6 ~耀輝の少女~





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 リサ先輩が繋げる通信端末の向こう側から、世界中の人々の不安の声がれ聞こえてくる。

 端末の通信を切り、無明むみょうの闇に向けてリサ先輩は白銀しろがねの剣をかまえ直す。

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「だめ。どこの国もここと同じで視覚情報がほぼほぼ遮断しゃだんされてるみたい。照明設備の光はなんとか見えるけど、どれもかすかに光ってるのがようやく分かる程度な上、光源から一定の距離内きょりないしか光量をたもててない。今は近くにいる私達三人は、トモナの杖の発光のおかげでなんとかお互いのシルエットがギリギリ確認できるくらいだけど、一歩でも離れたらすぐ見失みうしなうわね。これは」

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 あたしがいつも魔力を放つとき、手に握るあか色の杖は先端の玉を基点に赤く光をまとう。

 さかなガエル型ディザイアーの狂襲きょうしゅうに対して咄嗟とっさ身構みがまえた時に魔力を練り込んだらしく、それに気付いたリサ先輩の機転で魔力を込め続けているのだ。

 とはいえこの暗闇をどうにかできない以上、なけなしの魔力を消費し続けることになる。そうなれば、魔力切れで戦えないのはおろか、反撃の糸口をさぐるのも更に難しくなるだろう。

 魚ガエル型ディザイアーに吹き飛ばされた時にヒドく魔力を放出したらしく、加えてこの体育館に激突した衝撃で気力が乱されうまく魔力を練れないのだ。落ち着いた場所でゆっくりとであればまだまだ余裕はあるだろうけど、この切迫した暗闇の中でそれは叶わない。

 精神がまだまだ未熟な証拠だ。と、あたしの胸の内でテリヤキならば一喝いっかつしていそうだ。

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「これ………やっぱりあの大型ディザイアーの欲圧なのかしら………。だとしたら、いったいどんな欲からこんな大層な現象を———」

「《欲圧よくあつ》………? なに、それ……」

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 リサ先輩のひとごとのような呟きに、いぶかしげな雰囲気をまとったもう一つのシルエットが顔を向きを変える。

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「え……? あ、アンタ、欲圧のこと知らないの? 本気で言ってる? 欲圧よくあつっていうのは、欲望のゆがみをもとに生まれたディザイアーの固有攻撃の事よ。野良とはいえ、魔法少女として戦ってきたなら知ってるでしょ?」

「あなた達の常識を押し付けないでくれるかしら。いぬ共が相手をしている奴が妙な攻撃を繰り出しているのは、一度か二度見たことはあるけれど、私が戦った奴らはそんな素振すぶりを見せる前に全て、ほうむり去ったわ」

「んなっ………」

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 あたしの右隣に立つリサ先輩が大口を開けて絶句しているのが、見えずながらも分かった。

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「……………ち、ちなみに、アンタ今までどんくらいのディザイアーを倒してきたわけ?」

「はい? 今それは関係のないことでしょう。…………私が、とどめを刺した奴だけなら、だいたい四体くらいかしら……」

「よ、ん………!」

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 多い。

 出現頻度ひんどが高いこの東京・首都圏でも、ひと月に一、二体。多い時でも三、四体といったところだ。その上、対ディザイアー戦は三人から四、五人で相手をするのが基本だ。ベテラン同士でようやく、二人だけで戦ったりする。今はなしに出た欲圧に対応するためでもあるけど、大前提として一人で戦って容易よういに勝てる相手じゃないからだ。

 それなのに、彼女がいつから魔法少女として戦ってきたのかは分からないけど、一人———野良の魔法少女としてずっと国の運営する魔法少女組合にぞくせずにいたのならおそらく―――で倒してきたとするにはかなり多い数だ。

 そしてそれが誇張こちょうされた数じゃないということは、彼女とのこの少ないやり取りでも十分じゅうぶんに分かった。多分、リサ先輩も同じだ。

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「す……凄い、ね。あたしでも、自分で倒したって言えるのはこの十ヵ月ちょっとで二体くらいなのに……。それも、他の皆と協力してで……」

