第7話 ××の正体

「あのタイヘー、本当に街の外は危険なんですよ」

「平気平気、俺は異世界転生者だぞ!」


俺は意気揚々と街の城壁から外に出て、だだっ広い平原を見渡した。


「うむ、この雄大な景色! まさにファンタジーって感じだ! これだよ、これ、俺が求めてたのはこれ!」

「はあ……」


セシルが首をかしげて俺のことを見つめる。

まあこの世界に来てからというもの、イメージと違いすぎて正直ガッカリしていたところだ。

よし、ここから俺の無双物語が始まるわけだ。タグにもチートって書いてるしな。


「さてスライムとかデカイ野生動物はいるかな?」


俺は早速獲物を探して平原を探した。

いた。ずいぶん遠くにウサギみたいなのが見えた。

モンスターか? いやモンスターだ!


「――って、デカ!?」

「あ、あれはビッグラビット!」


まんまだな。その名もビッグラビット。

目が赤くて、体が人間の三倍くらいあるでっかいウサギだ。

そいつがこっちに向かって猛突進してくる。

近づいてくるにつれてその巨体に少しびびる。


「タイヘー、タイヘー! 逃げないと、逃げないと!」

「待て待て……俺に任せておけ」


だが俺は異世界転生者、冒険者登録してもらったこのなまくらで見事真っ二つにしてやるぜ。


「どっからでもかかってきやがれ!!!」


――俺はビッグラビットの突進を受けて星になった。


そして全身骨折しながら、空を舞う俺の目に飛び込んできたのはビッグラビットの頭上に浮かんだ、『52』という数字だった。


■ ■ ■


「もうタイヘー、大丈夫ですか?」


俺は宿の下の酒場でセシルに心配されていた。

納得いかん。


「どーして、セシルのヒールを受けるとき決まって俺は気絶しちまうんだよ!」

「そこですか?」

「そこだよ。それ以外にどこがある?」


俺は鼻息荒く言った。


「とりあえずお水もらってきますね。喉乾いたでしょう?」

「ああ、悪いな……」


爺どもから渡された金は50G。

宿にすら泊まれないんじゃないかと思ったが、なんとこの街冒険者にはタダで部屋を解放しているらしい。まあその代り雑魚寝だったが。

野宿しないでいいだけ、だいぶましだ。

問題は食べ物で、水にも1Gほどかかるらしく、食べ物に関しては絶望的だ。


「魔王討伐、モンスター討伐よりも明日からまずは路銀を稼がないとな」


俺がそんなことを考えていたときだ。


「タイヘー、タイヘー……あんっ!」


――ドンッ! ぱしゃっ!


「ああん?」


カップに入れた水を運んでいたセシルが、ちょうど目の前を通りがかった大男にぶつかった。そして手に持っていた水をすべて男に向かってぶちまけてしまう。


「おい、ガキ!」


男の怒鳴り声にシンと静まり返る店内。

水で服を汚された男は大人げなくセシルの片腕を掴んで、引っ張り上げる。おいおい、そんなことしたら肩が外れちまうだろうが。


「あう、痛たた……?」

「なんだあ、ここはガキの来るところじゃねえぞ? この服どうすんだ!?」

「服なんてどうでもいいだろうが……まずはその手を放せよ、ハゲ」

「ああっ?」


俺はハゲにハゲと言ってやった。薄毛の悩みは異世界にもあったらしいな。

男はスキンヘッドの額に青筋を浮かべてこちらを振りかえった。


「なんだ、このガキの保護者か? だったら慰謝料もらおうか?」


ずいぶん、わかりやすいチンピラだな。

チンピラはセシルを床に下ろして、俺に向かってくる。

俺は脇から後ろのセシルに声をかける。


「おい、セシル大丈夫か?」

「わ、私は大丈夫ですけど……でもタイヘーが!」


ほっ。人の心配できるなら大丈夫そうだな。

それにしても。


(頭の上の数字は……『13』?)


もしもこの数字が年齢を表しているんだとしたらいくら若ハゲにしても、ずいぶん若すぎないか。

実はここに来るまでに道行く人や武器屋の店主、衛兵の頭上にも数字があったがいずれもほとんど10未満。多くても15くらいが限界だった。


(年齢じゃ、ない……?)


