第6話 むらンさきュレイション≪挽き血は多肉多汁≫

      123


 焼け跡から、うすほの遺体は見つからなかった。その代わり、

 身元のわからない男の遺体が二つ。

 あたしにはすぐにわかった。

 一つは、浅樋ゆふすだ。

 一つは、浅樋まさむら。

 歯形やらなんやらを照合するまでもない。うすほがやったのだ。

 わざわざ燃やしてくれたのは、あたしにその顔を見せないようにするため。

 二体とも、燃やされる前に心臓が止まっていた。

 一体は、特に外傷はなく。

 一体は、酷く痛めつけられていた。

 この二体に恨みがある人物の犯行というよりは。この二体が燃やされた場所が、

 新興宗教団体である白竜胆会の敷地内という点に。捜査の眼が向いているようだった。

 このあたしに、碌な取調べもないんだから。

 一週間も経つってのに。

 何をやってるわけ、あの犬どもは。

 さっさとうすほを捜しなさいよ。

 あの子が犯人なんだから。証言なんかしてやんないけど。

「いる?」いるに決まってる。いなきゃサボりとみなしてクビよ。

 支部。相変わらず狭い。

 増築してない(させてない)から当たり前か。

 その昔あたしがいたときから、ここにいた優秀な部下と眼が合ったけど。

 逸らした。

 あからさまに厭そうな顔をする。「何のご用でしょうか」さねあつは、時計とあたしの顔を見比べる。こんな時間に何しに来た暇人め、と言いたいらしい。

「すみませんがお車は裏の駐車場へどうぞ」伊舞が営業スマイルたっぷりに言う。

「邪魔ならあんたがやっといて」キーを放り投げる。

「ご自慢のルックスがどうなろうと苦情は受け付けませんが」

「これ以上ひどくはならないわ」すでにアザやらキズやらでぼこぼこ。乗ってるあたしが無事なのが奇跡なくらい。

 体よく盗み聞き1号を追い払えたのはよかったけど。問題は、

 盗み聞き2号。こちらのほうが厄介だ。

 支部で話している限りなにもかもが筒抜け。

 聞かれたくないから本社に呼び出すのをやめて出向いたのに。

 いや、呼び出しに応じないだろうから。あたしから押しかけるしかなかった。

「だいじな話ですか」さねあつも同じことを考えていたらしい。ちらちらと天井を見る。

 あそこか。

 甥の目玉は。

「行きますか」上。

「大丈夫なわけ?」

「たぶん」

「たぶんてなによ」上に。

 行ったことがあったろうか。行く必要がない。というよりは、

 行かせてもらえなかった。意味がなかった。行ってどうする?家族団らん?

 鼻で嗤える。

 2階部分は、世間一般でいうリビングとキッチンに当たる。3階部分は、世間一般でいうベッドルームとバスルームに当たる。

 行き先はもちろん2階。

 配色と家具のセンスが。良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。ちょうどその中間に位置する。良くもなく悪くもなく。

 可もなく不可もなく。当たらず触らず。

 さねあつの、いままで生きてきた歴年表を紐解いてるようだった。

 この子にそうゆう生き方を強いてきたのは、

 あたしだ。他人のくせに。何の権限があって。

 さねあつが何かとあたしに反抗的な態度を取ってきたのは、薄々感づいていたからかもしれない。あたしだって気づいてなかったってのに。

 キッチンを横目に、

 突き当りのソファ。文庫本が出しっ放しになっていたのを、不自然でない動作で。壁際の本棚へ戻す。隙間に適当に捻じ込んでいたので。

「フジミヤ君の?」本当に居つかせている。のだという証拠。

 浮気現場を見つけたみたいで微妙だけど。

 部屋の所々に、

 さねあつらしからぬ綻びみたいなものを発見する。そもそもあの子らしい、という状態がどうゆうものだったのか。言葉で説明できない。のが困る。

「なんですか」一刻も早く話して帰れ。さねあつは、そうゆうオーラを出しながら座る。

「父親のことだけど」

「どうでもいいんですけど」間髪入れずに返答。

 改まって話す内容なんかその程度。読めていたに違いない。

「あたしが思ってたのと違う人だったらしいのよ。母親もね」思ってた人と違ってた。「詳しくはわかんないんだけど」

「浅樋うすほですか」

 その切り返しは厭だった。「わかんない。訊こうと思ったら」お別れ。「ちゃんと説明してからいなくなりなさいよって」

「死んだんですか?」なんでそんな他人事みたいな。

「生きてたとしても二度とあたしの前には現れないでしょうね。昔っからそうなのよ。勝手に決めて勝手に。完璧あたしのことなのに、ぜんぶ自分のことって。当事者のあたしを抜いて、あの子がいいと思ったことを」

