第6話 ××の概念がない世界

「うわあ……タイヘー、すごいです! タイヘーは文字が書けるんですね、えらいえらい!」


座って座ってと言われて頭をなでなでされながら、俺は褒められる。文字を書いてるだけで褒められる。文字を書くという俺にとっては普通のことで。

しかもロリにだ。ロリによしよしされて褒められる。普通ならめっちゃ嬉しい。


(嬉しいんだが……)


嬉しいはずなんだがなにか腑に落ちない。

なんだかそこはかとなく、馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。


「いやー、タイヘーはかしこいですねえ……なでなで」


というかやはり犬扱いされているような気がする。


「あの、すみません……」

「ん?」


無償で装備をもらうため、城壁の詰め所で冒険者登録。その過程で書類作成が必要とのことなので俺は衛兵に言われるがままペンを片手に自分の名前などを記入していた。

衛兵がすべて書き終わった書類を検分して声をかけてきた。


「途中から見てたのですが。これ、全然読めません」


文字が違った。


「そりゃそうだわなー! 途中から気づいてたなら、はよ言え!」

「ありゃー、これ公用語じゃないですね」

「セシルも途中で気づいたなら言ってくれ!」


自信満々に書いて、赤っ恥かいたじゃねーか。

仕方なく俺はセシルに口で伝えて、代筆を頼んだ。


「はい、大丈夫です。こちらをどうぞ」


装備を渡された。

俺はそれを。それを――。


「どうやって装備すりゃいいんだ、これ……」


装備の仕方がわからなかった。衛兵は苦笑いしながらいろいろ教えてくれた。まあ無償で装備をもらおうなんて連中だ。日頃から冒険初心者の相手をしているんだろう。


「それではおふたりとも。よい、魔王討伐を!」


だからこの街の連中はどうして魔王退治をピクニック気分で送り出すんだ。


「セシル、この世界の識字率ってどのくらいなんだ?」

「識字率ですか? さあ……ほとんどの人は読み書きできないんじゃないですか」


ここまで歩いてくる途中、たしかに文字の書かれた看板はなかった。飯屋は鍋マーク、宿屋はベッドマークなどで、ようするに市井は象形文化らしい。


「おっと……待ってくれ。冒険者の識字率はどうだ?」

「冒険者、ですか? うーん……大聖堂に来る方はだいたい読み書きできる人がパーティーにひとりはいたような?」


冒険者は性質上やはり読み書きできないとダメか。もしかしたらファンタジーで荒くれものとして描かれてる冒険者ってのは、実際はエリート階層なのかもな。


「さて、じゃあちょっくら異世界転生の力を見せてやるか」


俺は気合を入れて、街の城壁、正確にはその外をにらむ。


「いや、駄目ですよ」

「は!?」


俺は街の外に出ることをとがめられる。


「知らないんですか、タイヘー。街の外は危険なんですよ!」


知らねーよ。

なんのための冒険者だよ。危険に挑むから冒険者なんだろ。


「駄目です、街の外にはモンスターがいっぱいなんです。モンスターは危険なんですよー?」


わかってるよ。ファンタジーの定番ネタじゃねーか。

異世界転生者舐めんなよ。

だいたい最初の街の周辺はレベル1前後のモンスターだらけなんだから心配することはないぜ。


「……? レベルってなんですか?」

「は?」


――この世界の住人にはレベルという概念がなかった。

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