10/虐殺騎士
ルカは自らの剣の一振りで魔王を打ち滅ぼした後、その足でボンズの政務所に事の次第を報告した。
長らく連絡を絶っていた部下の意味不明な報告に呆然とする上司だったが、一応のことサカトゥムにも連絡を入れたという。
日を待たずボンズに近衛騎士団が押し寄せて来て、ルカを捕縛した。罪状は、運命の書を悪用し、人々を虐殺したというものだった。
わたしたちに何の罪もないというつもりはない。ルカの作戦はカオカ以北を見捨てることを前提としており、その結果万単位の人が亡くなったのは紛れもない事実だ。報道官事務所の襲撃では死者こそ出なかったものの百人近い怪我人を出している。仮死の魔術によって社会を大いに混乱させたことについては弁明のしようもないだろう。
迅速法裁判で特に問題とされたのは、仮死の魔術の使用についてだった。仮初めの死とは言え、無辜の人々を死に至らしめたのは虐殺行為である、と。
検察は仮死の魔術がきっかけとなって死傷した事例を熱心に調べたようだ。乗馬中に交信鏡を見て意識を失い、落馬して軽傷を負ったもの二名。意識を失っている間に金を盗まれた者三名。大学試験に遅れて受験できなかった者六名(うち二名は単に寝坊しただけだということが判明)などが証言台に立ったという記録が残っている。きっと亡くなった者は見つからなかったのだろうと思う。
それでもルカの処刑は満場一致で決まった。
北方の民を見捨て、国の法に背き、無辜の民を剣への捧げ物とした虐殺騎士──ルカ・ブラント。
しかしわたしは彼のやり方よりも被害を少なく収める方法を知らない。他の誰だって知らないはずだ。
近衛騎士団は、ルカがカオカ以北を見捨てたことを罪と断じる。戦いに必要な犠牲を決めることができるのは自分たちだけだと思っている連中らしい意見だと思う。
報道官は、交信鏡を用いたテロ行為により社会に無用な混乱を与えたと非難する。これはある一面ではその通りなのだが、混乱を避けるためならば平気で情報を統制する側の意見だとも思ってしまう。
迅速法裁判に出廷した識者のひとりは「虐殺騎士の世代は氷壁世代と言われていて、自分たちは社会から十分な支援を受けていないのだから自分たちの好きなように生きて良いのだ、などと身勝手な考えを持つ者が多い。彼の愚行もいかにも氷壁世代らしい」と言った。結論ありきの裁判については身勝手とは思わないらしい!
わたしは怒っていた。過程はどうあれ魔王を倒した者を、このようにしか扱えない人々に。そして何よりもこうなることがわかっていながら自らの手で魔王を討ち滅ぼしたあの男に対して――。
――ルカ。
ルカがサカトゥムを出る前に、わたしは彼と二人きりの時間を作った。
――君と別れる前に聞いておきたいことがあるのだが。
――ぼくに答えられることならば。
――君がここまで魔王を倒すことに拘るのは何故だ? 誰もそんなことは望んでいない。君の家族もだ。仮に結果が上手くいったとしても、それで賞賛を得るかと言えばそうではないだろう。
――そうでしょうね。むしろ……いや、まぁやめておきましょう。そうですね。答えは簡単です。ぼくは『剣の勇者の物語』が好きなんですよ。剣そのものはろくでもない代物だったとしても、それだけは動かしようがなかった。それだけのことですよ。
ルカはそう言って、あの寂しげな笑みを浮かべた。
わたしはだから彼に対する裏切りをはたらくことにした。
――道中こまめに水を取りなさい。水分不足は体に良くないからね。
ルカはわたしの真意を測りかねるように何度か瞬きをした後で、こっくりとうなずいたのだった。
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