第17話 ××を抜けるとそこは

「タイヘー……」

「なんだ、セシル?」

「……ぐざいです」

「……。仕方ないだろ、下水なんだから」


鼻をつまみながら不快そう顔でそんなことをいう幼女神官。

べつに俺が臭いわけではない。なにせ俺たちが歩いているのは下水道なのだから。

俺たちはぴちょんぴちょんと水滴が滴る下水道をとぼとぼと歩いていた。


「タイヘー……」

「なんだ、セシル?」

「お腹が減りました……」

「…………」


ぐ~、ぐ~。

まずいな。セシルはお腹が空くと暴君のようになってしまうのだ。

以前も言ったように俺はロリコンだが、マゾの気はないので虐げられたいとは思わない。


「はよ、出んとな……」


さて罠にかかって俺たちは垂直にここまで落ちてきたわけだが、俺は途中壁に指を突っ込んで手をひっかけることで落下のショックを殺した。

まあつまりこのレンガみたいな石材をパンチで砕いて進んでしまえば、ここから簡単に脱出できるわけだ。

しかし問題はここがこの魔王城とやらを支える柱となっていた場合だ。

土台が崩れれば、建物ごとかたむきかねない。

俺は下水をぐるぐるしながら、構造を脳裏に描く。


「ところでさ、セシル」

「んー? なんですか、タイヘー?」

「なんでセシルはそんなにレベルが高いんだ?」


これはインディアンポーカーが判明してからの疑問だった。

この世界の住人の平均レベルは10そこそこ。年齢はあまり関係ない。

歴戦の戦士ですら10レベルに到達していないのがいると思えば、20歳そこそこで20レベルを超えてるやつもいる。

ひとつ言えるのは30レベルを超えれば大抵は伝説とか言われる冒険者、もしくはどこかの国の将軍になれること。


(だからこそアリシアやBBは少しおかしいんだが……)


あいつらはじめて会ったときから38くらいあったし、いまじゃ60近い。

そしてそんなあいつらすら霞むほどセシルのレベルは高い。

セシルのレベル――それは82だ。


「さあ……? タイヘーと会うまで自分のレベルなんて意識したことなかったですし」


そりゃそうだよな。

だってこの世界の住人はレベルなんて概念すらなかったんだから。


「でもさ、なんか出自に秘密があるとかないか? 勇者の末裔とか……」

「勇者、ですか? いえ……べつに普通の家庭でしたけど」

「大神官の娘って普通じゃないと思うけど……そういえばセシル、親父さんはいまどこにいるんだ?」


大神官ってくらいだから大聖堂にいるもんだと思ってたが、あの街で暮らすこと数か月。まだ一度も出会ったことはない。


「ああ、それはですね、タイヘーを召喚する数年前のできごとなんですけど……」


セシルは俺に昔話を語ってくれた。


――数年前。


「お父さん、お父さん! どこ行くの?」

「ん? ああ、この街も大きくなったなあと思って……俺や母さんが魔王攻略の前線基地として作ったときはただの小屋だったんだが……」



「ちょっと、待てい!」

「ん、なんですか?」

「あの街作ったのはお前の親父なのか!?」

「そうですよー?」


衝撃の事実である。

話は続く。



「すごい、人がいっぱいいてすごいね、お父さん!」


すると、お父さんは遠い目をして私の頭を優しくなでてくれました。


「……? お父さん……?」

「父さんな……旅に出ようと思うんだ」


お父さんは言いました。


「この世界へ来て、神官になって十数年。父さんな……正直、この職に飽きてきたんだ……」

「は?」

「いやこれからは音楽だ! 音楽は世界を救う! だからな、父さんな……これから吟遊詩人で食っていこうと思うんだ!!」



――。


「ただのクソ親父じゃねーか!!!」

「ちょっとタイヘー、他人のお父さんをクソ親父呼ばわりしないでください!」

「うお、す、すまん……」


セシルにすごい剣幕で怒られてしまった。


「ただのうんこお父さんです!」

「言い方!!!」

「だってお父さん、『クソ親父は汚いから、せめてうんこお父さんにしておきなさい』って言うんだもん……」


セシルも言ったんだな。クソ親父って。


「そうしてうんこお父さんは旅に出ました。いまのいままで音沙汰なしです」

「まごうことなきうんこお父さんだな、そりゃ……」


いまの話からじゃセシルの親父があまりにあまりなことしかわからん。


「そういやお母さんは?」

「お父さんが出ていく一年前に出ていきました。『セシル強く生きるのよ』って」

「セシル……つらかったら甘えてもいいんだぞ」

「タイヘー、そういうのいらないです」

「あ、はい」


即答。

え、なんで最近こんな扱いされてんの、俺。


「べつにいいんです、私にはお爺さんたちがいましたし街の人も優しくしてくれたから」


まあその爺らも食い扶持減らしにお前を魔王討伐の旅に出したんだけどな。

不憫だ。あまりにもセシルが不憫だ。


「よし、今日は魔王でも倒して帰ったら焼肉パーティだ!」

「ええ!? いいんですか、お肉……食べていいんですか!?」

「おう……そのためにちゃっちゃと魔王倒して帰るぞ……」


――ボゴォォォンッ!!!


そう言って俺は下水道の壁を掌底で砕いた。


「よし、こっちだ!」

「はい!」


――ボゴォォォンッ!!!


「こっちだ、セシル!」

「はい!」


――ボゴォォォンッ!!!


「こっちにいくぞ、セシル」

「はい!」


――ボゴォォォンッ! ボゴォォォンッ! ボゴォォォンッ!!!


「うん、完全に迷ったぞ、セシル!」

「はい!」


適当に壁を破壊しながら進んだが、いまどこにいるのか全然わからん。

俺は途方にくれてしまった。

そこへ大勢の魔族がやってくる。


「なんだなんだ、くっ……新手か! さっきの二人組は逃がしてしまったが、この通路だけは死守するぞ! この通路の先には魔王様の玉座がある……! 絶対に通すな!」

「…………」


魔族がアホで助かった。


「ぎゃあああああああああ!!!」


俺は魔族を適当に殴り倒しながらその廊下を進んだ。ご丁寧にレッドカーペットまで敷いてあげるじゃないか。


「魔王ってのはどうしてこうバトルマニアが多いんだろうな」

「バトルマニア?」


まるで侵入者を戦闘に誘ってるみたいじゃないか。


「たのもー!」


俺は巨大な扉を蹴り破り、中へと入った。


「貴様がタイヘーか……待っていたぞ」


魔王の間。その正面遠くに玉座があり、その上には全身漆黒の鎧で身を包んだ人型の巨躯があった。

ヘルメットの隙間から、声が聞こえてきた。微妙に反響して中の体格などを推察することはできない。

だが独特のこの威圧感。

まず間違いない、あいつがこの魔王城の主――つまり魔王だろう。


「なっ……!」


そして俺は驚いた。

べつに魔王にではない。

魔王の玉座の前の凄惨なその光景に。


「…………」

「ぐっ……たい、へー? 気、気をつけ、なさ……」


アリシアとBBのふたりが満身創痍で床に伏せていた。


「アリシアさん、BBさん……!?」

「セシル、待て!」

「ふっ……愚かな!」


魔王が手のひらを、ふたりに慌ててちかよるセシルにかざす。

そのガントレットの中心には光り輝く怪しい鈍色が。

俺はセシルを助けようとして――。

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