第九話「王女と干物と空往く車」

『お前の言い分は判った。

 ならばアンファング国王アフリムが娘、アナリザが告げる。




 ―――お前はこの世のゴミだ。消え失せろ』




「……また、妙なところで激昂したな。

 馬鹿娘と言えどもう少し節度があると思っていたのだが」


「閣下、如何様に返答なさりますか?」


「いや、お喋りはもういい。さっさと護衛車を下ろして確保させろ。

 先程の口ぶりだと既に隣国と何らかの形で連絡を取っているかもしれない」


「……大丈夫でしょうか? 殿下には魔剣があるのですが」


「あんな物は単なる権力誇示用のオモチャ。虚仮威しだ。


 まあ、大型の魔物を倒したぐらいだから伝承に沿った力はあるんだろうが……

 あの娘が居るのは『エヴァスの木』だ。人間同士の殺し合いは出来ない。


 近接武器などなんの役にもたたんだろう」


「畏まりました。直ちに確保するよう伝達致します」



 ………………


 …………


 ……



「なん、だ!? 今の轟音は!?」


「か、閣下! 大変です!!




 ―――護衛車が一輌、殿下に墜とされましたっ!!!」




***




 私の啖呵に何も応えず、奴らは行動を開始した。

 小型のヒンメルヴ……めんどくさい、空戦車で充分だ。

 それが三輌、バタバタと騒音立てながら下りてくる。嘗めてくれたものだ。


 あれに乗ってるのは一輌につき三名。

 それぞれの動きから恐らく指揮官、射手、操縦士と言ったところか。

 操縦士は車内に残すにしても六人がかりで私を取り押さえる腹だろう。


 「エヴァスの木」の周辺では人類を害することは不可能。

 ただし、直接傷つけず人が人を取り押さえることならば普通に可能だ。

 故に剣で斬り付けることは出来ないが、数と力任せにふん縛ることは出来る。

 だから木の加護は自分達にだけ有利に働く。そう考えているのだろう。


 だがね、それは甘いってもんだよ?


 私が持っているのは我らが国宝、魔剣「巨人の干物」なのだから。


 まずはこうやって魔剣の先端をほんの少しだけ、地面に突き刺す。

 そして下りてくる空戦車と逆方向に、梃子のように軽く押し倒す。



 ―――ほら、それだけで、もう一輌墜ちた。



 やったことは至って単純。重さに任せて剣先の土塊を弾き飛ばしただけだ。

 要は巨大羆戦でやったのと同じ。崖すら崩す散弾を思いっきりぶつけたのだ。

 そんな代物を木製の馬車が耐えられる道理もない。一瞬でバラバラになった。


 ……人殺しなんて、初めてやったが、案外、何とかなるもんだ。


 まあ、多分キレまくってるから麻痺してるだけだと思うけど。寧ろそうであれ。

 奴らはあんな莫迦に付き従って、王族を害そうとする時点でただの屑だ。

 それでも、民と楽しむお祭り用の道具で、人命奪うのなんて、慣れたくはない。



『畜生! よくもやりやがったな!!』



 仲間を墜とされた空戦車の一輌が、こちらに向けて矢を放ってくる。

 動揺して前提条件を忘れたか……憐れな奴め。

 木の加護の内から外へ攻撃は通っても、外から内への攻撃は絶対通るものか。

 案の定、私に直撃するはずの矢は全て途中で力を失いボトボトと落ちていった。

 その間にも私は再度土塊を弾き飛ばす。ちっ! 今度は外れた!



『何をやっている! 睡眠弾だ! 睡眠弾を落とすんだ!!』



 でかい方の空戦車、いや指揮車で良いか。そいつから空戦車に指示が飛ぶ。

 叱られて正気を取り戻した空戦車達は上空から睡眠弾を落とし始めやがった。


 睡眠弾とは、吸い込むと眠くなる気体を詰め込んだ投擲兵器である。

 落下の衝撃で破裂し、辺り一面に眠気を撒き散らす、えげつない奴だ。

 主に暴徒を鎮圧するのに使う道具だが、ちゃんと持ってきていたのか。


 「エヴァスの木」は他人を強制的に眠らせるだけなら害悪認定してくれない。

 どうも生理現象齎すだけなら無害判定らしい。催涙や麻痺なら防ぐのだが……



 つまりまあ、あれをまともに食らったら不味い! さっさと逃げにゃっ!



