第五話「王女と干物と結ばれた約束」
「―――まだ彼女の行方は判らないのか!!」
「落ち着いてくださいませ、殿下。まだ事態発覚から一日と経っておりません」
「だが既に夜ではないか! 充分すぎるほど時間は経ったわ!!」
「そうは仰りますが山向こうのことです故……
大使館とも連絡が取れぬ今、我々に判ることはどうしても限られて……」
「馬鹿者! そんな悠長なことを言ってる場合ではないわ!
未だに連絡が全くつかないんだぞ? この指輪は未だ白く輝いているのに、だ!
"彼女"が尋常でない状況に身を置いてるのは明らかではないか!!」
「……判りました。そこまで仰るのでしたら予定を早めるよう陛下に進言します。
今夜中か、明朝には多少強引な手を取れるかもしれません」
「ああ、すまないが頼む……っ!?
待てっ! 録音装置を用意しろ! 急げ!!
―――彼女から連絡が来た!!」
***
でないよー。でないよー。彼が指輪にでないよー。
さっきから何回も応答要請出してるのに返事がないよー。
指輪嵌めてるなら色とりどりに瞬いて振動するからすぐ判るはずなのにー。
まさか外しちゃってるの? 私はこんなにも早く話がしたいのにー。
あれから結局、日が沈むまでに着かなくて大変だったんだよー。
暗くなった瞬間に地面から蟲やら幽霊やらワラワラ這い出てきたんだよー。
ああいうの魔剣じゃどうしようもないよー。危うく死ぬところだったよー。
今すっごい心細いから早く出てよー。お願いだよー。
『―――ボクだ。すまない、準備していて出るのが遅れた』
ああっ、やっとでてくれた……準備って何してたんだよもう……
『会話の録音準備だよ。キミ、自分が行方不明扱いされてるって判ってるか?』
行方不明? って居場所バレないよう移動してたんだから、そりゃそうか。
こっちの状況も判らないし、まず会話記録するよね。うんうん、判った判った。
それにしたってまずはでるの優先してよぉ……安全確認が第一でしょぉ……
こんなことなら緊急時用の強制通話すればよかった。今更だけど。
『いや、本当にすまなかった……
それで今は無事なのか? その感じだと身の危険は迫ってないようだが』
うん、今は大丈夫だよ、今は。
「エヴァスの木」の根元に居るから休めてるし、盗み聞かれる心配もないよ。
『……エヴァスの、木? ちょっと待て、キミは今どこに居るんだ?』
? 「闇の大山脈」だけど? まだ麓近くの「黒の森」の真っ直中。
『………………………………何故そこに?』
そりゃ勿論、山越えしてそっちに行くために。
『……どうしてわざわざそんなことを?』
だって、他に行く場所なかったんだもん。誰の裏切りか全然わかんなかったし。
ハッキリ味方だって言いきれるの、貴方だけだよ。
『……それならそれで動き回らず国内の何処かに潜むとか。
そういう選択肢はなかったのか?』
えー? そんなこと言っても相手が何処まで手を回してるかもわかんないし……
下手に追っ手が動き回れる国内よりは魔境の方が信頼できない?
『そうか、よく判った。ちょっと言いたいことがあるから指輪に耳を寄せてくれ』
何々? 愛の言葉でも囁いてくれるの?
私は全く疑わず左手の中指を左耳に密着させた。
『こんのアホおんなぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!
だからってそんな場所に逃げ込む莫迦が居るかっっっっ!!!!!!
闇の"大山脈"だぞ!? 大山脈!!!!!
第一級冒険者がただ横断するだけで"何週間"かかると思ってるんだ!!!!』
……めっちゃみみがいたい。
彼のこんな怒鳴り声効いたの久々だよ。幼い頃、池の鯉釣ったとき以来かな?
しかもアホと言われた上にバカまで重ねられたよ。ヤバイ、本気で怒ってる。
『よりにもよってそんな危険地帯に入るなんて……
これじゃ迎えもおちおち送れないじゃないか。ただでさえ干渉が難しいのに。
何より、キミの身が危険すぎる。最早一刻として落ち着ける時がない』
……心配かけて、ごめんなさい。
彼の沈痛な呟きに対して私はそうとしか返せなかった。
思えば咄嗟の判断だけでとんでもないことをしてしまったものだ。
掛けてしまった負担を思うと、私も胸が痛い。ついでに胃袋も痛い。
『……いや、いいよ。そもそも一番辛いのはキミだ。
そのことを差し置いてこちらが苛立つなど烏滸がましかった。
それに、キミがどこに居ようとボクが必ず救い出すんだ。
だから問題なんて最初から何一つない』
……聞きました、奥さん? "どこに居ようと必ず救い出す"頂けましたわよ?
