第2話 異世界商店街の青年


 

 「シロナガスキンギョの鱗のパリパリ揚げはいかがですかー! 当店オリジナルのマゴマソースをかけて食べたらもう病み付きさぁ! さぁ買った買ったー!」

 「寄った寄ったー! 宝石の国『ジュエリア』から今朝届いた、世にも珍しい鉱石で出来た植物だー! 装飾品にするもよし、観賞目的で育てるもよし! 加工の依頼も受け付けてるから気軽に声を掛けてねー!」

 「四季を巡る国、『オデキム諸島』産の新鮮なフルーツを見ていってください! ほら、今にも弾けそうな瑞々しさ! 早くしないと売り切れちゃいますよー!」

 「隣国、『レインローズ』にしか生息しない不思議な花々をご覧ください! 歌う花に燃える花、光る花に踊る花などが、きっとあなたの日常をより美しく賑やかに彩ってくれることでしょう!」

 「全ての歴史を保存する世界の図書館『イルミテル』からは、竜人族りゅうじんぞくの伝統料理を記した書の用紙のスープ! 他所では味わえない太古の味だよー!」

 

 

 大勢で犇めき合う大通りは、途切れることの無い客寄せの声で盛り上がっていた。

 

 巨大樹の城下町周囲に広がる商業地帯。石造りの建物が立ち並ぶこの目抜き通りには、早朝であるにも拘らず多くの通行人が往来していた。通りに沿ってどこまでも店や露店が連なり、それらを覗く人々の雑踏はまるで祭りを思わせる賑わいである。

 

 「すっげぇなぁ…………」

 

 そんな大人数の流れをぼんやりと傍観する少女。店舗と店舗の間にある狭い路地に置かれた木箱の上に腰掛けて、素足をぶらぶらと振りながら通りを見つめる瞳に力は無い。

 

 あの後、少女を乗せた花の船は郊外の森の中に不時着した。寄る辺の無い少女は、とりあえず目に付いた大樹を標にして、この街に訪れた。


 とにかく、この世界の情報を手に入れる。

 そう意気込んで商店街に足を踏み入れた少女だったが、想像を超える出来事の連続にすっかり参ってしまった。サブカルチャーやメディアなどの類に疎い自分でも『魔法』というものは知っている。曰く、超常の現象を引き起こす不思議な力――――児童文学などの中でしか存在しないはずの空想の産物。

 

 それが、この世界にはあるのだ。

 

 このリドラルド領『テルミナ街区』にある商店街には、元の世界では考えられない摩訶不思議な商品が数多く見受けられる。

 

 例えば、持つ人によってビンの中で自在に形や色を変える液体とか。

 例えば、ページを開くとホログラムのように映像が映し出される絵本とか。

 例えば、水槽のような小さな容器の中で農作業をするミニチュアの人形群とか。

 例えば、大きな釜や大量の食材を自由に出し入れできる手の平サイズの巾着とか。

 

 目の前を通る人々も、変哲の無い人間もいれば獣の一部を体に備える者、全身が毛に覆われている者や肌が赤かったり緑だったりする者、三メートルはありそうな体躯を持つ者もいれば童子の腰くらいしかない髭面の男性など、実に多種多様である。

 

 人ごみを掻き分けて一台の荷車が通過していく。引いているのは馬ではなく、恐竜を小さくしたような二頭の化け物だ。

 

 顔を上げれば、クレヨンで書いたようなデタラメな空の線路を三両編成の列車が走っていて。

 

 「なんちゅう世界に送り込んでくれたんだあの野郎……」


 独りごち、少女は両手で顔を押さえた。

 その時である。雑踏の中から、明らかに独立した足音が近づいてきた。


 「もし。そこのあなた、どうかしましたか?」

 

 足音は少女の目前で止まり、次に声を掛けられる。少女は顔を覆う手を外し、重たくなった頭を持ち上げた。

 薄暗い路地の中でも際立つ金髪の美青年がそこにいた。目が覚めるようなワインレッドのジャケットと白いパンツを組み合わせた身形は、派手ながらも青年の爽やかさと調和し、高貴な雰囲気を遺憾無く醸し出している。

 

