3/運命の書

 我々ロングフットは、魔術ではエルフに劣り、腕力ではドワーフに劣り、器用さではハーフリングに劣る。


 にも係わらず我々が他の種族を押しのけて大陸で最も繁栄した種族となったかといえば、ひとつには運命の書がもたらす叡智のためだろう。


 人々ロングフットは精通あるいは月経が始まるくらいの年頃になると、を得る。はるか昔には身につけている衣類や起居する家屋の壁面などに浮かび上がることもあったと聞くが、現代では教会でまだ何も書かれていない本を買ってきてそのページに運命の書が顕れるのを待つというのが一般的である。


 教会によれば、運命の書はその特徴により概ね三種に分類できるという。


 ひとつは『魔道書』。書に記された呪文を決められた作法に則り詠唱することで、魔術を行使できる書だが、この呪文は運命の書の持ち手以外が唱えても何ら効果を発揮しない。また、魔術そのものも通常の魔術体系とは全く異なる特別な効果を持つことが少なくない。いわばオーダーメイドの魔術を使えるというのが『魔道書』の特質である。


 ひとつは『星の記憶』。多くの者はこの書を得る。書いてあることは、どこかの国の歴史書、料理のレシピ、知識人が書いたと思しき随筆、暗号のような意味不明な文字の羅列、ささやかな恋の物語など、人により様々だが、魔道書とは異なり神秘や奇跡を引き起こすような特別な力はない。ただし侮ることなかれ。なかには歴史を大きく動かすような技術や情報が記載されていることもかる。強力な複合弓を用いた騎馬戦術で一大勢力を築いた東方の王ジャシュガルも、魔術を紙に封じ任意のタイミングで発動させる呪文書を発明し魔術の進歩に貢献した賢人ガストンも、その知識の元は、星の記憶だったと言われている。


 最後のひとつは『幻理』。。否。幻理は書として顕れるが、事物を顕現させた後、速やかに書としての形を失う。書にして書にあらず。ほかの二つとは明らかに性質の異なる幻理は、世界法則の一部が記述されたものとも言われている。


 古の時代には金の卵を産むガチョウや、未来を映し出す水晶球といった幻理を手にし、大陸世界に変革をもたらした者もいたというが、現代ではそのような幻理が顕れることはほとんどない。教会の記録によれば、例えばさび付いた杯、血で黒ずんだ槍、ボロボロの布切れなど、およそ役に立ちそうもないものばかりが顕れるのだという。


 そのことを踏まえれば、ルカの剣は、大当たりと言える代物なのかも知れない。だが——。


「『剣の勇者の物語』は、一体どんな書だったんだい?」


「この剣が顕れてすぐに消えてしまったので仔細は覚えていませんがあらすじはこうです。古の魔王が復活し、大陸に住まう人々を絶滅寸前まで追い詰めた。その時、勇者が一振りの聖剣を持って立ち上がり、魔王を切り裂いた。そして大陸に再び平和が齎された、と」


「つまり、この剣は魔王を倒すためのものだというわけか」


「そうなりますね」


「そして君は運命の書に記されたとおり、魔王を倒すための準備をしているわけだ」


「ご明察です」


「ルカくん」


 わたしは年若い恩人に向かって諭すように話しかけた。


。そんなものがいて良いのは物語の中だけなんだ」


「かも知れませんね」


 わたしのような物言いは慣れっこだったのだろう。彼は反論することなくさらりと受け流した。


「テオンさんはこれからどうするんですか?」


「む」


 わたしにとって、目下の問題はそれだった。釈放されたとはいえ殺人医師の汚名はそう簡単に晴れるものではない。診療所はたたむのは大前提として、その後の見通しが全く立っていなかった。


「どうです? 次の働き口が決まるまででも構いませんので、ひとまずぼくのところに来ませんか? 幼児が覚えたてのファイヤーボールをぶつけた程度でも倒壊しそうな屋敷ですが、部屋だけはたくさんあるのですよ」

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