ほんっっっと、男前な婚約者ですよ。どーだ、どーだ、羨ましかろう!!
ありがとう。
私は心の底から素直な感謝を伝えた。
『その言葉はまだ早いよ。実際に有言実行できてからじゃないと。
それにはまず、そちらの正確な状況を伝えて欲しいんだが……』
はいはい、私の状況ね。
えーと、現在地はさっき言ったとおり。具体的には指輪とかで調べて。
私自身に外傷や不調は無し。ちょい寝不足ではあるけど、それだけ。
食糧、水は一週間分。武器は魔剣が一本のみ。その他非常用の雑貨多数。
あとあれ……今更だけど私一人ね。同行者は一人も居ないわ。
『魔剣? もしかして"巨人の干物"かい?』
そうそれ。お祭りの時によく抜き差ししてる奴。
『あれ……武器として使えるのかい?』
ぶん回すどころか腹を押し当てるだけで大木を崩せるぐらいヤバイよ。
『そ、そうか。よく判らないが魔物には対抗できているんだね?』
うん。スケルトンの群れとかトレントとかやっつけたよ。凄い?
『……なるほど、それなら迎えを出せるかも知れない』
え? マジで? 出来るの?? 割と無理だと思ってたんだけど。
具体的には九割九分九厘ぐらい。真面目に考えたらやっぱ完走しなきゃって。
『真面目に考えるなら完走する方が無理だよ……
奥地にはドラゴンの巣とかハイエルフの都市とかもあるんだから。
ただ、君が思ってるとおり今居る場所に人を送ることはやはり難しいね』
んじゃ、どうするの? いっそ元来た道戻ろうか?
さっきはその方がいい感じの話してたよね?
『いや、それよりも良い方法がある。これから指示する場所に向かって欲しい』
どこよ? そこに何があんの?
『―――飛空船の停泊所さ』
……なんで、こんな魔境のど真ん中にそんなものが?
『まあ、停泊所といっても錨を下ろせるってだけの場所なんだけどね。
探索中の冒険者達がそういう場所を見つけてギルドに報告してるんだよ。
飛空船で送り迎えして貰えれば冒険が楽になるからね。
その場所の情報はそっちのギルドが握ってた物だけど……
ちょっと早いけど既にこっちのギルドと共有してたみたいなんだ』
なるほどなー。知らなかったなー。
やっぱ冒険者ギルドは国営するに限る。こうやって遭難者救助も出来るもの。
予算沢山出しといてよかった。私が出したんじゃないけど。
『距離は朝から動けば、どれほど遅くとも昼過ぎには着けるはずだ。
そこには"エヴァスの木"も生えているから待機場所としても使えるはずだよ。
だから着いたら連絡して欲しい。そうしたらすぐに迎えを送ろう』
了解。了解。そのぐらいの距離なら極端に強い魔物も出なさそうだし楽勝よ。
愛する者よ、すぐにその胸に飛び込んであげるから待っていなさいな。
んじゃ、また明日。
……よーし、やるぞやったるぞー! 希望が見えてきたー!
***
「勿論、信じてるよ……
それじゃあまた明日の朝に」
「……もうよろしいので?」
「ああ、無事なことは充分確認できたし、これからやることが沢山あるからね」
「ならばよいのですが……何と言いますか、その、個性的な方なのですね?」
「うん? ああ、君はまだ配属されたばかりだったか。
まあ正直なところ、彼女はアホの子だからね。戸惑うのも無理はない」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ。何もそこまでとは……」
「……より正確には彼女は天才肌でね」
「はい?」
「身体能力が高い上に多才だから、大概のことが出来る。
そのうえ、直感と反射神経が優れているから咄嗟の判断に優れている。
だから直観で出来ると思えば、こんな無茶も平気でやってしまうんだ」
「なるほど。つまり、言動に関しても同じ。
直観のままに思ったことをほぼそのまま言っていると……」
「そうだよ。察しがよくて助かる。
それで昔から失敗も沢山してきたから、へこたれない精神も持っている。
だからこういう状況でもそう折れないと信じてはいるんだが……」
「何か不安なことが?」
「……さっきも言ったとおり直感に優れ、直観のままに動くからね。
だから気付かなくてもいいことに気付いて、心に引っ掻き傷を作りがちなんだ。
その点だけが心配だよ」
「? と、言いますと?」
「具体的には……いや、ちょっと待ってくれ。また連絡が来た」
『あーごめん、もう一つだけ話したいことあるんだけど、今良い?』
「……いいよ、なんだい?」
『―――いま、うちの城下町ってどうなってるの?』
***
『城下、町?』
そうそう、城下町。城から童謡一曲歌ってる間に着く我らが王都。
覚えてるでしょ? 一緒によくお忍びで遊びに行ったもんね?
