第10話 ××魔法

「あたしたちはべつに魔王退治にこの街に来たわけじゃないの」


俺たちはアリシアに旅の目的を教えてもらっていた。

場所は大衆食堂。


「はぐはぐ、タイヘー、久しぶりのご飯は美味しいですね! ほらほら、お肉食べてください、お肉!」

「おう、がつがつ! うめぇー、やっぱり他人の金で食う肉はうめぇぇぇ!」

「あんたら、あたしたちの話聞いてる?」

「んぐっ……聞いてる聞いてる!」


ジト目で睨まれて俺は口の中のものを飲み込んでから、答えた。

さすがに昼飯をおごってもらっておいて、話聞かないわけにはいかないな。

昼飯おごってもらっておいて(二回目)。


「まあこっちはBBの研究の一環でここまで来てるんだけどさ」

「研究?」

「うぃー?」


俺はさっきからジュースを飲んでいるローブの少女を見てたずねた。

この子は店内でもずっとローブをかぶっていて素顔は見れない。可愛いのは間違いないと思うけれど。


「むぅー……タイヘー?」

「な、なんだよ?」


珍しくセシルに睨まれる。俺なんかやっちゃいましたか。


「BBは王国の宮廷魔術師なのよ」

「ほう。つまりエリート?」

「まあ、そうなるわね。で、あたしはその研究の護衛ってところ」

「研究ってなにを研究してるのか聞いていいか?」

「うぃー?」


BBはこちらを一度向いてから、ぼそぼそとつぶやいた。


「レベルの存在証明と……計算方法の確立、それから……ん?」

「なに転げ落ちてんの?」


俺は思わず椅子から転げ落ちた。

レベル。いまレベルって言ったか。

俺はBBにかけよりながら話しかけた。


「いまレベルつったかぐっ!?」

「あんた、あたしの護衛対象にそれ以上近づいたら……首が飛ぶわよ?」


冗談じゃねえ。短刀ナイフを首筋に当てられて身動きが取れない。


「アリシア、放してあげて」

「…………」


すっとナイフがしまわれる。ほっ。


「いまお前レベルって言ったよな? レベルってあれか、人間個々の力を表すパラメーターってかバロメーターってか、とにかく強さを数値化したような……なあ!?」


俺がまくしたてるのに合わせて、BBのローブの中の瞳が見開かれる。


「あなた、レベルの概念が理解できる人ー?」

「わかる、わかるとも! っていうか、俺見えます! レベル! お前は35レベル! それからそっちのアリシアってやつが38レベルで、こっちのセシルが82レベルだ!」

「…………」

「あれ……?」


BBは疑わし気な表情でこちらをぎゅっと睨んだ。

そして。


「アリシア、やっぱりそいつ殺しといてー」

「なんでだよ!」

「はいはい。ここじゃなんだから、表出ようか」

「お前もお前でさくっと了承すんじゃねえ!?」


こいつら、危ないやつらだな。


「はあ……ちょっと興味出てきた」

「は?」


コップのジュースをすべて飲み切ったBBが、少し高めのスツールから飛び降りて言った。


「よし。外行って、実験しよー」

「……?」


俺はセシルを連れて、アリシアとBBのあとをついて街の外へと出た。


◆ ◆ ◆


「じゃあ戦ってみよー」

「軽く言ってくれるな……この周辺のモンスターの強さわかってて言ってんのか?」

「わかってるよー。レベルもだいたい割り出せるー」

「へえ。何レベルくらい?」

「誰が言うか、バカー」


小憎たらしい。ロリでなきゃ一回小突いて――。


(いやそういうやこいつも35レベルだったな)


