第四話「王女と干物と樹陰の徒」

 ああ……やっと、やっと見つかったか……



 双眼鏡を覗き込みながら感慨深く呟く。

 夕焼けで黒い世界が赤く染まる中。私は遂にハッキリ確認できたのだ。


 白く輝く安全地帯。

 「エヴァスの木」の姿を。


 この木は「黒の森」の木とは真逆の存在で、あらゆる光を弾く絶食の木だ。

 神の加護により不老不死を賜ってるが故に、栄養を作らなくて良いのである。

 その代わり"人類を護る使命"を帯びているため常に"破邪の光"を放っている。

 この光のお陰で周辺に魔物は近寄らないし、悪しき魔法は効果を発揮しない。

 正しく魔境においてゆっくり安らげるよう神が遣わした、人類の味方なのだ。


 正しく人類が魔境においてゆっくり安らげるよう遣わされた、神の僕なのだ。


 そして、効果を発揮しない悪しき魔法とは"盗み聞き"の魔法を含んでいる。

 コレを防いでくれるからこそ「比翼の指輪」で彼と連絡を取り合えるのである。


 実のところ、この指輪は連絡取り合うだけならどこであろうとも出来る。

 ちょっと釦を押しながら話しかければ、その声は向こうの指輪に届くのである。

 ただ、所詮は指輪に仕込んだ程度の魔法。それ以上の機能が仕込めていない。

 故に傍受の魔法を使われると最悪こちらの居場所までバレる恐れがあるのだ。

 元々おまけの機能なので仕方ないが、それはこういう非常時には凄く困る。


 なので「エヴァスの木」の下でなら安心して連絡を取れるという訳なのだ。


 それにしても大変だった……ここまで来るの本当に大変だった……

 城を出て夜通し走り、少し寝てから「岩砕き」の縄張り越えたのがお昼過ぎ。

 「黒の森」に入ってスケルトンに追われて、無事に倒したのがおやつ時。

 それから彷徨いに彷徨って……ようやく「エヴァスの木」を見つけた。

 思っていたより大変だったが、これなら日が暮れる前に辿り着けそうだ。



 ……手前にウッドエルフの集落がなければ素直にそう言えたんだけどなあ。



 木々の間のほんの少し開けた場所。そこに五張りの建造物が作られていた。

 張られた釣床の上に天幕を建てたような、独特の構造をした住居。

 紛れもなくエルフの民家だ。ってか直ぐ側にエルフの女が居るから絶対そうだ。

 人数は二人。家の数と合わせて考えると総勢六人程度の小規模な集落だろう。

 ただ、連中が叫んで連絡取れる範囲には幾つか同規模の集落があるはずだ。

 こいつは凄まじく厄介な状況である。



 ……は?


 集落あるならまずそこで休ませて貰えば? って??


 それどころかエルフにも逃げるの助けて貰ったら? って???



 んなこと出来るわけないでしょ。

 エルフは王国に服わぬ民。ぶっちゃけ敵だよ、敵。



 エルフはね、寿命と体力の差で人間見下してる上に独自の宗教掲げてるの。

 森を神聖視してて、傷つける者を絶対許さないって言う厄介な宗教を。

 どのくらい厄介って"木の枝を折った人間は腕を捥いでやる"ってくらいだよ。

 そのくせ、自分達は戒律護ってるから好き勝手に森を利用してたりしやがる。


 要するに森を私物化してて、余所者は即ぶっ殺す野蛮な連中なのだ。


 そんな奴らなので王族とか特に嫌われている。森とかよく開拓してきたからね。


 つまり、私の存在は最優先で殺しに掛かる対象間違い無しなのである。

 王族ってだけでもアウトなのに、スケルトンの戦いで散々森を壊したからね!

 魔剣体当たりとかバレたら頭以外全部を挽肉にされても可笑しくないよ!

 というか、実際そう言う話をさっきから女エルフ共がしてやがるよ! 此畜生!

 私、エルフ語判る上に読唇術も嗜んでるからね! 双眼鏡越しでも判るよ!!