 さねあつの母親が、うすほだとして。だとしたくないんだけど。

 父親は?

 誰なわけ?

「あの朝頼アズマとどのくらい兄弟ですか?」すごく厭そうだった。

「半分は一緒じゃないの?」

 さねあつの顔が曇る。「あの、別に社長の息子で構いませんので」

「なにその」で、てのは。「構いません?」

「まさむらじゃなかったってことですか?」父親は。

「あたしはまさむらだなんて一言も」云ってないし思ってない。まさむらじゃないほうだと思ってたのに。

 うすほは、

 違うと言った。

 あたしは確かに産まされたのだ。浅樋の子を。あたしが殺してないから生きてるはずなんだけど。もし、

 もしもうすほが。

 殺してたとしたら。あたしの知らないところで。

 でもそうすると数が合わない。

 現にあたしの息子は存在してるのだから。さねあつが。

 うすほには、

 息子と娘がいる。朝頼アズマと、白竜胆会の巫女。

 数を合わせるには、交換しか。交換?

 だれと、

 だれを。

 あたしが産まされた子と、うすほが。あたしを助けるために産んでくれた子を。

 交換したとするなら。あたしが産まされた子は、まさか。

 眩暈がする。座ってるってのに。

 どうしてそんなこと。するだろう。できるのだ。

 うすほになら。あたしのためなら。

 あたしが産まされた子は、

 男だった?それとも女?思い出せない。思い出したくない。

 産声とその発生の源が黒塗りになっていて。

 紫の、

 アザと。アザ?

「大丈夫ですか」さねあつの顔が見えた。「言いたくないなら別に」

「なんてことないのね。どうでもいいってゆってたわね」興味がないだろう。

 自分にすら興味がないのに、

 どうして自分の出生の秘密に興味が持てるだろう。

 さねあつは昔からそうだった。原因はあたしにあるのだが。

 全世界に無関心で。全世界の外側に立って。

 全世界をどうでもよさそうに眺めてる。見据える全世界には、さねあつ自身も含まれる。

 どうでもいい。さねあつにとってはその程度のことでも。あたしにとっては、

 どうでもいいわけがない。

 うすほの遺言が不完全だから。あたしが苦しまないといけないじゃない。

「あなたどこかにアザがある?小さいときから付いてるやつ」

 付いてるはずがない。この子は、

「さあ、気にしたことないので」

 うすほの子どもたちをひん剥いてこないといけないのかしら、もしかして。

 そうまでして突き詰める意味。があり得ないくらい、

 ない。

「あんたはね、あたしの子よ。母親のあたしが保証するわ」

「それはどうも」改めて言われなくても端からそのつもりだ。と言わんばかりに、さねあつがソファから腰を浮かせる。

 用も済んだ。希望通りお暇しよう。

 あたしだってヒマじゃない。「ところであの大量の餞別は何?お世話になりましたって縁起でもない」

「なんのことですか」

「とぼけてんじゃないわよ。あんたじゃないの?鳥居に着くまでにあるでしょ?煎餅屋さん。そこのを大量に買ってあたしのとこに」置き逃げ爆弾。

 したのは、さねあつじゃない?

 お世話になりました

 本当に?さねあつの字だった?「あんたじゃないのね?」

「何のことなのかよく」嘘ではなさそうだ。ここで嘘を付く利点が何もない。

 さねあつじゃないなら、あれは。

 あたしが煎餅が好きだと知っている人物。且つ、

 あたしに直接物申せない意気地なし。

 ひとりしかいないじゃない。さねあつのわけがない。この子は、

 死ぬ間際になったってあたしのご機嫌取りなんかしない。

 死ぬ間際にかこつけてあたしに会いに来たんだけど、いざそのときになって。どうにもこうにも脚が動かなくて、動かなくなった脚で足掻いた形跡を。メモとして残した。

 お世話になりました、と。

 なんにも世話なんかしてないんだけど?

