4 ~出撃の少女~


とく緊急きんきゅう警報けいほう発令! 特緊急警報発令! 該当がいとう地区の住民は、すみやかに指定避難していひなん待機所たいきじょへ移動して避難救助隊にしたがい避難してください! 繰り返します。特———』


 街中まちじゅうの放送設備から、何度も同様の避難指示の放送が流れ続ける。

 学校のグラウンドでは、救助ヘリや警察、自衛隊の護送車両がひっきりなしに出入でいりを繰り返しているのが、階段や廊下の窓から見て取れた。政府が発令した危険区域からはずれる待避たいひ施設へ一時避難をするため、集団や親族に関係なく乗員数にたっしたところから出発していっているのだ。

 この学校では逃げ遅れた生徒が出ないように、各クラスごとに点呼を取って登校していた生徒が全員そろったのを確認してから避難行動を開始する。


 階段の踊り場でディザイアーがはっしたと思われる地鳴じなりと衝撃を身にびたとき、周りの皆がわずかに混乱し放心しているなか、階段を下りていた途中のはずの深輝みきちゃんを思い出して下を見たけど、そこには彼女の影は見当たらなかった。突き動かされるようにあわてて折り返しの階段まで下りてそのしたも確認したが、やはり深輝みきちゃんらしい人物は見受みうけられなかった。

 東京湾とうきょうわんに現れたというディザイアーの衝撃が、同じ東京にあると言っても、だいぶりくに入ったところにあるこの学校まで届くというのは、普通ありない。

 一抹の不安にられるも、残された小鞠こまりちゃんを放っておけないし、託されたノートもとりあえず階段を下りてすぐの職員室まで持って行かなきゃという謎の使命感にとらわれて、深輝みきちゃん探しはひとまず後回しにした。

 小鞠こまりちゃんと一緒に体育館まで走った時には、先に集まった生徒が入り口をふさいでいて、中に入るまで少し時間がかるようだった。

 来る途中にこっそり確認した魔法少女まほうしょうじょ用の連絡れんらく携帯けいたい端末たんまつでは、


『東京及び東京近郊の魔法少女は、緊急指定地域を担当する者以外は出動態勢が取れ次第、ただちに対応せよ。又、一定速度以上の移動手段を持つ魔法少女は、該当地区外であっても出動を要請する』


 と来ていた。最後の一文を読んだだけでも、今回のディザイアーの異常性が見て取れる。

 さっきから何度も見上げている空ではちら、ちら、と幾筋いくすじのカラフルな影が飛び去っている。すでに出動している他の魔法少女達だ。その中には、見慣みなれた山吹やまぶき色のものもあった。


 魔法少女は、原則的にその正体を知られてはいけない。


 魔法精霊獣まほうせいれいじゅうと契約して魔法少女となったときも、日本政府と契約をわした時も、同様にさだめられた約束だ。それぞれに理由や意味はあるだろうけど、どちらにせよ、人目ひとめがあるところでは変身できない。

 ふと気配を感じ、体育館から目線を外し辺りを見回す。そして見つけた。

 あたし達の出てきた教室棟のかげで、遠目とおめでも怒っていると分かるくらい顔をしかめたねこのような小動物がこちらを見つめている。あたしの契約魔精獣の《テリヤキ》だ。照り焼きハンバーグのようなこんがりとした毛色からあたしが勝手に名付けた。本人は不服ふふくのようだけど。


灯成ともな、行くよ」

「あ、うん」


 小鞠こまりちゃんがあたしの腕を引っ張る。

 体育館に群がった人だかりが、ようやく動き出したみたいだ。テリヤキに手だけであやまって中へと進んでいく。

 人ごみになかば押し潰されるような形で入った体育館には、もう半分くらいの生徒が集まっていた。後ろ側の入り口から入ったあたし達は、三年生が集合する舞台ぶたい前まで移動する。

 誰でもいいから先生に声を掛けようとするけど、女子平均の身長よりわずかに低いあたしの目線では、見渡みわたしても見えるのは人の頭ばかりで誰が誰だか分からない。

 三年生の集合場所まで来たところで、ようやく生徒に指示を出している先生を見つけることが出来た。

 その先生のもとまで駆け寄って声を掛ける。


「先生!」

「ん? 忽滑谷ぬかりやか。ああ。そういえば、忽滑谷ぬかりや魔法少女まほうしょうじょ保護ほご管制局かんせいきょく庇護ひご担当者だったな。担任の先生には私から話をつないでおく。点呼は出なくていいから急いで、かつ安全にはいして保健室に向かいなさい」

