4 ~勧誘の少女~



近藤こんどうさん! 終わったよー………って、あれ?」


 語るも筆舌ひつぜつに尽くしがた凄惨せいさんな戦いの後、魔法少女保護局(略)の近藤こんどうさんを置いて行った商社ビルへ、ボロボロになりながらも――主にあたしが――ルナちゃんと二人で戻ってきた。

 辿たどり着いたその商社ビルの屋上では、力なく横たわる近藤こんどうさんの姿があった。


「はぁ~~~~~~~~~~」

「どうやらさっきのディザイアーの欲圧よくあつに当てられたようね。それにしても、清々すがすがしい程の職務しょくむ怠慢たいまんぶりね。何か写真を撮れる物はないかしら。このていたらくを世間に公表して公務国家機関の信用や権力を暴落させてやれるのに」

「えげつないな。小娘こむすめ………」


 テリヤキを頭に乗せたままひたいに手を当てがい、現状の近藤こんどうさんに対して最強にあたいする兵器を求めてきょろきょろと辺りを見渡すルナちゃん。

 そこでようやくあたし達に気付いたのか、近藤こんどうさんは生気のない体運びでよろよろと起き上がる。


「あっ、はっ、はぁ………。ひどいです、ねぇ」

「あら、もう欲圧の効果が薄れてきたのかしら。残念ね」

「る、ルナちゃん………」

「冗談よ」


 本当に冗談かどうか分からないルナちゃんは、腕を組んで近藤こんどうさんとの距離をたもち立っている。

 少しフラフラとしてから、近藤こんどうさんはしわの付いたスーツを整える。やや顔色が良くなさそうに見えるのはさっきの欲圧の影響か、それとも街明かりをあおり受けているからか。


「あっはっはぁ。ご心配を、おかけしましたぁ」

「大丈夫、近藤こんどうさん?」

「ええぇ。………しかしお二方ふたかたはぁ、あの至近距離でディザイアー、の欲圧を受けられたのにもかかわらず………お元気なご様子ですねぇ。あれらの『欲圧』に対して、耐性を持った人間は少なかれど存在はしますがぁ、あなた方は、撃破後とは言え全く、その影響を見られないとはぁ……」

「………人それぞれよ。それよりも、一人で立って歩けるのであれば、問題はないのでしょう。私は私の目的は果たしたわけだから、行かせてもらうわ」


 ルナちゃんはそう言って戻ってきた病院から見て右側、江戸川の方へ歩き出そうとした。


「ああぁ。申し訳ありませんン。実は今回、というよりも、こうして討伐とうばつ等の現場で出会えた場合、あなたともお話をしたいと思っていたのですよぅ」

「………そう。残念だけれど、私にはあなた達くにいぬと話す用はないから」


 呼び止める近藤こんどうさんに対して、ルナちゃんは律儀に一度足を止めてそう言うと、その足を再び前に出そうとする。


「ああぁ。お待ちくださいぃ。あなたの事は私達保護局員ほごきょくいんの間でも話題になっていたのですよぉ。度々たびたび見られる正体不明のディザイアー討伐者であるあなたがぁ。ご多忙であれば長くは引き止めませんのでぇ、せめてご挨拶とお話の内容だけでもお聞き願えますかぁ」


 近藤こんどうさんの珍しく必死っぽい訴えを聞き、ルナちゃんはまた足を止めてあたしを見る。

 近藤こんどうさんもお役所仕事や自由奔放じゆうほんぽうな魔法少女達にはさまれて大変なんだろう。個性的な子だらけでが多いとも聞く。せめて真っ当なあたし達だけでも苦労をやわらげてあげたい。

 お願いするように手を合わせて、ルナちゃんに笑い掛ける。

 すると薄黄うすき色の少女は少し深いため息をいて、渋々といった様子で近藤こんどうさんへ向き直った。

 話を促すように近藤こんどうさんをにらみ付けるルナちゃん。


「あぁ、ありがとうございますぅ」


 あたしとルナちゃんに深々と頭を下げた近藤こんどうさんは、小さく咳払いをしてスーツの内ポケットからてのひらサイズの四角い紙を取り出した。そして薄黄うすき色の少女におずおずと近寄り、数秒の沈黙の戦いの末、開かれた手の平へ差し出された。