「ごめん。いいわ、忘れて」あたしも忘れる。

 別れた男のことは。

 なんでそんな碌でもないこと憶えてるわけ?あたしの好物とか。


      456


 まだ一週間しか経ってないのに。警備も立ち入り禁止もなしとはいやはや。

 放火殺人が疑われたあの気味が悪い直方体。

 その真ん前までまったくノーマークで来れてしまった。

 入り口に手を掛けようとしたところでようやく。泳がされていたことが発覚する。すいすいぷかぷかと。

 真後ろに、

 ひんやりとした金属の感触。「お探しのものはこれですか」平坦な声色。

 DNAに染み付いたプログラムで、つい。

 両手を挙げる。「振り返った途端、どんぱち発射とか勘弁な」

「報酬です。要らないのですか」

 ゆっくり。首を。肩を。

 筒も引き鉄も見えない。

 もっと高価な、

 煌びやかな輝きが見える。「おおきにな」重い。

 腰に力を入れて持ち直す。

 持参した頑丈な運搬用のケースに詰める。ところをじろじろ見られていたので、手の平に変な汗をかいて固定に苦労した。

「私が総裁になった暁には、他の作品についても商談を受け付けます」

「応相談ゆうわけね」経済観念がしっかりしている。

 朝頼アズマと組めば、国家を揺るがすカルト教団に生まれ変わってもおかしくない。

 やめてほしい。是が非でも。

「これ」臓器シリーズ~コノ内側ヨリ~内壁「窯やったのと違うん?」

 防火仕様の壁や扉。屋根部分に煙突の名残ような突起。黒い空間は煤だ。

 それよりなにより、小張エイスの初期作品が。

 陶芸であったことが決定打。

 心臓だって。

 神像に守られていた。

 このたび高温で熱されたことにより、

 外の金属だけがうまいこと熔けた。あろうことか神の像を火にくべるなどという暴挙をやってのけない限りは。その姿を拝めない。

 なんという罰当たりな邂逅。

「窯を改造しはって」作品とした。

「単に性別を偽っているだけです」

「はあ?」

「あなただって名前と素性を偽っています。私もそうせざるを得ないのです」

「ちょお、待ってな」性別を偽る?

