第18話 魔王VS××
魔王の放った鈍色の光はふたりを包み込んだ。
あまりにあっけない最後に魔王は思わず失笑する。
「ふっ……所詮はこの程度か。ただの一撃で消し炭になるとはな……」
「タイヘー!?」
アリシアが叫ぶ。
そう――俺の名を叫ぶ声がした。
「なっ――!?」
「あん? ただの一撃で……なんだってぇ?」
俺はセシルを両腕で抱えながら後ろを振り返りながら、睨みつけた。
魔王が驚きのあまり玉座から立ち上がる。背中のマントが滑稽にひるがえった。
「馬鹿な……あれだけの魔力を注ぎ込んだのに、傷一つつかんのか!」
「おかげで肩は軽くなったぜ?」
「くっ……我の魔光は指圧ではないわ!」
まったくひやひやさせやがって。
さすがにあれはびっくりしたぜ。
(絶対間に合わんと思ったしな……)
火事場のなんとかというやつか。俺はまるで瞬間移動したようにセシルの前に躍り出て彼女をかばっていた。
アリシアのバックスタッブ+必中攻撃のような合わせ技でもないし、本当なんだったんだか。
「ん? なんだ、セシル……」
「もういい、もういいですからタイヘー……攻撃は終わったんでしょう?」
セシルは俺の両腕から抜け出そうともがく。
「……いやもう少しだけ」
「むぎゅ~!」
「おい! 放せヘンタイ!」
俺がセシルをきつく抱きしめると、アリシアがなけなしの力を振り絞ってつっこんでくる。
「ちっ」
「なによその舌打ちは……心配して損した」
「なんだ、心配してくれたのか?」
「うっさい!」
なんで怒ってんだよ。
「おい、人間。ひとつ聞いておこう……」
「ひとつと言わず、いくらでも聞いていいぜ」
「ふん。盟約はどうなった?」
「あん? 盟約? セシル、知ってるか」
「…………」
セシル首をぶんぶんと横に振った。
「アリシアは?」
「知らないわよ」
「ということだ。魔王との盟約なんて知らん」
「そうか……では反故になったということだな。理解した……」
魔王は玉座から一歩進み出て、もう一歩、もう一歩とこちらに近づいてくる。
そして先ほどと同じように右手のガントレットをこちらにかかげると、宣言した。
「では、死んでもらおう」
「さっき失敗しただろうが……もっと……おお?」
「むろん……先ほどとは違う。先ほどのは指先で払うようなもの……」
「その一撃で……あたしらはやられたんだけどね……」
「もういい、しゃべるなお前は……」
苦しそうに身を起こすアリシアにそう言って魔王に向き直る。
「じゃあ今度はパンチが飛んでくるのかな?」
「いいや……この城の外郭を吹き飛ばす」
「……は?」
そう朗々と説くと、魔王はガントレットに魔力を集中させた。
鈍色がより黒く、ドス黒く、漆黒へと染まっていく。
「まずいな……セシル、BBを連れて退避できるか?」
「えとえと……」
「バリアとか張れないか?」
「できますけど、タイヘーが……」
「俺はいいよ。死んだら、
「馬鹿が。リザレクションなどさせるものか……今度こそ塵すら残さん」
「…………」
俺はセシルに親指を立てて、部屋の隅に退避させる。
「うごごご……!」
よしBBも無事退避できたみたいだな。まあ引きずられて余計な擦り傷は増えたみたいだが。
「タイヘー、あんた死ぬ気?」
足を引きずりながらも、セシルとBBの側に退避したアリシアが問いかけてくる。
「俺まで退避したらあの
「タイヘー……あんた……」
「あとな、これは言わないでおこうと思ってたんだが……」
「……?」
俺は笑顔でアリシアに伝えた。
「あれなら、セシルにヒールしてもらえるかもしれんっ!!!」
「…………」
「…………」
「…………」
長い長い沈黙がおりた。
そしてアリシアはひと言だけ俺に向かって言った。
「タイヘー、あんたは一度死ね。いやリザレクションで復活できないくらい、塵になれ」
「そんなことしたらセシルにヒールしてもらえんだろうが!」
「くっ、あいつを信じたあたしが馬鹿だった……信じるんじゃなかった!」
魔王の力ためが終わったのか、話しかけてくる。
すでにガントレットの前にはゆうに直系2メートルを超す真闇の球体が生み出されていた。
「別れの挨拶は終わったか? 人間よ……」
「ああ、いいぜ。いつでも来な」
「愚かな。早く我に攻撃に加えればよかったものを……」
「そんなことしたらその攻撃を食らえんだろうが」
「まこと、まこと愚かよな、人間――死ね」
目の前を暗闇がおおいつくす。そう思ったときには敵の攻撃はすでに放たれたあとだった。
◆ ◆ ◆
「ぐああああっ、ちょ……きつ、きついです、タイヘー!」
「くっ、なんてパワー……直撃を食らってないってのに!」
「見たい、もっと間近で……見たい」
「やめて、BB! 急に起きて近づかない、危ないから!」
セシルたちは直撃こそ避けていたものの、その超大なパワーが放つ余波は周辺を嵐や竜巻のように巻き込み、ミキサーにかけていった。
魔王城の城壁に大穴が穿たれる。
石材が剥がれ落ち、吹き飛び、吹き飛んだ石材が粉々に砕かれる。
まるで
その中で果たしてタイヘーは生きているのだろうか。
だが、あのタイヘーがこれくらいで死ぬはずがない。
三人の頭の片隅にはどうしてもそういう絶望とも希望とも違う、一種の諦観がこびりついて離れないのだった。
どうせまたこの黒色波動の中から笑いながら、「いやあ、またセシルのヒールを受けそこなったぜ!」とか言いながら顔を出すに決まっているのだ。
「なのに……なんで……なんで、どうして……」
「ふっ……愚かな」
「タイヘー? た、たいへー……?」
城の外郭どころか、内装もほとんどが吹き飛んで、あとに残るのは瓦礫だけであった。
瓦礫だけであった。
瓦礫以外なにも残っていないのである。
「タイヘー、タイヘー!」
「ばっ、まだバリアの外に出ないで!」
「い、いやです、タイヘーを探さなきゃ……タイヘー、タイヘー!」
セシルの叫びは、ぽっかり大口をあけた城の残骸から虚しく空へと吸いこまれていった。
魔王VS人間王。
その勝負の結末はあっけないものであった。
「たいへえええええええええぇぇぇ……!!!」
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