第三話「王女と干物と森の骨」
あれから暫く経ち、私はようやく荒野を通り抜けていた。
出来れば「岩砕き」の亡骸を埋めてから行きたかったが……
残念ながらそんな時間はないので諦めた。仕方ないこととは言え、とても辛い。
弔えないのもそうだが、あの大きな肉塊は他の魔物を呼ぶ要因にもなる。
肉を食べ尽くした魔物は当然その場に留まらず……最悪の場合、人里に向かう。
国益生む魔物を国宝で殺したうえに、国民に被害出したら王族失格じゃないか。
……いや、こんな単独で逃避行してる時点で既に王族失格か。今更だった。
うーん、いかんいかん。どうにも思考がどんどん悪い方向に流れてしまう。
それもこれも、この「黒の森」のせいに違いない。そう決めた。今決めた。
「黒の森」とは「闇の大山脈」固有の森林地帯。その俗称だ。
生えてる木々全ての葉が"漆黒"に染まっている。故に「黒の森」である。
この黒い葉は光を吸収する力が普通の葉よりも極端に強いらしい。
そもそも通常の植物は葉から光を摂って栄養を作るが、緑の光は使わない。
細かい理屈は省くが、ともかく"要らない緑を弾くから葉っぱは緑色"なのだ。
だが、「黒の森」の木々は不要な緑まで食べてしまう。極めて悪食な連中だ。
故に光を奪われすぎた周囲はとても暗く、温度も低い。そりゃ気も滅入るわ。
おまけに何故か幹まで暗い色だから、周囲全部真っ黒で距離感も判りにくい。
ただでさえ森の中は迷いやすいのにこんな場所じゃ、遭難待ったなしである。
何? それじゃあお前も遭難するだろ! って?
フッフッフッ……それがそうじゃないんだよなあ。実はまだ切り札があるのだ。
魔剣が身を守る切り札ならば、こっちは私の行く道を導く切り札だ。
その名も「比翼の指輪」
彼と将来を誓い合った証したる、婚約指輪である。
この指輪は対となる指輪、即ち"彼の指輪"の位置を光で指し示してくれるのだ。
彼が居る場所は当然、隣国。つまり目的地である。
この指輪はそこまで誘導してくれる羅針盤として使えるわけである。
なので道に迷う不安だけは最初から無かったのだ。無いったら無かったのだ。
またもう一つ、この森には「エヴァスの木」という目印になる物がある。
白く輝くその木は、ほぼ単色で埋め尽くされたこの地において非常に目立つ。
更に細かい理屈はまた省くが、その周辺は一種の安全地帯となっている。
即ち、辿り着けば留まる限り守ってくれる、ありがたい休憩地なのである。
その上「比翼の指輪」はその場所では通心機として使えるというおまけ付き。
そう、「エヴァスの木」では彼と連絡を取り合うことも出来るのだ。
事と次第によっては向こうからも迎えを寄越してくれるかもしれない。
完走する必要もないとは、これほど楽な冒険もそうはあるまい。
あとはまあ、このスケルトンみたいな森の魔物にさえ気をつけていればいい。
それだって「岩砕き」の縄張りを越えたことに比べれば難しくは……
―――っっっっっって囲まれてるじゃないか!?
直ぐ側に来ていた骨畜生を突き飛ばしながら思わず叫ぶ。あーびっくりした。
私は気がついたら周囲八方全てをスケルトンの群れに取り囲まれていた。
数にしておおよそ二十体。規模としては中程度と言ったところか。
スケルトンというのはその名の如く、骨だけで動く死霊の類いだ。
かつて森で絶えた遭難者や冒険者の死体が道連れ求めて襲ってくると言う……
まあ、ベタな感じの低級魔物である。骨しかないから脆いし、あまり強くない。
骨だけなのも肉まで動かす魔力がなくて剥げたっていう世知辛い理由だし。
そう、ハッキリ言ってこいつらはただの雑魚だ! 脅威でも何でもない!