 ばらまかれる白い煙を背に高台を駆け下り、「黒の森」に飛び込む。

 木の加護から離れてしまうが、勝算は十二分にある。

 なにせ相手は新兵器。使いこなす屑共の練度は低いと見るのが自然である。


 現に今も、奴らは二輌一斉に睡眠弾を落としていて、私を野放しにしている。


 これが老巧の騎竜兵だったら片方に足止めをされて逃げられなかったはずだ。

 恐らく、別分野から引っ張ってきた人材だからその辺不慣れなんだろうな。


 だったらいくらでも付け入る隙はある! ここからが本当の戦いの始まりだ!



『全車両、"光炎矢"放て!!』



 指揮車からの号令を受けて空戦車から再び矢が放たれる。

 今度の矢は魔法の矢だ。刺さると凄まじい光と音を放ちながら燃え上がる。

 直撃を受ければ私の身体など一発で黒焦げだろう。


 だが、いくら放とうともそうはならない。なにせここは深い森の中なのだから。


 ただでさえ見通しが悪いのに、木々の枝葉がそのまま障害物と化しているのだ。

 葉っぱ一枚に刺さるだけで反応し、焼け尽きる矢では私まで到底届かない。

 精々が火災を引き起こし、閃光と轟音で私を驚かす効果しかない。


 ……いやまあ、それ普通に厄介なんだけどね。雷みたいですっごい怖い。


 元より、この攻撃の目的は私を追い立てる意味しかないのだろう。

 光と音と炎と煙。それらに行く手を塞がれた私は特定の方向に誘導される。


 その先の空には、空戦車とその射手が「爆炎槍」を片手に待ち構えていた。



「貰ったあああああっ!!!」



 拡声器ではなく、素の声を響かせながら射手が投げ槍の態勢に入る。

 あの「爆炎槍」は「光炎矢」の上位版。刺さった周辺が吹き飛ぶ酷い兵器だ。

 だが矢よりも射程は短いため、連中は限界ギリギリまで近付いてきてたのだ。



 間抜けめ、そこは私の射程範囲でもあるわ! そして既に迎撃準備は万端よ!!



 手順は簡単。まず、逃走しながら魔剣を木の幹にゆっくり押し込みます。

 この時焦って力を込めすぎないよう気をつける。力が強いと幹が弾けてしまう。

 そうすると突き匙でブッシュ・ド・ノエルを掬うように大木を掬い取れるのだ。


 そうやって掬い上げた大木を近付いた空戦車に投げつける!


 これぞ秘技・魔剣投槍機アトラトル!! 原木そのままの味わいを食らいやがれ!!



「―――緊急回避! 攻撃中止だ!!」



 あっ畜生! 避けられた!!


 私が大木を投げつける寸前、空戦車に乗ってた指揮官に感づかれてしまった。

 奴の号令で操縦士は即座に車体を上昇させ、射手も攻撃せずに留まったのだ。

 おのれ、攻撃にも操縦にも関与せず指揮に徹してるのがいると手強いな……

 これは騎竜兵にない、空戦車ならではの優位性かもしれない。


 その後も奴らは何度か接近してくるが、大木が宙を舞う寸前に逃げてしまう。

 ううむ、千日手。体力的にはこっちが不利だ。何か打開策はないものか……




 ―――おっと、ここでスケルトンの群れが介入か。




 まあ、そりゃね? 君らの元締めは「黒の森」だからね?

 今まで湧かなかったのは私を刺激して森を荒らされないためだものね?