『麓の方で森の木が何本も一斉に折られたらしいわ』


『ええ……酷い……』


『何者の仕業だか知らないけど罰当たりよね。許せないわ』


『死ねば良いのにね』


 意訳だけどこんなこと言ってやがるよ……既にバレバレだよ……

 この分だと男エルフは既に警戒態勢に入ってるのだろう。これは非常に危険だ。

 何せ「エヴァスの木」はエルフを遠ざけない。連中も等しく人類判定なのだ。

 そして、殺し合いこそ防ぐが捕まえて連れ去る分には一切関与しないのだ。


 要するに、連中の集落が近くにある限り「エヴァスの木」は安全地帯ではない。


 連中にとっては「エヴァスの木」も信仰対象だからね。絶対注視してるからね。

 根元で休んでたらすぐ捕まるわ! ああもう! 私は休みたいだけなのに!


 ……いや落ち着け落ち着け。落ち着いて対処法を考えよう。まだ手は有るはず。

 相手はハイエルフではなくウッドエルフだ。前者と違って退かしようがある。

 何故なら連中は定住していないからだ。森を移動しながら採集生活をしている。

 簡易的な住居に住んでるのもそれが理由だ。つまり、連中の腰はとても軽い。

 だから正確にはアレも集落ではないな。正しくは野営地? まあ、そんな感じ。


 ともかく、何か急いで移動すべき理由があれば退いてくれるはずだ。

 何か何か何か……




 ―――そうだ、火を放とう。




 「黒の森」では火災は珍しいことではない。というか頻繁に起きるらしい。

 何でも森が垂れ流す魔力は怪現象も色々引き起こすので火が着き易いんだとか。

 その代わり怪現象効果で消火も早く、おまけに平均一週間ほどで元に戻る。

 元に戻るのは焼け跡にトレント達が集まることも関係してるらしいが……

 まあ、それはどうでもいい。重要なのは山火事がここでは日常だってことだ。


 だったら人為的に起こしてもバレないよね?


 大丈夫大丈夫。火計は王族の嗜みだ。少なくともうちでは幼い頃に習ってた。

 何処にどう火をつければ思い通りに炎が広がるか、ちゃんと頭に入っている。

 油も火種もある。うちの侍女は準備がいいので非常用背嚢に角灯が入ってた。

 こいつの油は燃えやすいが無色無臭で危険と教えてくれたのは執事長だったか。


 風上からの焼き討ちに最適じゃないか。絶対それも想定された用途の内だわ。


 で、あれば森にばら撒くことに躊躇など無い。多分この森じゃ他に使わないし。

 後は耳がいいエルフ共に、撒いてる途中で気付かれないかどうかだが……

 まあ、周囲に気をつけながら忍び足で移動すれば大丈夫だろう。平気平気。


 時間もないし、さっさと準備しちゃおう。



 ………………


 …………


 ……



 ……よし、成功。



 最後までバレずに準備整えられたよ。いや、今度こそは本当にね。

 まあ元々王家秘伝の忍び足はエルフも気付かない精度が基準だから当然よ。

 普通に気付いた「岩砕き」の方がおかしいんだって。野生動物マジ怖い。


 ともかく、油良し! 風向き良し! 自身の安全確保良し! 準備完璧!


 ただ、時間はちょっとかかりすぎたかな……もうすぐ日が落ち切りそうだ。

 出来れば火をつけてエルフが逃げ終えてから移動したかったが、仕方ない。

 火をつけてエルフが騒ぎ出したらすぐ移動するしかなさそうだ。急がなきゃ。



 そんなわけで、はいボワッとな。



 ……うんうん、よく燃えてる燃えてる。いい感じ、いい感じだ。

 想像よりちょっと火の勢いが強いが、狙い通りに広がってる。順調だ。


 あっ、エルフ共も気付いた。ちゃんと不審がらずに居てくれるかな?

 いや、これも大丈夫そうだわ。と言うか対応凄い早い。もう家畳んでる。

 そんな簡単に片付けられるんだな。流石森の民だわ。素直に感心するわ。


 って子供? 居たの?


 いや、ちょっと待って。誰がお母さんか知らないけどちゃんと見てあげて。

 何で炎に興味示してるの。何で寄ってるの。ちょっと待って危ない危ない。

 いやいやいや、駄目だから駄目だから。そんな近寄ったら燃えちゃっ!?



