終わらないプロローグ

少女、遠い記憶

「アリス、あーりーすー」

「なぁに、ままー」

 母の呼び声に応えて黄色いお花畑の海にちょこん。赤い頭巾が現れた。

「こっちへいらっしゃい。晩ご飯、できてるわよ」

「ごはんなにー」

 赤い頭巾が花畑をかき分けて、母の胸へ勢いよく飛び込んだ。

 その際、頭巾が頭から背中へ脱げた。アリスの長い耳と、ふっくらした童顔が現れる。

 彼女の満面の笑顔を包む髪はダイヤモンドのように煌めく銀で、そのてっぺんには不恰好な花冠が乗せられていた。

「いーでしょー。おひめさまなの!わたし!」

 母は寝転がっていたために付いた服の泥を払ってやり、答える。

「あら、いいわね。じゃあわたしは王女様かしら?」

 母、ノリノリである。そんな、母と娘の無邪気な談笑の輪に少し離れたところから男の声が加わる。

「おーい。メシ、冷めちまうぞー。アリスは見つかったのかぁ?」

 母は、夫が家の窓から顔を出しているのを見ると娘に振り返り、ウインクしながら言った。

「王様が呼んでるわ。メニューは人参のスープよ」

「えーにんじんきらいー」

 二人は主人の待つ、お花畑に囲まれた木の家に帰っていった。


「偉いわね〜」

 アリスはにんじんを全部食べた。

 母曰く、にんじんを食べないと強くなれないという。

 つよくなったらもっとずっとおそとであそんでられる?

 母、そうね〜と答える。

 つよくなったらオバケこわくない?

 母、そうね〜と答える。

 アリスは母を信じて頑張って食べた。食べ終えてから、ふと母に尋ねてみた。

 ままもむかし、にんじんいっぱいたべてつよくなった?

 母、一瞬硬直、ど、どうかしら〜と、はぐらかす。

 母の過去を知る夫はその様子を見て微笑んだ。そして、違う話題を切り出し、さりげなく話題をそらした。

「アリス。明日は村のお祭りだから、お肉を食べられるよ」

「おにくー!?」

 アリスはにんじん以外はまんべんなくなんでも好きで、べつにお肉が特別大好物、というわけではなかった。しかし、1年に一回の特別な食事。その事実がアリスの心を躍らせた。

 みんなで囲む特別楽しい食卓。それこそが醍醐味なのだ。

「明日の朝は早いわね」

 母が言う。

「森に肉を分けてもらわなければいけないからね。村の男はみんな夕方まで出払うことになる」

 父。

 アリスにはよくわからない会話がしばらく続く……。


 3人の日常はだいたいこんな感じだった。彼らの村の他の者達も似たようなものであった。

 彼らエルフの村は総勢120名、26世帯という小さな村だ。

 背に山脈を讃え、春、そこから流れ込む雪解け水がささやかな農地を潤す。

 村の入り口は、シカなどのおとなしい野生動物が木の実を食べて生活している優しい森につながっている。森の奥には危険な生き物もいるという話だが、見たものはいない。

 エルフの村は飢饉や災害とも無縁な素晴らしい土地にあった。

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