第6話 くちびる

 今日も今日とて、ご主人様はお仕事中です。かなたご主人様は書斎で小説の続きを書いて、そらご主人様は『レジ』に言っています。

 あ、どうも皆さんこんにちは。僕は仔にゃんこのこっぺです。


 『こっぺ。一体誰に挨拶してるのよ?』

 『あ、めろんお姉ちゃん。おはよー』


 お風呂場に行っていためろんが戻ってきました。いつものように、せんめんじょで水を飲んでいたようです。僕はまだ高い所にじゃんぷできませんから、めろんやかれーが羨ましいです。

 めろんは僕の視線に気づいたのでしょうか、りびんぐに歩いてお日さまの当たる所で横になりました。

 寝室から出てきたかれーが僕に挨拶するように、顔をすりすり。んふー、今日もあったかーい♪

 それはそうと、今日はかなたご主人様が書斎にいるので、仕事のじゃまをしに行きます。れっつごー!


 と、そうだ! その前に今日は、僕たちの住んでいる家をご紹介します。

 僕たちは、『まんしょん』っていう縦に長い建物の中に住んでいます。僕たちの部屋は、三階。たまーに上から足音が聞こえてくるけど、それ以外は快適です。


 扉を開けて、廊下をちょっとだけ進んで、右と左に部屋があります。右の部屋はご主人様たちの寝室。この部屋、すごーく広くて、ベッドもすごーく大きいんです。ご主人様と僕たち全員が横になっても、まだ余るくらい。お布団もふっかふかで、お日さまの匂いがします。左の部屋は、そらご主人様の部屋です。机と椅子と、本棚とくろーぜっとがあるだけ。本棚には、ものすごい量の漫画やライトノベルがぎっしり。あと、僕の猫じゃらしとかも、この部屋にあります。


 右の部屋の隣に、二人の使う『といれ』があります。左の部屋の隣に『せんめんじょ』とお風呂があります。濡れるのは嫌だけど、ご主人様と一緒に入るのもやぶさかではありません。濡れるの、やだけど。

 あと、せんたくきっていう大きな四角い箱も『せんめんじょ』にあります。服を入れると中でぐるぐる回って、濡れて出てきます。濡れるのは嫌だけど、僕も中に入って遊んでみたいです!

 トイレの向こう側には、かなたご主人様の書斎があります。机と椅子と、ぱそこん。机の引き出しの中には、茶色い封筒と白い紙がいっぱい入ってるんです。爪とぎには丁度良さそうなので、いつか破きます。

 廊下を進んだ一番先が、りびんぐ。てれびとテーブルに椅子、真っ黒いソファ。

 てれびの主導権はそらご主人様が握っているらしいです。見てるのはばらえてぃってヤツ。かなたご主人様が見るのはやきゅー。燕のマスコットが有名なチームです。

 ちなみに、キッチンもここにあります。今の時代には珍しい、ガスコンロという種類のヤツ。かなたご主人様いわく、「地震で電気が止まっても、ガスが生きてれば何とかなるから」だそうです。へー! がすってべんりなんですね!


 さあ、お部屋の紹介終わり! かなたご主人様のお部屋に行きますよー!

 ご主人様ー、遊びに来ましたよーっ!

 かなたご主人様は、椅子に座ってぱそこんをカタカタしてました。むー、僕が遊びに来たのに、見向きもしません。ご主人様ーっ! 気付いてくださいよー!


 僕のこんしんの叫びが通じたのでしょうか。かなたご主人様は手を止めて、僕を床から抱き上げます。


 「なんだこっぺ。遊んでほしいのか? 俺、仕事中なんだけどなぁ」


 知ってます! だから遊びに来たんですよ、えらいでしょー?


 「んー? お前は本当に可愛いな。ほれ、じょりじょりー」


 やーっ! それはいやっ!

 僕は前足を伸ばして近づいて来るご主人様のほっぺを防ぎます。よりにもよって、今日のご主人様のおひげはいいかんじに尖ってます。あれ、刺さったら絶対痛いですよ。油断も隙もありませんね、まったくもー。


 「おう、髭は嫌か……。そうか……嫌か……」


 あれ? かなたご主人様がへこんじゃいました。うーん、どうしましょう?

 僕はご主人様を元気づけるべく、くちびるをぷにぷに。不思議な感触です。かなたご主人様は、他の男の人と比べて薄い方なんでしょうか? でも、そらご主人様と違って、ちょっとがさがさしてます。あとちょっと固いです。

 

 「うおっ? なんだ、俺の唇がそんなに気になるか? だがすまんなこっぺ、これは生涯そらに捧げると――」


 そんなこと聞いてませんよっ! のろけですかまったくもーっ!

 僕はご主人様の手からすり抜けると、ぱそこんの上に着地します。ボタンがいっぱいあって、押すと小さくカタカタなります。これ、面白いですね。あと、すごーく温かいです。これは癖になりますよ!


 「いや、ちょっと待てこっぺ。取り敢えずパソコンから退こう。ほら」


 やです。あったかいし、快適ですよここ。

 そんな事を考えながらご主人様の手から逃げていたら、僕は一つのボタンを押しました。えっと、B・a・c・k……なんでしょうか?

 でも、このボタンを押していると、画面の文字がどんどん消えていくんです。

 おもしろーいっ!


 「うわなにしてくれとんのまじでっ! こっぺ、強制退去ーっ!」


 慌てたご主人様に、床に降ろされてしまいました。かなたご主人様は頭を抱えています。


 「マジかー。マジでか、いやこっぺを持ち上げたの俺だし。自業自得じゃね? でも、うわー、最初からとか無理ゲーかよ」


 僕は相当悪い事をしてしまったようです。反省しなくちゃいけません。ご主人様、ごめんなさい……。

 でも、かなたご主人様は笑って首を横に振りました。


 「まあ、いいか。次は俺が気を付ければいい話だし。よし、こっぺ! おやつの時間だぞー!」


 おやつ! じゃーきーでしょうか、ちゅーるでしょうか?

 かなたご主人様はぱそこんを暗くすると、席を立って部屋を出ます。めろんとかれーも聞きつけたのか、ご主人様の足元に座って催促しています。僕も後に続きながら、絶対にあのボタンだけは押さないようにしようと思いました。

 おしまいっ♪

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