第十話「王女と干物と王権」

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 私はスケルトン共を押しのけ、坂道を駆け上がる。

 目指すは「エヴァスの木」、即ち先程までいた高台。

 あそこには西瓜ほどの大きさの岩を幾つか積んである。

 万が一巨大羆が追ってきたときのための備えだ。

 空戦車相手には役不足だから使わなかった。


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 高台に辿り着くと、すかさず岩の山に魔剣を差し込んだ。

 雑に掬ったため幾つか割れたり零れたりしたが、気にしてる余裕などない。

 そのままあらん限りの力を以て魔剣を振り、岩を投擲する。

 その勢いで暴風が巻き起こるが気にしない。「エヴァスの木」が守ってくれる。


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 放たれた岩の群れが向かう先は、逃げ行く指揮車。

 鉄の装甲に覆われた箱車へと、音より速く飛んで襲いかかる。

 多くはばらけてしまったがそれでも二、三個は命中するはずであった。


 だが、そうはならなかった。飛び行く岩は空中で不自然にその軌道を曲げる。

 恐らく、中に乗っていた魔術師が魔法で逸らしたのだ。


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 本当に巫山戯るなよ、お前。



 お前が何を考えて反乱したかなんて本当に知らんし、どうでも良い。

 どんな理由であろうと許されないし、防げなかった父様にも責任はあるから。


 だが、それでも、コトを始めたのは他の誰でもないお前じゃないか。


 無辜の民を巻き込んでまで国を奪おうとしたのは、お前じゃないか!!


 私だって王族だ。王女だ。父様の娘だ。つまり、民を巻き込んだ側の人間だ。

 だから「民の恨みを思い知れ」等と恥知らずなことは言わない。言いたくない。

 それでも、お前がそんな態度なら、叫びたいことはある。



 お前が奪おうとした王権はここだ! 今、私の手の中にある!!


 かつて恐れられし最強の巨人、そいつを神が封じ込めた魔剣「巨人の干物」


 それを我が粗、アンファング一世が管理を託され、私達の国は始まったんだ!!


 この魔剣を守るために国を興し、税を集め、軍を整えてきた!!


 この"干物"には王国八百四十四年の歴史が全て染み込んでいるんだ!!



 私はこいつを持ち出した以上、我が国の全てを持ち出したつもりで居た!!

 我が国の全てがここにあるのにそれを奪わんとするお前が逃げるんじゃない!!


 ええい、くそ。拡声器つけ忘れてた。最大音量で言うべきは……




「逃げるなぁ! 卑怯者!! 逃げずに立ち向かえ!!」




『喧しい! 貴様一人で勝手に吼えてろ!!』




***




「ええい、くそ! 何と言うことだ!! まさかこんなことになるとは!!」


「閣下! 殿下が高台に戻っております! 凄い勢いです!!」


「っ!? 魔術師に結界を張らせろ!! 対空攻撃に備えるんだ!!」



 ………………


 …………


 ……



「かっ閣下! 魔術師が次々に気を失っております!!

 あの投石一つ一つに許容量を超える破壊力が込められているようです!!」


「叩き起こせ! 命に替えても結界を維持させろ!!

 宮廷魔術師には出来たことだぞ! この私が乗っていることを忘れるな!!」


「はっ、はい畏まりました!!」


「くそ……こんなことなら誰かしらに王女の顔を覚えさせておくべきだった。

 そうすればこんな所まで私が来る必要もなかったんだ。


 我が領の全てを費やし、二十四年かけた計画なんだぞ!!