「っはい。ありがとうございます!」


 声を掛けた先生は運の良いことに、叶恵かなえ先生だった。あたしの事情を良く知っている叶恵かなえ先生は、あたしの顔を見た瞬間に事態をさっしてくれたようで、話を合わせてくれた。

 小鞠こまりちゃんに「行ってくるね」とだけげ、急いで出口を目指して人垣ひとがきをかき分けて進む。

 その途中、出口付近に集められる一年生達の近くを通ったときに、男の先生の大きく通りの良い声が耳に入る。


「おい。東京とうきょうはどうした! 一年は二組以外、そろっているぞ。誰かあいつを見かけた者はいないか!」


 それだけがはっきりと聞こえ、体育館を出る。

 『東京』。ついさっき聞いたばかりの、珍しい苗字だ。まさかと思いつつも、今はすぐにでも変身していち早くディザイアーと戦っている皆の元へ向かわなくちゃ。

 気になる思いをひとまず頭の片隅に追いやって、教室棟のかげで待つテリヤキのところへ駆けつける。



「遅い!」


 小動物ぜんとした姿からは全く想像できないようなしぶい声で、開口かいこう一番に怒られる。


「だって……小鞠こまりちゃんを放っておくことはできないし、それに勝手に抜け出すわけにもいかないし」

「あの小娘こむすめはお前よりも気丈きじょうだから問題ないだろう。学徒がくとの確認の方も御陵みささぎ殿がゆえ、お前がらず騒ぎになったとしても対処できるはずだ」

「うぅー。そうだけど……」


 きびしい。

 その厳しさは頼もしさの証でもあるんだけど。ただ、そうはいってもやっぱり、あたしは投げやりにはできない。いつもここでテリヤキと言い合いになる。


「グダグダと言っていないでさっさと始めんか」

「はーい。……いくよ。テリヤキ!」

「そので呼ぶなと毎度まいど言っているだろう!」

「だってテリヤキ、ホントの名前教えてくんないじゃん」

真名まな外界がいかい易々やすやすと名乗れんと言っておろうが」

「じゃあテリヤキでいいでしょ」

「名付け方がずさんだと言っとるんだ」

「はいはい。分かったからいくよ」

「キサマっ」


 テリヤキの怒声どせいを無視して、両手を胸の前で合わせて魔力をり上げる。それを開けた空間にテリヤキが飛び込む。


「まったくこの小娘はッ」


 テリヤキはそう言いながらも、あたしの変身に合わせてその体を魔力分散させてくれる。

 はじめに、あい色のブレザーが光に包まれてほぐれていく。続いてスカートが分散して新たな形を作り、ブラウスが光にけ、ブラとスカートの中の下着も一度ひかりに混ざり魔力へ置き換わる。光があい色からあか色に移り変わって弾けたかと思うと、次の瞬間には色を基調きちょうとしたファイティングドレスへと換装かんそうしていた。

 ドレスからはじけた魔力の光は、足のつま先に宿やどると上靴をヒールが付いた草鞋わらじ下駄げたかのようなサンダルへみ上げ、そのまま脚を上って全身を精査するように通り過ぎていく。最後に、光はあかみがかったあたし茶髪ちゃぱつ真紅しんくあかへ染め上げ、目の前に手をかざすとそこに凝縮ぎょうしゅくされて杖を形作る。

 それを手に取り、変身は終わりだ。


「ふん、いつもより遅いな」

「いいでしょ別に。はたから見れば一瞬なんだから」


 実体から魔力体へと変態し、あたしの周りをふよふよとただようテリヤキは鼻を鳴らす。


「その一瞬の中の刹那せつながモノをいう世界こそが《戦い》だということを忘れ――」

「あー! そうだ忘れてた」

「最後まで聞かんかこの小娘!」


 テリヤキの忠告もそこそこに、慌てて渡り廊下へ出て校舎に飛び込むと廊下をもうダッシュする。

 体育館から出てからテリヤキの元へ向かう前に連絡端末の情報を見たとき、築地つきじの漁港から発生した大型のディザイアーは、特に目指す先を見せず品川しながわ区を迂回うかいして環七カンナナを北上してきていると表示されていた。急がないと。

