これってまさか、デデデデートですか!?

 数日後、相沢さんから連絡グループへの招待が来ました。


 あれま、これは何でしょう? とよく見ずに加入してみると、なんとグループメンバーに先輩がいました。

 そう、先輩がいたのです。トートロジーです。

 なんということでしょう!相沢さんはその手練手管を用いて、闇に生きるかの別れ話請負人こと先輩を、公衆の面前(といっても私と相沢さんとの3人のグループですが)に引きずり出したのです!

 しかもよく見ればこのグループ、趣旨について「どっか遊びに行こうぜ!」という極めて胡乱な説明しかなされていません。

 相沢さん、よくぞあのひねくれぶっている先輩を加入させることに成功したものです。きっと並々ならぬ努力があったのでしょう。感謝感謝です。

 しかし、「どっか遊びに行こうぜ!」とはどこに行くのでしょうか?




「――――ということで、この絵は新古典主義が顕著に表れているんです」

「…………。」

「せんぱい」

「ひゃいっ‼」

「私の話、聞いてました?」

「ええ、ああ。勿論だとも…」




 あのグループ作成後、行き先について活発な議論が交わされました。やれ映画だ水族館だと一通りの候補が上がったところで、相沢さんがにわかに出した「美術館」という案に私は胸躍りました。

 美術館!私は絵心となるとてんで駄目ですが、鑑賞の方は大変好きなのです。

 その上、驚いたことに先輩も絵がお好きなようで、行き先は美術館に決まりました。嬉しい限りです。


 さて、問題だったのはその先です。

 一口に美術館といっても、絵の西と東をはじめとして、ありとあらゆるジャンルのがあります。とは言ってもまあ初めて遊びに行くわけですし、ちょうどセザンヌあたりのポピュラーなのの特別展をやっているので、小手調べとばかりにそこに行くものだと思っていました。

 ですが、先輩が提案してきたのは日本画の専門美術館でした。そしてそれは私の大好物なのです。

 このチョイスについて先輩は、「日本画に並々ならぬ情熱があるんだ」などと嘯いていましたが、もしかしたら相沢さんのなんらかの裏工作があったのかもしれません。この前日本画が好きなことはお伝えしましたし。

 私はこの時点でもうウキウキでした。先輩と大好きな日本画を見に行けるなんて!


 ですが、さらにこの先で後でもっと大きな問題が発生しました。

 昨日のことです。相沢さんがドタキャンしました。

 そうです。ドタキャンです。しやがったのです。

 行先が決まり、日にちも確定してあとは明日を待つだけという段になって、相沢さんが急用が入っただのなんだのと抜かし始めました。おっと、相談乗ってもらっているのにお口が悪いですね。ごめんなさい。

 もっとも、親切で鳴らした相沢さんのことです。おそらくは急用などというのは嘘八百で、私と先輩が二人きりになれるように便宜を図ってくれたのでしょう。

 ですが!ですが!初めからそのつもりだったのであれば、なぜ事前に言ってくれなかったのでしょう‼相沢さんがいると思って安心していたので、心の準備が追いつきません‼


 昨晩は本当に遅くまで寝付けず、挙句の果てには、深夜の一人ファッションショーなんかを始めちゃったりしていました。いつもは手近にある衣服を適当に装着している私らしくもありません。床に就けたのは明け方もいい所でした。


 もっとも、今は緊張やら何やらで、全く眠気を感じないんですけどね‼




「せんぱい」

「ひゃいっ‼」

「私の話、聞いてました?」

 先輩が日本画美術館を選んでくれてよかったです。話題が見つからなくて困ることはありません。私も絵をじっと見つめられるおかげで、なんとか頭の中が真っ白にならなくて済んでいます。

 ですが、先輩はどこか上の空です。私とは逆に、絵にあまり集中できてないような…。どうしたのでしょうか?

「ええ、ああ。勿論だとも…やっぱり北斎は素晴らしいな」

「小林古径です。そもそも浮世絵じゃありません」

「……?」

「せんぱい、ほんとに日本画好きなんですか?」

 先輩、日本画に情熱があると嘯いていた割には、知識の方はさっぱりのようです。本当は日本画はあまり興味の対象じゃないのかもしれません。

 もっとも、知識があることが興味に於いて重要というわけでは全くありませんが!