 ルナちゃんに渡されたそれを覗くように、さり気なく彼女の隣へ移動する。街灯に照らされても分かるくらいに透き通った白い肌の手に置かれたそれは、近藤こんどうさんの名刺だった。


あらためましてぇ、内閣防衛省『醜欲不命体』対策室魔法少女まほうしょうじょ、関東管理局東京管轄部魔法少女保護・援助係の近藤こんどう徳彦とくひこというものですぅ。えぇと、ルナさん、でよろし―――」

くにいぬ風情ふぜいが気安くそれを呼ばないでくれるかしら」

「ひゅっ」


 受け取った名刺から外されたルナちゃんの凍てつくようなするどい眼光が、近藤こんどうさんの両目をすくめる。


「え、えぇ。大変失礼いたしました。それではどうお呼びすればよろしいですかぁ?」

野良ノラで構わないわ。どうせあなた達くにいぬは裏でそう呼んでいるのでしょう。あなた達国の飼い犬からすれば、妥当だとうな呼称よ」

「か、かしこまりましたぁ。あなたがそれでよろしいのでしたらぁ、野良ノラさんと、そうお呼びさせていただきますぅ」


 ぴしゃりと言い放つルナちゃんに、近藤こんどうさんは張り付いたうすら笑いをほのかに苦笑へにじませる。


「えぇ、ええと、それでは本題の方へと入らせていただきましょうかぁ。野良ノラさん、単刀直入に申し上げますと、我々国家機関へ所属なさいませんか、というお話ですぅ」

「断る」

「あっはっはぁ。そうでしょうねぇ。まぁ何も国家所属でないといけない、という訳ではなくてですねぇ、この日本の魔法少女は基本的に、大雑把にまとめますと国家こっか魔法少女まほうしょうじょと、国家管理下から外れた民制みんせい魔法少女まほうしょうじょというように二つの組織に所属しているのですぅ。どちらも世間的には、魔法少女保護管制局ほごかんせいきょく一纏ひとまとめに認知されていますがぁ。トモナさんは国家魔法少女の方ですねぇ。そしてそれぞれの、あるいは双方の魔法少女は複数人の方と”マギアールズ”というグループを設けて活動するように取り決められているのですよぉ」

「民制………マギアールズ?」


 幾分いくぶんかいつもの調子を取り出した近藤こんどうさんの説明の中で、多分聞き慣れないであろう単語に小首をかしげるルナちゃん。

 そこで、ここぞとばかりにあたしも説明に加わる。


「魔法少女は、基本は二人以上でディザイアーと戦う、ってこの前会った時に話したよね。ルナちゃん。マギアールズっていうのは、魔法少女の子達の相性だったりその子達の特性をいろんな場面に合わせて出動できるように分けられた、グループの事なんだよ」

「………なるほど」

magical girls魔法少女達。魔法少女の英称を略改称したものですねぇ。まぁつづてきに、起用されたのはmagicalマジカルではなくmagiaマギアの方ですがぁ。マジガールズ。とかいう案も一時はあったみたいですがぁ、9:1きゅう いちで棄却されたようですよぅ。あっはっはぁ」

「でしょうね…………」

「それでね、この前たリサ先輩………えっと、大きな剣を持った薄い黄色きいろっぽい女の子。それに愛美あみちゃん、くわを持ってた茶色ちゃいろっぽい女の子の二人と、あたしを加えた三人は限定的なマギアールズなんだ」

限定的げんていてき?」

「うん。正式に決まったグループじゃないけど、状況に合わせて組まれる暫定ざんていマギアールズ。リサ先輩と愛美あみちゃんはね、自分や周りの人達を少しの間だけいろんな事を強くできる………えっと、バ……バ、ばっふぁろー? っていうのができる魔法少女なの」

「猛牛ができてどうするの。それを言うなら支援魔法バフでしょう……」

「そうそれ! それでほかの子達よりも速く走れるようになれるんだって。それから、魔法少女は変身の時に魔力を体中にたすよね。あたしの場合魔力まりょくれを気にせずに動けるから、あたしはパンチとかの複雑な魔力制御? はできないけど、魔力を出しっぱなしにしてマラソンみたいに単純に足を速くしたりができるんだ。だからリサちゃんと愛美あみちゃん、それにあたしの三人は地方とかの遠くに出たディザイアーにすぐ駆けつけられる限定的お助けマギアールズなんだ!」