「それはあなた達いぬ共の戦い方が非効率きわまりないモノばかりだからよ」

「っ……」

「(そんなだから、私が魔法少女になる羽目はめになったのよ)」

「……?」

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 リサ先輩が今にも噛み付きそうな様子で息を漏らす。

 胸の内が熱い。

 野良の少女の苦言くげんは、実際に助けられたことのある事実からもあたしの胸に強く響いた。すぐ後に彼女が何かつぶやいたかのように思えたけど気のせいだろうか。

 その時、グラウンドの真ん中の辺りから「くぁ、ぁっぁっぁっぁぁぁ……」、という何かのうなり声が聞こえてくる。

 野良の少女とリサ先輩が反射的に声の方に視線をうつすように頭を振る。

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「…………………ともかく、この暗闇の要因よういんがその欲圧よくあつだとかいうものにあるのなら、あなた達がなんとかしなさい。それに……私はしばらくあんな力技ちからわざをするつもりもないから、ここにいる人たちを守るのなら自分たちでどうにかすることね」

「———っ」

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 言われて、さっきまで小鞠こまりちゃんや叶恵かなえ先生達が居た辺りを振り返る。

 気が動転して気付かなかったけど、意識を傾ければさっきから、憂慮ゆうりょの声が時々聞こえてきていた。

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「チクショウ―――何にも見えねぇ。どうなってんだこれ……」

「怖い………。なんなのよ……もうっ」

「あいつら魔法少女が来てからロクなことになってねえ。なんとかしてくれよ、まったく」

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 胸が痛い。さっきから熱い体の内で、胸がズキン、と痛む。

 ざわざわと不安と不満がわだかまるその中で、聞き覚えのある声が毒づいているのも耳に入ってきた。

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「クソが! あの落ちてきた魔法少女、絶対忽滑谷ぬかりやのヤロウだ。あいつはいつも今回みたいに面倒に巻き込んできやがる。……はた迷惑めいわくもいいところだ」

「ちょ、大塚おおつか君! そんな言いぐさないでしょ! あの子だって命けで戦ってる。灯成ともなじゃなかったとしても、私達のために戦ってくれてるのに!」

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「! しまった。ともなアンタ、認識阻害にんしきそがい魔法の常時じょうじ展開すらもできないのに、あいつらに姿を見せたの!? マズいでしょ!」

「えっ、あ……うん、り、行きで……」

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 大塚おおつか君達の言い合いがリサ先輩にも聞こえたのか、焦った様子で詰め寄ってくる。

 なおも、聞こえる。

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「———命懸いのちがけも何も、俺達がいつ、あいつに守れって言ったよ。魔法少女になったのはあいつの勝手だろ」

大塚おおつか! 口が過ぎるぞ。お前のわるい所だ」

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 暗闇の向こうで、痛みをこらえるようなハスキーボイスのぬしが、割って入るように口を挟む。

 身体が更に熱くなる。ついでとでもいうように、目頭めがしらも熱を帯びはじめる。

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「だってそうだろ。魔法少女になったんなら俺ら無力な一般人を守るのは当たり前。危険にさらしてる時点で魔法少女失格しっかく! 俺らの税金を受け取ってるくせにおかしいじゃねぇか。何が命懸けだよ。あいつは普段から周りに迷惑り撒いてるんだから、それくらいやって当然だろうが!」

「……っ。大塚おおつか、君……! あんたって人は」

「お前だってそうだろ。いつも忽滑谷ぬかりやにすり寄られて、はた迷惑だと思ってるから邪険じゃけんあつかってんだろ」

「なっ……、そんなこと………」

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「っ!」

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 熱い。

 あたしの右肩を掴むリサ先輩の手に力が込められる。

 その時「クェァァァアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁああぁぁっぁっぁっぁっぁっぁぁ!!」、と肌に響く耳障みみざわりな叫び声がならしの轟音ごうおんともなって近付いてくる。

 前方で、「ふん」、と鼻で嘲笑わらう音がした。

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くにいぬり下がって、凡庸ぼんようを捨て去り、化け物共に命をさらして戦い。その結果るものが、税金の些細ささいな分け前と、守ってやっているはずの愚昧ぐまい俗衆ぞくしゅうどもからの罵詈雑言ばりぞうごん。……さっさと見限みかぎればいいのに」

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 ズダンズダン、と徐々に大きくなるならしが右に左にと揺れ動く。

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「勝手なことばかりを言うんじゃない!」

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「———っ」

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 半壊した体育館に、叶恵かなえ先生の、静かながらもよく通る声が響いた。