「ああ、勿論だとも!画家の名前やらはさっぱりだが、なんかこう、胸にぐっとくるものが、あるな?」

「なんで疑問形なんですか」

 先輩の口ぶりがなんだかおかしくて、思わず笑ってしまいます。先輩もつられたように笑います。

 その笑顔を見た瞬間にふと、二人で美術館に来ているんだ、それでこうして先輩と笑いあってるんだ、と気が付いてしまい急に照れ臭くなってきました。

 私と先輩、ほかの人たちにはどんな関係に見えちゃったりしてるんでしょうか⁉

 やけに部屋が暑く感じます。展示室の温度湿度は完璧に管理されている筈なのに……。なんだか汗も出てきました。

 そのせいか、癖っ毛がピョコピョコと跳ね始めた気がします。

 もう!朝あんなに直したのに!頑固もの!

 癖っ毛がなるべくそよがないように、次の絵までゆっくり歩きます。

「でも、びっくりしました。せんぱいが私を誘ってくれるなんて」

 興味がない人にとっては、日本画美術館は退屈の骨頂です。それなのに先輩が相沢さんから私の趣味を聞いて「そこに行こう!」と決めてくださったことに、感謝の念しか出てきません。

 恐らく、先輩が「日本画が好き」などと嘯いているのも、私の趣味のために行き先を選択したということになれば、私が恐縮してしまうだろうと気を回してくれている結果に違いないのです。

 なんて善い人なんでしょうか…!

「ほんとうにほんとうに、今日は誘ってもらえて嬉しかったんですよ?」

「喜んでもらえたなら何よりだ」

 先輩の方にくるりと向き直ります。珍しく寝ぐせも無精ひげもない先輩の顔がこちらを向きます。

 このような幸せがあっていいんでしょうか?先輩が私について歩いてきてくれるなんて。

 私の事をこんなに大切にしてくれるなんて。

「でも驚きました。せんぱいがそうだったなんて」

「えっ…」

 口が滑って心の声が出てしまいました。寝不足でテンションが変です。

 頭が真っ白になってきました。歩き方が変になってしまいます。笑ってごまかすしかありません。

「実は、私もそうなんです」

 まったく、私は何を言っているんでしょうか⁉それに先輩にとっても文脈が意味不明なはずです。

 そりゃ私も先輩のことを大切に思ってますけど!その気持ちは負けない自信ありますけど!

 まるでこれ、コクハクの流れみたいじゃないですか⁉⁉

 するんですか?行っちゃうんですか⁇ここで勢い任せで言っちゃうんですか⁉⁉

「ん、何のことだ?」

 先輩は何ことだかわからないという顔をしています。

 そりゃそのはずです。告白はさすがに時期尚早です!

 何とか方向転換をしなければ…!

「え、何のことって…相沢さんから聞いたんですよ」

 よし、良い返しです。このまま「あの相沢さんとお友達だったんですね!」とかなんとか言えば、無理やり誤魔化せます!

「好きなことです」

 何と⁉何と⁉わたしいま何と言いました!?

 いくら寝不足で深夜テンションで好きな所でテンション高くて好きな人の前で緊張して頭真っ白だからって私何言いました!?

「すすっ、すきいい??」

「はい」

 先輩も文脈が分からず混乱しているようです。

 先輩の目をじっと見つめます。先輩も予想外の展開にひどく狼狽しているようです。

 ごめんなさい。限界です。これが今日の精一杯です。

「私も大好きなんです。日本画!教えて引き合わせてくださった相沢さんに感謝しないとですね!」

 遂に逃げの一手を打ってしまいました…。意味の通らない変な女だと思われたかもしれません…。

 ですが、これが今の私の全力です。もうこれ以上は無理です。どうかご勘弁を…。




 気付けば私たちはこの美術館の目玉に辿り着いていました。

 真っ赤に燃え盛る美しい火群と、その熱を受けて躍動する蛾たちが描かれた、速水御舟の力強い絵です。

 照明も凝っていて、炎の色が鮮やかに映えるように、茜色の照明が点いています。

 灯りに照らされて、先輩の顔も紅色に沈みます。

 紅色の先輩の顔をちらと盗み見ながら、ほっと息を吐きだしました。

 この照明で助かりました。

 

 きっと私の頬は、この絵の炎よりも真っ紅に染まっているだろうから。

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