3 ~対極の少女~ -悲痛の少女-


「魔法が出ないって、どういうこと?」


 珍しく狼狽うろたえているようなルナちゃんはあたしに向き合ってそう問いかけてくる。


「え、えっと。どうやって魔法を発動させればいいのか、全く分からなくって………その、どうやって出すんだっけ?」

「私に聞いて出るわけがないでしょう。………あなた、さかな型ディザイアーの時はあんなに意気いき揚々ようようと使っていたじゃない」


 そうは言われても、あの時は無我夢中むがむちゅうだったし、何故なぜか息をするように出ていたから、今更ながら自分でもどうやって魔法を使っていたのかさっぱり分からない。

 ふんねらー。

 ちぇいおー。

 ほぁらららららららららららー!

 ぐおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!

 と、いきんだりりきんだり振り絞ったりしてみたけど、結局出るのは杖から漏れる魔力と断末魔のような喝声かつせいとおならだけだった。


「あぁ」

「ちょっと待て。あなたどさくさにまぎれてなんてものをしぼり出しているのよ……!」

「え、えへ、へへぇ………。だ、大丈夫、臭くないヤツだから………!」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「ワタシはにおうぞ小娘こむすめっ」


 そこで、ここに来てから初めて口を開いたテリヤキが尻尾をビターン!! とあたしの後頭部に叩き付けた。


「あいたッ。ごめんごめん。いや女の子のおならはくさくないよ! ちょ、痛い、あでででででで。ごめんごめんって、でも出ちゃたものはしょうがないじゃん。痛い痛い痛い痛い痛い痛い頭に爪立てないでごめんってば―――!! テリヤキぃっ」

「そのあざなで呼ぶな!」

「あ゙ァ゙――――――――――――――!」


 悲痛の絶叫が街灯の光も薄くなる闇夜やみよ木霊こだました。

 ギリギリギリギリギリギリ、と前と後ろの頭皮に魔力体の猫爪ねこづめが食い込まされていく。

 がそうとするがそもそも頭に爪が立てられているためより痛くなるだけで、結局テリヤキをなんとかなだめて許してもらうしかなかった。

 頭をかばってうずくまるあたしの横に、テリヤキはスタッ、と降り立つ。


「ふん。今日はこのようなところで勘弁してやる。小娘」

「ァ、アリガタキシアワセイタミイリマス……………………」


 テリヤキは前足を数度づくろいしたかと思うと、したたっ、と今度はルナちゃんの頭の上に乗ってしまった。


「へっ?」

「しばし邪魔するぞ。かがやきの小娘」

「え、えぇ。あまり重さは感じないから構わないけれども………」


 魔力体まりょくたいは魔力の結晶をかくとした魔法エネルギーの凝縮体だから、物質でいうところの気体のようなものに近いらしい。

 魔法少女はこの魔法精霊獣まほうせいれいじゅうの魔力結晶を媒体ばいたいとして変身するから、ペアとなる魔精獣と魔法少女はあまり離れられない。目の届く範囲であれば問題はないらしいけど、別の魔法少女のそばに行くのはちょっと薄情はくじょうじゃないかな。

