その男、幸福請負人
切羽詰まった私は相沢に相談することにした。
相沢は黒光りする筋肉隆々の身体、メロドラマ役者のような甘いマスク、そして不自然に白い歯と嫌味なほど嫌味の無い性格を併せ持った我が友人である。
これまで多くの美女との噂が立ったが、尾を引いたものは一つも無い。彼の正体は聖人か男色家か一本気片思い男のどれかであるか、もしくはその全てだとも噂されている。
ただ、噂に名の上がった美女が皆その後に幸福を掴んでいる事は確かだ。人呼んで『幸福請負人』である。
一方私は『半妖蛇舌赤鋏』である。なんの因果か出会ってしまい、また意外なことに気が合って、互いの評判に傷を付け合いながら、よく飯などを食っている。
「相沢!助けてくれ!胸が、胸が苦しいのだ!」
「胸が苦しい…狭心症かい?」
「狭心症ならば治しようもあろう!ならばどんなに良かったことか!」
「ならば末期癌か…」
「いや、恋だ」
「そうか。恋か」
相沢は静かに味噌汁を口に含むと、その全てを私の顔に吹きかけた。
「明日は槍が降るぞ‼」
相沢は一通りの話を聞き終えると、一言「オーマイゴッド」と呟いた。
「かのカップル破壊神の君が今となっては恋の僕、その上なんと一目惚れときた。こんなに愉快なことがあるだろうか!」
「相沢、声が大きいぞ!壁に耳あり、どこで誰が聞いているかわからん!」
相沢は心底楽しそうな様子である。
「ところにして、一射で君の心を射止めたその名撃手はどこのお嬢さんだい?」
私は彼女の御名を告げた。
「ほうほう.......なるほどね。なるほどね。…そう来たか。覚えておこう。……さて、本題に入ろうか」
「ほ、本題?」
「君は内に秘めたる恋心をただ僕に伝える為に会いに来たのかい?違うだろう?」
「いや、それは…」
「頼みごとがあって来たんだろう?男らしくはっきり言いたまえ」
察して楽しんでやがるなこいつ!
「その、私と彼女を…」
「私と彼女を?」
「仲良く…」
「友達関係でいいのかい?」
「いや…その、こい…」
「こい?」
勘弁してくれ。
「恋仲にしてはもらえない…でしょうか…」
「はい、よく言えました」
よくもこんな気恥ずかしいことを言わせやがったな。
「では相沢、力を貸してくれるのか?」
「ああ!勿論だとも!他ならぬ君の頼みだ!」
「本当か?」
「ああ」
念のダメ押しをしておく。
「男に二言は無いな?」
「やけに念を押すなあ。もちろん二言は無いとも」
「ならばよし」
私は味噌汁を口に含み、目の前の整った顔に思いきり吹きかけた。
「ところで、君は今どんな方策で動いてるのかな?」
相沢は気の毒なことに目にワカメの欠片が入ったようで、滂沱の涙を流しながら私に訊いた。
「常に彼女を探している。なるべく動かないようにしながら」
「なるほど。…は?」
「…え?」
二つの味噌汁が滴る間抜け面が互いを見つめる。
「まさかと思うが…それだけ?」
「え?うん……」
思わず口調が可愛くなってしまった。
「小粋な会話とかは?」
「そんな余裕はない」
「ごはん連れて行ったりしたかい?」
「それが出来れば苦労はせんよ」
「ならば君、彼女に何か贈ったりはしてるのかい?」
「勿論!毎日飽きもせずに熱視線を送っている!」
「あのさ……」
相沢は一拍思いつめたような表情をすると、意を決したように口を開いた。
「お前バカなんじゃねえの?」
「あ、相沢…?それはどういう…」
「そんなんじゃ、たとえ両想いでも成就するわけないだろう!」
相沢はさらに畳みかける。
「君、彼女の事が好きなんだろう!?」
「それはそうだが…」
「性的に好きなんだろう⁉」
「いや、そんな破廉恥な気持ちで好いているわけでは、断じて…」
「いやもだってもヘチマも無い!好きなんだろう!?性的に好きなんだろう!?認めろ!だったらもっとがっついて行けよ!ガンガン行けよ!恋仲ナメんな!」
「相沢!落ち着け!」
私は彼の顔に再度味噌汁を吹き付けた。
「すまない、取り乱した」
紳士に戻った相沢は鼻の穴から割れた豆腐を出しながら言った。
「なににせよ、このままだと恋仲になるのは至難だよ」
「ぬう…。だがあの蛮族どもがな…。
百歩譲って私はどうなろうと構わないが、もし彼女に魔の手が伸びたらと考えると、それだけで寒気がする」
「それは確かに大きな障害だ。君が尻込みするのも分かる。でも、彼女と恋仲になるのであれば、いつの日にか対峙しなければならない問題には違いないよ」
外堀を正論で埋められてゆく。この停滞に身を委ねるのは、ある意味最高に心地よかったが、いつまでも続けるわけにはいかない。
相沢はコホン、と咳払いすると、こちらに向き直った。
「さて…とりあえず、君。手始めに彼女をデートに誘うんだ」
外堀どころか内堀もすっ飛ばして、本丸に隕石が降ってきた。
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