 あんな小娘とだんびら一本に覆されて堪るか!!」




『逃げるなぁ! 卑怯者!! 逃げずに立ち向かえ!!』




「ッヒ!! い、今のは!?」


「殿下が拡声器を使われたようです。

 申し訳ありません、集音機を最大音量にしたままでした」


「おのれぇ……巫山戯たことを抜かしおって……おい、拡声器を寄越せ!!」




「喧しい! 貴様一人で勝手に吼えてろ!!」




『いいや、一人ではない』




***




『いいや、一人ではない』




 聞き慣れた声。聞きたかった声。愛しい声。


 赤から黒に変わりゆく空を通じて、その響きが伝わった直後。

 周囲一帯が複数の閃光により、白く染まった。



 ……あんにゃろう。着くのは明朝だって言ってた癖に。嘘ついてやがったな。



 閃光の正体は照明弾。夜間に攻撃目標を目視するための軍用兵器。

 夕暮れ時の暗がりを、真昼の如き明るさに塗り替える道具。

 その輝きが、私の戦いに終わりが訪れたことを伝えてくれた。


 隣国が誇る空中艦隊の到着。そう、迎えが来たのだ。


 飛空船特有の平べったい船底。側面から櫂の如く列を成す、長い砲身。

 まさか最新鋭の砲列艦を揃えて来たとは。

 まあ、ここ「闇の大山脈」だしね。危ないから普通それぐらいするか。普通は。


 砲列艦達はずらりと並んだ砲身を一斉に動かすと、疎らに炎を噴き始めた。


 火の秘薬による爆発と、砲身を走る螺旋電流による電磁力。

 この二つの力で鉄の弾を回転させながら放つ。それが大型艦載砲だったか。

 弾速も、射程距離も、命中精度も、投石機の比じゃないな。おっかねー。

 まあ、船体自体が風で揺れるから正確に狙うのは無理らしいけど。


 だから砲弾は全て指揮車の前方に集中して放たれ、その行く手を爆轟で塞いだ。


 これぞ時限式に爆発するよう作られた対空砲弾よ。お隣の技術力は本当に凄い。

 そのうえ使い手達の練度も高い。バラバラに撃ったのに同時に爆発してるわ。


 技術の結晶は格の違いを見せつけるかの如く、敵前方を赤く染め上げている。


 だが、連中も根性見せやがった。

 回転翼機ならではの運動性で身を捻り、炎の壁の前で踏み留まったのだ。

 それでも衝撃を強く受けたはずだが、それは魔法と装甲で防いだのだろう。

 少しでも巻き込まれれば一瞬でバラバラになる暴威から無事に逃れていた。


 だが、そんな奴らを休ませず上空から襲いかかる者達が現れる。


 鰐の如き顎から炎を吐き、蝙蝠の如き翼で空を飛ぶ魔物と、それを駆る騎士。


 隣国の騎竜兵だ。


 まあ、普通に考えて積んできてるよね。と言うか今も尚、船から出撃してるし。

 彼らは指揮車に対し連携して絶え間なく、一方的に炎を浴びせていく。

 何せ騎馬の襲歩より速く飛ぶ騎竜だもの。空飛んでても馬車じゃ逃げられんわ。


 途切れず身を覆う炎に惑う指揮車。その身に再び艦載砲の砲弾が襲いかかる。


 回転翼機は飛空船より速く飛び、騎竜兵よりも多くの物資を運べるのが強み。

 だが逆に言えば飛空船より運べる物資は少なく、騎竜兵よりも飛ぶのは下手だ。



 ならば飛空船と騎竜兵が連携を取って襲えば、彼に勝ち得る要素は微塵も無い。



 そんな訳であの莫迦とその仲間達は最早風前の灯火な訳だが……

 なんか、攻撃が緩いな。まるで遠火で魚を炙っているみたいだ。

 小器用に風車は壊さず装甲だけボロボロにして、墜落を避けている?



 しかも、何だか段々とこちらに誘導しているような気が……まさか。



『アナリザ、聞こえてるかい? 聞こえてたら応答してくれ』


 訝しがる私の指から先程と同じ声が聞こえる。彼だ。

 はいはい、ちゃんと聞こえてますよ。と言うか聞こえないわけないでしょう。


『いや、さっきまで聞こえてなかったからね?