「そ、そう。いきなり、水をた魚のようなオタクみたいになったわね………」


 少し引き気味に体をらせるルナちゃん。

 そんなルナちゃんの手を取って、あたしは身を寄せる。


「だってもしかしたらルナちゃんとパートナーになれるかもしれないんだよ! そうなったらあたし、とっっっても嬉しいもん!」

「——―! ………言ったでしょう。そもそも私は国の狗になる気は無いと」


 ルナちゃんは何かを隠すように顔を背けるとあたしに握られた手をそっとほどき、半歩だけ身を引かせた。


「でっ、でも! もしかしたら早く走れるようになったりするかもだよ!?」

「あなたみたいにあかくないから無理よ」

「………? どゆこと?」

「流してくれて構わないわ………………」

「あ、あのぉ~~………」


 そこへ近藤こんどうさんが恐る恐るといった風に声を掛ける。

 またも睨むような視線を向けるルナちゃん。そんな調子だから近藤こんどうさんは怖がっちゃってるんだよ。


「誤解のなさられないよう付け足しますとぉ、先程も申し上げた中で民制所属の魔法少女というものもございますぅ」

「……そういえば、そんなことも言っていたわね」

「ええぇ。民制の魔法少女保護管制局は、国家所属とは違い相対的な支援や援助、ディザイアー討伐の際の報奨ほうしょうはいくらかひかえめになりますがぁ、それなりに自由度の高い組織になっておりますぅ。実は、私も立場的には国営魔法少女保護管制局と民制魔法少女保護管制局の両局に所属しているあつかいなのですよぉ。おかげでしょっちゅう妻の夕食を食べそこないますがぁ」

「えっ? 近藤こんどうさん奥さんいるの!? みんなの間じゃ、小さい女の子が好きだからこの仕事してるって噂なのに」

「それはうわさ通りじゃないのかしら」


 初めて会った時から近藤こんどうさんはいつも薄ら笑いを浮かべていて、正直苦手にがてに思っている子もそれなりに居るくらいだ。あたしも最初は少し不安に思ったこともある。だからかなり信憑性しんぴょうせいの高い噂だと思っていたのに、まさか結婚をしてたなんて。

 そんな近藤こんどうさんは相も変わらず貼り付けた薄ら笑いのままで、困ったように笑う。


「あっはっはっはぁ。ひどい言われようですねぇ。私これでも、一応妻子さいし持ちなのですがぁ」

「「えええぇぇぇえええ!?!?」」


 ルナちゃんと二人揃って声を上げる。

 こんな、魔法少女達に不人気で得体えたいも知れない人が結婚していて、よもや子供まで居るなんて。世の中、本当に分からない事だらけだ。ちなみに民制の保護管制局にもつとめているというのも、あたしは今日はじめて知った。


「あっはっはぁ。トモナさん。それ以上は流石さすがの私も傷付きますよぉ」

「あ、ご、ごめんなさい………」


 若干湿しめっぽくなったような口調で近藤こんどうさんに言われ、慌てて頭を下げて謝る。

 振り下ろさた頭の横目でのぞき見ると、さしものルナちゃんも驚いたようで可愛らしく口に両手を当てて固まっていた。


「いえいえぇ。話す機会も、あまりありませんでしたからねぇ。さてぇ、少し話がそれてしまいましたがぁ、魔法少女として、民制の所属にく、というのも選択肢の一つだと覚えていただければと思いますぅ」

「そう。………色々と聞く機会のない話だったけれども、直接の管理下に無いとは言え、国の影響下にあるという以上どこかの組織に入るつもりはないわ。そもそもあなたのような国の狗が出入りしているのなら尚更なおさら信用は無いわね」