だからさっきのスケルトンに肩掴まれて、噛みつかれる寸前だったのも無問題!
今も尚、そろそろ指先が届こうって距離まで近付かれてても、問題なんて無い!
何せこっちには魔剣「巨人の干物」があるのだから!
さあ、食らうがいい! 山をも蹴り砕く、巨人の重みを!!
そして粉々に消し飛んでしまえ!!
………………
…………
……
……困った。復活した。
ぐるりと回転するように放った一撃は、確かにスケルトンの群れを一掃した。
それはもう、バラバラってレベルじゃない。周囲の木々諸共粉々だ。
だが、粉と化したスケルトン共は数秒と経たずに、元の形を取り戻したのだ。
そういえばさっきの話の続き。
"「黒の森」の木々は不要な緑色の光まで食べる"って話だけどね?
コレ聞くとこう思わない? じゃあ、その過剰摂取した光どうするんだって。
……それね、魔力に変換して周囲にばらまいてるんだよ。
森中を魔物だらけにするために。その魔物を利用して肥えるために。
で、スケルトンはこの「黒の森」が吐き出す魔力が生みだしてたの。
そんで以て、森に居る限り不死身だったの。たった今思い出したわ。
いやーすっかり忘れてた忘れてた。そうだそうだ共生関係だったんだ。
道連れが欲しいスケルトンと、被害者の死体が欲しい森のタッグだったんだ。
肉まで動かす魔力がないのも、肉を肥料にしたい森の仕業だったんだ。
って言うか共生じゃないな。この骨共は完全に森の使い魔だったんだわ。
いやーうっかりうっかり。あははははは……
んなこと言ってる場合じゃねえわ。さっさと逃げなきゃ。
再び近付いてきたスケルトン達をまた薙ぎ払うと、私は一心不乱に走った。
連中も直ぐさま修復し終えると、私の後を追って来る。速い速いめっちゃ速い。
そりゃ骨しかないからね? 血も肉も詰まった生者よりはそりゃ軽いよね。
だがこっちも負けてはいない! このまま止まらなければまず追いつかれない!
向こうは体力も無尽蔵だが、この鬼ごっこに勝利条件はある!
魔力が尽きぬ死霊を消す術は二つ。浄化するか、他の魔物に食わせるか。
ここで選ぶは前者! それが出来る場所に着けば勝てる、勝てるのだ!!
……とか言ってたらやっべ。目の前にでっかい木が。
そりゃ森の中だからね。そこら中が大木だらけだからね。邪魔なのもあるよね。
どうしよう? どうしよう? 斬っちゃう? いや駄目だ駄目。それは駄目だ。
剣を大きく振るには踏み込みが大事。私はそう習った。習ってしまったのだ。
だが、この状況で踏み込んだら、つまり足を止めたらすぐ追いつかれるわ。
多分、師匠だったら、うちの近衛騎士なら上手いことやれるんだろうが……
私には無理無理。そんな技術ありません。所詮剣術で大成はしない器ですから。
そう考えてる間にも目の前に邪魔な大木が迫り来る。いや迫ってるの私だけど。
かくなる上は奥の手! 必殺・魔剣体当たり!!
説明しよう! "必殺・魔剣体当たり"とは!
「岩砕き」を普通に斬るより惨く殺してしまったことで思いついた技である!
具体的には魔剣の腹に隠れて体当たりするだけ! それ以上のことはない!!
見た目にはスクトゥムでシールドバッシュするような物だと思えば合ってるぞ!
こいつは幅広い面をぶつけるから普通に斬るより破壊範囲が広いのである!
現に私の行く手を阻んでた大木も、崩れるように大穴開けて通してくれた!
