第11話 ××の代償

俺たちはあれからパーティを組んで、街周辺のモンスターを狩った。


「つまりレベルって概念はあるんだな?」

「レベルっていうのはタイヘーが名付け親。でもしっくりくるから採用。わたしの発案ってことにする」

「ズルじゃねーか」

「それより外で大っぴらに言わないで、一応国家機密……」


BBによると、彼女の所属する王国の常備軍では統計的に強い兵士と弱い兵士のデータを収集していたらしい。

彼らはそれらを長い年月の間にリスト化していった。その過程でそれが数値化でき、なんならある程度まで細かく分けられる知見が得られたらしい。

つまりそれがレベルってわけだ。


「レベルアップできるのか?」

「タイヘーがまた新しい概念持ってきた」


俺はアリシアとBB、そしてついでにセシルにも説明する。


「なるほど、さっぱりわかりません!」

「自信満々に言うな、セシル」


一方妖怪ツインテールとケモミミ幼女はひそひそ話をしていた。


「BB……それって軍で研究……モンスターを……訓練……」

「アリシア、国家機密漏洩で燃やす……」

「やめて」


丸聞こえなんだけどな。


「いい。タイヘーの話に乗る」

「お」

「ただしレベルアップという概念と新語の発案者はわたし……」

「ねえ、ずるくない? 君、ずるくない?」


こうして俺たちは街の周辺でビッグラビットを狩って、レベルアップを重ねた。


「アリシア俺はちょっと死ぬ、あとは頼んだ」

「ちょっと寝るくらいの気軽さで死ぬわね、あんた……」


「はあ、疲れたー。もうくたくただぜ……セシル、ヒールー」

「酒か」


「いいか、セシル?」

「はい」

「男には絶対に逃げてはならないときがあるんだ。たとえそれが命をした戦いであってもな!」

「はい!」

「そしてそれがいまだ! 男泰平、行きます! うおおおおお……ぎゃああああ、セシル、ヒールー!!!」

「あんたはセシルにヒールかけてもらいたいだけでしょうが!」

「あほくさ……」


◆ ◆ ◆


「まあそんなこんなで三か月……結構レベルアップできたんじゃないか?」

「あんたはずっと死んでただけだけどね」

「なにを!?」

「うーん……」

「どうしたのBB?」

「いや……なんでもない」


BBは指をくわえて少し考えごとをしているようだった。

ローブの中の視線はじっとこちらを向いていた。


「え、俺なんかした?」


そんなときのことである。


「た、助けてくれえええ!」

「あん?」


遠くのほうから地響きとともに男の声が聞こえてくる。

見るとハゲ男が涙をチョチョぎらせながらこちらに走ってくるではないか。

なんだ、あれ。


「おいあんたたち……た、助けてくれ! ビッグラビット、ビッグラビットの群れが……!」


男の頭上の数字を見ると13。


(まあそりゃひとりじゃ、ビッグラビットはきつかろう)