「おいおい、びびってなにも言えないのか?」

「――っるせえ! 俺の拳を食らってもそんな余裕かましてられるかな?」

「おっ……!」

「タイヘー……っ!」


俺は握りこぶしを作って、男の顔面向かってストレートを放った。

昼間はモンスター相手にやられちまったが、それはモンスターが予想以上に強かっただけのこと。

さすがにただの人間相手に負けるわけがない。なんのための異世界転生だか。


「よっと……なんだ、そのへにゃちょこパンチは?」

「あれ?」


俺のパンチは男に軽く避けられた。そしてがら空きの背中に両手の振り下ろしを食らう。


「ガアアッ!?」


肺の空気がすべて出てしまったのかと思った。痛いとか以前に苦しい。

俺は床に寝転んで、酸素を求めて口をぱくぱくさせた。


「くははっ! 威勢だけはいいな、ガキ?」

「が、ガキだと……てめぇこそ13歳のくせしやがってぇ……」

「は? 俺は23だ!」


そのとき酒場が騒然となった。いやありとあらゆる席でひそひそと噂する声がする。


「え?」「マジかよ……」「ウソだろ、老けすぎだろ」「俺も……40いってるかと思った」

「おうおうおう!? ちょっと待てや、いま老けすぎだの、40だの言ったやつ出てこいや! ここで落とし前……」

「うるさいんだよ、このハゲ!」

「あがっ!」

「は……?」


背中を蹴られて地面に顎をこすりつけるハゲ。

その後ろから現れたのは左右に髪を結った、低身長の女の子だった。


酒場も俺もセシルも、そして蹴られた当人すら驚く中、その女子が言い放つ。


「こっちは静かにご飯食べてたのに、無抵抗な女の子に手あげるわ、喧嘩するわ、あげくの果てにご飯食べるところでハゲ散らかすわ……」

「いや、ハゲは元から……」

「うっさい!」

「ひっ……!」


女子はすごい剣幕でまくしたてる。よっぽど夕食の邪魔をされたのが頭にきてるんだなあ。


「いいわ。そんなに食後の運動がしたいならあたしが相手になったげる。どう?」

「くっ……いいだろう、やってやろうじゃねーか、このクソアマ!」


もうそこからはお祭り状態だった。

酒場はどちらが勝つか負けるか賭けの会場になるし、カウンターには見物用の酒を注文しに行く客に、椅子を振り回して声援を送る馬鹿もいた。


「あの、タイヘー大丈夫ですか?」

「あ、ああ……だい――」


俺が大丈夫と言いかけたところで。


「一応ヒールかけときますね……ヒール」

「ひゅぅぅぅあうぃごおおおおおぉぉぉ!?」

「ひえっ!」


感度3600倍強の快感が体を駆け抜ける。不意打ちはやめてほしい。すっごい情けない声を出してしまった。


「本当に大丈夫なんですか、タイヘー。頭とか、頭とか、あと顔!」

「いやは顔は傷ついてないが……そんなことよりも、あの勝負女のほうが勝ちそうだな」

「……? どうしてわかるんですか」


俺には少しした予感と、半信半疑な確信があった。

俺の視線は髪を結った少女の頭上。その数字を捉えていた。


(『38』……)


あらためて、俺の勘がたしかならあのスキンヘッドの大男よりも、ツインテ少女のほうが強いはずだ。


狭い酒場の一角で戦いがはじまった。

床から立ち上がった男は腰につけていた警棒のようなものを取り出して、構える。

一方女の子は徒手空拳。いやそれ以前に構えてさえいない。肩にかけたマントの中に両手を入れて、無防備に突っ立っていた。


「うおおおおおおっ、食らえクソアマァァァ!」


男は少女に突進して、頭上から警棒を振り下ろす。えげつないことしやがる。

だがしかし、本当にえげつなかったのは少女のほうだった。


「ふっ……」


少女は男の動きを正確に見極めると、動いた。


「は、消え……」


消えたのではない。空中に舞ったのだ。

男には目の前から消えたようにしか見えなかっただろう。しかし遠くから見ていたギャラリーからは一目瞭然だった。

少女は男の警棒を紙一重で避けるように、半円の動きで空中へ逃れた。酒場の天井は決して高くなかったが、間違えて足が当たるようなことはない。

いや、天井に足裏をくっつけて――蹴った。


「なっ……!?」


酒場の誰が漏らした声かわからなかった。

最後、男は女の前から迫る少女の肘しか見えていなかったはずだ。


「ぐええええ……っ!」


空中エルボーを食らって一発KOされる大男。

少女は反動で後ろに一度飛んでから、何事もなくすたっと着地して後ろを見ずにひと言だけ残して去っていった。


「ふぁ~あ、おやすみなさい。いい夜を……」


酒場は拍手に包まれた。

圧倒的だった。勝負は一瞬だったがその動きは相手を圧倒していた。誰も彼もが文句などつけようもなく、完璧に少女の勝ちだった。

そして俺は確信した。


「レベルだ……!」

「タイヘー?」


あの人々の頭上に浮かぶ数字。昼間モンスターの頭上に浮かんでいた数字。そしてあの男と少女の頭上に刻まれた数字。

ここにきて俺はようやく確信した。これらの数字は紛れもなく、レベルだと確信した。


「あれ、そういやセシルのレベルって……」

「……? タイヘー?」


俺は不思議そうに俺を見上げる、あどけない仕草の幼女。その頭上の数字を見つめた。


――82。

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