 だれが。

「こんな服を着ているのも」和装。「こんな職務に就いているのも」巫女。「命を永らえるため。あいつの」朝頼アズマ。「身長が伸びなかった理由をご存知ですか?」

「遺伝、やないな」

 総裁は180センチ近くある。

 母親だってそう低くない。見たのは一瞬だったが。

 成長途上(だろうとは思うが。そう信じているのだが)の俺より十センチは低い。明らかにその年代の青年の平均身長を逸脱している。

「隔世遺伝なん?」

「母親のネグレクトです」

「ほお」採られるべき栄養を与えられなかったわけか。

「そのせいであんなにも性格が歪んだのです。自業自得です」

「四字熟語間違うてへんかな」

 森の中を引き返す。

 いちいち樹の根っこがタイヤの進路を妨害する。落ち葉が足場を不安定に追い込む。

 こいつを俺に持ち出させまいとして寄ってたかって妨害工作を行なっているのだ。無理もない。

 この中に入ってるのは、臓器シリーズの核である、

 心臓

 なのだから。摘出されては敵わない。

 生命は、

 死に絶えるほかなくなる。

「私はその反対で」急に足を止めて、袷の襟元をかっ開く。「髪を伸ばさざるを得ない理由がおわかりいただけましたか」紫だった。

 眼を逸らす。

 タイミングを見失う。「こら、ひどいな」

 描写するのも躊躇われる。

 俺の身体も通常使用用途外の過剰乱用で大概酷いが、

 それ以上に酷い。

 何が酷いって酷すぎる。ひどいとしか言えなかった俺がこの上なく酷い。

 あのふわふわの女がそこまでやったのか。

「首から上が無事なのは、私の顔を直視したくなかっただけです。目算して距離を測ってそこ目掛けて暴力を繰り出すのですから」

「なんじょう俺なんかに」思い出したくもないだろうに。

「KREはアフタサービスが充実していると聞きまして」

「せやな」そうゆうことにしておこう。社長サンの顔を立てて。

 本殿の裏に出る。

 森そのものの妨害に遭った哀れなケースは、ぼろぼろのキズだらけだった。中身が無事なら外はどうでも。そもそも中身を守るための外側だ。立派に役割を勤め上げた。

 あとは引渡しだが。

 社務所の陰に、

 金の頭を見つける。緋の巫女と示し合わせて、なかったことにしてやり過ごそうとしたがそうは問屋が卸さない。

 意地の悪い問屋が商品を渋る。「三億じゃなかったんですか?」朝頼アズマが進行方向に立ちはだかる。身長のせいかそれほど威圧感はないが、

 居心地の悪い空気を。生成することに関しては、右に出るものはいない。

「きっちり三億分の働きをしていただきました」ふわふわの女が燃え上がる窯に飛び込んだというデマを流しただけだが。緋の巫女が弁護してくれるが。

「そうですね。なかなかの名演技だったのは認めますよ。魔女は先人に倣い火あぶりにするに限ります。これで社長も魔女を抹殺していただけるものと」弁論大会に持ち込んでは。

 向こうの思う壺。

 弁論大会以外の方向に持ち込むために、こっそりケータイを操作するが。

「あなたのボスは泥棒ですか?」これまた痛いところをピンポイントで。

「欲しいもんは極力できる限りカネで手に入れようとする、せやな。大泥棒やな」

「極力できる限りの範疇を超えた場合、やはりそれに訴えるのでしょう?」朝頼アズマがにやにや薄ら笑いを浮かべながら平然と近づいてきて、

 俺がポケットに入れている手を。

 摑んで外に出させる。

 反則な力が。「邪魔者は消しますか。構いませんよ。僕なんか生まれる前に死んでた存在なんですからね」ケータイを手から落とさせて。その指を、

 口に。「その去勢オンナの前で僕を根元まで銜え込んでください」

「なんぼ?」

「三億あります」俺のもう一方の手を。

 なぞる。ケースとのつなぎ目を執拗に。

「生憎と三億しか。すみませんが、この三億で手を打っていただけませんか?」

「足りひんさかいにな」下腹を蹴り上げて、

 入ったのか入ってないのか確認する時間をフルに使って。

 距離をとる。

 三十六計逃げるに如かずだが、

 ケリをつけなきゃいけないこともあったりなかったりで。

 緋の巫女がふらふらと歩き出す。

 足が縺れてよろけただけのようだが。「動かないでください」

 ほら言わんこっちゃない。だから和装は厭なのだ。

 凶器と狂気が隠したい放題。

「吹っ飛びますよ」引き鉄を指に。

「おまとそっちの巫女はんが往ななってへんりゆーをよう考えたったほうがええよ。おまが次期総裁んなっとるのも、巫女はんがおヤシロ任されたゆうんも、ぜんぶ」この二人を、

 文字通り救った人間がいる。

 二人はそれに気づいていない。たった一人ででかくなったみたいな顔をして。

 お前らがそんなことしたら、

 父親は。

 どうすればいい。

「命、粗末にせんといてな」死んでもいいとか死にたいとか、頼むから。

 俺の前では、

 云わないでほしい。

 冗談の通じない任務に忠実すぎる奴が四六時中俺を監視しているのだ。おまけに最悪なことに、そやつは言葉も通じないときた。つい最近日本語を習い始めたばかりの。

 持ってるそれでにっくき朝頼アズマを射殺すればいいのに。

 緋の巫女は、

 自分の胸に当てる。「やっとあの魔女が死んだのに。どうして死体がないんです?」

 俺に聞かれても。

 朝頼アズマが、

 にやけた顔で下腹部をさすりながら。「まだ生きてるからですよ。心臓が止まってないんです。嘆いてないでおびき寄せましょう。僕とあなたならできます。そのつもりだったでしょう?」さも尤もらしい推理を代理的に披露してくれたのは有り難かったが。

