2 ~紫狂の少女~




「ところで、私達はいったいどこへ向かっているのかしら」


 練馬ねりま区の東にある中学校を出て、あたし達は国道254号線は春日かすが通りに沿って南下していた。


「えっと、上野うえの公園こうえんだよ」


 第二種非常避難命令が出されてほとんどど乗り捨てられた車を横目よこめに走りながら答える。池袋いけぶくろえ、文京ぶんきょう区に入って少しした辺りでルナちゃんは疑問を投げけてきた。

 そういえばどこを目指しているのか言ってなかったっけか。と考え口に出す前に、背中から先に質問が返ってくる。


「私達は愛知あいち県の名古屋なごや市に行こうとしていたのだと思うのだけれど、どうしてまた上野うえのへ? リニアに乗るのに新品川しんしながわへ向かうと言うのならまだ分かるのだけれど」


 あたしの背中に負ぶさる形で随行ずいこうするルナちゃんへ顔だけ振り返る。

 懐疑的かいぎてきな色を顔ににじませるルナちゃんは、落ちないようにしっかりとあたしの体の前へ腕を回しながらも、振り向くあたしの顔から距離を置く。


「えーっと、他のみんなは確かにそっちに行くんだけど………」


 説明しようと頭を回すが走りながらだと考えがまとまらず、最終的にあきらめる。


「まぁもうすぐでくし、着いてからのお楽しみってことで………」

「はぁ……。すぐに言葉にできないのならそれでかまわないわ。結局のところあなたを頼ったうえ、こんななさけない姿をさらしている私がとやかく言うつもりもないから」

「それは仕方ないよ!」


 街路樹や看板などにぶつからないよう前を向きながら、後ろに言葉を投げ掛ける。


「だってルナちゃんは変身してからすぐにあたしの所まで来たんでしょ? ルナちゃん魔力すくないんだったら、今向かってるとこまで走るだけで力尽きてあっち行ったときに戦えないじゃない。あたしは体力だけはあるから、ふんぞりかえって背中に乗ってていいんだよ!」

「………………そう」

「わああぁぁあ! ホントにり返っちゃダメぇえ!!」


 重心を後ろにかたむけたルナちゃんに引っ張られ、腰が落ちてあやうくこけそうになる。

 軽く自動車なみみの速さで走っているものだから、体勢を崩して転べばひとたまりもないことになる。からだは魔力で頑丈がんじょうになっているから怪我けがをしてもきず程度にしかならないだろうが、精神的にも心臓にも悪い。かたらずとも想像がつくものだ。

