第17話 あし

 県境の長いトンネルを抜けると、そこは雪道だった。

 どうもみなさん、こんにちは。こっぺです!

 僕は今、とーきょーを離れてやまなし県って所に来ています。

 かなたご主人様の車に乗って、三時間くらいでしょーか。僕たちの入っているけーじがときどきがたんごとんと音を立てます。二人の会話を聞いていると、もうそろそろ目的地に着くそうです。


 「あ、富士山。うわーっ、やっぱ大きいねー!!」

 「うん。時々見えてたけど、だんだん近づいていくとより一層大きさが際立つなあ」


 そらご主人様とかなたご主人様が、窓の外を見ながらはしゃいでいます。

 富士山って、あれですよね。時々遠くの方にみえる、真っ白ーい雪を被ったお山のことですよね。

 そんなに大きいんでしょうか?


 あ! 今僕たち、一家総出で旅行に来ているんです!

 どういうことかと言いますとですね?

 そらご主人様がゆーきゅーを貰ったんです。三日続けて貰ったので、それじゃあってことでかなたご主人様が久しぶりに旅行にでも行こうかって計画したんです。

 そしたら、やまなしの方に僕たちも泊まれるりょかんがあるっていう情報がぱそこんにあっぷされてたそうで、そらご主人様が行きたい! とのことで、いつもはお留守番の僕たちも今回は一緒に旅をしているんです。


 《――ケージの中は流石に狭いな》

 《あら、そうかしら? かれー、少し太ったんじゃない?》


 かれーの不満そうな声に、めろんが笑い声を押し殺しながら告げます。

 確かに、かれーはいつ見ても大きいままですよ。僕がここに来た時、小さな小さな仔にゃんこだった時からずーっと体格差は縮まっていません。それどころか、離されちゃってる気がします!


 《なん、だと……》

 《かれー、動揺しすぎー》

 「よし、ついたぞー!」


 かくん、と車が停まったのは、かれーが自分の肉球を凝視しながら呟いた直後のことでした。

 小さな動作音がして、左側のドアが開きます。さっきまで助手席に座っていたそらご主人様が、よいしょと自分のバッグを背負った後、僕とかれーの入っているけーじを持ち上げます。

