第16話 ふくらはぎ

 どうも皆さん、こんにちは。こっぺです!

 今日は、お家にお客さんが来ています。丸山さんといって、かなたご主人様のへんしゅーさんです。

 お家に来るのは久しぶりなので、めろんとかれーはそれぞれかなたご主人さまとそらご主人様の隣にくっついてます。僕はというと、そらご主人様のふくらはぎにすりすり。かなたご主人様のふくらはぎにもすりすり。

 丸山さんが今日来たのは、新作の打ち合わせの為なんだそうですよ。今、かなたご主人様が書いているあれかな?


 「さて、鷹匠さん。『俺氏、紆余曲折あった結果、幼馴染に告白する』なんですけど、重版決定しました。おめでとうございます!」

 「あ、ありがとうございます!」

 「これで、人気作家の仲間入りですね。編集者としても鼻が高いですよ」


 リビングで、かなたご主人様と向かい合って座る丸山さんがかれーを撫でながら嬉しそうに報告します。

 かなたご主人様も嬉しそうにしていますけど、キッチンでお茶の準備をしているそらご主人様が一番嬉しそうにしてます。


 『俺氏、紆余曲折あった結果、幼馴染に告白する』。

 これ、かなたご主人様とそらご主人様が出会ってから告白するまでを描いた恋愛小説なんだそうです。全部で三巻出ているんですけど、人の界隈では結構人気があるんですって!

 もうすぐアニメも始まるみたいですし、かなたご主人様は一躍ゆーめーじんというわけです。


 「『祝災のアルタグラ』はどうですか?」

 「そっちも順調に売れてますよ。後は、鷹匠さんの執筆スピードにかかってます」

 「うぐ。善処します……」


 思わぬ所から飛んできたど辛辣な意見に、がっくりと項垂れるかなたご主人様。

 丸山さんいわく、むらっ気があるそうです。確かに、これまでのかなたご主人様を見ていると、楽しそうに鼻歌まで歌いながら凄いすぴーどで書いている時と、この世の終わりみたいな顔で一文字ずつ書いている時があります。

 あ、そらご主人様がキッチンの向こうでケラケラと笑っています。


 「それで、鷹匠さん。今日お伺いしたのは、そろそろ新作をと思ってお伺いしたのですが――」

 「その件についてなら、もうプロットは出来ています。いくつか作って来たので、取り敢えず見て頂きたいんです」


 かなたご主人様はそう言うと、透明なふぁいるから何枚かの紙を取り出してテーブルに並べました。丸山さんが胸のポケットから眼鏡を取り出して耳に掛けると、真剣な表情で紙を見比べます。

 うわあ! こういうの、どきどきします。


 《へぇ。ご主人様の新作、私も見てみたいわ》

 《――俺も気になるな。こっぺはどうする?》

 《僕も行きます!》


 ぴょいぴょいとテーブルの上に飛び乗るめろんとかれーの後を追って、僕も椅子を伝ってテーブルに飛び移ります。


 「取り敢えず、現時点で考えているのは、3つです」

 「ほう」

 「まず、一番左から。タイトルは、『個人的にお前のド貧乳を揉みしだきたいと考えているんだが、その件についてお前は個人的にどう思う?』 です」


 かなたご主人様は、並べられている3枚のうち、一番左端を指さしました。

 なんだか、思い切ったタイトルです。ストーリーは、主人公の松風新まつかぜあらたがヒロインの倉科六華にちょっかいをかけ続ける日常を描いた作品ですね


 《……随分とはしたないタイトルね。ご主人さまは一体何を考えているのかしら》

 《安定の深夜テンションだな。採用は難しいか》


 憤慨しためろんが、タイトルが書かれた紙にぱんちをお見舞しています。

 そして、かれーの言う通り、丸山さんは渋い表情で首を横に振りました。


 「タイトルがちょっと……。最近は世間の目も厳しくなっていますから、あまり直接的な表現はNGで」

 「やっぱり駄目ですか。じゃあ、次の。『異世界転生した我が、ニポーンヌで働く』はどうです?」


 かなたご主人様はすっぱりと諦めて、真ん中の紙を指します。オリミュラ公国という国で騎士団長を務める巨漢の漢・ルドルフが、日本の田舎町に転生するストーリーです。昔流行った、『異世界転生』ってやつですね!


 「異世界モノですか」

 「はい。物語の流れとしては、ルドルフが日本語の習得に苦戦したり、強かすぎる老人たちにしてやられたりしながら、町の住人として認められていく、みたいな感じで」

 「ほうほう。物語の展開としてはありきたりですけど、面白そうですね」


 丸山さんが早速食いつきました。

 《コペルニクス》を起動した二人が、登場人物やら舞台の設定を詰めていくなか、話の内容は主人公とヒロインの恋愛に移ります。


 「恋愛要素は? やっぱり入れるんですよね?」

 「10歳年下の少女との恋模様を。ただ、設定として国に遺してきた婚約者の存在があるので、成立はさせないかもしれません」


 それを聞いた丸山さんは、小さく唸ると腕組をしました。


 「最初から成立しないとなると、やはり気になるのは読者の反応ですよね。特に鷹匠さんは、主人公とヒロインの作り出す甘々な雰囲気が受けているので」

 「ま、マジですか」

 「マジです。とにかく、これは持ち帰って検討してみます」


 そう言うと、丸山さんは胸ポケットから赤いペンを取り出してタイトルの上に大きく三角の印をつけました。かなたご主人様が『祝災のアルタグラ』を出した時も、提出したぷろっとにこの印がつけられたんですよね。

 これは、このまま決まりでしょうか?


 《――いいえ。こっぺ、まだがあるわ》

 《え? あっ、そうだった!》


 めろんはそういうと、最後の一枚を尻尾で指し示します。

 そうです。まだ、あの小説が残っています。


 「最後は、もう本文を書き始めてるんです」

 「ほう。早いですね」

 「あー、なんというか、筆がのっちゃいまして」

 「良いじゃないですか。タイトルは、『天泣』? いや、これは――」


 丸山さんは厳しい表情になって、ぷろっとが書かれた紙を何度も何度も読み込みます。

 その姿を、かなたご主人様と、その隣に座ったそらご主人様が固唾を飲んで見守ります。もちろん、僕たちも。

 どれぐらいの時間が経ったのでしょうか。五分、十分、それ以上かもしれません。《コペルニクス》を起動してまで紙を読んでいた丸山さんが、顔を上げました。


 「どう、でしょうか?」

 「結論から言います。出版自体は、可能です」

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