7/故郷
ルカはウリッカの町からなかなか出ようとしなかった。カオカに向かうにしてもまずはサカトゥムに文物を届ける必要があると思うのだが、わたしがいくら言ってもルカは何の行動も起こさなかった。
逗留三日目の午後になって、ルカはわたしを外へと連れ出した。
「人と会う約束をしていまして」
「この町に友人でもいるのかね?」
「いえ。カオカの村長とここで落ち合う約束をしていたんです」
カオカ? わたしはルカの言葉に思わず目を剥いた。ルカがどうやって魔王と戦うのかは未だはっきりわかっていないが、少なくともカオカの村で迎撃するということだけは決定事項だったはずだ。カオカは戦場となる。その村長にどんな顔をして会いにいくというのか。
「お気持ちはわかりますが、今は何も聞かないでください」
それからルカはわたしにひとつ頼み事をした。
待ち合わせの中央広場は大勢の人で賑わっていた。
池の前の交信鏡からは、先日の小隊失踪事件を受けて、サカトゥムの近衛騎士団を氷壁に派遣することが決定したとの報道官発表が繰り返し流れている。
その交信鏡のすぐ脇に、北方風の長衣を着た背の高い女が立っていた。少々険のある顔だが、色白の美人である。
ルカはその美人に近づくと「お久しぶりです」と声をかけた。黄金の羊毛国で女性の村長とは珍しいが、どうやら彼女が待ち合わせの相手らしい。
「遅いぞ。人を呼びつけておいて、待たせるとはどういう了見だ」
「すいません、姉上」
あね……何だって?
「わたしのことは村長と呼べと言ったはずだ。故郷も責務も投げ捨てるような者に姉と呼ばれる筋合いはない」
どうやら本当にルカの姉らしい。言われてみれば鼻筋の通り方がそっくりである。つまりカオカはルカの故郷ということなのか。
「用件は何だ?」
彼女の刺々しい聞き方に、日頃泰然としているルカにしては珍しく動揺した素振りを見せる。それでも彼は背筋を正してこう言ったのだ。
「ひと月のうちにカオカを災厄が襲います。どうかその前に村のみんなを連れて南方に避難してください」
「何の根拠があってそんなことを言う?」
言ってから、彼女の白い肌がみるみるうちに赤くなった。
「……まさか魔王が復活したなどと世迷言をいうのではないだろうな?」
ルカは答えない。答えることができず、叱られた子供のようにうつ向いてしまう。
「お前が運命の書に振り回されるのは仕方ない。なまじふつうの人とは異なるものを得たばかりにと、憐れみを感じることもある。だから私はお前が騎士になることを許した。お前の代わりに父の後を継いで村長にもなった。だが、お前がその剣でもってカオカの人々までをも振り回すのなら話は別だ。二度とその顔を見せるな」
ルカがはっと顔を上げて「姉さま!」と叫んだ。
「くどい!」
それが彼女の返答だった。
ルカは一礼すると、速足で広場を去っていった。
「……貴殿もルカの妄想を信じているのか?」
「難しい質問ですね。我々の常識とかけ離れていることは否定しませんが」
ルカと会ったばかりのわたしだったら「まさか」と笑って答えただろう。だが、最早わたしにはそうすることはできなかった。
「母が悪いのですよ」
しばらくして彼女はつぶやくように言った。
「あの子が幼いころに繰り返し『剣の勇者の伝説』の話をしたばかりに、あの歳になっても、くだらないことを追いかけている」
「心配なのですか?」
「心配などしていない!」
周囲の人々が振り返るような大きな声だった。さすがに本人も恥ずかしいと思ったらしく「失礼。どうもあの子のこととなると、カリカリしてしまうもので」と頭を下げてくる。
「あの子についてなくて良いのですか?」
「追いかけますよ。でもその前に──」
そう言ってわたしは肩にかけていた麻袋の中から、冊子を取り出した。ルカが作戦会議の席で開くものとは違う。姉でありカオカの村長である彼女のために作った冊子だった。
「ルカがあなたに、と」
――もしもぼくと村長との話し合いがうまくいかなかったら、ぼくの代わりにこれを渡してください。
それが、ルカからの頼み事の内容だった。
彼女は冊子をぱらぱらとめくってしばらく考え込んだ後「良いでしょう。受け取ります」と言った。
それ以上話すことはなく、わたしたちは別々に歩き始めた。
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