅かにせめぎ合うと、背中から飛び込んでくる野良の少女を足で器用に受け流し、め込まれたパンチのエネルギーに身のたけ程の大剣と一緒に吹き飛ばされた。


「リサ先輩!!」


 山吹やまぶき色の魔法少女に蹴り渡されたルナちゃんを空中で受け止め、すでに崩落しているビルの瓦礫がれきへ打ち込まれた先輩の名前を叫ぶ。

 しかしリサ先輩は埋まり込んだ瓦礫を蹴飛けとばし、すぐに軽口を返してきた。


「なめんな。私がこんなのをもろに食らうワケないでしょ。まったく、勝手に突っ走るなっていつも言ってるでしょうに」


 その身にかぶさる瓦礫の山を押し退け、山吹色の少女は剣をたずさえて立ち上がる。

 首や肩を回すその姿に、全然ダメージを受けた様子はない。恐らく、受け止めた人型ディザイアーの攻撃を利用して、崩れたビルにっ込んで瓦礫をクッション代わりにいきおいを殺したのだろう。相変わらずの反射神経だ。

 リサ先輩は右手の剣を背中に構えると、あたしに向かって声をる。


「そいつ持って早く離脱りだつしなさい。あれだけ暴れたら普通の魔法少女でも大体はまいるわよ。もう少ししたら、リニア組も到着するでしょうからその辺りにでも戻ってくれれば大丈夫よ」


 それから、リサ先輩はディザイアーに牽制けんせいしながら、他の魔法少女まほうしょうじょ達の救助活動へと走って行った。

 そしてそのタイミングで、あたしの胸の中に飛び込んだ時に気を失っていた群青ぐんじょう色の少女がうめき声を上げる。


「ん……………ぅ。ト、モナ?」

「ルナちゃん! 良かった。今ちょっとここから離れるから」


 言うやルナちゃんをキャッチした際に着地したビルの非常階段のコンクリートさくを飛び出した。


「ま……って。もう―――」


 ぼそぼそとつぶやそら色の少女をかかえ、立ち並ぶビルの隙間すきまを、壁を蹴ってい走る。

 依然いぜん猛威を振るう人型ディザイアーから離れ、魔法少女や自衛隊の人達が張った防衛線ぼうえいせんを抜けて最前警戒区域を出た。JR線を越え、千種せんしゅ公園と書かれたお花畑の素敵な公園に降り立つ。

 午後ごごの陽気が降り注ぐそこは、少し西へ行くだけで死地しちとなる状況とは思えないくらいに、んだ場所だった。

 非常避難命令で一切人気ひとけを感じられない公園の遊歩道のかたわらに腰を下ろして、抱えていた薄白はくびゃくの魔法少女を腕に残したまま降ろす。


「ここまで来ればひとまず安全かな。ルナちゃん、だいじょ――」


 だけど、

 跳んできた後ろの様子をうかがいながら目線を落としたあたしの腕の中で体を預ける少女は、呼んだそのの少女とは別人だった。


………ちゃん??」


 いな


 前に呼んだ魔法まほう少女も、後に呼んだ後輩こうはい少女も、どちらも目の前に居る、見惚みとれる程に綺麗なしろい肌とくろい長髪をまとい、現実げんじつばなれしたむらさき色のひとみすらも魅力に変える将来は美人さんになりそうな可愛らしい顔立ちの、あたしより二回りほど小柄な少女だった。

 ただ一つ違うとすれば、その双眸そうぼうは二つとも同じ色の紫だというところくらいか。

 だが、力無くあたしの腕に横たわる少女は、まぎれもない、お昼前にお見舞みまいに行った後輩の女の子だ。ルナちゃんは、深輝みきちゃんだったということか?

 いや、深輝みきちゃんがルナちゃん? 

 頭がぐるぐると単純たんじゅん難解なんかいな命題にとらわれそうになったところで、その少女はもぞりと体をらし、浅い吐息といきに紛らせてあたしの名前を口から漏らす。


「………トモ……ナ?」

「っっ深輝みきちゃん!」

「———!!」


 反射的に出た方の名前にするどく反応しようとした白い衣装の少女は、しかしわずかに身じろぐことしかできず、弱々よわよわしく自身の身体からだに手を当てるだけに留まった。


「………良かった、認識にんしき阻害そがいの方は、やはり無理だったようだけど、なんとか変身を維持できはしたみたいね」

「……………深輝みきちゃん、なの?」

「違うわ」


 目の前の薄白の少女は、ピシャリと言い放つ。

 はかない声量でも、一瞬、息がまる勢いだった。


「この顔は、体は確かにあの子のものではあるけれど、違う。私はルナ、あなたの言う東京とうきょう深輝みきとは、別人よ」

「そ、そうなんだ……」


 ルナちゃんの言うことは、正直全ては分からなかった。でもルナちゃんの言う通り抱きかかえるこの女の子が、深輝みきちゃんだとは思いきれない。

 事実、ルナちゃんは深輝みきちゃんとうり二つではあるけれど、目の色が少し違う。

 魔法少女として変身すれば、身体的特徴に変化が起きる子は普通に多い。あたしもそうだ。だけど、ルナちゃんのそれは何故なぜかそれだけのようには思えなかった。

 どこか、雰囲気が似ているようで違うのだ。

 あたしにははっきりとそれがどこかとまでは分からない。でも、それでもいいとも感じる。


「……うん。ルナちゃんはルナちゃんだもんね」

「トモ、ナ………———! そうだ、アキラは!」

「えっ!?」


 そこで薄白の魔法少女は、今まで忘れていたことを不意ふいに思い出し、あたしに掴み掛かった。

 あたしは弱った身体を無理に起こそうとするルナちゃんの肩を優しく押さえ、ルナちゃんが飛び出した時の記憶を手繰たぐり寄せる。


「えっと………。人型ディザイアーが襲った、観光かんこうバスの事かな? それなら大丈夫だよ。なかの子供達や運転手さん達も無事だったよ。一緒に乗ってた先生が守ってくれてたみたいで、みんな多少怪我けがはしたみたいだけど大したことはなさそうだった」