 大人しくせず、こうやって大木何本も投擲に使ってたら流石に止めに入るわな。

 しかも、敵と争ってるからちょっと妨害するだけで充分だしね。漁夫の利だね。



 丁度いい。お前ら手伝え。



 私は乱入者達の群れに向けて突っ込んだ。暫く空戦車は無視だ。

 大木と同じ要領でスケルトンを掬い取ると、片っ端から渾天に打ち上げていく。

 白骨死体共はその衝撃に耐えられず、粉々に砕けながら宙へと消えていった。

 良い感じだ。作業の傍らで空戦車の様子も見るが意図に気付かれた様子はない。


 恐らく、私のことは突然湧いた魔物に泡食っている真っ最中。そう見てるな。

 それで一時的に自分達に対処出来なくなってるから今が仕留める好機である。

 この隙に上空からよく狙って矢を斉射、一撃で片をつけよう……ってところか。


 そのため、高度を上げて私の上に陣取ろうとしている。狙い通りの動きだ。


 ここで一つ解説をするが奴らの空戦車、回転翼機は"風の力"で飛んでいる。

 原理的には鳥の飛行と同じらしいが……まあ難しい話だし詳しくは省略する。

 唯一つ言うべきは飛ぶのに"風車を回転させて起こす大風"が必要と言うことだ。


 だから飛行中は休まず風車を回し、周囲の大気を集めては吐き出している。


 ……ところで覚えているだろうか? この森にも風の力で飛ぶ奴が居たことを。

 そして私が大気にばらまいていた物のことを。答えはどちらも同じ物だ。



『っ!? ス、スケルトンだあああああああ!!』



 はい正解。拡声器の音量最大で上から答えが振ってきた。

 そう、スケルトン粉を風に乗せて吸い込ませて空戦車の上で実体化させる。

 これが狙いだったのだ。


 奴らも散々森を焼いたからな。骨共としちゃ普通に主の敵だ。


 しかし、想定してたより乗り込めた数が少ないな……

 片方に一体、もう片方に二体か。それ以外は逆に吹き飛ばされちゃったかな?

 そんなこと言ってるうちに一体しかいない方がもう倒された。所詮雑魚か。


 もう一方は……おっ! もう一体追加されたぞ! これで数だけは互角だ!

 よしっ! よしよし! 無事に乗員全員叩き落としてくれた! よくやった!!



 ……え、ええっ??


 そこで乗っ取れちゃうの!? そこまでとは思わなかった。



 三体のスケルトンは奪った空戦車を操縦し、もう一輌を襲い始めていた。

 一体が操縦し、一体が武器を構え、一体が指揮する。完璧な連携が出来ている。

 初めてのはずなのにすげえな。骨の中身さっき落としたのと入れ替わってない?


 思わぬ形で勃発した空戦車と空戦車の空中戦。間違いなく史上初だな、こりゃ。


 ブンブン八の字に飛び回り合ってて、蜂の喧嘩みたいだ。すげえ見応えある。


 あっ決着ついた。片方が「爆炎槍」の直撃を受けて爆散したのだ。

 勝者は最後の一輌、人間が乗ってる方か。流石に生者の方が強かったなー。

 無残に燃え墜ちる元僚機を見て彼らは何を思うのだろうか……



 まあ、知ったこっちゃないがな。

 呆然として無防備に滞空する敵に、私は勢いよく土塊を浴びせてやった。



 ……ちぃっ! 外した! 片翼にしか当たらなかった!!


 だが損害としては充分だったようだ。空戦車は急に制御を失い、暴走し始めた。

 また解説するが、回転翼機の本体は常に回転する力が掛かっているらしい。

 不思議な話だが風車を高速回転させるとその反動で逆回転してしまうんだとか。


 だから、あの空戦車はカサゴの胸鰭みたいな翼でそれを止めていたのだろう。

 翼が受ける空気抵抗により、逆回転する力を軽減させていたのだ。


 その証拠に片翼を失った空戦車は車体がくるくる回って今にも墜ちそうである。


 そんな様子を窺っていると、不意に私の肩にポンと手が置かれる。

 振り返るとスケルトンが佇んでいた。片方の手で拳大の小石を差し出しながら。

 ……気が利くじゃないか。どっちにつくべきかちゃんと判ってたのか。



 私は小石を受け取り大きく振りかぶると、そのまま空戦車向けて投げつけた。



 夕暮れの赤い空を、白い小石はぐんぐんと飛んでいく。

 目標は操縦士。手綱を操り、車体を御そうと必死な表情の側頭部。

 奇跡的に一発で命中したそれは、憐れな犠牲者の意識を刈り取ってしまった。


 それが完全にトドメだった。


 誰に止められることなく、切なく失速する空戦車は地面に向けて墜ちていく

 そして墜落の衝撃で積んでいた武装が大爆発を起こし、跡形もなく消え失せる。


 これで三輌撃墜。周囲のスケルトンが拍手喝采で祝福してくれた。

 ……今のでも森は焼けたけど、君達それでいいのか? 死霊の考えは判らない。



 それにこっちとしてはまだ終わりではない!


 あと一輌、本丸である指揮車が残っている!



 奴はどこだ? 途中から指揮する声も聞こえなくなったが何をしている?

 高高度で爆撃する準備中か? それとも遠くで兵員を下ろしているのか?

 何をしていようが構うものか。全て打ち払い、あの莫迦を叩き潰してやる。


 さあどこだ、どこだ? どこにいる! どこから掛かってくるんだ!





 あの、野郎、巫山戯る、なよ……


 逃げ出して、やがった。

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