 こっちは"やめろ、戦うな、すぐ着くから時間稼げ"と繰り返し言ってたからね?

 キミ、全く答えずに暴走してたよね?』


 ……すんません。頭に血が昇ってました。


『いや、この際別に良い。

 確かに無視されてる間は本当にこいつどうしてやろうかと思ってはいたが……


 さっきの話を聞いて、気が変わった』


 えっ? どの話?

 いや、いいや。なんか時間無さそうだし、本題お願い。


『判った。端的に言おう。



 レッツト国王リロイが息子、ラビノットは王女アナリザに賛同し、加勢する。



 ―――王族の矜持、あいつにぶちかましてやれ』



 ……あはは。


 了解。了解。よく判ったわ。ありがたく、そうしよう。


 私は高台の端、「エヴァスの木」の加護が届く範囲のギリギリに移動する。

 ここで魔剣を振るえば身の安全を守ったまま、一撃を噛ますことが出来る。


 視線を上げるて目に飛び込んでくるは、既に死に体の回転翼機。

 砲撃と騎竜が上手く誘導し、横っ腹を見せながらこちらに墜ちてくる。

 もう何もしなくったって奴らは死ぬ。だが、それではケジメがつかない。

 他のだれでもない、私が王女わたくしであるために。


 ギュッと柄を握り、魔剣を構える。

 ぶつけるは刃ではなく、腹の方。




 さて、森の王は耐えた一撃。お前は耐えることが出来るかな?