 用務倉庫、生徒指導室、資料室、第二資料室を一息で駆け抜け、保健室のドアを潜る。


「せんせー!」

「あらトモナさん。今日も変身してから来ちゃったの」


 あたしが勢いよく飛び込んできても、驚いた様子もなく手にしていた湯呑ゆのみをすするこの人は、この学校の養護ようご教諭きょうゆ佐藤さとう先生だ。

 人の良いおばさん。といった風貌ふうぼうのこの人は、この学校であたしの正体を知っている数少ない政府関係者だ。関係者と言っても学校側との関係を取り持ってくれているだけのもので、実務じつむとしては保健室の先生がほとんどらしい。


「あ、うん。あたしは来たから。いそぐしもう行くね」

ほかの生徒に見られたら大変だから、ここで変身なさい。っていつも言ってるのに」

「ごめんなさーい」



 魔法少女は、原則的にその正体を知られてはいけない。


 日本政府からしめされているそれは、ひとえに魔法少女本人の安全が考慮こうりょされたルールだ。

 魔法少女が通う学校の生徒や家族を、第三者の一般人や、はん魔法少女思想を持つ人物に狙われないようにするためにされている。

 政府が取り組んでいるそのシステムの一つが、さっき叶恵かなえ先生が言っていた《魔法少女保護管制局の庇護担当者》措置だ。

 かく学校ごとに政府から依頼いらいされた女子生徒じょしせいと達が、魔法少女が出動するさい指定してい待避たいひ区画へ移動して、魔法少女を他の生徒に特定されないように隔離かくり保護される。学校も特定されないよう、魔法少女が所属していない学校でもこの措置は行われているらしい。

 どこかしらの学校に通う魔法少女は、公儀的こうぎてきにはそれに協力しているということになっている。ディザイアーが現れたとき、出動して居なくなってもバレないようにするためだ。

 そしてこの学校の庇護ひご担当者の指定待避区画と言うのが、ここ佐藤さとう先生の保健室というわけだ。今回はこの学校も危険区域だから、庇護担当者が全員保健室に来て、佐藤さとう先生の指示で別の避難場所に移動するらしい。


 佐藤さとう先生に流れるように謝ってから、廊下をうかがい見る。さっき校舎に入る前に、ほとんどの生徒が体育館前に集まっていたのを確認している。一気に行けばあたしだってバレることはないだろう。

 変身する少し前から遠く、かすか断片的に聞こえてくる戦闘音。滅多めったにない広域的な召集しょうしゅう要請ようせい。まだ戦闘はおろかディザイアー本体を目にしてもいないのに、得体のしれない不安がドアのサッシをつかむ右手の力を軽少ながらも強くさせる。

 湯呑みが机の上にコト、と置かれる音がつかの間の静寂せいじゃくの中に小さく響く。

 振り向いた先の佐藤さとう先生の表情は、入ってきた時と変わらないほがらかな顔。


「トモナさん。——気を付けて、ね」

「ッ!」


 あやうく忘れるところだった。

 あたしが、なぜ戦うのか。あたしの、魔法少女として戦う理由を。

 くすぶり出しかけた不安を。佐藤さとう先生の心配を吹き飛ばすくらい、なんともない。そんな笑顔をたずさえて、


「……うん、行ってきます!!」









 満面の笑みを浮かべて飛び出していく彼女。あんなに小さいのに、心配でたまらないのに、あの子はいつも、どこか安心できるような、そんな顔をする。

 廊下に響かせる快活かいかつな足音を残された保健室で聞き、見送る。その時、何か硬い物が倒されたような音が鳴り渡り、「あでっ、わったっ。消火器しょうかきが! あぁっ刺股さすまたがぁっ! あー!!」という悲痛ひつうな声も聞こえてくる。

 そこへ、他の庇護担当者の子たちが保健室に入ってくる。


「あれ? さとちゃん先生どうしたの?」

「はぁ。……やっぱり、少し心配だわ」

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