「あっはっはぁ………。やっぱりファーストコンタクトが私では、印象悪いですよねぇ………」


 そう言って肩を落とす近藤こんどうさん。いつも飄々ひょうひょうとした態度で別の表情を見せることの少ないスーツ姿のおじさんだから、こんな一面が見られるのは珍しい。

 そして近藤こんどうさんの話を聞いても、ルナちゃんの意見が変わることはなかった。

 確かに、近藤こんどうさんが相手だと誰でも警戒しちゃうだろう。けれど、それ以上にルナちゃんの意志の方が強いようにも感じられた。

 国家魔法少女———正確には国家機関に所属している人達のことをくにいぬと呼び、近藤こんどうさんにもどちらかと言うと公務員さんだということに気を張っているようにも見える。

 国家という組織に良い印象を持っていない人も、世の中にはもちろん居るだろう。だけどルナちゃんが胸の内にかかえているものは、そんな曖昧あいまいな感情とはまた別の代物のように思えた。

 そんなうす色の魔法少女は、聞くべきことは全て聞いたと言うようにハイソックスパンプスを鳴らして屋上の端へと歩いていく。


「それじゃあ、私はもう行かせてもらうわよ」

「ああぁ。お引止めしてすみませんでしたぁ。今回お話したことはいつお返事頂いても構いませんので、頭のすみにでも留めておいてくださいぃ。それではお気をつけてぇ」


 去り際の近藤こんどうさんの挨拶に、ちら、とだけ一瞥いちべつして、ルナちゃんは跳び去っていってしまった。

 その背中を見送ってから、小さい影が見えなくなったところで、はたと思考が切り替わり、近藤さんの方を向き直る。


「あ、そうだ! ごめんね。近藤こんどうさん。今日せっかく来てくれたのにあたし、全然魔法使えなくって………」

「ん、あぁ。いえいえぇ。おかまいなく。こちらこそ突然押しかけて、申し訳ありませんでしたぁ。その上、今日はたまたま野良ノラさんがいらっしゃったとはいえ、本来であれば今回トモナさんにたった一人でディザイアー討伐を任せてしまう羽目になっていましたからぁ。状況が状況とはいえこのようなGOサインが出されたのは私達の明確な落ち度ですぅ。こちらが謝罪こそすれ、トモナさんに頭を下げて頂くことはありませんよぉ」


 そう言って、今度は近藤こんどうさんが深々と頭を下げだした。


「え、あ、んーん、いいよいいよ! ………あんなことがあったばかりだから。仕方ないよ。ほら、頭上げて近藤こんどうさん。うすら笑いでも、あたしは笑顔が見れる方が良いもん」

「そうですかぁ。しかし、こちらとしてもただ謝罪するだけでは参りませんので、このようなことしかできませんが、今回のディザイアー討伐に関する報奨ほうしょうは本来より多く手配いたします」


 頭を上げた近藤こんどうさんは、五つのにじ色の玉、『宝賞石ほうしょうせき』を開けさせたあたしの掌に置いた。


「え、ちょっこんなに!? だってこれ、一つ十二万円でしょ? えっと、いち、にぃ………」

「問題ありませんよぅ。今回の事を考えれば、六十万でもやや少ない方ですぅ」

「いや、こんなに受け取れないよ! それに今日のは、ルナちゃんが倒したし、そもそもルナちゃんが居なかったら倒せてたかもどうか………」

「でしたらぁ、後日野良ノラさんと対面なされた時、それをお渡しするというのはどうですかぁ? この宝賞石は魔法少女であれば誰でも賞与金として給付できますからぁ。野良ノラさんと、お互いに納得なされるまでお話し合い、分け合えられればいでしょうぅ」


 近藤こんどうさんにそう言われて、ふと思いつく。これを話のタネにすれば、そうでなくても、次にルナちゃんと会った時、もっと二人で話せることが増えるんだ。そう思えると、ちょっと嬉しくなった。

 あたしが思わずみをこぼしたのを見て満足したのか、近藤こんどうさんは「それではぁ、色々と報告や残業がありますので、この辺りで失礼させていただきますぅ」と言っていつもの薄ら笑いのまま出てきた商社ビルの階段から降りていった。

 それからあたしは、受け取った宝賞石を両手で握り締めて、また口元を緩める。

 ルナちゃんが帰っていった時と同じように屋上のへりを蹴って、江戸川へ向かって走り出す。


 今度、ルナちゃんと会えたらどんなお話をしようかな。

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