vol.03~「遠い世界に」(1969)五つの赤い風船~

 あいかわらず灰色の厚い雲が水を含まない絵の具をべったり塗ったように空を覆っている。

 紺色の僕の車は、灰色の空と真っ白な田んぼを切り裂くように疾走している。「なにもそこまで…」と言われんばかりに疾走している。

 ビートが聞いた曲をリピート再生してきた疲れが出ているのかもしれない。


 ここは、僕が育った街だ。

 でも、「しょんべん通り」は通らず(別にアップしている「しょんべん通りのセントバーナード」を参照してください)、駅前通から街中の道を通る。

 僕が育った学生時代とは違って、メインストリートは今は一方通行だ。そして、道路の左側一帯が駐車スペースになっている。国道沿いの大型店からお客を呼び戻すための苦肉の策なんだろう。

 しかし、平日の午前中は、駐車をしている車は地方銀行の前だけで、アーケードを歩く人の姿もほとんどなく、閑散としていた。

 いつもなら、僕は車を肉屋さんの前に停めて、餃子を求めるのだが、今日は素通りさせてもらう。


 この街を離れて、もう30年が経つけれど、餃子はこの肉屋さんのじゃないとだめで、この街の近辺に用があるときは必ず電話で予約して100~200個単位で買い求めている。

 特別大きいわけではなく、だけど、中華料理店で出るようにつぶれていないふっくらとした形だ。餡も、にんにくを含めた野菜が少々大粒であるほかは他の店とは変わらない。

 特別なのは、やっぱり、その味だ。

 どこの店の餃子とも違う、間違いなく特別な味。

 この餃子は、僕の家を通して、大阪、神戸、東京の親戚や知り合いへ送られている。ファンが多いのだ。


 まもなく、商店街に隠れていた濃い灰色の空がまた現れた。

 曲も一転して、スローになる。


 「遠い世界に」

 遠い昔、日曜日のお昼のテレビで『家族そろって歌合戦』という番組があった。

 僕の家では、毎週家族そろって見ていた。

 この番組のみならず、日曜日は、実は、歌番組が多かった。

 午前中、NHKの『あなたのメロディー』。

 玉置宏の『ロッテ歌のアルバム』。

 言わずもがなの『のど自慢』。

 

 『家族そろって歌合戦』は、獅子てんや、瀬戸わんやの司会で、8家族がリスさんチームとか、うさぎさんチームとかに分かれて競う歌合戦だったと記憶している。審査員は、市川昭介、笠置シヅ子、高木東六らだった。

 1回戦は、家族全員で。2回戦は、個人戦。決勝は、やはり家族全員で歌ってチャンピオンが決まってたと思う。


 「遠い世界に」は、1回戦か、決勝でよく歌われていた。

 「クラリネットをこわしちゃった」と「戦争を知らない子どもたち」と並んで、よくチョイスされていたこの番組定番の曲だった。

 だから、獅子てんや、瀬戸わんやが「曲は、遠い世界にです!」って言うと、「あ~あ、またこの曲か~」と子ども心ながら、うんざりした気持ちになったものだ。

 だから、その番組を見なくなったあと、世の中の学校の教科書に載るようになったことをニュースで知ることはあっても、聞くことはなかった。

 それどころか、実は、五つの赤い風船が歌っていたなんてことも知らなかったし、素人の家族が繰り返し歌ったの以外、そう、原曲を一度も聞いたことがなかった曲だった。


 大人になって、ようやく、原曲を聞いた。

 『家族そろって歌合戦』で素人の家族が歌っていたのとは、ちがった。

 そして、「家族そろって歌合戦」で、誰もが歌うこの曲をなぜあえて選んで歌ったのか、という気持ちがよくわかった。


 「雲にかくれた小さな星は これが日本だ私の国だ」


 ここで、僕は、やっぱり泣いてしまう。

 この歌のつくられた経緯や意図を今は知っている。

 およそ、子どものときには思いもつかない意味を今は知っている。


 でも、だから、涙が出るんじゃない。

 言いたくはないが、もっと純粋なところでこの歌にとても惹かれるのだ。



♪五つの赤い風船 「遠い世界に」

https://www.youtube.com/watch?v=QLnWStw-dKI


現在地:新潟県新潟市西蒲区巻甲 巻甲2944−4 走行中

https://www.google.co.jp/maps/place/%E8%82%89%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E5%BF%83/@37.7592512,138.8845736,17z/data=!4m5!3m4!1s0x5ff4e9b587e24f81:0x54fc68609394cb2c!8m2!3d37.759803!4d138.886451?hl=ja

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