 知らず知らずのうちに下げていた頭をはっ、として上げ直した瞬間に、すぐ近くを一層したたかに打ち鳴らす轟音。

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「っッ!?!? ———きゃぁっ―――――――」

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 数メートル先の、かすかに白い衣装の面影を見せるシルエットが何かを感じ取ったのか、身構みがまえる体をより強張こわばらせたかと思うと、音だけでも辺りの瓦礫がれきを吹き飛ばしたと分かるとてつもない衝撃がいきなり襲い掛かった。

 離れていたはずの純白じゅんぱくの体が目の前にせまる。

 大型ディザイアーがこの一寸先も見えない暗闇の中、寸分すんぷんたがわずにあたし達を襲撃したのだ。

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「……く―――――――ぅっ!」

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『ほら笑って』




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「……違うよ」

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 体が、熱くなる。

 不思議な感覚だった。今まさに襲ってきている脅威きょういが恐怖となって体の芯を冷やしていくのと同時に、

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「………しんに恐れを持っているのは彼女達の方だ!! 私達がいだいている恐れなど、死と隣り合わせの地獄に身を置いている魔法少女達に比べれば些末さまつなものだ!」

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 すすまみれてが叫ぶ。

 ふつふつとき出す感情がそれ以上に身体を熱くえたぎらせていく。

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「違うよ、野良のらちゃん」

「———っ………、! なん、で、笑っているの? ———くっ………。なんで、あんな、に言われて……なんで、笑っていられる、の……?  さっき階段のところでも、あんなに、みっともない姿を、さらけ出させられて―――――――!」

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 いつの間にか野良ちゃんの、将来は美人びじんさんになりそうな、そんな綺麗な顔が、あたしを見つめ返していた。

 更に体中が熱くなる。

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あたしが笑うのは、『どんな悲しいことも怖いことも。たとえ何があったとしても、笑っていれば、その笑顔が私に力をくれるから』」

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 夢の中のあの人の言葉を思い出すたびに、体が熱くなっていく。

 温かい。

 温かい魔力が、熱く火照ほてった体中にみなぎってくるのを強く感じる。

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「———私達わたしたちが彼女達にびせるべきなのは、罵声ばせい中傷ちゅうしょうなどではなく、その無力な、私達の代わりに頑張ってくれという、生きて勝ちほこってくれという、この闇に負けないくらいの希望の光だ!!!」




「あのね、野良ちゃん。あたしが魔法少女になったのは、皆を笑顔えがおにするため。怖くて、苦しくてつらくて、泣いちゃったり怒っちゃったりする皆の悲しい顔を、あたしの大好きな笑顔をともしてあげたい、照らしてあげたい、っていう、そんなわがままな欲望よくぼうかなえるために、あたしは魔法少女になったんだよ」


 野良ちゃんの小柄こがらな体しにこちらを見る大きな魚眼の瞳が、感情のちらつくようにわずかかに揺れた。

 あたしの右肩を掴み抱いていたリサ先輩が、一歩よろめき後退あとずさる。


「トモナ……アンタ、その体……!」

「ギェぇッ!」

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 野良ちゃんに体当たりを打ちえていた魚ガエル型ディザイアーは、ひるんだように一鳴きすると、再び世界をやみざそうとする。

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「させない! みんなを不安にさせるものは、あたしが討ちはらう!!!」

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 それに対しあたしは、火色の光を灯すあか色の杖を両の手で握りしめ、目の前の、欲望よくぼうみにくゆがませた怪物を強く、しっかりと両目で見据え、杖と同じあかく燃え上がる衣装に魔力を宿す。

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「みんなの笑顔は、あたしまもり通す!!!」


 魚ガエル型ディザイアーがさらひろげようとふくんだ闇を、燃え上がる炎のような光で照らし出す。

 は学校だけに留まらず、東京に、関東に、日本中に、海に、空に、大地に、まるで早送りの皆既月食かいきげっしょく日食にっしょくの映像のように、黒く染まった地球をあかく、あおく、あおく照らしていく。

 そして朝だったところには朝を。お昼だったところにはお昼を。夕方だったところには夕方を。夜だったところには夜を。街灯がいとうや照明の照らす街には街明かりを。街明かりのない夜には星空を。取り戻させていく。