「………………そう。………そっか、良かった」


 ルナちゃんはあたしの服を掴んでいた一見華奢きゃしゃそうな白い手を離し、安堵あんどの息を漏らして自身の胸にそれを置いた。

 ルナちゃんにとって、「アキラ」という子がどういった関係の子なのかは分からないけど、多分、守りたいモノの、一つなんだろう。だから、あんなに取り乱し、そして、こんなにも安心しているのだ。

 出会ってからけっして長いとは言えない時間を一緒に過ぎしてきたが、それでも数々のルナちゃんの顔を見てきたと思う。だけど、うでの中の少女は、今までで一番優しい表情を浮かべていた。

 けれどそれはつかで、すぐにいつもの大人のような落ち着いたものへ戻る。


「……ありがとう。もう、一人で立てるわ」

「え、もう? あんなに激しく戦ってたのに」

「大丈夫よ。感情がたかまっている時は、何故なぜか魔力の消費は常時じょうじの程ではないの。無意識にコントロールが洗練せんれんにされているのかしらね。もうじき認識阻害魔法も再展開さいてんかいできるようになる」


 言いながら、野良のらの少女はよろよろとあたしから離れ、力強く地面を踏みしめて見せる。


「あなたはもう戻りなさい。私は大丈夫だから。あなたが向こうへ着く頃には、私の魔力もおおよそ元に戻っているわ。総量が少ないから、魔力の回復速度には自信があるのよ」

「ルナちゃん………」

「後でかならず、追い付くわ。行きなさい」

「っ! うん!」


 まだかすかに揺れる身体から、有無うむを言わせぬ意思いしを吐き出すルナちゃん。

 そんな彼女に突き動かされるように、あたしもすっくと立ち上がった。

 頭の上から、しぶい声が語り掛ける。


「ふん。小娘こむすめなどよりは余程気丈きじょうむすめだな」

「テリヤキぃ? 流石さすがあたしももう限界なんだけど、頭につめ立てるの止めてくれないかな。すっっごく痛いんだけど………」


 後から聞いた話では、この時テリヤキはキョトンとした顔をしていたらしい。

 何を隠そう、この大柄な魔法猫は、ルナちゃんが蹴り崩したビルから脱出した時から、ずっとあたしの頭に爪を立てて張り付き続けているのだ。器用に箱座はこずわりしているように見えるが、そのじつしっかりとあたしの頭皮を食い込ませている。

 魔力体と言えど、実体に干渉できる以上、痛いものは痛い。


「ああ。忘れておった。いやすまぬ。他意たいはない」


 そう言って、悪びれた様子も掴めぬまま契約魔法精霊獣はあたしの体の中へ潜っていった。

 若干軽くなった頭をおさえるあたしに、ルナちゃんは珍しくおそる恐ると話し掛ける。


「…………私も少しは気になっていたのだけれど、大丈夫かしら?」

「うん。ありがとう。ルナちゃん程じゃないから心配しなくてもいいよ」


 涙目なみだめで答える。

 ルナちゃんも、人型ディザイアーとの殴り合いで、体中からだじゅう傷だらけだった。


「……ふっ」

「……ぷっ」


 を置いて、二人同時どうじき出した。


「ふふ」

「あはは」

「………その様子なら大丈夫そうね」

「うん」


 はじめて、ルナちゃんの顔を見た気がする。

 それだけで、なんだか体中に力が湧き出してくる気がした。

 けれどすぐにまたいつもの顔に戻ってしまう。少し残念だ。

 そんな彼女に、声を掛ける。


「あんまり無理しちゃダメだよ」

「………ええ。まだ脅威きょういは去っていない。私は守るものがある以上、引くという選択肢はないわ。だから、あなたの方こそ私が戻るまで無茶しないように」

「分かってるよもー。じゃ、待ってるね」


 言って、スカートのすそひるがえす。

 ちらっとルナちゃんの顔を盗み見ながら、あたしはお花畑の公園を跳び立った。













 名残惜なごりおしそうな顔だけを残して、国家こっか魔法少女まほうしょうじょは跳び去っていった。


「無茶しないように、か」


 私もほだされたものだ。

 何故なぜか、私もあの子も、あの少女と共にいると感情に歯止はどめがかなくなる。

 さかな型ディザイアーと戦った時も、今も、大切なものを守るために使える手段を利用した、するだけ。それなのに、あの陽気ようきな言動に調子を狂わされる。


「はぁ………虫唾むしずが走るわね――――」


 閑散かんさんとした自然公園に、嫌悪と嘲笑ちょうしょうのため息が静かに響いた。



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