~昼下の渡廊~



 一、 三年生の教室がある第一教棟きょうとうの一階、昇降口しょうこうぐちの奥にある出入り口から渡り廊下へ出て第二教棟きょうとうへ向かう深輝みき。第一教棟きょうとうから出たところで、背後から聞き覚えのある女子生徒の声が深輝みきの名を呼ぶ。


深輝みきちゃん見〜っけ!」


 身構みがまえる間も無く深輝みきの背中に抱きついて来るのは、振り向くまでもなく三年の先輩である灯成ともなだ。

 深輝みきは右肩にのぞく顔を容赦なく押し除け、灯成ともなと共にいるもう一人の先輩へ振り向く。


すぎ先輩、こんにちは。この人のこれ、どうにかならないんですか?」

灯成ともなの抱きつきぐせはデフォルトだからねぇ。避けるか慣れるしかないわね」

「その二つしかないんですか……」

けられるのはちょっと悲しいかなー………」

「じゃあなぐる」

「殴っちゃヤだよ!?」


 ボブウェーブの三年生、小鞠こまりが手をかかげると、慌てた様子で涙目の灯成ともな深輝みきの背中から飛び退く。

 そこで小鞠こまりは、ようやく灯成ともなへ向いた彼女の冷ややかなひとみを見てあることに気が付いた。


「あら? 深輝みきさん、その


 小鞠こまりが注目したそれは、鮮やかなむらさき色だった。だが、ただの紫色ではなかった。

 右のひとみが純真な紫色なのに対し、左のひとみはやや青みがかった、紫紺しこんの色を宿していたのだ。


「ああ、これは、ははが外国の人なので」

「綺麗なむらさき色よね。片方は、良く見ないと色が違うなんて気付かないけど。オッドアイ……というものだったかしら」

「正確にはヘテロクロミア。というらしいです。オッドアイは、外国ではどちらかと言うと動物等のそれに対して使われるものみたいですけど」

「「へぇ……」」


 深輝みきの動揺の少ない説明に、灯成ともな小鞠こまり嘆息たんそくを漏らす。日本人では珍しい色な上に希少な性質せいしつを持っているのなら、こうして話題に出されるのはもうれたのだろう。

 それを思ってか、灯成ともなは話題を切り替えるために視線をずらした。そして


「あ、あれ、タブレット それ 持ってるってことは次は移動教室?」


  灯成ともな深輝みきが手に持つ薄い板をざとく見付けるといかける。


「ああ、はい。これから向かうところで」

「教科書だけってことは授業は理科りか?」

「いえ。今日は音楽の方です」


 小鞠こまりが彼女の身なりから授業を聞くと、深輝みきはタブレットの待機させていた音楽おんがくの教科書の画面を表示させた。


「あら、今年は一年生の音楽の教科書は違うのね」


 過去の記憶きおくと照らし合わせて、小鞠こまりは教科書の内容の移行を感じ取る。

 その時小鞠こまりと二人でタブレットを見る灯成ともなは、視界のはしに見知ったとらえた。


「あ! リサ先輩またしのび込んでる」


 渡り廊下の先、第二教棟きょうとうの出入り口の手前には風けの透明カーボンの壁に囲まれた校内自販機じはんきコーナーがもうけられている。そこには大手メーカーの主要しゅよう飲料いんりょうの他、学校限定げんていのマイナーフルーツ乳飲料が販売されているのだが、そのマイナーフルーツ乳飲料を目当てに、卒業生であるリサは度々たびたび忍び込んでいるのだ。そして、それの対処たいしょをするのは、生徒指導の教師か面識のある灯成ともななのである。

 進学した高校のセーラー服のこしに手を当て堂々と限定マイナー飲料をあおるリサの姿は、最早もはやといった蛮行ばんこうかすむほどに清々すがすがしいものがあった。

 生徒指導の教師に見つかる前にリサを帰す為に、灯成ともなは「もー!」と牛の鳴き真似をしながらおそれを知らないかつての先輩の元へ走って行った。


「あの高校生の人、たまにあそこで見かけますよね。灯成ともな先輩の知り合いみたいですが、一体どんなつながりが………」

「多分あの先輩、灯成ともなと同じ魔法少女なんじゃない?」


 深輝みきがポロリとこぼす疑問に、小鞠こまりがさらっと答える。


「え!? そうなんですか?」

「実際にはんだけどね。あの先輩、卒業する前は灯成ともなと二人で先生たちに注目されていた問題児もんだいじだったから。卒業した今も問題こしてるけれど。灯成ともなが昨日深輝みきさんの先生が言っていた《限りなく善良に近い問題児》だとしたら、あの先輩は《悪気わるぎが一切ない問題児》なのよ。普段色々いろいろ他人ひとのために行動する人なんだけど、それ以上に自由奔放じゆうほんぽうで良くも悪くもわくとらわれない人だったから、魔法少女庇護ひご担当者たんとうしゃだっていうのが広まっていたのもあいまって多分そうだろうって」

「いえすみません、そちらではなくて」


 小鞠こまりの丁寧な説明の合間をって、深輝みきは核心の問題をサルベージする。


灯成ともな先輩って魔法まほう少女しょうじょなんですか?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「……」