 ルナちゃんの意外なお茶目ちゃめに振り回されながらも、順調に後楽園こうらくえんのコンビニ街を通り過ぎ、上野の恩賜おんし公園に着く。




「ようやく来たかトモナ。もうリサのヤツは先に行ったぞ」

「はぁ、はぁ。ちょっと、いろいろあって。待たせちゃってごめんなさい、檸衣奈れいなさん」


 若干じゃっかん息を切らして辿たどり着いた、上野公園の美術館横の大通り広場に立つレモン色の魔法少女は、あたしの姿を見付けると気だるげにそう言った。

 同じレモン色の二つのこんを器用に地面に突き立て、くつろぐようにもたれ掛かっていた彼女は、ひらひらと手をって身を起こす。


「そんなあせることはねえよ。愛美あみのヤツもまだ来てないからな」

愛美あみちゃんは山形やまがたからここまで走ってだもん、まだ着いてなくて当たり前だよ」

「アミ……それにリサって、この間あなたが言っていた………?」


 あたし檸衣奈れいなさんが口にした名前に、ルナちゃんは耳聡みみざとく反応する。

 地面から双棍そうこんを引き抜いた檸衣奈れいなさんは、あたしの背中から降りて問い掛けるルナちゃんに気付いてあごに手をる。


「ん? 誰だ、お前は………いや、確かこの間のさかなヤロウの時の………?」

「あなたのほうは、先週の威勢いせいは良いこん使いの魔法少女ね。私はあなた達、くにいぬとは違うよ」

「はっはっは、どうやら魔法少女ってのは喧嘩けんかを売るのが得意らしいな」

「あら、そのつもりはなかったのだけれど、あなたの方こそ、いさかいを買って出るのが好きなようね」

「はいはい喧嘩はそこまでだよー、二人とも。っていうか檸衣奈れいなさん、喧嘩はそんなに好きじゃないでしょ」


 珍しく喧嘩けんかごし檸衣奈れいなさんをおさえて、ルナちゃんを少し遠ざける。

 まるで犬と猫のような雰囲気をかもし出す二人をなんとかなだめて場を取り持つ。

 レモン色の魔法少女、檸衣奈れいなさんは普段のぶっきらぼうな言動とは裏腹に、周りの魔法少女達のなかを取り持つなどの大人びた姿を多く見せる姉御あねごはだな人だ。

 そんな人が初対面———先週少しだけ一緒に戦っていたけど―――の魔法少女を相手に挑発的ちょうはつてきな態度を取るのは少し変だ。いったいどうしたのだろうか。


「あの、レイ―――」

「ふっ。あっはっはっは。フリーの魔法少女が久々ひさびさ現れた出たって聞いてたが、なかなかほねのありそうなヤツじゃねえか。そんだけきもが座ってりゃあ、問題えな」

「はい……?」

「え………?」


 けたけたと笑うレモン色の魔法少女は、二振りのこんを器用に回してまた地面に突き刺した。クロスさせたこんおおかぶさり、嬉しそうにあたし達を、ルナちゃんを見定める。


「いやなに。古い魔法少女達の中には、フリー……野良ノラの魔法少女に対して過敏かびんに反応するヤツが多いからな。まぁ魔法少女にも色々と事情や心持こころもちがあるんだけど、あんたなら大丈夫そうだよ」

「……………」

「え? え………?」


 何がなんだか分からず、オロオロとするしかなかった。

 檸衣奈れいなさん曰く、過去にフリーの魔法少女と国家魔法少女とでいざこざがあったらしく、フリーの魔法少女に対して神経質になる人達が少なからず居るんだとか。

 そしてルナちゃんの事は、東京 暗転 ブラックアウト事変と市川いちかわ市の近藤さんのけんで少しだけ知れ渡っているのだという。


「あんたの事は近藤のヤツから聞いてるよ。野良ノラ、でいいんだっけか」

「………ええ」

「アタシはレイナだ。アタシはあんたの事、信用してるよ。また会いたかった。魚ヤロウの時も世話せわになったしな。まさかトモナと一緒にここへ来るとは思ってなかったけど」

「ここへ………」


 どこか落ち着かない様子だったルナちゃんは、そこで思い出したように切り出した。


「そういえば、先程さきほどリサやアミという魔法少女の事を口にしていたけれど、トモナがここへ来たのは一昨日おとといの、限定的……マギアールズと関係があるのかしら?」

「なんだ、はなさないでここに連れてきたのか、トモナ」

「あ……う、うん。なんかタイミング掴めなくて………」


 ルナちゃんの質問に、檸衣奈れいなさんはジト目であたしを見つめる。

 それからのがれるようにあたしは目をおよがす。


「はぁ。アタシは準備をするから、あんたはそれまでに軽く説明しときな」


 言って、檸衣奈れいなさんは肩を回してこんをもう一度引き抜く。

 それを見てあたしは慌ててルナちゃんに振り向くと、さっきの数学の授業の時よりも必死に頭を回して情報の伝達でんたつこころみる。


「え、えっと、ルナちゃん。あたしやリサ先輩達三人は、遠くに走って行くってこのあいだ話したけど、今回みたいにちょっとっ遠いトキは―――」

「いくぞ!」

「ごめんルナちゃん黙ってあたしに掴まって――――――!」

「えっ? ちょ――」


 返事を聞かずに、顔を引きらせたような白色の少女をがむしゃらに抱き上げる。

 そのそばには、大太鼓を叩くかのように二振りのこんを振りかざした阿修羅あしゅらごと形相わらいのレモン色の魔法少女が。


「——ッ! まさか――――――――――」


 ルナちゃんを抱えてその場でジャンプしたあたしの両足を、先日の大型ディザイアーに突き飛ばされた時以上いじょうの衝撃が打ちつらぬく。


ドッゴン!!!