 まさか。

 朝頼兄弟(兄妹?姉弟?)が、無関係者を殺すつもりはない。と高をくくって。

 駆ける。心臓を持って。重い。

 本殿を背に、

 舞殿に。

 KRE社長が。現社長のほう。

 ぐったりと。

 薬か何かで強制的に眠らされているのか。どこかに不用意な打撃を負って意識を一時的に手放しているのか。それとも、

 考えたくないが。いや、それでは人質の意味がない。

 人質は、

 生かしていてなんぼ。だが、

 肉体をここで不当に拘束していること自体が。

 餌だとしたなら。生体だろうが死体だろうが。

 同等の効力があるとしたら。

 岐蘇もとえ社長を取り返すために。死体なくして死んだ母親が、

 現れるのだとしたら。

「しゃちょーサン」近寄ろうとした足元を、

 金属の塊がかする。だから、

「やめろゆうとるやん。死にたいんか?」一発でも当たってみろ。

 冗談でも洒落でもない。

 一瞬であの世逝きだ。お前らが。

「ご安心を。殺してません」朝頼アズマが、由緒ありそうな石に陣取って。小型のノートパソコンを開く。「あの魔女の亡骸をこの眼で確かめない限り、僕らは永久に悪夢にうなされ続けるんです。かわいそうだと思いませんか?」

「なにやっとるの?」パソコンなんか開いて。

「まっとうな宗教法人である白竜胆会ですが、時折、いるんですよ。不法侵入だとか不法侵入だとか不法侵入だとか。仕方なく見張らせてもらっているわけで」

 監視カメラをチェックしている。いくつかあるどれかに、

 母親が映らないかどうか。

「いた?」緋の巫女が俺に照準を合わせたまま尋ねる。

「おかしいですね。命より大切な社長を拘束しているというのに」

 朝頼兄弟(兄妹?姉弟?)に社長を殺す意志がないことがわかって一安心だが。

 せっかく手に入れた心臓を、

 どうにかして運び人ごと持ち出さないと。

 眼球凝らしてよく見ろ。お前らのだいじな後継者がピンチだぞ?一発でも二発でも三発でもお見舞いしてやれって。

 おーけぃを出してるのに。

 こうゆうときは無駄弾だとかぐちぐちぐだぐだ。俺が死んでから撃ったって遅い。

「こんなところに」よく通る低い声。

 朝頼兄弟(兄妹?姉弟?)の緊張が弛んだ。その隙に、

 駆け抜けようと思った腕を摑まれる。「なんやの?」

 白竜胆会総裁。

 なんで?朝頼兄弟(兄妹?姉弟?)はそうゆう顔で。

「またケンカかね。君たちだけならともかく」摑んだ腕を持ち上げる。「KREの秘密兵器君まで巻き込んで。どうせいつものあれだろう」日常茶飯事なのか?

 二の句が継げずにいる。息子たちをよそ目に、

 舞殿に。

 横たわる社長を捕捉するや。「社長じゃないか。どうしたんだ。こんなところで」抱き起こして肩を揺する。「しっかりしてくれ。激務でお疲れなのはわかるが」

 誰か教えてやってくれ。

 そうじゃないんだ。ケンカとか巻き込まれただとかお疲れだとか。

 素でやっていれば大したものだが。

 朝頼兄弟(兄妹?姉弟?)を覆っていた殺意がすっかり霧散したところを見ると。

 残念ながらやはり、

 素なのか?

「あーえーその、そーさいはん?」息子たちが何も言わないからまったく他人の秘密兵器が注釈を入れるハメになる。「ぴーぽーしゃ呼んだったほうがええのと」現社長サンにもしものことがあっては。

 総裁はそうか、と呟くと。おもむろに現社長を担ぎ上げ。

 ケータイを耳に当てる。現在位置を告げて。

 救急車なんか呼んじゃいない。

「すまないが至急来てくれるか。ああ、いつも迷惑をかける」どこに掛けた?

