ヴィーナスの告白

 ある朝。起きたら、顔の右半分がなくなっていた。何を言っているか分からないだろうが、私もよく分からない。痛みはなく、他の場所は全て五体満足だ。


 顔を左に45度傾け、パンを齧り、牛乳で流し込む。長時間に渡ってこの体勢をとっていると首が攣るのが悩みだが、とりあえず生命維持活動に支障はない。対人関係における支障としては致命的だが。


 そして、紆余曲折を経て、私は世を捨てるに至る。フードを被り、流浪する旅人となった。


 旅先で、自分同様、各地を転々としているという人に出会った。彼女はマントを羽織っていた。よく晴れた夏の日だった。


「暑くないんですか」


 そう尋ねると、彼女はおもむろに布の裾を口で咥え、器用にマントを解いた。


 彼女には、両腕がなかった。


「残念ながら、生身の人間はミロのヴィーナスにはなれないんだよ」

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