飛び散る木屑を突き抜けた先。そこには私が望む光景が広がっていた。
―――小川である。
宮廷魔術師曰く、古来より流水は浄化の象徴であり境界。故に強い力を持つ。
それはもうリッチやヴァンパイアですらその上を通ること叶わぬほどに、だ。
低級死霊ともなれば触れるだけで消滅するため、川に落とせば簡単に倒せる。
そう、それが私の狙いだったのだ。
いやー絶対あると思ってたんだよね! 何せ森入るときに見つけてたから!
「岩砕き」の縄張りがあったせいで途切れてたのが凄く印象に残ってたから!
彼らは小さな沼ぐらいは埋め立てて縄張り作る。その証拠を初めて見たから!
目標までは五秒も走ればもう辿り着く。あとは転ばず走り抜けばいいだけだ。
だが、自慢じゃないが私は本職並みに踊りが得意だ! 平衡感覚は抜群だ!
木の根に足を取られて転ぶなどまずあり得ない。最早突破できたも当然だ!
いや、なんで先回りされてるの。
私が目指す小川の辺。その場所に突然スケルトンの群れが現れた。
その数は十体。後ろから追ってきてるのも大体同じくらいの数だ。
現れ方から察するに、粉にされたまま風に乗って移動してきたらしい。
そんなこと出来たのか。最初に突然出現したのも同じ方法なのだろうか。
それにしても行く先まで読んでるとはなんて小癪な! だが既に遅い!
そう、小川が見えた以上は多少追いつかれても問題はないのだ。
つまり魔剣が振るえる! 振った! 消し飛んだ!! 大勝利!!
さあ、あとはもう小川を跳び越えるだけだ! あと少し!
そんな私の足をガッシリと、地に這いつくばるスケルトンが掴んでいた。
こいつ……時間差で復活しやがった。
目の前で復活した群れは囮。そいつらを砕いてる間に、足下に出現したのだ。
正確に全体の数を把握してなかったから全然気付かなかった。やってくれる。
このまま振り解けねば、後ろから迫り来る骨共に捕まってしまうことだろう。
その時、無表情なはずの髑髏が、私を見上げながら嗤ったような気がした。
―――アホか。雑魚がこの程度で勝ち誇ってんじゃないよ。
私は掴まれた脚を力尽くで振り上げると、そのまま不快な顔面を踏みつぶした。
こちとら血も肉も詰まった生者である。骨しかない死霊に力負けするものか。
質量とは力。これ常識。魔剣もその通りだと証明してくれている。
そして、私は踏みつぶした勢いを殺さず、そのまま前方に踏み出した。
私の服を掴もうと掠る指先。その全てを置き去りにして私は跳ぶ。
魔剣を橋にしようとしてもやや寸足らず。その程度の川幅を越えんとする。
飛距離が少し足りなかったが、川中の石を踏み台に、更に跳ぶ。
私は無事、小川の向こう岸に辿り着けた。では忌々しいスケルトン共は?
彼らは妄執だけで動く存在だ。狙った獲物を追うのをやめたりはしない。
最初から追ってきた連中は迷いもせず、小川にジャブジャブ入り込んでしまう。
連中頭の中も空っぽだから仕方がない。脳味噌は鼻水作る器官じゃないのだ。
砕いた連中も、止せばいいのにわざわざ向こう岸で復活して小川に入る。
風に乗った移動も、流水の境界は越えられないようである。無様だ。
小川に入ったスケルトン共は、あっという間に溶けて消えていく。
その有様は紅茶に落とした角砂糖よりも脆く、儚かった。
………………
…………
……
……勝った。勝ったぞ。
よっしゃあ! 今度こそ真っ当に勝ったぞ!!!
不本意だけど生き残ったとかじゃなくて、ちゃんと思った通りの勝利だ!
どうだ見たか! 私だって一人でもやれるんだ!
一人きりだって戦えるんだ!!
この調子で絶対に彼の元まで辿り着いてみせる!
絶対生き延びてみせるんだから! 絶対、絶対にだ!!
……そう、絶対、絶対にだ。
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