 KRE支部長?にしては口調が上から目線だし。

 いつも迷惑を。

 のくだりからして、常日頃公的にも私的にも付き合いのある間柄。

 白竜胆会選りすぐりの猛者たちで構成された回収班とか?そんなものあれば、だが。

「迷惑はこっちですよ」朝頼アズマが正気に戻る。パソコン置き去りに総裁に詰め寄って。「僕らはあの魔女を誘き出すためにKRE社長を拉致して待ち構えてたんですよ?ケンカ?冗談じゃない。僕らは本気です」

「降霊術でも始めようというのかね」総裁は本気にしていない。「母親ならここにいるさ。単に会いたかっただけじゃないのかな」背中の。

 母親?

 だれが。だれの。

「何を言ってるんですか?私たちの母親は」母親だなんて呼びたくもない。緋の巫女が顔を引き攣らせて。

 照準が俺以外に移ったのは喜ばしいことだが。

「これ以上ふざけたこと抜かすと」撃ちますよ。物騒なものを総裁に向ける。

「知らないのか。言ってなかったかな」なんでそんなに落ち着いている?総裁は、

 絶対に撃たれないとわかっているのか。

 撃たれることがそれほど恐怖でないのか。白竜胆会の教義は知る由もないが、

 総裁のこの態度を見るに、

 信者になれば。

 まったくもって銃を恐れなくなる。

 らしい。恐ろしい宗教だ。

「いや、やめておこう。気を失っているとはいえ社長の過去を、第三者である私が勝手に話すのはよろしくない。あとで聞くといい。そうだな、社長は煎餅が好きだから。お見舞いに持っていくといい。君たちも知ってるだろう、そこの」鳥居の向こう。「社長はあそこの煎餅がお気に入りだからね」

 総裁を凌ぐ大男が三段抜かしで石段を上がってくる。

 不気味なロングコートを着込んだグラサンのオールバック。選りすぐりの猛者はあながち間違いでもないかもしれない。

 彼が現社長を受け取って、KRE秘密兵器にひょこりと頭を下げて。足早に元来たルートを逆走していった。

 病院に連れて行くのだろう。か?

「どういうことですか?私たちの母親が」緋の巫女が総裁に詰め寄る。

「僕たちはいまのいままで騙されていたというわけですか」朝頼アズマが自嘲の笑みを浮かべる。パソコンを片付けて。「あの魔女は、何の権利があって僕らに」虐待を。

 総裁は息子たちの疑問符を一切無視して。「重そうだね。持って帰れるかい?」秘密兵器の荷物を気遣う。中身が透視できている口ぶりだった。「よければ送らせよう。腕や腰を痛めてもいけない」

「なんじょうぴーぽーしゃ呼ばんかったん?」どうせ病院に連れて行くのなら。

「もしものことがあってはいけないからね」

「せやからもしものことが起こらへんように」ぴーぽーしゃで。

 総裁は、

 ぎゃあぎゃあぴいぴい喚く息子(娘?)と。

 半分くらい事情が推測できた息子を。自分の視界の終着点に設置して。

 腰を落とす。

 小声だったので聞こえなかったが、唇の動きを見るに。

 私が父親なことに変わりはないよ。

 と言ったらしかった。


      6紫


 ガルツは父親ではありませんわ。

 アズマもメイアもわたくしの子。

 浅樋の血が流れている。透けた紫の血管を見るたびに、

 どうしようもできなくなりますの。

 暴力と。

 無力と。

 アズマがあのように小さいのはすべてわたくしのせい。

 メイアがあのように紫に染まっているのもわたくしのせい。

 さねあつさんは見た目こそ何の問題もありませんけれど、

 その内部。

 浅樋の血の紫は見えませんけれど。

 さねあつさんは。

 さねあつさんだけはどうしてもわたくしの独力では。

 いいえ、そんなまさか。

 さねあつさんに父親はいませんわ。なぜなら、

 疑わしきはすべてわたくしが殺してしまいましたもの。

 ねえ、もとえさん。

 幸せですか?

 幸せならば、

 わたくしのしたことは間違っていなかったと確信を持てますけれど。

 ガルツはもとえさんの愛した浅樋りつるがではございません。

 わたくしが、

 もとえさんとまったくの別人であるのと同じように。

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