少年、夏の記憶

アリスは14歳になった。

 女の子へと成長しだした乙女の身体は村の男たちの注意を引くようになっていた。触れたことのない妖しい魅力に思春期突入したての同い年の男子達は戸惑っていた。

 その様子を見て、村の大人達は、一体誰がアリスをお嫁にするのか見ものだな……としばしば話しのネタにしては、情けない息子達の有様に落胆したり、笑ったりした。

 当のアリスはそんな周囲の変化も自身の変化も全く気にせず、相変わらず野原を駆け回り花を摘んでいた。彼女はまだ、子供らしいわんぱくさと少女のいじらしさを大事そうに抱えていたのだ。

 そんな彼女の1番の遊び相手は、村の男の子の中では比較的大人しいロミイという少年だった。


「アリス!待ってよ」

 花と戯れる彼女を、僕は捕まえ損ねた。

「こっちよ、ロミイ」

 アリスは息を切らした僕の数メートル先を行く、背丈ほどもあるひまわりの森の中を蝶のように舞ってみせて、僕を誘う。

「もう、ムリ」

 疲れて地面に尻をつき、背中から倒れ込んで大の字に寝転がる。

 すると、彼女が寄ってきて僕の頬をツン。指でつついた。

「いくじなし」

 僕は彼女から目を逸らし天を仰ぐ。夏の空が高い。

「そんなんじゃ、いざってときわたしを守れないよー?」

 言って、彼女はフフっと笑う。

 ……、…。

 ひまわりが育つと現れる夏限定の、僕と彼女だけの秘密の遊び場。ここにいる間、僕と彼女は誰の目からも隠される。風が吹いてひまわりがガサガサと音を立てていれば、どんな声も外に漏れない。ここにいると、ここだけ世界から切り離されいるような気分になる。そして、いつか外の時間が止まってしまって、ずっと彼女とこの時間を過ごしていられるんじゃないかという気がしてくる……単純な環境に包まれると人はそんな錯覚を起こす。青空、雲。ひまわりの花弁、タネ、葉、茎、土。そして彼女……。彼女と二人だけで、ずっとこの時間を過ごす……。

ロミイは自分の考えにうっとりした。

しかし、彼は知っている。夏に終わりがあることを。

同じことを考える。毎年、毎年。そして何もできないまま、ひまわりは枯れていく。2人の秘密は融解する。また一年。待たなければいけない。

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