奇跡も魔法もあるんだぜ?
普段、ちょっとのいたずらくらい笑って大目に見てくれる、とても優しい村の大人たちが突然、勇ましく雄叫びを張り上げるのを見て、アリスは自分の血が熱く沸騰するような感覚がしていた。しかし、彼らが倒れた瞬間、その沸き立っていた全身の血が沼底の冷たい水に差し代わったように重くひんやりとしたものになる。それなのに皮膚の表面はまだ熱い錯覚を残していて、その極端に暑寒的なギャップが皮下脂肪のあたりに澱んだ感じになり、アリスは言い知れぬ不快感を覚えた。力がフッと奪われた感じになる。アリスだけじゃない。誰もがそうだった。
その一瞬を敵は見逃さない。猿顔とほか二人が抑えていた者の手をガバッと払いのけ顔を殴る。よろめいたところ一気に立ち上がり、抑えていた者の胸のあたりをおもいきり蹴る。吹き飛ぶ。
周りの者が慌てて思い出したようにもう一度抑えようとしたが無駄だ。腹の座らない安直な攻撃を仕掛けるエルフの男たちを、敵は、まるでまとわりつくヤブ蚊でも払うようにいとも簡単に倒していく。
そして、フードの男がこちらに向かってゆっくりと歩きはじめた。行く手に散らばる、まだ息はあるがピクリとも動けないエルフの男達を踏み越え、一歩一歩近づいてくる。
その間、フード男以外の時間が止まったように感じられた。彼は自由になった猿男の横まで来ると立ち止まり、口を開く。
『賭けは俺の勝ちだな……お前、わざと負けたな?村人たちが歯向かうようにわざと仕向けたろ』
『へへっ、そう見えるかね?』
猿男が答える。
『この力使うのだってタダじゃないんだ。もの見たさで使わせるなんて……お前も趣味が悪い』
ボソボソ喋るフード男の口元がきみ悪くニヤリと笑い、見た者の背筋に悪寒が走った。
『一番面倒なお別れイベントがまだ残ってるんだ。そのときになったらどっちみち使ってたさ。それに一興だったろ?……さて、仕事を終わらせようぜ。今からここを出れば朝にはキャンプに着く。早く寝たい』と猿男。
見回りに行っていた4人が帰ってくる。彼らは状況を把握しやっぱりか、という表情になる。
アリス達を囲んで守っていた三十余人のエルフの男達の中で、まだ無傷で立っている者はその半分にも満たなかった。歯抜けになった壁の間を夏の風が通り抜けていく。
奪われた剣を取り戻した猿男が、それを肩に載せる形で持ち再びアリス達の前に立つ。
「ガキども、前へ出ろ。デカイのは動くな」猿男が言った。
娘の肩を抱くアリスの母の両腕が少し力む。アリスは母の服の袖の二の腕あたりをキュッと右手でつまむ。服からは母の香り。それに台所……今晩のスープ。オニオンの香りも混ざっている。
「おめえらの目は節穴か?今のを見ていなかったのか?さっさと言うこと聞け、動け、ほら」
理屈ではない。エルフ達はいっそう身を固め合う。
「悪りいけど、もう茶番に付き合う気はないぜ?……どけよ」
老人達を押しのけ、子供の手を掴もうとした猿男の前に壮年のエルフが無言で立ち塞がり、遮る。
チッと舌打ちした猿男は一歩引き「悪く思うなよ」と言うと肩に載せていたロングソードを振った。
猿男の切り払った剣が、壮年エルフのそれなりに鍛えられた首筋に食い込む。使い込まれて刃こぼれた刀身は骨にあたってとまり、切断しきれない。半分だけ繋がった首から血が吹き出す。一瞬の叫び。力を失って膝をつく。猿男は再びチッと舌打ち、壮年エルフの胸を蹴って剣を引き抜く。亡骸は血の海に倒れた。
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