 そう思ってひそかにテリヤキをにらみ付けてやると、その魔精獣は不意ふいに総合病院の方を見た。

 ルナちゃんも何かに気が付いたのか、同じようにそちらに顔を向ける。

 遅れてあたしも視線の先を合わせると、病院の屋上のディザイアーがこちらをじっ、と見つめていた。


「少し騒ぎ過ぎたな。小娘」

「どちらかと言うと、散々さんざん放ち続けていたトモナの魔力に反応した。といったところかしら」

「あやつが動くより先に仕掛けた方がいだろうな」

「そうね。こうなったら私がアレを仕留しとめるから、トモナは病院に被害が出ないように援護してちょうだい」

「う、うん」


 まるで名コンビかのように、ルナちゃんとテリヤキの二人は淡々たんたんと状況を整理して次の行動を組み立てていく。

 あたし曖昧あいまいな返事を聞くやいなや、ルナちゃんは駆け出し商社ビルの屋上のへりを蹴り行ってしまう。


「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ二人とも〜〜〜!!」


 慌ててどんどん離れていく薄黄うすき色の背中を目指して屋上を跳びつ。

 そして、その色の背中もながめる寂しい背中のスーツ姿が一つ。


「………まぁ、実際じっさい置いてけぼりを食らっているのはぁ、私の方ですがねぇ」




 颯爽さっそうと建物の上を次々に移り行くルナちゃんの横へようやく並び付く。


「えっと、ルナちゃん、その………ごめんね。あたし魔法を―――」

「トモナ。あなたには、言っておくわ。………私は、魔力がとても少ないの。魔法少女として変身するだけで、大半の魔力を消費してしまうくらいに」

「えっ?」


 あたしの言葉をさえぎって語るルナちゃんは、強い目でディザイアーを見据みすえている。だけどそのひとみの奥には、どこか切ない、あるいは悲しい色が隠れているようにも見えた。

 程々に広い総合病院の駐車場をはさんで隣に建つマンションで、二人は合わせずして一度足を止める。


「この間の東京とうきょう暗転事変の時も今回も、すぐに出ていけなかったのはそのため。私の魔力量だと魔法を使って戦うなんてことはまず出来ない。……だから、今更あなたが魔法を使えまいが気にしないわ」

「ルナ、ちゃん………」

「はっはっは。小娘が一丁前にはげましか」

つぎ余計な事しゃべったらあのいたちに投げ付けておとりにするわよ。猫」

「ゔッ………」

「ひぃっ………」


 頭のテリヤキを光の速さでつかむルナちゃん。対するテリヤキは、魔力の身体なのにもかかわらずビクッ! と一瞬ふるえたかと思うとそのまま固まってしまう。

 すごい。普段はあまり口を出して来ず、いざ口を開けばお小言こごと嫌味いやみばかりを言うテリヤキを黙らせちゃった。

 そんな時、病院の屋上で大きなものが動く気配がした。


「っ! 無駄口を叩き過ぎたわね。行くわよ」

「う、うん!」


 ルナちゃんのけ声に突き動かされ、あたし薄黄うすき色の彼女は一斉に飛び出す。

 くろい影は先程と違い、尻尾をゆらゆらとさせながらせるような形で寝転んでいる。こちらを見てきてはいるが、今なら向こうが何かをする前にあたし達の方が攻撃を仕掛けられる。

 ところが、病院の屋上に二人してうつわたったタイミングでいたち型ディザイアーが細くもふわふわとした尻尾をだるげに床へ叩きつけた瞬間、ひざがかくん、と崩れ落ちた。

 体中から力が抜けていき、四つんいのような格好で何とか持ちこたえられたが、そこから指一本動かせない。


「こ………れ、は―――」

「うぅ………あのディザイアーの、欲圧よくあつ……かしら」


 頭に手をやった状態で立ち尽くすルナちゃんは、気分が悪そうに呟く。

 しかし当のディザイアーは、尻尾を床に叩きつけたまま、微塵みじんも動く気配がない。


「どうやら、このディザイアーの根源と欲圧は、怠惰たいだのようね」

「えぇ………!? な………に、それ………」


 確か、近藤こんどうさんの話では、病院にいる、お婆さんへの心配、が元の、ハズだ。

 だけど、現に体に力は入らず、気だるさがそのまま、重力として覆い被さっているように、全身が重たい。


「アレは不確定な情報だと言っていたから。その限りじゃないわ」

「そ、んな………。ていう、か。ル………ちゃ、な……でへい………き」


 徐々じょじょに腰が沈んでいくあたしの横で、つらつらと言葉を繰るルナちゃんに違和感を覚えて、目線だけで見上げる。

 そこには、せめて思考だけでも回そうと抗うあたしとは裏腹に、不快ふかいそうな顔をするも平然と二本足で立っているルナちゃんの姿があった。


「……この際だから。言っておくかしらね。剣の国家魔法少女国の狗に聞かれたとき、欲圧よくあつは見たことはないと言ったけれど嘘なの。実際には、欲圧らしきものを一度か二度目にしたことがあるけれど、何故なぜか私にはかないみたいなのよね」