 光は光を呼び、暗闇は夜闇よやみに戻る。


あたしの魔法はみんなを笑顔にする魔法。そうだよね、テリヤキ」

かれ! 小娘ども! この好機こうきのがすな!!」


 いつからそこに居たのか、あたしの頭の上に座る魔力体の大柄な猫は、前足を突き出しときの声を高々と上げる。


「っ! 言われなくても! ——『ともすは火の光。らすはやいば! 打ちはらえ!!』白銀しろがね一閃いっせん山吹やまぶきまい!!」


 目にも止まらない速さで純白じゅんぱくの少女と大型ディザイアーのふところに潜り込んだ白銀しろがねの勇者は、山吹やまぶき花弁はなびらたずさえて巨大な影の体をぎ払った。

 ズワンッ! と純白の少女から巨影の獣を引きがした花弁は、そのままの勢いでそれを吹き飛ばす。


「うはっ、なーにこれ。こんなバカげた一撃いちげき、初めてはなったよ」


 剣を握りしめ振り切った姿勢で、白銀と山吹色の少女は自身の撃ち込んだその馬鹿げた斬撃に驚きをあらわにする。

 くだんの大型ディザイアーはその凶悪なきばを数本くし、横たわったままくるったように奇声きせいを上げる。


「ギッ、クェ、くげぁっぁぁぁぁあああ―――——あっ!?」


 そのよこぱらを貫くは二本のこん。そこへ更に黄緑きみどり色の水が降りかかる。


「やっと追いついた! 急に暗くなったかと思ったら今度は何よ。急に力があふれてくんだけど」

灯成ともな、生きてる?」


 大型ディザイアーと道路をはさんだその向こう、アパートの屋根に立つのはレモン色と、小豆あずき色にアイボリーホワイトの二つの人影。そしてその上、


体中からだじゅうーが燃えたぎるぅ!! しぇいあー!!」


 ちゅうを舞う青銅せいどう色の人影が手に持つ円盤えんばんかかげる。すると、数十もの円盤がどこからともなく現れるとそれを通して光が集束し、その光は一点に大型ディザイアーを捉える。それによって、黒い巨体はまたたに炎に包まれていく。



檸衣奈れいなさん、柚杏ゆあんちゃん!」

鏡子かがみこまで!」


 思わぬ追援ついえんに、歓喜の声を上げるあたしとリサ先輩。


何人なんにんか腰が抜けたりちびったりして置いてきたけど、なんかよく分からんが大丈夫そうだな」

「……魚は、オリーブオイルで焼き上げるにかぎる」

「くぎッ————ィヤリぇぇぇぇぇえぇぇええええ!!」


 柚杏ゆあんちゃんのセリフにあらがってか、じたばたと藻掻もがいていたかと思うと、魚ガエル型の大型ディザイアーは炎を振り払って一際ひときわ大きく跳ね上がった。

 とそこへ、火の光に輝く一挺いっちょうくわが飛来し、巨体に見合う過大な尾ビレを付け根から強引にいていく。


急いでわらわらだけんど、遅ぐなっで悪いおしょーしだ! んだなけおれ頑張ぎんばるっぺな!」


 かがやいているように見えたくわ重々おもおもしくもたのもしい黄土おうど色で、それと同じ色の衣装を身にまとった少女は半分以上聞き取りにくい山形やまがた弁で高らかに叫ぶと、両手に握る得物えものを振り切る。


愛美あみちゃん! 昨日東北とうほくに帰ったばかりなのに来てくれたの!?」

愛美あみは世話焼きだからねぇ………。それにしても、さっきまではかすきず一つわせるのにも総力戦だったのに………。これがトモナの―――」


 リサ先輩がそうひとちるのと同時に、大型ディザイアーは耳障りな発狂を叫喚きょうかんさせてまたも闇を振りこうとする。

 それを見て、あたしはすかさず杖を振り向ける。


「———! させない!! はぁあ!!」


 気合と共に杖の玉に魔力を練り込み、さんさんきらめく光を放射状に放つ。

 暗黒のもやのようなものがディザイアーを包み込みきったところで、光の波は空中に浮いたままのその巨影を暗黒ごと炯々けいけい爛々らんらんと打ち抜く。

 だけど、巨体をおおっていたもやが晴らされた大型ディザイアーは、過ぎ去った光の下に衝撃の光景をさらし出した。


「う……ウソ。まさか……」


 ズウンンンッッ!! とグラウンドを揺らして着地したディザイアーの体は、つるりとした大きいひたいに、ずらりと並ぶ凶悪なきば、丸々としたお腹に、雄々おおしい尾ビレを携えていた。