                  「い


                  や


                 あ


                あ


               あ


              あ


             あ

            あ

          あ

       あ

   ぁ

!!!」



 音速で東京の街を抜け出した二人の魔法少女は、木々に囲まれた山間やまあいを飛び過ぎ、富士ふじさんの中腹を左手にのぞむ辺りでその勢いを緩めた。

 あたしちから一杯いっぱいしがみ付いていたルナちゃんは、樹海じゅかいを眼下に気持ち少しだけちからを弱めてようやく言葉を絞り出す。


「ち、ちょっと! こ、こうするならこうするって、ま、前もって言っておきなさいよ!!」

「ごめんごめん。一昨日おととい言ってた先行限定的マギアールズのあたし達は、遠すぎるトコに行くときはさっきみたいに、檸衣奈れいなさんに飛ばしてもらって距離をかせぐんだ」

いま言われても遅いわよ!」


 耳元をく風切り音にも負けない声量で腕の中の少女は叫ぶ。

 同じように声を張って、あたしはそれに応える。


「いやー、ルナちゃん凄くあせってるみたいだったし、あたしも急いでたからあまり待たせるのも悪いなー、って………」

「心の準備のアルナシは待ってくれないのかしら!?」


 ルナちゃんの訴えに、あたしはこれからすることをあらかじめ謝っておく。


「あー、えっとそれじゃあ、ちょっとごめんね。ルナちゃん」

「待ちなさい。待ってトモナ、つえを取り出して何をす」


 椅子のように腕に座らせて抱き上げていたルナちゃんをもっと抱き寄せ、しっかりとあたしの体にわせさせる。そして彼女の背中を抱いていた右手に杖を現わし出す。

 魔力が込められたあか色の杖が煌々こうこうと輝く。


「絶対はなしちゃダメだよ!」


 軽く杖を振り上げ、あたし達が飛んで来た方向の少し下に向かって、込み上げた魔力を一気に噴出ふんしゅつさせる。


「ちょ…………ッ――――――――――!」


 バゥッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!


 と、大気を吹き散らす魔力の放出がルナちゃんの絶叫をき消す。



 お


  ぼ


   え


    て


     な


      さ


       い


        よ


         |


          |


           |


            |


             |


              |


               |


                !


                 !


                  !


                   」







 愛知あいち県は尾張旭おわりあさひ市。そこの北部にある城山しろやま公園へ降り立ってすぐに、ルナちゃんはその場へくずれ落ちた。


「ぜぇ、ぜぇ………………。想定、していたよりも、余程よほど早く、着けたのには、感謝しかないけれど………せめて、先に言っておいてほしかったわ…………………」

「あ、ははは………ごめんね……びっくりさせちゃって」


 息を整えるルナちゃんから目を外し、尾張おわり平地の中ほどに向ける。

 そこには、辺りのビルから一つ飛び抜けた黒い巨大なかげの怪物の頭が見えた。


「でもほら、もうあと一息ひといきの所まで来たよ」


 ややあらっぽい移動にはなるが、魔法少女の魔力を宿した体での走力ならば、五分と掛からず辿り着けるだろう。

 問題は、変身するだけで大半たいはんの魔力を消費してしまうというルナちゃんの魔力の方だ。学校からここまで全く魔力を使ってこなかったはずだからほとんど回復しているだろうけど、あの場所まで走るとなると少し無茶が必要になるかもしれない。

 あたしがそんなことを考えていると、眼前の白色の魔法少女はゆっくりと起き上がりあたしの目を見ながら手を取った。


「大丈夫よ。ここまで来れば、あとはあなたに手を引いてもらいながらなら問題もんだい無く行けるわ」

「ルナちゃん………。うん、行こう」


「やっと追い付いた。やっぱりアンタだったわね。トモナ」


 その時、あたしの背後から聞き覚えのある女の子の声が山吹やまぶき色の風と共に耳を通り抜けた。

 ザンッ、と地面の砂を打ち鳴らしてあたしとルナちゃんの隣に着地してきたのは、白銀しろがねの装備に山吹やまぶき色のころもまとった先輩魔法少女リサだった。


「空を飛んでる魔力ブースターの光が見えたからもしやと思ったけど、あんじょうアンタだったわね」

「リサ先輩。こんにちは……あれ? でもリサ先輩、さきに出発したって………」

「あのねぇ、直線的に移動できるアンタとは違って、私と愛美あみ静岡しずおかから走ってここまで来なきゃなんないのよ。檸衣奈れいなだって地方を越えて私達を飛ばせるわけじゃないんだから」