 めろんのけーじは、かなたご主人様が持つようです。


 その旅館は、林の中にありました。

 とっても大きな、お屋敷みたいなお家です。僕たちが住んでいるマンションとは全然違います。木と、土の匂い。ふわりと風が吹いて、甘い花の匂いが漂ってきました。

 建物の入り口の上。大きな一枚の木が付けられていて、そこには真っ黒い文字で『萌木荘』と書かれていました。


 「ごめんくださーい」

 「こんにちはー。予約していた鷹匠です」

 「あら、いらっしゃいませ! 萌木荘へようこそ!」

 からからと乾いた音を鳴らす引き戸を開けて建物の中に入ると、不思議な服を着た若い女の人がぱたぱたと駆け寄ってきました。


 「予約の時間前に着いちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

 「ええ、ええ。大丈夫ですよ! もうお部屋の準備は整ってますから。……あ、猫ちゃんも一緒ですね」


 若い女の人は、女将さんというらしいですよ。女将さんはニコニコと笑いながら、僕たちの入っているけーじに視線を移します。茶色い瞳が、きらきらと輝いていました。


 「ええ。俺が持ってるケージに入っている白猫が、めろん。雌で、今年で三歳になります」

 「めろんちゃんかー、可愛いねぇ」

 「天の持ってるケージ、黒猫の方がかれーで、白と茶色のちっこいのがこっぺです」

 「まあまあ、美味しそうな名前ですね。よろしくねー」


 女将さんは僕たちに手を振ると、かなたご主人様の持っている大きな大きなバッグを受け取りました。


 「さ、お部屋に案内しますね。二階になります」

 「はい。行こうか、天」

 「うん」


 新しい木の香りのする階段を上がって、二階に上がります。突き当りの廊下を進んで、三番目の部屋の前で女将さんは立ち止まります。

 引き戸を開けて中へと案内されます。中は、和室になっていました。


 「わあー、広いよ!」

 「うん。窓からの眺めも良いし、最高だな」


 そらご主人様が部屋に入るなり歓声を上げます。かなたご主人様の声も、ちょっとだけ楽しそうです。

 仲居さんは、お風呂の時間と、夕食の時間だけ伝えると、ごゆっくりーと言って、部屋から出ていきました。もちろん、僕たちに手を振るのも忘れませんでしたけど。


 「ほら、出ておいでー」

 《――ふう。ようやく解放された》

 《やっぱり、体が伸ばせるっていいわねー》


 そらご主人様が僕たちのけーじの鍵を開けます。かれーはのっそりと、めろんはしゃんなりと出てきて、それぞれ体を伸ばします。僕もさっそくけーじから出てみると、床は見たことも無いつるつるした浅葱色の草の絨毯が敷かれていました。

 これ、なんでしょー?


 《そうか、こっぺは初めてか。これはな、畳という》

 《たたみ?》

 《ええ、そうよ。私達が生まれるうんと前から、人の世界にあるじゅうたんなの。柔らかいし、こう見えて滑らないからとっても過ごしやすいのよ》


 かれーとめろんに促されて、僕は恐る恐る一歩を踏み出します。

 肉球にざらざらした感触が伝わります。ちょっと冷たくて、でもめろんの言ったとおりある程度柔らかさもあります。そしてなにより、爪がいい感じに引っかかってくれるので、木の床よりも走りやすそうです。


 《この床、歩きやすいですよーっ!》

 「……こっぺたちも、満足しているみたいだな。さて、と」

 「え? あ、ちょっと! 出かけるんじゃないのー?」


 古い木の匂いがする机の上に、かなたご主人様が愛用ののーとぱそこんを広げます。一緒に取り出した紙は、そうです、あの『天泣』のぷろっとでした。

 あの日、へんしゅうの丸山さんから告げられた言葉は、こうでした。


 『出版は出来ます。しかし、これはドキュメンタリーであって、ライトノベルじゃありません。作風が違う以上、今までのファンを失う可能性もあります』


 真剣な表情で、ぷろっとの書かれた紙を手の甲で叩く丸山さんに、かなたご主人様は言いました。


 『それでも。それでも、誰かに伝えなければならない事実があるのなら、俺は書きますよ。一人の小説家として、一人の人間として』


 結局、その言葉に折れた丸山さんが企画書を持ち帰り、次の週でゴーサインが出たんですよね。

 で、今は原稿を急ピッチで進めている所なんです。かなたご主人様のきーぼーどを叩く手の動きが凄いですよ。ざんぞーが見えます。


 「……もー。せっかくデートしようって思ってたのにー」

 「別にいいだろ、三泊四日なんだし。残りの三日は存分に付き合うからさ」

 「じゃあ良し」


 かなたご主人様の肩にのしかかっていたそらご主人様がその言葉に気を良くして離れていきます。

 僕しってますよ。これが巷に聞く、ちょろいんって奴ですね!


 《――こっぺ、そんな言葉をどこから覚えた?》

 《本当に、この子はもう! 余計な言葉ばっかりほいほい覚えていくんですから》


 かれーとめろんがじとーっと僕を見つめてきます。

 いやいや、これはその、あれですよ。いつもそらご主人様がアニメを見ていますから。ついつい見ちゃうんです。

 しょうがないじゃないですかっ!


 「ここの表現、もうちょっと柔らかい方が良くない?」

 「うーん……。災害現場の現実を伝えるには、これが一番だと思うんだけどなぁ」

 「だけど、辛い苦しい痛いだけじゃ、悲しいだけだよ。ほんのちょっとだけど、希望はあったってことも伝えないといけないんじゃないかなぁ」

 「そう、か。だったら――」


 ご主人様たちは、あーでもないこーでもないと言いながら作業を進めていきます。あの調子なら、今日の夜は丸山さんに良いほーこくができるんじゃないでしょうか。


 めろんとかれーは窓際に置いてある机の上でお昼寝もーどになってますし、僕も長旅で疲れたので休むとします。二人の間にむりやり体を押し込んで、僕の居場所をかくほします。かれーは迷惑そうにしてますけど、今日は許してください。

 それじゃ、お休みなさーい♪

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