「そんな……まさか今の一瞬で回復再生したの!?」


 リサ先輩が狼狽ろうばい気味に叫ぶ。

 その動揺は、その場にる魔法少女達にもひろがる。

 ディザイアーは、どの個体も根本的な特性として、かくとなる深紅しんくのコアを破壊しない限りはその硬質こうしつな影の肉体を再生させ続ける。だけど、その再生速度は手作業で粘土ねんどり付けていくようなもので、倒しきれずに取り逃がして数十分の猶予ゆうよを与えでもしない限りは、戦闘中に回復させきることはまずありえない。ましてや、欠損けっそんした肉体の再生ともなれば数時間もののダメージのはずだ。

 終幕の糸口をいとも簡単に断ち切った大型ディザイアーは、「くぅぇっ、クゥェァッ」、とまるでわらっているかのように鳴きわめく。

 せきを切ったように、カラフルな魔法少女達と漆黒くろいディザイアーがお互いの身体を切り結び合いだす。傷を負った魚ガエル型ディザイアーが暗闇くらやみもやを出しては魔法少女がそれを叩くも、身にまとったもやが引きがされた次の瞬間には影の巨体は元に戻っている。

 それを眺めていた野良の少女が、ポツリと言う。


「どうやら、あのもやのような影は周囲を暗転させるものではなく、自己の回復のために発生させたもののようね」

野良のら、ちゃん」

正直しょうじき言って、あなた達国家魔法少女国の狗ども稚拙ちせつな連携攻撃では回復とダメージを繰り返すだけのいたちごっこにしかならない。これじゃ、魔力切れで押し切られて負けるのがオチといったところかしら。私はそれでも別にかまわないのだけど。……けれど―――」


 綺麗な黒い髪を棚引たなびかせて、ほのかな衣装をまとう女の子が巨大な影の化け物からあたしに振り返る。一目ひとめ見れば見惚みほれてしまうくらいに美しいむらさき色の瞳で、あたしの眼を見つめて、


「あなたが人々の笑顔をまもりたいと言うように、私には私だけがまもり抜きたいものがある。あれをほうっておけば、いずれも危険に晒されるでしょう。———だから、あなたの魔力を増幅させているような力で………私に、手を貸してくれないかしら」


 見据みすえて、線が細く綺麗な白い手を差し出す。

 その手に一度視線しせんを落とし、むらさきの瞳を見据え返す。


「お願い。私に、私の大事なものをまもらせてください」

「……名前なまえ………、名前を教えてほしいな。あなたがあたしのことを名前で呼んでくれたように、あたしもあなたのことをちゃんと名前で呼びたい」

「はぁ……? なんでこんな時に―――」


 そう言いかけた黒髪くろかみに淡いだいだい色の少女は目線をらし、若干色の光にてられたようなあかい顔を返してくる。


「……あなた達くにいぬに名前を教えるつもりなんて毛頭もうとうない。本名を伝えるのなんて論外だし……。だから、だっ、だけどあなたになら……あなたがどうしてもと言うのなら、『ルナ』と、そう、呼んでくれてかまわないわ。ㇳ、トモナ」


 思わず笑みがこぼれる。今なら、どんな無茶でも出来そうだ。無性にそんな気がしてくる。


「うん! 一緒にまもろう! よろしくね、ルナちゃん!!」


 差し出された手を取り、横に並び立つ。

 右手で杖を握り締め、体中をめぐる熱い力を練り込んでいく。


「あ、でもあたしのこの光? をルナちゃんに集めたら、また世界中が真っ暗になっちゃうんじゃ……」

「恐らくそれはないわ。さっきあの魚型ディザイアーは再度暗転あんてんの——欲圧よくあつ? を展開しようとした。現在進行形でトモナの魔法があれと打ち消し合っているのなら、奴から影のもやは現れない、あるいは現れたとしても影と光がせめうような構図になるはず。だから、あなたの光が闇をはらった時点で奴の暗転あんてん欲圧よくあつは解除されきってるはずよ」