「あ……そ、そっか」


 悩ましそうにひたいに手を置くリサ先輩。しかしすぐにその手をずらして、あたしの正面に立つ野良の少女を見据みすえる。


「で、なんでまたアンタまでこんな所に居るわけ」

「今はそんなことを議論している場合ではないでしょう」

「…………」


 刹那せつなにらみ合う二人だったが、意外にもリサ先輩はその眼をあたしの後ろへ移した。


「そうね。それにここに居るってことは、少なくともあれを何とかするのが目的なんでしょう」


 そう言って、リサ先輩は背中のけんをするりと抜き出した。


「え? ちょっ、何をするのリサ先輩。待っ」

「アンタ、見たところあんまり無茶できないんでしょ。トモナが引っ張っていくだけじゃ時間掛かるだろうし」

「は、はい………?」


 剣を構え、山吹やまぶき色の勇者は速攻で呪文をとなえる。

 すると三人の魔法少女を淡い山吹色の光が一瞬だけ包み込んだ。


「ここに着地する直前に、チラっと聞こえたのよ。トモナに手を引いてもらって行くつもりだったんでしょ」

「え、ええ………」


 構えていたけんを右の逆手さかてに持ち直し、リサ先輩はルナちゃんを見る。


正直しょうじき私はまだアンタの事信用しんようしてないけど、アンタの言う通り今は急ぐべき時だからね。私だってそれくらいの分別ふんべつはつくわよ」

「………」

「文句が無いならさっさと行くわよ」

「あ、うん。行こっ、ルナちゃん」

「………ええ」


 ルナちゃんの首肯しゅこうと同時に、リサ先輩がび立つ。

 あたしとルナちゃんもそれに続き、名古屋なごやの街へ走り出していく。

 リサ先輩は、あたしと、そしてルナちゃんに走力の強化魔法を掛けてくれたのだ。魔力を全く消費することなく、颯爽さっそうと名古屋市へ向けて走る。

 中小様々さまざまなビルの屋上をけ抜け近付いていくごとに、目指す先の黒い怪物の姿は少しずつその巨大さを否応なく認識させていく。先日のさかなガエル型のディザイアーもかなりの大きさだったが、遠目とおめから見た限りでも一回りか二回りは大きいだろう。

 リサ先輩のあとを追う形で、大型ディザイアーを左目に収めながら北側に迂回うかいし、名古屋なごやじょう天守閣てんしゅかくに三人は並び立つ。


「うっそ……………」

「警報と命令が出た時点で覚悟はしてたつもりだけど、実際に見ると総毛そうけ立ってしまうわね」

「な………何、よ。あれ」


 を見たルナちゃんは、今日きょう何度目かに目をかせる。

 先週の全体的に大きい魚型ディザイアーとはまた違う、縦に伸びた体躯たいく。その上に乗るはくっきりと輪郭りんかくを見せる頭部。はっきりと伸びた四肢ししは半分が大地を踏みしめ、残りの半分はビルを掴み、拳を握っていた。

 金に輝くしゃちほこの横、名古屋城天守閣から望むそれは、


「『人型ひとがた』の、醜欲不命体ディザイアー………!?!?」


 そこには、見紛みまがうことのない漆黒の影の巨人の姿があった。

 醜欲不命体ディザイアーとは、生物の欲望がゆがみ、その身体を欲望と共にみにくく変質させた生命のことわりから外れた怪物、化け物だ。


「理屈の上では、あり得るとは分かっていたけれども、まさか、本当に人間からあの怪物が誕生したとでもいうの………!?」

「『特別緊急事態宣言』と、それに付随ふずいする『第二種非常避難命令』は、いわゆる人型かそれに相当そうとうするディザイアーの出現をあらわす警報よ。トモナも、実際に見るのははじめてでしょうね」

「う、うん………」


 隣に立つリサ先輩の横顔には、この季節には珍しい一筋ひとすじの汗が流れていた。一目で緊張しているのが分かる。

 無理もない。

 ディザイアーは、素体そたいの持つ能力を飛躍的ひやくてきに向上させる。その能力の一つが形となったものが《欲圧よくあつ》だが、それとは別に警戒しなければならないのが頭脳だ。本能で動くけものに、その多寡たかはあれど知能がプラスされるのだ。とても厄介きわまりない。

 そしてただでさえ複雑な思考能力を持つ人間がディザイアー化したならば、厄介どころの話ではなくなる。獣を元とした無為むいに暴れる他のディザイアーと違い、明確にのだ。欲に支配された脳―――そもそも脳と呼べる器官が存在するのかも怪しいが――は理性と言語能力を失ってしまうが、それゆえに武力以外の解決方法をも一切無くなってしまう。

 それを理解出来るため、リサ先輩の緊張はあたし達にも伝播でんぱする。


「さっき確認した情報だと、まだ現地市民の避難が終わってないみたい。私達もそっち優先で動くわよ」

「うん」

「………」


 リサ先輩の指示にしたがって、おおよそ二、三キロ先の怪物の元へ向かっていく。

 現場にほど近いビルの屋上に立つと、その凄惨せいさんさがの当たりになる。

 先に到着していた現地や近くから来たのであろう魔法少女達は、その大半が当のディザイアーの対応にられていた。今まで現れていたディザイアーとは違う、複雑かつ非情な動きを見せる相手に救助活動が思うようにいかないんだ。

