決意の時、そして決戦

 数日後、相沢さんに作戦会議を頼みました。私も相沢さんも講義が終わったタイミングです。天気が良かったので場所はキャンパス内の学生食堂のテラスにしました。

 相沢さんは何やら乗り気ではないようでしたが、一度決まれば嫌な素振りなく話して下さってます。


「君、会った時から何やらずっとニヤついているけど、何かいいことでもあったの?」

「相沢さんったら~、そのことで相談しに来たって分かってるくせに~!」

「え、ここ数日ずっとニヤついてるのか……?」

 相沢さんは少し引いています。

 ずっとじゃないですよ、失敬な! たまに思い出して笑顔になっちゃうくらいです。

「ともあれ、順調なようで何より」

「いえいえ、相沢さんのおかげです。ありがとうございます」

 相沢さんはそんなことないよ、と首を横に振ります。


「ときに、僕から一つ提案があるんだけど、いいかな?」

「なんですか? 何言われてもびっくりしませんよ」

 実際のところ、相沢さんが言い出したことは突飛に思えても、全て良い方に転がってきました。

 ですが、今回の提案は今までのそれを凌駕していました。


「あのさあ、もう告ったら?」


「ははは、はいっ⁉⁉⁉」

 なんですと!?

「いやもう正直さあ、上手くいく感じ満々じゃん?」

「いやいやいや、そんなことと言われましても!」

「本当のところ自分でも、手応え感じているでしょ?」

「それはっ!……」

 正直に言います。勘違い女になるまいと必死に自分を制していましたが、正直なところここ数日、「あれ?先輩も私のことを『憎からず』思っているのでは?」みたいな思いが、たまに鎌首をもたげていました。


 『憎からず』っていうのはせめてもの慎まやかな言い方です。察してください。


「統計問題として、出会ってから関係が完全に出来上がらないうちのほうが、恋愛関係に発展しやすいっていうのもあるらしいよ」

「そんなもんなんですか」

「それに、君は告白がゴールだと思ってるのかもしれないけど、実はそこからが本番なんだよ?」

「厳しいお言葉……」

「あと断られたらそこで関係終了ってわけじゃないからね。何度だってチャレンジできるんだよ」

「怖い想定しないでください!」

 考えたくはありませんが、確かに何度も告白する人の話は何度も耳にしたことがあります。そういうものなのでしょうか?


「人生はトライ&エラー、当たって砕けろ!」

「いやそれほんと怖いんでやめてください!!」




「それじゃあ、いつ告るか決めよっか」

「マママママジでやるんですか?」

「その会話もうさっきやったじゃん」

 いやそうなんですけど! 実際に何時って決めるとなると、急に現実のことみたいに思えてきたって言うか……。いや現実のことなんですけど……。

「それでどうする? 早い方がいいよね。今日する?」

「イヤイヤ流石に今日は尚早じゃありませんか!? もう少しクッションを置いて……」

「なら明日ならいいの? 明後日? それで今日と何が変わるの? そのままズルズル先延ばしにしちゃうよ絶対」

「おっしゃる通りです……」


 今日の相沢さんはキレキレです。優しく背中を押すだけじゃ足らないと、谷に我が子を突き落とす母ライオンのような妥協の無さです。

 ですが、実際このままだと私はいつまでたっても一歩踏み出せない気がします。むしろどんどん動けなくなって行くかも。


 なんたって先輩の外堀はとうに埋め尽くして、余った土嚢がそこら中に積みあがり始めているような状況なのです。身動きが取れなくなりそうです。


「それじゃあ、今度あいつに会った時に告白する。これでどう?」

「うーん……、3回目じゃだめですか?」

「その会話もさっきやったよ」

「そうなんですけど……」

「次回するか、一生しないか。二つに一つ! さあどっち!」

「次回……、します………」

「よし決まった!」

 なんだか相沢さんにいいように転がされて騙された気がしなくもないですが、仕方がありません。こうなれば半ばヤケです。女は度胸、やったりますよ!


「じゃあ、殺し文句でも考えていこうか」

「告白の言葉を殺し文句って呼ぶ文化、はじめて知りました」

相沢さんはやけにウキウキしています。まあ他人事と考えたら、これほど面白い出来事って無いかもしれませんね。

「とは言ってもなあ、結局は君自身の想いと言葉で勝負するしかないと思うよ」

「難しいこと言ってくれますね」

 気が重くなってきました。

「大丈夫、君の素直なLOVEをぶつければきっとうまくいくよ」

「気恥ずかしいネイティブ発音しないでください!」



 その時、相沢さんの肩越しに、こちらに向かって爆走してくる男の人が見えました。なんか見覚えが……とよく見てみると、


「オーマイゴット」

 まさかの先輩でした。


 え、『次回』、来るの早くないですか!? まだ殺し文句も考えてないのに……。いや殺し文句って言い方めっちゃ気恥かしいですね……。じゃなくて!


 いやほんとどうしましょう、なんで先輩が爆走しているのか分かりませんが、このままでは数秒後にここに着いてしまいます。私も走って逃げる?いいえ、相沢さんと約束した手前、数分で反故にするのは……。


 すると先輩がものすごい形相で跳躍し、大声で叫びました。


「くたばれ相沢!これは天誅だ‼」


 そこでやっと相沢さんが振り向き、先輩に気が付きました。


相沢さんは心底驚いた顔をしながら、「オーマイゴッ……」と何かを言い掛けました。



その瞬間、雄叫びを上げた先輩の膝が、相沢さんのこめかみに突き刺さりました。

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