侍女や近衛騎士巻き込んでさ。それで執事長と宮廷魔術師に叱られたよね。
私達の捜索に駆り出された兵士達には、特に悪いことしてたもんだ。反省反省。
あそこ、今、どうなってるの?
『……何故それを今聞くんだい?』
へえ、何故、何故と来たかー。そうきたかー。
強いて言うならそうやって聞き返されることなんだけどなー?
貴方、隠し事がある時はそうやって話その物に触れるの避けようとするよね?
さっきもそう。露骨に「今一人だ」と言ったのに無視して魔剣の話に移ってさ。
「闇の大山脈」に入るような危険行為には本気で怒ったのに。おかしくない?
まるで、一人きりなのは、最初から想定済み、だったみたいな?
『……』
だんまりね。別にいいけど。まだ理由あるし。今度は私にしか判らない話だし。
そう、私ちょっとだけ判ってるんだよねー。今回の反乱の規模。
多分恐らく軍の一部か若しくは貴族の反乱……じゃないかなあ? って感じー。
あんまり自信がないけど、大きくずれてはないと思うんだよねー。
今、思うと装備とかもそんな感じだったしー。魔術師とかいたしー。
でもそうなるとおかしいんだよね。父様が"吊されてた"のがさー。
『……っ』
ちょっと息飲んだね? でも驚いてる感じじゃないね? まあ、いいや。
続けるけど、王族の首とか結構価値ある感じない? 普通はそうだと思うの。
特に軍の反乱なら絶対生け捕りにして正当性主張するのに使ったりするよね。
貴族の叛逆でも同様で、しかも作法まで絡むよね? 雑に扱ったりしないよね。
まあ、例外はあるだろうけどさー。普通はこんなことしないよねー。
吊し上げるとかさー。民衆の暴動とかそういうのでやられることだと思わない?
というか、貴方は最初、そう思ってたよね? 何となくだから確証ないけど。
だって話してて貴族や軍が敵に回っているとは思ってない暢気さ感じたもの。
例えば傍受の心配とか全くしてなかったよね? してたらまず確認するよね?
あと最初の方の質問は"国内に居るのが大前提"って決めつけを感じたなー。
ハッキリ聞くけど貴方、うちの国から何かしら現況伝えられてるよね?
私の認識とは違う現況を。
『……』
それがもし、"都民に責が掛かる形"になってるかもしれないと思ったらさあ。
気になるのは当然だよね?
『……』
―――答えてよ。私を、婚約者たる存在だって、まだ認めてるなら。答えて?
『……民衆の暴動ではない。
向こうの者からはダークエルフの仕業だと聞いている。
突発的な犯行で城を制圧し、城下町に火を放った、と。
街は壊滅状態で民衆の死者多数。城内に生存者無し。キミだけ生死不明。
それが、辛うじて伝わってきた情報だ』
……そうかー。
そっちかー。
そういう系だったかー。
ダークエルフ、ね。王国嫌い拗らせて、森の外で暴れてる連中。
樹陰から出て日に当たってるから肌も黒くなってて同族からも嫌われてる連中。
そいつらが暴れてたなら、ウッドエルフ共ももっと騒いでるんだよなあ……
『会ったのか?』
ちょっと邪魔な位置に居たから退いて貰っただけだよ。
その時、念のため井戸端会議を覗いて確認してたの。いや井戸なかったけど。
『そうか……何をしたのかは聞かないでおく』
ありがとう。
そっかあ、エルフの仕業にしたのかあ。それなら王様の首要らないねえ。
いきなり城陥とせちゃうのも納得だしね。あいつら単騎で軍象も仕留めるし。
筋書きとしては暴れたエルフを鎮圧した功績で実権握る気だったのかなあ?
だとしたら犯人は貴族だねえ。凄まじく強引だけどすんなりことが治まるねえ。
ってか父様の治世に問題無かったし、それぐらいしか覆す手がないねえ。
……そっかあ。もう、城も、街も、ないのかあ。
今度来たら紹介したいお店とかあったのになあ。また、みんな連れて、さ。
『おっおい、大丈……』
彼が何か言いかけたけど、少しの間だけ指輪を外す。
彼に甘えてばかりの私だけど、それでも彼に聞かせたくない顔ぐらいある。
あるのだ。
暫くしてほんの少しだけスッキリしたあと、再び指輪を嵌める。
両目と頬を拭ったあと、釦を押して彼と最後の話をした。
緊急時用の一方的な通信で、私はハッキリと伝えた。
「絶対、絶対に貴方の元に辿り着くから。
信じて待っていて、私に残された……最後の愛する人」
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