2/殺人医師
わたしとルカ・ブラントは、とある監獄で出会った。パフュームベルクではない。そもそもその時収監されていたのはルカではなくわたしの方だった。
当時わたしは黄金の羊毛国の首都サカトゥムで開業医をしていた。魔術を用いた外科治療により少なくない数の命を救ってきたわたしだったが、旅先のシエナの町でよりにもよって医療魔術の乱用と殺人の罪で身柄を拘束されてしまった。
誓って言うが、わたしは人を殺めてはいない。にも関わらず無罪を主張しようとは少しも思わなかった。二人の若者の死にわたしが果たした役割は無視できないものだったし、そのことに責任を感じてもいたからだ。
いや、これは己を美化しすぎているかも知れない。当時のわたしを支配していたのは責任感よりも、どうせ助かりはしまいという諦めの気持ちだった。
死んだ若者はいずれもシエナを代表する名門貴族の子息子女だった。次代を担う若者を失った両家の人々は深く悲しみ、次いで、やり場のない感情の矛先をわたしへと向けた。
長年の対立にも関わらず二つの名家は手を結び、わたしを絞首台に送るために各方面に圧力をかけて回った。一介の医師に過ぎないわたしにはその圧力をどうにかする力などあるはずもない。無罪を主張するだけ無駄な状況だったのだ。
だが、ある日のこと、わたしは何の前触れもなく看守に呼び出された。曰く、若い騎士がわたしとの面会を希望しているという。
当時わたしに家族はいなかったし、医師の仲間も面倒事を嫌ってか、誰も会いに来ようとはしなかった。では、誰が――? 訝しく思いながら面会室に入ると、騎士というにはずいぶん頼りなさそうなシルエットの男が立ってた。
「あなたがテオン・ブラムヒルさんですね。ぼくはルカ・ブラント。あなたの身元引き受け人です」
そう言って右手を差し出すと、彼はどこか寂しげにも見える穏やかな笑みを浮かべた。秋晴れの小麦畑のような髪に、岩清水を思わせる涼やかな目鼻立ちと、なかなかの美形だが、こうも覇気のない笑いをしていては、女たちも相手にはしてくれないだろう。
黄金の羊毛国の若者たちは大陸戦争当時の好景気を体験していない。大手金融ギルドの破綻に端を発した二十年来の不況の影響をもろに受けた彼らは、よくこんな笑い方をする。
「死刑を待つだけのわたしに身元引き受け人? 何の冗談だね?」
わたしが訝しむと、ルカは俄かには信じがたいことを言った。
「まだ聞いてないようですね。あなたは証拠不十分で無罪放免ですよ」
ぽかんとするわたしを余所に、ルカは退所に必要な書類をてきぱきと作り始めた。そして、半刻後には本当にわたしを監獄の外へと連れ出したのだ!
「あなたの死刑がほぼ確実になったことで、事態が動いたんですよ」
寂れた街を歩きながら、ルカは言った。
「あなたも知っての通り、両家の確執は一朝一夕で消え去るようなものではありませんでした。それでも彼らはあなたを殺すために手を結んだ。殺すためだけに手を結んだ。であれば、目的を果たしたのちに彼らがすることは一つしかありません」
「再びの対立、か」
「対立どころの騒ぎではありませんでしたよ。文字通り血で血を洗う闘争があり、両家とも主だった者は物言わぬ死体と成り果てました」
「それはまた……」
わたしが想像、いや想定したよりもはるかに悪い結末だった。
「しかしそのおかげであなたを助け出すことができたのも事実です。今回の件は、元々両家の圧力のもと、無理筋で進めたものですから、その圧力が消えてしまえばあなたを積極的に絞首台へ送ろうとする者はいなくなるという道理です」
それはわかる。わからないのは別のことだ。
「どうしてわたしの身元引受け人間に?」
わたしは何も頼んでいない。そもそもこの若者と会ったのはこの日が初めてだ。
「やがて復活するであろう魔王の討滅に協力して欲しいんですよ」
あまりにあっさりと言ったので、わたしにはルカの真意が図りかねた。
「冗談と思いましたか」
「本気だとしたら頭を専門にしている医師の紹介状を書かなきゃならん。わたしは外科医だ」
ルカはしばらく考えてから、腰に履いた剣を鞘ごと外した。怒って斬りかかるわけではなく見て欲しいのだという意図が伝わるよう、ことさらゆっくりとわたしの前に差し出した。
「大きな剣ですね」
両手剣と言うのだろうか。昨今の騎士は軽く小さくしなやかな片手剣を好むと聞くが、ルカの剣はすべてがその反対だった。平和な時代の、戦うよりも机に向かっていることが多い騎士稼業には無用の長物と言って良い。この男は何故こんなものを履いているのだろうか?
わたしの心の内を察したのか、ルカはまた例の寂しげな笑みを浮かべて、言った。
「
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