第8話 むね
皆さん、ごきげんよう。私はにゃんこのめろんです。
今日は、こっぺに変わって私が挨拶させていただきますね。あの子ったら、ご飯を食べ終わったらすぐに寝ちゃうんですもの。すっかりぐうたらな生活が板についちゃって、お姉ちゃんとしては少し心配だわ。
さてと。今日は、どちらのご主人様もお仕事に行っているのよね。
かなたご主人様はアニメのアフレコ現場へお邪魔しに、そらご主人様はスーパーへ行っているみたい。
そらご主人様の方は、最近になって新しい仕事を任されるようになったらしいから、きっと正社員も夢じゃなさそうね。
頑張ってほしいわ、私達のためにもね。
《ああっ! めろんお姉ちゃん、それ僕のやくめーっ!》
《だってこっぺ、今日は寝てたじゃない》
ようやく起きてきたこっぺが、開口一番私に文句を言います。全身の毛を逆立てちゃって、まったくもう。こっぺはまだ仔にゃんこだから、にゃんこの私にとってはちっとも怖くないわ。
《うう、そうだけど……》
《いいじゃない、今日だけよ》
あらら。こっぺ、落ち込んじゃったわ。――しょうがないわね。
私は小さく鳴いて不満を訴えるこっぺに歩み寄ると、顔を一舐め。こっぺは毛づくろいされるのが好きだから、こうしていれば大体機嫌が収まるのよ。
こっぺの毛づくろいが終わると、私はリビングに行きます。大きなソファの上ではかれーが丸くなって日向ぼっこをしています。
かれーは私がこの家に来る二年前に拾われたらしいのだけれど、彼自身があまりその事を話したがらないから、よく分からないのよね。
《かれー、おはよーっ》
《……こっぺか。おはよう》
かれーはこっぺの元気の良い声にのっそりと顔を上げると、眠そうに一鳴き。そうして、またのっそりとした動きで立ち上がると、さっきまで丸まっていた場所をこっぺに譲ります。結局、かれーもこっぺが大好きなのよね。
《わあい!》
《……仔にゃんこは、眠るに限る。そうすれば、にゃんこなんてもうすぐだ》
《うんっ!》
かれーとこっぺは仲良く眠ります。やがて聞こえてきたのは、こっぺの規則正しい寝息と、かれーの寝言まじりの鼻息。
あんまり殿方の寝顔を見るものも失礼でしょうから、私は潔くリビングを後にします。次に向かうのは、そらご主人様の自室です。
ぴょんとジャンプして取っ手を動かすと、簡単に扉が開きます。一度、扉を引き戸にすることも考えたそうなのだけれど、このマンションの住人達や猫カフェに行って話を聞いて回って、結局諦めたのよね。
私達が扉を開けるなんて造作もないって、気付いたんでしょう。
さてさて、そらご主人様のお部屋は……っと。あんまり変わってないわね。
簡素な机とベッド。大きな本棚にはジャンルを問わず本が隙間なく並べられています。そらご主人様って、昔は本が好きじゃなかったらしいのよね。マンガは読むけど、活字ばかりの小説や難しい本なんかはてんでダメ。でも、かなたご主人様と出会ってから、お付き合いをするようになってから本が読めるようになったって、そう聞いたわ。
『――私、奏太色に染められちゃったの』
なんて、そらご主人様ったら茶目っ気たっぷりにそう言うんだもの。これは殿方には聞かせられないわね。乙女のヒミツってやつよ。
私はにゃあにゃあと鳴きながら、ご主人様のベッドに飛び乗ります。くんくん、やっぱり匂いはあまりしないわね。使ったのは、三週間ぐらい前だったかしら。
え? どうして使ったのかって?
女の子には、色々あるものなのよ。察しなさいな。
「ただいまー。はー、疲れたー」
「だたいま。帰って来たぞー」
あら、ご主人様たちが帰って来たわ。今日は揃ってご帰宅なのね、珍しい。
机に置いてある時計の針は、十二時ちょうどを指しています。かなたご主人様がアニメの収録に行った時は帰りが三時過ぎになることもあるし、そらご主人さまだっていつもスーパーから帰って来る時は四時過ぎが多いんです。
気になった私はそらご主人様のお部屋からでて二人に挨拶をします。
《かなたご主人様、そらご主人様。こんにちは。今日はお早いご帰宅ですね》
「きゃー! めろんただいまー。でもごめんね、着替えたらすぐに出かけるんだ」
「こっぺにかれーも、ただいま。悪いな、今日は相手してやれないんだ」
どういう事なんでしょうか? 私は冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出して飲んでいるかなたご主人様の足元にすり寄ります。
「ん。ああ、めろんか。実はね、今日は天と付き合ってから二周年の日なんだ。本当は明日デートをする予定だったんだけど、それを話したら特別に早く上がらせてもらってね。向こうのご厚意に甘えることにしたんだ」
なるほど。じゃあ、そらご主人様が早く帰ってきたのはどんな理由があるのかしら。そう思っていたら、キッチンの水を飲みにやって来たかれーがぽつりと呟きます。
《そらは今日、早朝から仕事に行っていた。その分、早く帰って来たんだろう。たまたま帰りで行き会って、そのままデートにでも行こうとなったのでは?》
なるほど。そういう事でしたか。納得しました。
それでしたら、私達がお邪魔するわけにもいきませんね。お二人にとっては大切な日ですもの、存分に楽しんでってもらわなくては、ね?
私とかれーはそらご主人様の胸に張り付いているこっぺを宥め賺してなんとか引きはがし、ご主人様たちを送り出します。
《むー。ご主人様たちと遊びたいのにー》
《こっぺ、今日はご主人様たちにとって大切な日なの。分かって頂戴?》
《……お前が拾われた記念日を、誰かに邪魔されたいと思うか?》
《やっ!》
《そういう事だ》
未だ拗ねるこっぺを、かれーが諭します。かれー、ぐっじょぶですよ。
さてと。今日は私達三人だけです。ご主人様たちが戸締りをキチンとしてくれましたし、帰りが遅くなった時の為にと、最近買った自動餌やり機なるものを起動させてくれましたし。
……という事は、もしかしたらご主人様たちが帰って来るのは、明日の朝になるのかもしれません。でもそれはきっと幸せな事なんでしょうから、私は文句なんて言いません。
もし私が人間なら、早く爆発しろって言うんでしょうね。まだまだ若い二人のご主人様たちに心の中でエールを送りつつ、私はじゃれ合う二匹の所へと向かうのです。
ごきげんよう、またどこかで。
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