「そっか、だったら全力で、笑顔の限りに照らしてあげるね!」

「調整をミスして私の目晦めくらましになるのだけは勘弁かんべんしてちょうだいね」

「そんなこと―――、………わ、分かってる!」

「………」


 どこか不安そうな気配を感じた。

 すぅっ、と目をおよがせてから、仕切り直しのように右手で顔をパンパンとはたくと、色にともる玉を上に杖をかかげて、体から漏れ出る魔力もそれに込め入れる。

 ふと、隣を見る。そこには、大立ち回りを繰り広げる大型ディザイアーを視線に定める、あどけなさを残した少女の格好かっこうくも端麗たんれいな横顔があった。

 その視線の先に、あたしも顔を向けて杖を両手で掴む。


「多分、あんまり長い時間はたないと思う。いけそう?」

「大丈夫。もとより一撃で決めるつもりだから。すぐれた回復手段を持つ相手に、悠長ゆうちょうに回復の隙を与える気も、みにくい魂をながらえさせるもつもりも無いから」


 そう言い放つルナちゃんに目線を奪われそうになったその時、ちょこん、とまた頭の上に何かが乗っかる感触が伝わる。


ときは満ちた。けい、小娘こむすめ!」

「言わずもがな! あなたの精霊、面白いわね―――」


 テリヤキの号令に、即座に言い返しただいだい色の少女はあたしをチラ、と見ると一目散いちもくさんに駆け出していく。

 それは丁度ちょうど双棍そうこんの魔法少女とくわの魔法少女が大型ディザイアーを大技で打ち上げたところだった。


「みんな! いっっっっくよ―――!!」


 叫び、ありったけのかがやきを杖の玉と全身からほとばしらせる。広く、大きく照らし出すのではなく、ここだけを、あたしの周り、目の前の友達の行く先を強くかがやかせるように。



「———凄い……。またあのディザイアーを投げ飛ばす程度の魔力をめるのにも、三十分以上いじょう掛かるのを覚悟していたのに、あのの光を受け止めているとそれ以上の力が一瞬にして、ううん、どんどんと湧き上がってくる―――」



 あたしの叫び声に気付いた国家魔法少女こっかまほうしょうじょ達は、猛然もうぜんと駆け寄ってくる野良のらの少女を見ておおよそをさっしたのか各々が瞬時に行動に出た。

 ある者は浮き上がったディザイアーに繰り出そうとしていた攻撃の手を止め、ある者は他の魔法少女をサポートしようとしていた手段をディザイアーの拘束こうそくに回し、ある者は大技を出したばかりで動けない二人の魔法少女を野良の魔法少女の進路から引っ張り出し、ある者は普段自身に掛けている強化詠唱きょうかえいしょうを野良の少女にほどこす。


「「「「「「「「「「いっっっっっっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!」」」」」」」」」」


 半壊した体育館の壁際かべぎわにいつの間にか集まっていた生徒や教師達が、声の限りに叫ぶ。


「——————っ、はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 一際ひときわ強く光る景色の中、思いっ切り地面を蹴った煌々こうこうだいだい色に耀かがやく魔法少女は左拳ひだりこぶしを大きく振りかぶり、眼前がんぜんに迫る、拘束から逃れようと盛大に藻掻もがく巨大な影の怪物目掛めがけて一直線に飛び込んでいく。


「いけ、ルナちゃん!!!」

「———クタバレぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええ!!!!」


 さっきまでの口調くちょうからは微塵みじんも想像できないような雄叫おたびを上げて、だいだい色に光り耀かがやく拳は離れたここまで振動が届く程に空気をさきやぶり、大型ディザイアーの顔面へ猛烈もうれつに叩き込まれた。

 特大の一撃を見舞みまった魚のような化け物は一瞬の抵抗を見せるも、すぐにメリメリとその拳をめり込ませていく。「くぇっ、きぃやぁぁぁぁぁっぁっぁっぁっぁ!」、と苦痛にわめき叫ぶが、それはあっという間に断末魔だんまつまへと変えられる。

 かたい影でできた巨体を次々に弾け飛ばしていくだいだい色の拳は、ついにその肉体を全てかなぐり捨て、今まで見たこともないくらいに大きく、誰の記憶にもない程禍々まがまがしく赤黒あかぐろい光を内に秘めた宝石のような巨石きょせきとらえる。そしてそれはみなみの空に浮かぶ、夕日に照らされた月と重なったところでひびを生み出し、次々と広がりを見せた先にパアアアアアアアアアアアアン!!!!!!! と激しく砕け散っていった。

