vol.11~「この街」(1990) 森高千里~

 僕が大好きな街に寄る。


 ここ柏崎市笠島は、言ってみれば普通の小漁村だ。

 冬季以外は、30人ほどの漁師によるヒラメやカレイの刺し網漁などの沿岸漁業が行なわれている。長い間、防波堤の不備が元で季節を問わず高い波が海岸に押し寄せ、船を出港させることができない日が多々あった。また、強い北西の季節風で船置き小屋に砂が1~2mほど堆積してしまい、それを取り除く経費1千万円ほどかかるなど、小漁村ならではの問題点抱えている。

 なんてことを、大学の論文で書いた。

 部屋の本棚のどこかに、金字で題名が書かれた黒表紙の論文が眠っているはずだ。


 大学の教授先生に、「どうして笠島の沿岸漁業を調べたいと思ったのかね」と尋ねられたことがある。“調査・論文としてまとめる社会的意義”を問われたのだ。

 僕は、そのときどう答えたのか忘れてしまった。

 なぜなら、心にも無いつじつま合わせを言ったに違いないからだ。

 本当は、こうだ。

 「笠島漁村が好きだから」



 夏の間は、ちょっとした海水浴場になる。

 “ちょっとした”というのは、最寄り駅の信越本線笠島駅から目と鼻の先にあるという、立地条件は良いものの、砂浜が狭く、さらに、その砂浜のほとんどが漁船置き場になっているからである。海の家が1~2軒だけ立っているだけの砂浜には寝そべらず、防波堤の先にある大きな岩場に陣を取るのがほとんどだった。

 岩場の正面には、小さな社が設けられ、何かの神様が祭ってある。その岩場の真後ろに座ったり寝そべったりするスペースがあって、そこが僕の海水浴の指定席だった。

 水着と、気の向いたときはカセットデッキを持って岩場に行く。

 岩場で服を脱いで水着をつけて、そのままきれいな青緑の海に頭から飛び込む。

 真夏でも信じられないくらいに冷たくて気持ちいい。

 水面に顔を出すと、途端に、ちょっとした恐怖を覚えるくらいに海が広く、そして、深く感じる。疲れたら、岩場に上がって、さっきと違って平和な海をすこし高いところから見下ろしながら休む。

 それが、僕の笠島での過ごし方だった。



 論文の調査を契機に笠島のいろいろなことがわかったけれど、わかったことは、この漁村の零細性とあまり明るくない展望だけだった。

 それから、とんと笠島からは足が遠のき、いつだったかの春の初めに、鬼モズクが食べたくなって、笠島の漁民の家に飛び込みで1kg5千円で買い求めたことがあっただけで、今回は久しぶりの訪問となる。



 森高千里は、テレビの音楽番組を見るときだけファンであった(笑)

 が、この曲が収められているアルバム『古今東西』は森高が覚醒して世に放った名盤になったと思う。

 “長くきれいな足を出して、きれいな髪を揺らしながら歌っているだけじゃないぞ”

みたいな雰囲気がアルバムにはあった。

 

 森高の故郷、熊本のことを歌ったこの曲は、僕に、自分の育った街を思い出させると同時に、なぜか、この笠島を連想させた。

 “空はまだ青く広いわ”とか“魚も安くて新鮮”とか、

 そんな詞の断片だけではない何かが笠島を連想させた。


 論文では書きようが無かった笠島のきれいな海と空、ゆっくりとした時間の流れが、この曲で、森高千里によって明らかにされている。


 論文は書棚の中だけど、「この街」は、1990年以来、今も現役なのである。




♪森高千里 「この街」

https://www.youtube.com/watch?v=yj9P9oeDoPc


現在地:新潟県柏崎市大字笠島 走行中

https://www.google.co.jp/maps/place/%E7%AC%A0%E5%B3%B6%E6%B5%B7%E6%B0%B4%E6%B5%B4%E5%A0%B4/@37.3371578,138.4639786,16z/data=!4m13!1m7!3m6!1s0x5ff5b434b176c2a1:0xb6a35eb42711084b!2z44CSOTQ1LTAwNjcg5paw5r2f55yM5p-P5bSO5biC6KW_5riv55S6!3b1!8m2!3d37.3708159!4d138.5474601!3m4!1s0x5ff5cbccaaf0c70f:0xab265e7876f10b19!8m2!3d37.3359633!4d138.4661128?hl=ja

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