 ……あのクソガキ、燃えてもケロッとしてやがる。



 火達磨になりながらキャッキャッ騒いでるんじゃないよ。ビックリしたわ。

 親御さんも今更駆けつけるんじゃないよ。しかも手で叩いて消すんじゃないよ。

 うちの屈強な兵士だって耐えられなかったのに……やはり連中とは相容れない。


 もういい。警戒する素振りすら見せないし、様子見は充分だ。私も行こう。


 道筋は炎の進行とは逆方向に大きく回る感じ。多少早足でも構わないだろう。

 木の燃える音で連中は気付きにくいはずだし、問題無く行けるはずだ。

 一時はどうなることかと思ったが、行けそうだね。では出発。



 ………………


 …………


 ……



 いや、出てくるの早いって。トレントさん。



 トレントは大木の姿をした怪物。その正体は諸説有り、確たる答えはない。

 ただ、有力な説としては枯木が生への執着で動き出した存在だと言われている。

 生木に憧れるからこそ生木に化け、生命を妬むからこそ生命ある者を襲う。

 まるで死霊のようだが、この説だと理論上は生木に戻ることも出来るらしい。

 ちょっと前に出した焼け跡にトレントが集まるって話もそれが理由。

 「黒の森」の魔力で生木に戻して貰い、それで森は再生するのだとか……



 そういうことならちゃんと森が焼けきってから現れろや! 気が逸りすぎだ!!


 習ったこと思い出してる間にもう袈裟斬りしちゃったよ!!



 私の背丈の四倍から五倍はありそうな大樹の化け物は一撃で絶命した。

 轟音を森中に響かせながら木屑と擬装用の葉っぱを周囲にまき散らす。


 完全に目立っちゃったじゃないか! やっばい絶対エルフが様子見に来る!!


 でもでも、仕方ないって! 即座に斬り倒さなきゃ私が死んでたって!!

 出会い頭ばったりで反応遅れてなけりゃ、私の方が八つ裂きにされてたよ!!

 んなこと考えてる場合じゃない、すぐ隠れなきゃ! でもでも、一体どこに……


 待てよ? 袈裟斬り? だったらもしかして……やっぱりそうだ!


 私は自分で魔剣を振り下ろした先を見て、目当ての物を見つけた。

 魔剣の余波と飛び散る木屑で、地面が大きく抉れていたのだ。こりゃ使える!

 大急ぎで抉れた凹みに飛び込むと、周囲の泥と木屑と葉っぱを掻き集める。

 よし、これで全身は隠せた! 魔剣も地面刺せば勝手に沈んで隠れてくれた!


 これでエルフ達が立ち去るまでやり過ごすしかない……

 お願い、気付かないで!



 ………………


 …………


 ……




『……何だこれは、どうすればこんな斜めに真っ二つになるんだ』




 駆けつけたエルフがトレントの死骸を見て呟いている。

 数は四人。全員男だ。距離は私の隠れたところから……半歩も離れていない。

 正直、近すぎた。そりゃそうだ。袈裟斬りの跡って標的の斜め直ぐ下だもの。


 ヤバイヤバイヤバイ、頼むからあまり深く突っ込まず立ち去って。



『コレは明らかに何者かの攻撃を受けた後だと思います』


『それも森の麓で起きた大破壊と同一犯だな』


『傷痕、いや断面がまだ熱い……殺られてすぐだな』


『と言うことは下手人はすぐ近くに居ますね。ひょっとすると火事の原因も……』



 あわわわわわわ。エルフ共鋭い。伊達に千年単位で生きてない。

 どうしようどうしよう? このままじゃ気付かれちゃう? 気付かれちゃうよ!

 だ、だったらその前に先制攻撃……や、やだやだ。それは嫌だ。絶対嫌だ!!



『うん、これはもう間違いないな……



 この地に侵入したのは人間じゃない。新手の魔物だ』



 ―――はい?



『まあ、こんなのドラゴンが爪を振るっても出来ませんからねえ』


『またか……』


『この辺は当分安全だったはずなんだがな』


『そうと判れば長居は無用。女子供と合流してさっさと逃げるぞ』



 ……エルフ共は早々に立ち去っていった。


 うん、確かにさあ。考えてみれば魔剣の存在気付いてなければそうなるよね。

 でもあれだね。これやっぱりあれだよね。あれだから気付かなかったんだろね。



 これが連中にとっちゃ"日常"かあ……



 魔境ってのは本当に怖いところだ。怖い怖い。

 だがお陰で助かった。助かったんだ。



 やっとこれで、彼と話が出来るよぉ……

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