天誅!
数日後、相沢から「作戦会議をする」と連絡がきた。もし許されるならば次は私から彼女を誘う番かと悩んでいたので、ありがたいことこの上ない。
約束の時間は夕方の授業後だったが、その前にあった講義が教授の気分が乗らないとかで、30分早く切り上げられてしまった。最高の気分だ。
職務を放棄したら喜ばれるなんてほんとにいい職業だな。
相沢との待ち合わせには30分ほど遅れてゆくのが二人の間の通例になっている。つまり今は約束の1時間前だ。
だが今日はもう特にすることもなかったので、何の気なしに指定された食堂のテラス席に向かって歩いてゆく。
もっとも相沢は作戦会議の前に他の用事が入ったとか言っていたし、まだ来ていないだろう。
だがたまには講義中ではなく外で昼寝をするのも悪くない。テラス席で寝ていれば作戦会議を寝ブッチすることもあるまい。
午後遅めの講義中に特有の寂しげなキャンパスをプラプラと歩いた。
校舎を回り込むと食堂のテラス席が見えてきた。と同時に筋骨隆々の黒光りする男のフォルムが目に入った。もしやあれは相沢ではないか?
むむむ?と目を凝らしてみると、かの男は間違いなく相沢である。
だが、それと同時にとんでもないものが目に入ってしまった。相沢と会話をしている相手が彼女だったのだ。
私の近頃低下しつつある視力が5.0まで跳ね上がった。
いったい何故…?相沢と彼女のあいだに面識があるのは先刻承知だ。その点では彼女と相沢がお喋りをしていたところで何ら不思議はない。
だが、なぜ相沢は彼女と会うことを隠していた?
作戦会議をしようなどと呼び掛けてくれる友好的・協力的立場であるのならば、「用事が入って」などとぼかさずにはっきりと「彼女と会うことになって」と言えばよいのだ。
二人にゆっくりと近付きながら様子をうかがう。
二人はやけに楽しそうに話している。
彼女の頬は紅潮して、ほんのりとチークが乗ったようになっている。相沢の巧みな話術によるものだろうか、彼女の表情は照れたり笑ったり嬉しそうになったり驚いたりと、まさに百面相といったようにコロコロと変わる。
その表情の多くが私の見たことの無いものだった。
瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「オーマイゴッド」
ああなるほど、そういうことだったのか。
相沢は彼女とイイ仲だったのだ。
相沢は私の恋心が決して実らないものであると知りながら、「こんな面白いことに首を突っ込まずにいられるか」と協力者を装って玩び、娯楽として消費していたのだ。
相沢がほかで浮いた話を聞かないのは、これが理由か。
おのれの素性を巧みに隠しながら、既にぷかぷかと空中浮遊していたのだ。
激烈な怒りが身を貫いた。
「おのれ相沢、貴様を許さずにおくべきか!なんという邪悪!私がこの世に生を受けた理由は、貴様を打ち倒す為と心得た!」
私は相沢に向かって駆け始めた。
彼女がこちらに気が付き、目を見開いて何かを言ったようであったが、それを気に留める間もなく、相沢との間合いを詰めていった。
おのれ相沢、相沢おのれ!あの邪知暴虐の男を許してはおけぬ!
私は大学入学後体力低下の著しい我が体に鞭を打ち、優に50メートルを超える助走をつけると、若き血を燃やし、人生最高の跳躍を決めた。
正直なところ35メートルを超えたあたりからか、悲しいかな体力の限界が近づき減速が始まっていたので、相沢が100メートル遠に位置していなかったことに感謝しながら全身全霊で跳んだ。
「くたばれ相沢!これは天誅だ‼」
声に驚いた相沢がこちらを振り向き、一瞬目が合った。相澤は小さく何かをつぶやいたようであった。
私は雄叫びを上げながら、相沢のこめかみに必殺の膝を突き刺した。
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