13レベルかそこらの大男にやられる俺じゃ返り討ちにあうのが落ちだな。

賢明な俺は拳を収めた。


「アホー、カスー、ナスー、オタンコナスー」

「挑発してんの、キミ? なあ?」


まあこの怒りはモンスターにぶつけよう。


「さて、今日という今日こそは倒して……いや、一撃くらいくわえてやるぜ、ビッグラビット!」

「しょぼ」

「しょぼい言うな、妖怪ツインテール」

「妖怪ってなによ?」

「ガンバですよ、タイヘー」


セシルの声援バフを受けて攻撃力もあがるってもんだ。


「さあ、どっからでもかかって……」

「ブモオオオォォォォォッ!」

「待って待って待って……あああ、ちょっとタンマァアアア!!!」


あなたそんな声で鳴くのね。鳴き声はじめて聞いたわ。

こちらに向かって突進してくるビッグラビットに回れ右して、逃げ出す俺。


「――とでも思ったかぁああああ!?」


俺はさらに急転回してなまくらを構える。

柄にもなく相手はびっくりしたのか急ブレーキをかけつつも、げっ歯類特有のブレードみたいな前歯で攻撃してくる。


――ガキン!


なまくらにビッグラビットの前歯が当たった。


「よっしゃあああ、初撃は防いだぞ!」


いままでこれすらできなかった。ただ一方的に吹っ飛ばされていただけだ。

それがやっとできた。自力で50レベル付近の敵の攻撃を防いだんだ。


「やっぱり俺って成長してんじゃ――」

「ブモォオオオオオオッッッ!!!」


俺はビッグラビットのハンマーのような頭で吹っ飛ばされて、星になった。


◆ ◆ ◆


「う、ぅ……」


はあ、また気絶してたのかよ。これで何度目だよ、情けねえな。

俺は気がついて、そんなことを考えながらセシルにお礼を言った。


「ヒール、さんきゅー。セシ……あん?」


アリシアとBBの様子がおかしい。


「どうした、お前ら?」

「あ……あんた、何者、なの……?」

「どうなってんの……」

「おいおい、異世界転生者でも見たみたいな顔しやがって。どうした? いまごろ俺のすごさがわかったか?」

「……っ!」


BBが俺に飛びついてきて、いきなり顔面を殴り始めてきた。


「ぐほ、ごえ、ぐえええっ! な、なんだなんだ、やめろ……おい! おい!」

「ハァ、ハァ! この、このっ!」

「ぶへぇ!」


BBは小さな手で俺の顔面を打ちつける。

正直俺はロリコンだが、マゾじゃないんだぞ。


「はあ、はあ……血が、出てる……」

「あったり前だ! お前が殴るからだろうが! ってお前、その耳……」


勢いでローブが外れてBBの頭が見えた。

頭からは獣の耳が生えていた。それでいつでも目深にローブ被ってたのか。


「おかしい……!」


BBが叫ぶ。

俺の鼻からずるりと鼻血が流れる。

まあいい。セシルのヒールが味わえると思えば安いものだ。


「セシル、頼む」

「はいはい……」


俺はセシルのヒールを受けながらたずねた。


「ひょおおお、キタキタ! んで、どうしたんだよ、急に……」


アリシアが答える。


「あんたは……」

「……? お前はもう死んでる、的な?」

「冗談じゃない」


BBが話を受けて続ける。


「ワタシたちが診たときあなたは死んでいた。脾臓、すい臓、胃、肺、心臓破裂。頭部の強い挫傷の上、出血量は致死量の二倍」

「え、なにそれ。死んでますやん……」

「だから言ってる……」

「あんたは死んでたの! 認めろ、なんで生きてる!?」


は? は?

死んでた?


「じゃあどうして俺……生きてんだ? はは……」

「生き返ったから」

「この世界じゃ、そういうことも……?」

「無理」


ですよねー。

え、マジでどうなってんだ。


「はっ……まさか俺の新たなチートスキ……」

「ちょっとあんたは黙ってて!」

「ぐえぇっ!」


アリシアに殴られた。痛てえ。


「ハァハァ……アリシア、ワタシはちょっと正気を失っている。それでもいいなら話を聞いて?」

「うん、いいよ。なに、話して?」

「いま考えた。ひとつだけ可能性がある……信じたくないけど」


そう言いながらBBの視線は俺を通りすぎて、セシルに注がれる。


「え、私……ですか?」

「はあ、はあ……あり得ない。あり得ないことだけど可能性としてはそれしかない……り、り」


BBは呼吸荒く、なんとか絞り出すように言った。


「リ……リザ、れくしょん……」

「……?」


――セシルは蘇生魔法リザレクション伝説のチート魔法の使い手だった。

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