 それにともない、ルナちゃんの拳に散らかされた漆黒の肉片は呼応するように破裂はれつしていき、そっと風にけ去っていく。


「…………終わ、った……?」


 短くも、とても長い時間静まり返っていたように感じ、だいだい色の少女が飛びきって住宅街に一つ頭の出たマンションへ下り立ったその時、最初に口を開いたのはリサ先輩だった。

 そして、それは次々と周りに伝播でんぱしていく。


「———勝った!」

「「勝ったんだ!!!」」


 続いて体育館の中から様子を見ていた生徒達が次第しだい喚起かんきを上げていき、全てが終わったと実感せしめた国家魔法少女達が近くの者同士で抱き合い勝利に打ち震えだしていく。

 それらに釣られて、あたしまぶたに涙を浮かべて肩を震わせたところでマンションに下りたルナちゃんを見遣みやる。

 ルナちゃんは背中を見せたまま顔だけでこちらをうかがい見ると、あたしだけが分かるような位置で疲れたように手を小さく振ってマンションの陰の向こうに立ち去っていってしまった。立ち去るその前、顔を戻すその寸前に、口元がパクパクと動いていたようにも見えたけど、多分気のせいだろう。見えたとしても、ここからじゃ詳細しょうさいつかめない。


灯成ともな!」


 ルナちゃんを思って涙ながらほほ笑んだその時、体育館の人垣ひとがきの中から女の子が勢いよく飛び掛かってきた。

 ふらつく足はその衝撃を受け止めきれず、数歩すうほよろめいてつまづいた瓦礫に尻もちを着いた。そこで襲撃者の顔を見てみると、それは涙で顔をらした小鞠こまりちゃんのものだった。


「こ、小鞠こまりち―――」

灯成ともな。ごめん! ごめん灯成ともな! あの時、灯成ともなに聞こえてたのか分からないけど、大塚おおつか君に灯成ともなの悪口を言われて、なんでか言葉に詰まって何も言い返せなくなって……。確かに、大塚おおつか君の言ったことに思わないことがなかったわけじゃない。だけど………だけど、私が灯成ともなといつも一緒にいるのは、あんたがすり寄ってくるとかそんなんじゃなくて―――」


 あたしのボロボロの身体を強く、それでも、いたわるように優しく抱きしめる小柄なその少女は、大粒おおつぶの涙をまぶたいっぱいにこぼしながら、そのうるんだ目であたしの瞳を見つめてくる。


「私は、灯成ともなの笑顔が好きだから。いつもどんなことがあっても、くじけずに私の大好きな素敵な笑顔を見せてくれるから、一緒にいるの……! あんたはいつも、ドジばっかり踏んで皆に迷惑かけてるのかもしれないけど、私がそのたびに助けようとするのは、あんたの、灯成ともなの笑顔を見るためだから。だから………私は迷惑だなんて思ってない。あんたが、助ける度に『ありがとう』って、笑いかけてくれるのがたまらなく嬉しいの! だから、死なないで! だから、だから…………」

「大丈夫だよ。小鞠こまりちゃん。大塚おおつか君達が言ってたこと、あたし聞こえてた。でもね、それは大塚おおつか君達が不安だったから。あふれて止まらない怖さが行き場を失くして言葉として出てただけなんだって。だから、その不安をき消すために、悲しい顔を笑顔にするために、あたしは戦ってるんだよ」


 衣装や体と同じようにボロボロになった腕で強引に涙をぬぐいきって、目の前の親友に、今あたしが出来る精一杯せいいっぱいの笑顔で答える。


「ほら笑って。あたし忽滑谷ぬかりや灯成ともな。笑顔が大好きな中学三年生の女の子! 私の笑顔のみなもとは、小鞠こまりちゃんの笑顔なんだよ。……あの時、あたしかばってくれて、すごく嬉しかった。小鞠こまりちゃん、ありがとう!!」

「と………灯成ともな。——————うん! どういたしまして!!」


 あたしの目の前に、かつて見た世界で一番大好きだった笑顔にそっくりな、最高の笑顔が花開はなひらく。

 そのかたわらに、小さく口角を上げる女性科学教師が立って、倒れたあたし達を引き起こしてくれた。

 やがて辺りは夕焼けに包まれ、世界を巻き込んだ一大事件の起こった日は、夜のとばりと共にまくを閉じたのだった。








『ありがとう……トモナ』


 第一章 - 覚醒         完

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