「えっ……」

「正確には、ほとんど効果はない。といったところかしら。あの暗闇くらやみのヤツは、私自身じしんに向けられたものじゃないから他人と変わらなかったみたいだけれど。欲圧そのものに強い不快感を受けるけれど、戦闘を行う上で私に対しては意味はないみたいね」


 ルナちゃんはゆらりと前に出ると、左手でこぶしを握った。

 ダメだ。

 ルナちゃんは一人で戦おうとしている。いくら欲望とは言え、相手はディザイアーだ。一人でいかせちゃ、ダメだ。


「ふ――――――――――――……………っ、く、ぅあぁああ!」


 あらががた倦怠感けんたいかんを振り払って、全力で、制御も無視した魔力も振り絞り、体を持ち上げていく。

 あたしのくぐもった雄叫びに驚いたのか、ルナちゃんは握った左手を解いて後ろを振り向いた。

 熱い。

 魔力が体中をめぐり、熱く火照ほてらせていく。


「ふ、ぅぅ……ぅああ!」


 チカチカとする頭で手足を動かし、膝立ちだがなんとか体を起き上がらせる。

 熱い。だけど、その熱さが、降りかかるダルさに引っ張られる身体を幾分か気つけてくれる。


「これ、くらい……あた、しも、平気、だよ………。あたしも、戦える!!」


 しびれる頭で、魔力を全身からき出して更に自分を叱咤しったする。


「ルナちゃん一人では、絶対に戦わせない。あたしは、魔法も何もできない役立たずだけど、魔力だけはいっぱいあるから。ルナちゃんの代わりに、ありったけの魔力で戦ってみせる。役立たずだけど、足手まといには、ならないよ!」


 それを聞いたルナちゃんは、再び鋭い視線を前へ向け直した。


「なら、勝手にしなさい。私は、ただ私の大切なものを守るために戦うだけ。………けれど、さっきも言った通り、私には魔力が無い。夜の間はどうしてか少しマシだけど、それでもディザイアーのかくつらぬく一撃を放つのが精一杯だし、いつもそうやって戦ってきた。だから、もし私が仕損しそんじたら、あなただけで離脱しなさい」

「ダメだよ! だったら、あたしもルナちゃんのその大事なものを一緒にまもってみせる。だから、二人で戦うんだ。………ルナちゃん、あたしね。何もないけど、魔力だけは、余るくらいあるんだ。リサちゃんとかが言うには、あたしにしかできないらしいけど、魔力をぶつけて、ディザイアーのかくを、壊すことだってできる。だから、ルナちゃんを置いて逃げたりはしない。だから………」

「まったく、無茶苦茶むちゃくちゃ言うわね」


 ルナちゃんの左に並んで笑って見せると、薄黄うすき色の少女はあきれたように、口元だけで笑って見せた。


 その後は、恥ずかしいものだった。

 意気込んで立ち向かったはいいものの、いたち型のディザイアーははじめに欲圧よくあつを放ったきり何かをする様子もなく、じれったらしくなったあたしが大量の魔力で病院の屋上から引きずり押し投げたところをルナちゃんがその左拳であっさりと殴り飛ばしてしまったのだ。

 あれだけのおお台詞ぜりふをのたうち回った手前、ルナちゃんに合わせる顔が無かった。


「本当に、あなたと居ると調子が狂うわ………」


 頬を薄く紅潮こうちょうさせたようにも見えるルナちゃんがそう言ったのが限界だった。

 近藤こんどうさんを残してきた商社ビルに戻るまで、あたしは恥ずかしさをやり過ごすためにずっと顔を手でおおいっぱなしだった。おかげで、二、三度飛び乗りそこなった電柱にぶつかってはじ上塗うわぬりする結果に終わった。






















           「……………バカ」

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