モンスターとのレベル差ざっと3、40。どう考えても無理だ。


「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……助け、助けて」


ハゲ男は情けなく俺たちの前でバタと倒れて、四肢を地面に投げうつ。


「あんたは……」

「なんだ、アリシア。知り合いか?」

「いや……あんたが、覚えてないならいいけど」

「……?」


なんだ、どっかで会ったことあったかな、このハゲ。

ハゲ男は言った。


「な、仲間とビッグラビットを狩ってたんだが、急に群れに襲われて……」

「仲間は?」


アリシアは小首をかしげてたずねる。

するとハゲ男は絶望的な表情でつぶやいた。


「ぜ、全滅した……」

「ビッグラビットの数は?」

「さ、三匹……いや四匹だ! たぶん俺のあとをつけて……」


さっきから地響きが大きくなっているような気がする。

よく見るともう目と鼻の先にビッグラビッドの一グループは迫っていた。


「ひっ……来た! 来たぞ、来たぞ!」

「だってさ、タイヘー? どうする?」

「どうするって、た、助けを呼ばないと……俺たち八人パーティだったんだぞ?」


それを聞いてセシルは真剣な表情で俺に訴えかけた。


「タイヘー、私今日はお肉食べたいです!」

「いやお前は毎日肉食ってんだろうが……」


モンスター退治(=報奨金)に目を輝かせるセシル。

俺は頭をかきながら答える。

はあ、どうしたもんかな。


「おいおい、お前たちなに考えてんだ! 死ぬぞ、ビッグラビッド相手に女子供じゃどうしようもないだろう?」

「だってよ、BB?」

「ん……」


男は焦るが俺たちはいたって冷静だ。

ここにいるがただの女子供だと見くびっていたら痛い目みるぜ。

BBはうなづいて、男につてつてと近寄ると小さな拳で男の顔面を何度も殴りつけた。


「ぶはっ、ぐえっ……な、ちょ……なんで俺のこと殴るぶええっ!?」

「むかついたから……」

「むかついたからって人の顔面を躊躇なく殴るんじゃありません。もっと他にやることがあるだろうが」

「んー……」


まったく物理的に痛い目みせるんじゃねえよ。

BBは目深にかぶったローブの中から俺を見て、うなづくとハゲ男に向き直った。


は幼炎、は炎なりて、つぶてなりて……ファイヤ――」

「やめろ。違う。燃やすな。むかついたからって理由で人を燃やすな」

「ひぃぃっ!」


俺はBBのローブの襟元を引っぱって凶行を止めた。

こいつだけはいつも冷静なんだか、いつもとち狂ってんだか。


「そんなことよりタイヘー、あいつらのレベルは?」

「……40~49ってとこだな」

「じゃあたしパス……美味くなさそうだし」

「はあ?」


意味がわからなかったのかハゲ男はぽかんと口をあけて、街の城壁にもたれるアリシアをながめる。

まあそりゃいまのアリシアのレベルじゃあなあ。


(経験値効率はよくないだろうな)


いまアリシアの頭上には58の数字が浮かんでいた。

三か月の成果だ。


「とりあえず俺が片付けてくるわ」

「がんばれー……がんばれー?」

「全然誠意がこもってない応援ありがとよ、BB」


俺は形だけのお礼を59レベルの宮廷魔術師に言って、ビッグラビッドに悠然と向かっていく。


「お、おい……おいおいおい、馬鹿なのか? あいつは馬鹿野郎なのか!?」

「馬鹿ってところは否定しない」

「そこは否定しろよ!」


横になりながら面倒くさそう言うアリシア。

まったく面倒なことは俺に押しつけてこの妖怪ツインテールめ。


「さて、今日もセシルのヒールが楽しみだぜ……ククク」


俺は三下みたいな笑みを浮かべて、迫るビッグラビット四体の前に飛び出た。


「ブモォオオオオオオッ!」


先頭の一体が余裕の笑みを浮かべる俺に突進してくる。


「ふっ……」


そして案の定、星になった。

――ビッグラビットが。


「ブモオオオォォォォォォォ…………っっっ???」

「なあぁぁぁ……っ!?」


ハゲ男は目を見開く。

そして我に返って手近なアリシアにたずねる。


「なんだあいつ、いまなにやった!?」

「蹴った」

「は?」

「ビッグラビット、蹴ったの」

「はあああ!? 蹴りであんなことなるわけないだろ!」

「いいから見てなって……」


そう俺はビッグラビットを蹴ったのだ。

そしてビッグラビットはお空の星になったのだ。

とっても気持ちいいのだ。


「ちょっとタイヘー! 駄目ですよ、耳切り取らないとお金もらえないでしょ! お肉食べられないですよー!」

「あ、やべ……」


我がパーティの財務大臣兼焼肉大臣は少し細かい。

次はちょっと手加減しよう。

俺は次のビッグラビットの顎下に潜り込むと顎をつかんだ。


「ブモォォオオ……?」

「ほらよ」


俺は軽くビッグラビットを持ち上げて、地面にたたきつけた。

うん、頭蓋骨割れたな。たぶん。

芝生にひっくり返ったビッグラビットはとりあえず放っておいて次の獲物の処理に移る。


「ハッ、ホッ!」


仲間が次々吹っ飛ばされてるのに、まるで馬鹿の一つ覚えのように突進してくるあと二匹。こいつらを裏拳と足刀蹴りでほふる。


「はい、終わり……あー、疲れた」

「疲れてないでしょ?」


アリシアがため息をつきながら、短刀を持ってビッグラビットに近寄る。詰め所に持っていくための印――ビッグラビットの場合その特徴的な耳――を削ぎに行ったのだ。


「俺が疲れたっていったら疲れたのー。もぉー。セシル、ヒールー」

「…………」

「はいはい……」


俺は化け物でも見るように見つめるハゲ男の横を通って、セシルに近づく。

セシルは近寄ってきた俺にヒールをかけてくれる。


「ああー、気持ち――」


あれ?


「気持ち、よくない?」

「…………」

「どうしたんですか、タイヘー?」

「セシル、ヒールかけてくれてるよな?」

「ええ、はい。ちゃんとヒールかけてますよ……ヒール!」


セシルはちゃんとヒールをかけてくれている。

なのにいつもの、あのヤバくてノリノリでハイでテンアゲなあの感覚が来ない。


「どうなってんだ!?」

「それは、そう……」

「知ってるのか、BB!」

「タイヘー……さっきの戦闘でダメージ受けた?」

「は? おいおい、三か月前までの俺といっしょにすんなよ。ダメージなんて受けるわけ……あ」


そこまで言ってて、気づいた。

俺はこの三か月で強くなった。

それはさっきの戦闘の光景を見てくれたらわかると思う。


「え? 待って……あの、俺って……」

「タイヘー……」

「BB……?」

「あなたは、強くなりすぎた」

「…………」


ただ、あまりにも俺は強くなりすぎた。

――雑魚敵からダメージを受けないくらいには。


「ダメージを受けないと、俺はセシルのヒールで気持ちよくなれないじゃないかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


レベルアップの代償、それはあまりにも残酷な事実だった。

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