第5話 みみ

 皆さん、事件です。なんと、そらご主人様が風邪を引いちゃいました。

 きのうの夕方、びしょ濡れで帰って来たのがまずかったんでしょうか。なんでも昨日の朝、お仕事に傘を持っていくのを忘れていってしまったみたいなんです。

 そらご主人様には珍しいうっかりですね。


 かなたご主人様が沸かしておいたお風呂にすぐに入ったんですけど、体が冷えちゃったんでしょうか。今は『ますく』をして、お布団に入って寝ています。それにしても、おでこに貼ってあるコレ、なんでしょう? 表は白い布で、後ろは青くてぷにぷにしてます。僕の肉球みたい。触ると、少しだけひんやりしています。


 「ケホケホ。うー、喉痛い」

 「三十八度二分。俺の方から会社に電話しておくよ。ほら、風邪薬」

 「ありがと。ごめんね、奏太」

 「気にしないで良い。俺、リビングで仕事してるから。これ、スポドリ置いとくから、喉乾いたら飲んでな?」


 謝るそらご主人様にかなたご主人様はそう言って微笑むと、寝室から出ていきました。後を付いて行くと、りびんぐに置いてある『でんわ』から、誰かと話を始めました。きっと偉い人とですね。僕、てれびで見ましたよ。

 かなたご主人様は笑いながら謝ると、でんわを切ります。そして、書斎から大きな黒い薄い板を持ってきました。皆これの事を『ぱそこん』と呼んでいます。きっと、ご主人様の大切な物なんでしょう。

 かなたご主人様は椅子に座ると、『ぱそこん』を開いてカタカタと指を動かし始めました。このカタカタっていう音、僕は好きなんですよー。安心します。


 それにしても、そらご主人様はやっぱり辛そうでした。

 うう、僕に出来ることはないんでしょうか?

 そう思って、僕はそらご主人様の寝ている部屋の周りをうろうろしていたら、かれーがジャンプして扉を開けて、部屋の中へと入って行きました。僕も行かなきゃ!


 そらご主人様は寝ていました。でも、顔は赤くて少し苦しそうです。

 かれーはぴょんとじゃんぷすると、そらご主人様の布団の上で丸くなります。僕がすいそくするに、ちょうど足がある所でしょうか?


 『……こうしていれば、そらもあったかい』

 『うん』

 『ニンゲンは、どこか悪いと寂しがり屋になる。そういう時は、俺たちが傍にいてやるんだ』


 やっぱり、かれーって物知りです。さすが、猫にゃんこなだけありますよ。僕はまだ仔にゃんこですから、まずはにゃんこにならなければいけません。

 僕もじゃんぷしようとして、大きな問題点に気付きました。皆さん、事件です。

 僕、体がちっちゃいんです!


 どうしよう、ご主人様の所に行きたいのに……。

 仕方なくベッドの前でお座りしていると、誰かが僕の首を咥えました。めろんです。

 めろんは僕の首を咥えたまま、きようにじゃんぷするとそらご主人様の布団の上にちゃくちしました。


 『めろんお姉ちゃん、ありがとー!』

 『いいのよ。私はここに居るから、こっぺも好きな所に行きなさいな』

 『うんっ!』


 めろんはそう言って、布団が小さく動いている場所で丸くなりました。そらご主人様が息をするのに合わせて上に、下に。大きく、小さく。でも、めろんが乗ってからはあんまり動かなくなっちゃいました。

 僕はというと、ご主人様の顔がある所、つまりは枕もとに行きます。僕はここが好きなんですよー。

 そらご主人様を起こさないように、そうっと忍び寄ります。あ、耳がある。そらご主人様の耳は小さくて、茶色い髪に隠れちゃってます。鼻で髪をどかして、あっ。僕のひげがそらご主人様の耳に触りました。

 熱くて、少し湿ってます。ぺろり。うーん、少しだけしょっぱい。これは、汗のあじっ!?


 そのまま舐め続けていると、ご主人様が顔を動かしました。横向きに、僕の舐めていた耳が下になって、お顔が僕の正面に来ます。目の前には噛むのにちょうどいい鼻と、くちびる。

 でもでも。今日だけはそんな事しません。僕は仔にゃんこ、そらご主人様に付いているって決めたんですから。

 僕は顔から少し離れた所で丸くなります鼻息が当たってちょっとくすぐったいけど、ご主人様の風邪が治るまでがまん、がまんです。そらご主人様、ふぁいとですっ!!

 そのままでいると、窓をさえぎる薄い布の向こうからお日さまの光が当たって、部屋中が温かくなってきました。だんだん眠くなってきたので、僕も寝る事にします。

 ご主人様を見守る役は、かれーとめろんにバトンタッチです。ふたりとも、よろしくねっ!


 ――あ、自己紹介忘れてました。僕は仔にゃんこのこっぺです。

 それじゃ、おやすみなさーい♪

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