第15話 ふともも
どうも皆さん、おはようございます。こっぺです!
今日も、かなたご主人様は小説を書いてます。ここまでは、いつもどうり。
でも、今日はちょっとだけ様子が違うんです。
なんと! かなたご主人様がリビングで小説を書いているんですよーっ!
皆さん、事件です!
きっと、今日は何かが起きるに違いありません。ペロッ、これはおやつのカリカリの味!
《――こっぺ、おはよう。今日も元気だな》
《あっ、かれーおはよう。僕、かなたご主人様がリビングで小説を書くの、初めて見ます》
《そうか。……こっぺ、こっちに来い》
《?》
かれーは僕について来るように促すと、いつもの場所から離れてかなたご主人様の足もとへと向かいます。
……いいんでしょうか? 昨日は邪魔してほしくないって言ったのに。
かれーは思いっきりジャンプして机の上に飛び乗ります。僕はまだ仔にゃんこなので、一旦椅子の上に飛び乗ってから、もう一回ジャンプ。
これがいわゆる、二段ジャンプってやつですね!
「おー、かれーか。あれ、こっぺもいるのか」
《ああ。かなたご主人様、構わないだろう》
「ち〇ーるか? これが書き終わったらな」
相変わらず、僕たちとご主人様たちの会話は成り立ちません。僕たちは人の言葉を理解できるのに。なんでぇ?
それはともかく、僕もちゅー〇欲しいです!
ちゅ〇るを求めて僕がテーブルの上を歩いていたら、かさり、と足元で音がしました。
僕の後ろ脚が、白くて分厚い包みを思いっきり踏んでました。
《わっ! 僕、わざとじゃないですよ!》
「おっと。こっぺ、これは踏んじゃあかん奴だ。ちょいとご免な」
「こっぺ。こっちにおいでー」
僕が足をどけたその隙に、かなたご主人様が白い包みをノートパソコンの傍に持っていきます。
かなたご主人様の隣に座っているそらご主人様が、僕を抱き上げて膝の上に乗せました。ふともも、温かいです。くんくん。
かれーはというと、鼻をひくひく動かして白い包みの匂いをしきりに嗅いでいます。
《ご主人。これは――》
「かれーも見るか。つっても、お前にとっては辛いかもしれないけど……」
《構わない。もう、俺は消化している》
「こっぺも、見る?」
かなたご主人様は、白い包みの中から物凄い量の写真を取り出しました。10、20、それ以上です。
でも。
写真に写っていたのは、なにも無い土でした。まん丸い形に切り取られて、でこぼこになった大地の写真。
水が無くて、しわしわに枯れてしまった草たち。
そして、不自然な形の岩、岩、岩。
これ、なんでしょう?
ここが、前に言っていたかれーの元居た場所なんでしょうか。それにしては、家も人もにゃんこ達も、何もいませんけど。
《――こっぺ》
《かれー。ここって、本当にかれーが元々居た場所?》
《そうだ。ここはな、
《でも、これ》
《ああ。今は、もう存在しない。あの日から、俺の故郷は消えてしまった》
そう言って、かれーは大地しか映っていない写真をじっと見つめました。無表情に見えても、僕にはわかります。かれーは今、ものすごく悲しんでいます。
「こっぺ、気になる?」
《そらご主人様。はい、僕はとっても気になります。かれー、どこに住んでいたんですか?》
「この写真はね。私の知人の写真家が撮ったの。その人、湊さんって言うんだけど。湊さんの親戚が、ここに住んでいたんだけどね、皆亡くなったの。巻き込まれちゃって」
「ああ。俺たちが会った時は、あの子たちはまだ小学校に上がる前だった。なのにもう、この世には居ないんだ。成長した姿を、見てみたかった」
かれーと二人のご主人様は、口をそろえて同じ言葉を口にしました。
今から数年前、あの土地に大きな大きな彗星が降ってきて、たくさんの生き物が巻き込まれたそうです。
そして、かれーはもともと、はなまきしで飼われていたにゃんこだったらしいのです。
ですが、このおおきな《さいがい》に巻き込まれて、ご主人が居なくなってしまって、一人寂しく施設に預けられていたところをそらご主人様とかなたご主人様に拾ってもらったそうです。
僕には、想像もできませんでした。
にゃんこに歴史あり、とは言います。でも、かれーの歴史は、僕のよりも、めろんのよりもずっとずっと重かったんです。
《かれー。あの、》
《こっぺ。気にするな。すべては、過去なんだ》
《え?》
かれーは、そらご主人様の膝の上で何も言えずにいる僕の前まで歩いて来ると、目を細めて頬ずりをしました。
んふー、あったかーい!
《もう、元のご主人様は居ない。あの街に、俺が居た痕跡は何処にもない》
《……》
《だが、俺はここに居る。二人のご主人様に恵まれて、たくさんの愛情を注いでもらっている。そして、なにより。――血は繋がってなくとも、大切な家族がいる》
そう言って、かれーはテーブルの上に広げられていた無数の写真の中から、一枚の写真を鼻で示しました。
《それに、俺は憶えている。前のご主人様の、温かくて大きな、皺だらけの手を。前のご主人様の、甘い柑橘系の匂いを。前のご主人様の、向日葵の様な笑顔も!》
《かれー……》
《だから、俺はこれで良いんだ。これが良いんだ。お前が必要以上に、気に病む必要はない》
そう言って、話は済んだとばかりにかれーはいつもの陽の当たる窓際に歩いて行くと、丸くなりました。
僕はそらご主人様の膝から飛び降りると、かれーの隣で丸くなります。やっぱり、かれーの隣はあったかいです。
めろんは、僕の代わりにそらご主人様の膝の上で丸くなっています。尻尾を撫でてもらって嬉しそうです。僕も今度やってもらおーっと。
かなたご主人様は、写真を一枚一枚眺めながら小説を書いています。
その横で、そらご主人様がコーヒーを飲みながらパソコンの画面を見つめています。
かなたご主人様がパソコンを叩く音と、そらご主人様のコーヒーを啜る音を聞いているうちに、だんだん眠くなってきました。
今日も、絶好のお昼寝日和です。
おやすみなさーい!
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