「え?」

「いやそれはもういいです」

「えっと……なんだっけ」


 すっとぼけているのか、それともで忘れているのか、指を横顎よこあごに当て小鞠こまりは金髪の先輩の背を押して立ち去る灯成ともなを見る。


「ん、深輝みきさんって、灯成ともなが魔法少女だって知らないの?」

まったくの初耳です」

「そうなの。先週の東京とうきょう事変じへんで、ウチの体育館がディザイアーに襲われたでしょ」

「ああ……はい。そういえばそんなことがありましたね」

「そのときに、魔法少女だってバレるのもいとわずに灯成ともなが体をって皆を守ってくれたのよ。それで、この中学校だけだけど、灯成ともなが魔法少女だというのをみんな知っているんだけれど………」


 小鞠こまり深輝みきを見るが、当の彼女かのじょは小さくかぶりを振る。


「私はあの時、別の場所で身をかくしていたのでそれは目撃していません。ですから灯成ともな先輩が魔法少女だというのは、今はじめて知りました」

「そう………」


 第二教棟きょうとうへと消えていった灯成ともな面影おもかげを目線だけで追って、小鞠こまりは僅かに口をつぐむ。

 休み時間の喧騒けんそうの中、それほど長くはない静寂が小鞠こまり深輝みきの二人をおおう。

 それをすぐに破ったのは、小鞠こまりだった。


深輝みきさんは、灯成ともなのこと、どう思ってる?」

「……? 灯成ともな先輩、ですか?」

「ええ」

「…………正直、会ってまだも無いのではっきりとした心証しんしょうは持ち合わせていませんが――」


 深輝みきはそこで一度言葉ことばを切り、両手で持っていたタブレットをむねに寄せた。

 第二教棟きょうとうの入口に目を向けたままだった小鞠こまりはそれを視界のはしに捉え、ふいにその目線を顔ごと隣の後輩へと移す。

 後輩の少女は、何を表すも如何いかんともしがたい困ったような、しかしどこか気恥きはずかしさを隠すように複雑な表情を見せていた。


「あの人の図々ずうずうしさは、なんといいますか、面倒臭めんどうくさい姉のような鬱陶うっとうしさを感じます」


 それを聞き、小鞠こまりは誰も気付かない程度に僅か、目をく。


「―――ふふ、ふふふ」

「…………」

「ごめんなさい。からかってはないの」


 言って、無表情に見えるふてくされたような顔の深輝みきを眺め小鞠こまり面持おももちをやわらげる。

 身振りで深輝みきうながし、小鞠こまりは第二教棟きょうとうへと渡り廊下を進む。歩きながら、呟くように話し掛ける。


「本当は、あの子が話そうとしてから本人がつたえるべき事なんでしょうけど―――」


 しずかに、語る。


「あの子ね、両親がないの。き取って育ててくれていたおばあさんも、十ヵ月前、灯成ともなが魔法少女庇護ひご担当者たんとうしゃ……本当は魔法少女か。それになってすぐに歳でくして、今は一人でらしているの」


 深輝みきは、ただ黙って小鞠こまりの隣を歩く。


ほかに親族とかの頼れる人は居なかったから児童じどう保護ほご施設に入る予定だったんだけれど、国家こっか魔法少女としてのサポートや収入もあるし、おばあさんの残してくれたいえに居たいっていう灯成ともなの希望を児童相談所の人が尊重するように上にけ合ってくれたみたいなのよね」


 第二教棟きょうとうの入口で立ち止まった小鞠こまりを少し追い越し、深輝みきは振り返る。


「あの子はおかあさんをくして少ししずんでいた時期もあったけど、持ち前の明るさをすぐに取り戻して、魔法少女として意志いしつらぬき続けようとしている。だから―――」

「………」

「もし深輝みきさんが迷惑じゃなければ、これからもあの子をそばで見守みまもってあげてくれないかしら」


 それは、とてもやさしい顔だった。

 うれい。おもい。あいする顔。

 以前小鞠こまり灯成ともなに対して恋愛感情かんじょうは持たないと言っていたが、恐らくその言葉にいつわりは無いことを、深輝みきは無意識に理解する。この先輩にあるのは、一途いちずに友を想う愛情。それに戸惑とまどい、しかしどこかうらやましく思う自分が居ることを、深輝みきは自覚しない。

 ただ、


「先ほども言った通り、私が動かずともあの人の方から見付ければ性懲しょうこりもなく飛び付いてくるでしょう。なら、少し邪魔じゃま臭くはありますが、私はいつも通り適当にあしらうだけです」


 否定ひていも拒絶もしめしはしなかった。

 だがそれだけで小鞠こまりは、満足そうな表情を浮かべる。

 そこで、昼休みの終了を予告する電子のかねの音が校内を知らせ渡る。


「ありがとう、深輝みきさん。ボヤボヤしてると次の授業に遅れるわね」

「はい………。それでは、失礼します」

「じゃあまた」


 深輝みき丁寧ていねいに一礼すると、第二教棟きょうとう入ってすぐの階段を上がっていく。

 それを見送って、小鞠こまりきびすを返して三年生の教室がある第一教棟きょうとうへ戻る。入口いりぐち向かいの階段を半分だけ上って、おどで足を止め壁にを預けたところで、次の授業での肝腎かんじんな事を思い出す。


「あら。そういえば、あの結局宿題終わらせられなかったわね」


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