 その上、すでに辺りにはちらほらと離脱りだつ余儀よぎなくされた魔法少女達の姿が見受けられる。救助を進めるために立ち向かい、ディザイアーの抵抗か攻撃でやられたのだろう。あるいは市民の人達をかばってか。

 かんばしくない戦況だが、最低限の安全を確保できなければディザイアーの討伐・浄化なんて出来はしない。

 リサ先輩とあたし達は人型ディザイアーの足元、いまだ人が多く取り残されている大通りの方へ目を向けた。そこにはおびただしい数の乗用車や路線バスに観光バスが、横倒しになったりひっくり返ったりしている。中には潰れているものもある。

 魔法少女達が瓦礫がれきやディザイアーの攻撃から人々を守り抜いてはいるが、それらに人手がかれ避難の方は遅々ちちとして進んでいない。魔法少女ではない、普通の人の救助隊員では危険過ぎて近付けないんだ。

 ルナちゃんも、これから向かうその場所を見下ろしている。


 空気くうきがピリつくような緊張が再び押し寄せたかと思った瞬間、魔法少女達の防衛陣を抜けた人型ディザイアーの巨手きょしゅが一台のひしゃげた観光バスを掴み上げた。その観光バスの中には、大小だいしょう十数人の人影がまだ閉じ込められているのが見える。


「ッッッ!!!」




 その時


「アキ――――――――
















         な


         に


         を


         し


         て


         い


         る


         き


         さ


         ま


         ぁ


         !


         !


         !








 むらさき色の咆哮ほうこうが、





 足元のビルの上部を微塵みじんに踏み抜いた。





「―——―――!? ルナちゃ―――」


 くずれゆく足場に体をちゅうに投げ出され、飛び出した少女へ咄嗟とっさに手を向けることしか出来なかった。

 そのひとみと同じ紫色の少女は、名古屋なごや市のコンクリートジャングルをすさまじい速さで走り抜けていく。立ち並ぶビルの屋上を次々に踏み砕いて。


 とにかくどうにかしようと外へ向けた手の反対、右手に偶然ぐうぜん掴んだリサ先輩の手首を引き寄せ、左手に杖を出して下へ向けて魔力を噴射ふんしゃする。


小娘こむすめ、右だ!」


 頭の上から聞こえた渋声の通りに、杖の先を少し左に向けて推力を右にかたむける。

 崩れていく瓦礫がれきから飛び抜け、さっきまで立っていたビルより数階分ひくい隣のビルの屋上におどり出た。あたしとリサ先輩はその屋上をゴロゴロと転がった後、慣性を利用して身を起こす。


「っ、ルナちゃん!!」


 リサ先輩の手首を離し、飛び移ったビルの屋上のフェンスに走り寄る。



「あああああああああああああ!!!」



 を離した数秒の内に、紫色の少女は人型ディザイアーのふところへ潜ろうとしていた。

 迫り来る狂気きょうき雄叫おたけびに気付いたディザイアーは、何も持っていない方のこぶしでルナちゃんをむかえ撃とうとする。が、黒い怪物の反応速度よりも早く、紫紺しこんこぶしは観光バスを掴み上げていたもう片方の黒腕を穿うがち抜いた。


「す、すごい。人型のディザイアーは、もろい個体でもこのあいだのディザイアー並みにかたいとされているのに………」


 いつの間にかあたしの隣に来ていたリサ先輩が、そう呟く。


 人型ディザイアーの腕を打ち抜いたルナちゃんは、着地した先のビルの壁を蹴り壊し、紫色の衣装をひるがえしてつばめのように、またもその影へ殴り掛かる。

 しかし今度は人型ディザイアーもしっかりと反応し、無事な方の腕でむらさき色の少女は叩き落されてしまう。

 打ち落とされたルナちゃんは、真下のビルにたての大穴を空けるが、すぐに階下のガラスを打ち破りその身をあらわした。

 そして、なおも怪物にいどみかかる。

 まるでおのれの身の事など頭に無いかのように。



「行かなきゃ…………!」



 あたしはフェンスを飛び越えて、むらさき色に狂い舞う少女の元へと無我むが夢中むちゅうで走り出した。


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