第12話 こし

  皆さんどうも、こんばんわ。こっぺです!

  今日は、かなたご主人様がお仕事の日です。と言っても、お部屋で執筆するんじゃなくて、本屋さんであくしゅかいがあるそうなんです。

 普段は絶対に着ないような、高そうな服に着替えて、髭もしっかり剃っちゃって、髪も何かで固めています。


 「どうかな。変じゃない?」

 「ううん、大丈夫。カッコいいよ」


 不安そうに自分の髪を弄るかなたご主人様に微笑みながら、そらご主人様は首に何かを巻きつけます。あの細長い布、何をするんでしょーか?


 《あれは、ただの布じゃない》

 《あ、かれー。おはよう》

 《おはよう。あれは、ネクタイと言うんだ》

 《ねくたい? あれを首に巻いて、どうするの?》

 《さあな、そこまでは俺にも分からない。ただ、あれを付けていると、気分が引き締まるらしい》


 かれーは大きなあくびをしながら、慌ただしく準備しているご主人様たちを見つめています。かなたご主人様の着ているあの黒い服、すーつって言うらしいですよ。いつもとは違ってぴしっと、ぱりっとしています。印象が360度違って見えます。そして、緊張気味のかなたご主人様を見つめるそらご主人様の目も違います。なんだか、うっとりしてます。雌の眼です。


 「あー……。緊張してきた」

 「今から緊張してどうするの。何回か握手会はやってるし、顔なじみのファンの方だっているんでしょ?」

 「いや、そうなんだけど。ほら、変に期待されてる分、悪評価だったらだったらどうしようって考えちゃうんだよ」


 かなたご主人様は腕に巻いた時計を弄ったり、変にジャンプしてみたりと落ち着きがありません。そんなかなたご主人様を尻目に、そらご主人様が真っ黒い鞄の中にポイポイと物を入れていきます。


 「ハンカチ、ティッシュ、財布、サインペン……はどうするんだっけ? まあ、入れちゃえ! それと後は、コペルニクスの充電器に――」

 「あっ、サイン会が終わっら、いつもの偉い方々と食事会があるんだ。だから、今日は遅くなるよ」

 「うん、分かってる。はい、準備できた! もうそろそろ出ないと、間に合わないんじゃない?」


 そらご主人様が机の上に置いてある時計に表示されている時間を確認します。椅子に座って鞄の中身を再確認していたかなたご主人様が弾かれたように立ち上がると、玄関に向かいます。

 なんだか今日は大事な日らしいので、僕たちもお見送りに行きます。かれーとめろんは真っ先に二人に付いて行って、靴を履いているご主人様の横で鼻をひくひくさせていました。


 「じゃあ、行ってくる。夕ご飯は、先に食べてていいから」

 「分かってる。行ってらっしゃい!」

 《頑張りなさい、奏太ご主人様》

 《……ん。家の事は任せてもらおう》

 《わー、ご主人様がんばれーっ!》


 一家総出で見送りをして、かなたご主人様が扉をバタンと閉めて。

 一気に部屋の中が静かになりました。そらご主人様はリビングのソファに腰を下ろすと、はあーと大きなため息を吐きます。


 《あら? ご主人様、体調が優れないのかしら?》

 《大丈夫ですか?》


 真っ先にめろんがご主人様の傍に寄り添います。僕もそらご主人様の足に体をすりすり。今日のそらご主人様はふわふわの靴下を履いているから、足元があったかいはずなんです。でも、最近は寒い日が続きましたから、風邪引いちゃったんでしょうか?


 「あー。奏太、今日のサイン会大丈夫かな? 失敗して落ち込んで帰ってきたりしないよね? 電車に乗り遅れてないかな? というか忘れものしてないかな?」


 ――あれ!? かなたご主人様の心配ですか!? 元気が無いのって、そういうこと?