 明らかに周囲の人間とは異なる存在。

 しかし、少女の顔を目にした瞬間、その端正な相好が僅かに乱れた。

 

 「あ、あの、なにか?」

 「あ、ああ、いえ、申し訳ありません。なんでも……それよりも、こんな所でどうしたのですか?」

 

 ぎこちない素振りで御茶を濁し、改めて青年は訊ねた。

 少女はそれに、若干の違和感を覚える。とはいえ、疑念の矛先は青年の素振りにではない。青年の口の動きと聞こえてくる声が、どう考えても一致しておらず、そこにむず痒い感覚を得てしまうのだ。

 

 どうもこの世界の言語は、当たり前と言えばそれまでだが、日本語ではない。店の看板や商品に付けられた札に書かれている文字もそれとは似ても似つかぬもので、だとするならば会話も成り立たないのが至当である。

 

 ところが、会話自体は何故か成立してしまうのだ。先の通り、相手は日本語とは異なる言語を使用しているはずなのに、言っている意味が理解できる。脳内に相手の意図する内容が思い浮かぶ、と表現すればいいのだろうか。

 さらに、こっちの言葉も相手に伝わってしまうのだから不思議である。まあ、そうでなかったら路頭に迷うだけなのだが。

 

 さて、そういうわけで言葉を理解できた以上、応えなければ失礼に当たる。こちらの身を案じてくれているのだから尚更だ。

 

 「あ、いえ。ちょっと疲れてしまいまして……ここで一休みを」

 「そうですか……おや? 靴はどうしたのです? 裸足ではありませんか!」

 

 青年は屈み込み、少女の素足を手に取った。

 花より生まれて服はあれど、少女の足に靴は無かった。途中の草原はまだよかったが、街に入ると砂利や泥の洗礼を浴びて、白い足は無残に汚れてしまっている。

 

 「可哀想にこんなに汚れて……何かあったのですか? 服も、外に出るには些か軽装な様子。もしや、何か事件に巻き込まれたのでは?」

 「あー、いえ、別にそういうワケでは……」

 

 少女は視線を泳がせる。どう説明しようか。いくらこの世界に魔法という奇天烈な現象が常識になっているとはいえ、花から生まれた時に用意されてなかった、などというトンキチな理由が通るとは思えない。

 だからと言って、この質問をやり過ごす返答も思いつかず。

 

 「…………そうですか。話せない、いや、話したくない事情があるのでしょう。しかし、このままあなたを放っておくことは出来ない」

 

 少女の無言をそう解釈した青年は、立ち上がって彼女に手を差し出した。

 

 「あなたを自警団じけいだんまで連れて行きます。詳しい話はそこでしましょう」

 「え? じ、自警団、ですか?」

 「ああ、ご心配無く。私はその手の組織に多少顔が利きます。悪いようにしないよう、話は通しますので……しかし、それよりもまずは靴の方が先決ですね――っと」

 「ひょわぁっ?!」

 

 手を引かれて地面に降り立った少女は、矢継ぎ早に迫る青年の行動から逃れることは出来なかった。結果、背中と両足を優しく抱かれ、彼の見た目よりも逞しい胸板に身を寄せることになる。

 

 「ちょ、ちょおっ、いきなりなにを!」

 「失礼。これ以上、あなたの御御足を汚さずに靴屋まで向かう方法を思いつかなかったもので。少々、窮屈かと思いますがどうかご辛抱を」

 「カイル様!」「ご子息様!」

 

 青年の声を遮るように、後ろから二つの声が立つ。少女が青年の肩越しにその方へを窺うと、路地の入り口に屹立する屈強な2人の男性を発見した。黒を基調とした儀礼服を着用し、腰には剣らしき鞘をぶらさげている。

 

 「この娘に脅威は無い。それよりも今から靴屋に向かう。先導してくれ」

 

 片手を挙げて2人を制し、青年は彼らに言う。男たちは戸惑いながら顔を見合わせ、少しの密談の後、1人が通りに駆け出していった。

 

 「自己紹介がまだでしたね」と、男性を見送った青年が少女に微笑む。


 「私はカイル=フィリップス。どうぞお見知りおきを」

 「は、はぁ……」

 

 有無を言わせぬ青年の攻勢に生返事しかできない少女であった。







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