***




 「黒の森」に巨大な一文字が書き込まれた。


 それは車体の頑丈さが意地を見せた成果か、魔術師の魔法が魅せた歪みか。

 兎にも角にも最後の一撃を受けた"それ"は木々を薙ぎ倒しながら墜落した。

 森に道を作る程度には原形を留めていた"それ"は最早跡形もない。


 ましてや中に居た者など、痕跡すら見つけることも出来ないだろう。


 惨状の跡地も嬉々揚々と集まるトレントに埋められ、いずれ消え失せるだろう。

 その様をスケルトン達が虚ろな顔で見つめていたが、暫くすると去って行った。


 未だ目を離せずにいるのは、私だけ。



「お疲れ様」



 だが、背後からかけられた言葉に目を逸らす。

 聞き慣れた声。聞きたかった声。愛しい声。彼の声。

 その更に後ろでは飛空船が泊まったばかりだ。


 お供もつけず真っ先にこっちに来たか。愛い奴め。



「……私が『貴方の元に辿り着く』って、『信じて待っていて』って言ったのに」


「生憎、君の言葉を信じるほど愚かでもなくてね」


「……バカでアホでマヌケの子でゴメンね?」


「構わないさ。そんな姫でも守るのがボクの役目だからね。

 あとはもう全部こっちに任せて良い。だから……」


「だから?」


「……もう、そんなに自分を追い詰めないでくれ。

 生き残った責任を、一人で抱え込まないでくれ。


 背負っている物を下ろせとは言わない。だけどキミだけで支えるには重すぎる」


「……でも、『巨人の干物』は私にしか扱えないし」


「何、次の世代が出来たら投げちゃえばいいさ。

 そうでなくともボクにだって肩を貸すぐらいは出来る」


「そっか」


「そうだよ」


「……私、頑張ったよ」


「頑張ったね」


「……もういいかな?」


「もういいとも」


「そっか」


「そうだよ」




「………………………………ありがとう」




 視界がぼやけたまま駆け出し、彼の胸元に飛び込む。

 物騒な剣で彼を傷つけないように、それでいて己の全てをぶつける形で。


 危険地帯のど真ん中。人類が安寧を得られる数少ない地。

 私は今までの鬱憤を晴らすように、彼の胸元を濡らしながら叫き続けた。



 叫き続けたのだ。




***




 突如発生した、アンファング王国王都炎上事件。

 王城も、城下町も、全てが炎に包まれた惨劇は、たったの二日で幕を下ろした。

 小国と言えど歴史ある国に起きた大事件、その劇的な推移に世界は驚愕した。


 真っ先に事態収拾に動いた名のある貴族が、実は下手人だったこと。


 襲われた城の王女が、その地で最悪の魔境に逃げ込むことで難を逃れたこと。


 そして、その両者の直接対決で全ての決着がついてしまったこと。


 あまりに珍奇で出来すぎた結末は熱狂と邪推を呼び、そして時と共に冷めた。

 王女が頼ったレッツト王国の力により、あらゆる混乱は長続きしなかったのだ。

 それは当然、事件の当事者として傷ついたアンファング王国も含まれる。



 更なる時が経ち、全ての傷が癒えた頃。一つの祭典が催された。



 レッツト王国にとっては"新たに得た権威"の誇示。

 元アンファング王国にとっては"揺るがぬ伝統が健在する"という喧伝。

 そして、悲劇の完全な終わりを告げる祝宴。


 その内容は……




***




「駄目だぁ! とてもじゃないが抜けん!!」




 豪華に飾り立てられた祭壇。その頂上に切なく野太い声が響く。

 嘆きの主は自慢の筋肉が萎んでしまったかの如くすごすごと階段を下りていく。

 その隣には上りの階段。わざと長く作られたそれは挑戦者の列で埋まっていた。

 各地の力自慢、高位の魔術師、その他様々な者が祭壇に挑まんとしている。


 頂上に突き刺さった一本の"魔剣"を引き抜く。

 ただそれだけの試練に。



「くそう……大陸一の怪力と目されるこの俺様が……」


「筋肉馬鹿はともかく勇者様でも無理とは驚きだねえ」


「ハハハ。まあ、聖剣とは違うってことなんじゃないかな」



「むう、理論上はこの魔法で軽く出来ぬ物質などないはずなんじゃが……」


「単純に重すぎて効力が足りないのでは?」


「それな」



「チクショー! うちのベティ六号でもピクリともせんとはぁ!!」


「魔動起重機の持ち込み許可取るの大変だったのに!」


「まだだ! オラ達の技術の天辺はまだ見えてねえ!! これからだ!!」



「ご主人様、残念だったニャー。あれだけ大言吐いてたのに……」


「くそっ。ステータス全カンストさせて魔法全無効掛けたのに……チートかよ!」


「バカね、スズキ。そういうもんで解決できる代物じゃないのよ」



「今年も無事に触らせて貰えてよかったねえ……」


「んだんだ。これで来年まで無病息災でいられるわ。ありがたやありがたや」


「うちみたいな田舎にまで飛空船寄越してくれて……お隣は太っ腹じゃねえ」



 本気で挑んだ者。好奇心と向上心で近付いた者。最早別の行事を行っている者。

 あらゆる者が剣の柄を握り、引き抜くどころか動かすことも叶わず断念する。

 その下では大勢の見物客が、彼らの騒ぎをケラケラ笑いながら眺めていた。


 やがて、全ての挑戦者達が待ち構える群衆に迎え入れられた頃。


 祭りの終わりを宣する声が、周囲に響く。


 今年も抜ける者が現れなかったことに、ある者は悔しがり、ある者は微笑んだ。

 だが、いずれの者も本当のところ、有象無象の挑戦者には期待などしていない。

 真に期待すべきはこのあと。役目を終えた魔剣が回収される時にある。



 国中の者が触ろうと、誰にも身を委ねなかった魔剣が軽々と引き抜かれる。


 「巨人の干物観覧祭」はその瞬間こそが待ち望まれている物なのだ。



 やがて、閉式の挨拶が終わると一人の少女が祭壇を上りはじめた。

 民衆の期待を背負い、されど重責など微塵も感じぬ笑顔で彼女は歩みを進める。




 生死を共にした相棒。それを正しい形で手にすることが出来る。


 その事実に心から喜びながら。




 Fin.

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