 僕が唖然としていると、膝の上に乗っていためろんが前足に力を入れて大きな大きなあくびをします。あれは、めろん機嫌が悪くなってますね。


 《……はあ。何事かと思ったら、まったくもう。心配して損したわ》

 《――似た者同士という事だ。俺はもう慣れっこだがな》


 そらご主人様に恨みがましい目を向けるめろんの横を、かれーがすまし顔で通り過ぎます。そうして、そのままキッチンの方に消えていきました。水でも飲みに行ったんでしょう。

 爪とぎを始めためろんは放っておいて、僕はソファにうつ伏せになったそらご主人様の背中に飛び乗ります。そうして、腰のあたりをふみふみ、ふみふみ。


 「あー、そこ。そこいいよ、こっぺ。気持ちいいー」

 《えへん、そうでしょう。めろんのお腹で練習したんですから、ばっちりです》

 《それは言わないで頂戴。まったく、なんで私なんだか……》


 気分が紛れたのか、少し激しい爪とぎを終えためろんもそらご主人様の背中に飛び乗ります。僕と同じようにふむふみするのかと思ったら、そらご主人様が右耳に付けている《コペルニクス》にちょっかいを出し始めます。

 ああ、まだ鬱憤たまってたんですね。


 「こら、めろん。やめてよー。これ大切なやつなんだから」

 《うるさいわよ、私より年下の癖に。ふんだ、余計な心配かけるんじゃありません》


 めろんは悪態をつきながら《コペルニクス》にちょっぷしてみたり、鼻でつついてみたり。どう見ても遊んでいるようにしか見えませんよ、それ。そらご主人様もそれを分かっているのか、邪険にしようとしません。しばらく攻防が続いたのち、ようやく決着がつきました。そらご主人様が《コペルニクス》を外して、仰向けになってめろんを持ち上げます。引き分けですね。

 なすがままになっているめろんをお腹の辺りに降ろして、そらご主人様は心配そうに言います。


 「ねえ、めろん」

 《なにかしら?》

 「奏太、失敗しないかな? 緊張しすぎて、ファンの人に引かれたりしないかな?」

 《大丈夫よ。大事な所では決めてくれるって、前に言ってたじゃない》

 「食事会、大丈夫かな。大事な所で失言とかしないかな?」

 《問題ないわ。普段から言葉遣いとか心がけているもの。きっと上手くいくわ》 「奏太の書いた小説、売れるかな。上手くいけばいいよね」

 《そうね。貴女の選んだ人だもの、安心なさいな》


 二人の問答は、その後も続きました。不安に駆られているそらご主人様を慰めるように、励ますように。たぶん、この行為は僕が来る前から続いていたのでしょう、かれーは普段通りを装う事で、そらご主人様に平常心を持ってもらう。

 そしてめろんは、そらご主人様の不安が少しでも解消されるように、聞き役に徹する。かなたご主人様が帰って来るまで、めろんとかれーはそらご主人様を支え続けてきたんでしょう。

 じゃあ、僕が出来ることは!


 《ご主人様、遊びましょー!!》

 「わっ! こっぺ、どうしたのいきなり。あっ、キッチンは駄目!」

 《おやつの隠し場所なら分かっているんです。上の棚の右から二番目。そこに――》

 「こら、こっぺ。おやつを勝手に漁らないで。もー、最近は成長期だからって、少し元気すぎるんじゃないの?」


 そらご主人様は僕を捕まえて持ち上げると、お説教をはじめます。これはそらご主人様を元気づけるというたいぎめーぶんがあるのです。それにおやつを食べたかったのは本当のことですし。

 チラリとめろんとかれーの方を見ると、やれやれと言いたげに尻尾を揺らしていました。うう、だってだって、しょうがないじゃないですかー。


 「こら、こっぺ。聞いてるのー?」

 《ふわあっ、聞いてます。聞いてますから、揺らさないでーっ》

 《はあ、あの子ったら。仕方が無いから、今日の夜は一緒に寝てあげましょう》

 《――それが良い。アイツなりに、考えての行動だろうからな、叱るなよ?》

 《そんな無粋な行動、しないわ。私、お姉さんだもの》


 やった! 今日は二人とも一緒に寝てくれるんですね!

 これぞ、怪我の功名ってやつです。僕はご主人様の手から抜け出すと、一目散にかなたご主人様の部屋に向かいます。


 「こら、こっぺ! 待ちなさーいっ!」


 という訳で、今日はこの辺で失礼します。あんまりゆっくりしていると、そらご主人様に追いつかれちゃいますからね。腐っても猫、絶対につかまる訳にはいきませんから。お昼の時間はのんびりしたいんですけど、今日だけは特別です。

 じゃあねーっ!

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