第4話 ちゃーちゃムちゃート《焦がれまじなう戦慄》

      1


 三億もするので買えませんでした。なんて言い訳にもならない。

 三億出せるかどうかのお伺いを立てることじゃなくて。三億を出世払いで前借りすることでもなくて。

 三億を、

 払わずとも手に入れる方法を考える。ことを望まれてる。

 強奪以外で、あくまで穏便に。

 しっかし、

 三億だ。踏み倒すしか浮かばない。

 三億だぞ三億。なにが買える?なんでも。

 心の臓が買える。

 おまけで神の像が付いてくる。

 臓器の群生を抜けて、外の風に当たる。

 体温が掻っ攫われる。防寒具が、首に巻いてるそれだけだと気づく。

「徒労だったところに持ってきて残念なお知らせが」朝頼トモヨリアズマが嫌味な笑いを浮かべながら近づいてくる。「お探しのあれですが、居所がつかめました」

 神像。

「見つかったゆうのに、残念なん?」

「在り処がわかってるのに絶対に取り戻せない。というのは、残念以外のなにものでもありません。どうしましょう」

「どう、て。そらおまが取り戻したったらええのと」

「どこにあったのか、というか母が誰にあげたのか。お聞きにならないんですか?」

 嫌な予感しかしないが。

「誰なん?」

「あなたが先日捨てた、次期社長の」

 母親。つまるところ、現社長。

「はあ?そら、おま」

 ふりだしに逆戻る。なんのために。

 あのアホ社長(次期だが)を見限って出てきたのかと。

 頭が痛くなってきた。そもそも痛かった。のをようやく受け入れたともいう。痛みなんか認識した瞬間から痛いんだから。

 否定したい。自分の空回りっぷりを。

「戻ります?いまさらですけど」朝頼アズマが嫌味たっぷりに言う。

「なんやら言い訳考えたってよ。お得意と違うん?」

「何発できます?」お代は戴きません。ですが、どうしてもと仰る方はお気持ちで。

 てのとどう違う?

 これだからしゅーきょの団体さんは。

 三億か。

 三億。そんな価値があると思えない。じゃあ逆に、

 三億の価値に相応しいものってなんだろう。ゆきっちゃん3万枚?

「さいならね」社長サンに断らなくたって。あるじゃないか。

 直接、

 現社長サマにアポを。取れるかどうかだけが問題だ。

 会ったことはない。見たこともない。似てるのか似てないのかすら知らない。

「待ってくださいよ。行き当たりばったりだと」朝頼アズマが付いてくる。

「どこのボンのせいでこないな行き当たりばったりな」いまホームに入ってきたばかりの電車に飛び乗って。

 本社ビルに来るのも初めてだった気が。来る必要がない。次期社長に寄生する出処不明の家出少年が、現社長サマの君臨する城にのこのこ顔を出す意味が見出せない。居候の許可をもらいに土下座しに行くくらいしか。用件が見当たらない。

 無駄にでかい。さすがは天下のKRE本社ビル。

 場所も一等地。規模も最上級。早くも挫けそうだ。

 入り口に構える屈強な警備員に納得してもらうだけの最重要な身分も有していない。出処の限りなく不明な学ラン少年が。のこのこやってきていい領域じゃなさそうで。

「行かないんですか?」朝頼アズマが目線を遣る。屈強な警備員とぎりぎり眼を合わせない速度で。

「おまが行かはったらええよ」そして、あの屈強に屈服させられればいい。

 そうゆうのが好みなんだろうが。

 踏んだり蹴ったり。

「行っていいんですか?」

「単体でな」

「活路を開けという意味で?」

「ぐちぐちゆうてんで。はよう行き」尻を蹴り飛ばした。

 案の定、

 至福の笑顔を浮かべたが。すぐに礼儀正しい来客を装って。いざ、

 屈強な男に挑む朝頼アズマ。

 ここからでは声が聞き取れない。背を向けているので口の動きも読み取れない。どんな遣り取りをしているのかは、結果で判断すればいい。

 そんな簡単にうまくいくとは思ってないが、うまくいけば儲けモノだし、うまくいかなければそのときは。

 金輪際縁を切れる。その失敗を理由に。むしろ失敗しろ。

 ケータイが震えた。非通知。で、かけてくる奴なんか。

 一人しか思い当たらない。

 しかも、ここから見える範囲にいる。

「でやった?」首尾は。

「上々です。僕の身分が役に立ったようです」朝頼アズマが手招きする。

 白竜胆会は、確かにKREの顧客だが。

 こんなつうのかあで面会が可能になるほどのお付き合いということか。

「ね?僕を連れてきてよかったでしょう?」

「連れてきた憶えはあらへんなあ」結果オーライ。か?

 こんな真昼間にヒマしてる社長なんかいるわけがなかった。社長は留守だとのことで。通されたただっ広い応接間にやってきたのは、

 自称・割かし偉い人。

 支部長とどっちが偉いのかと訊いたら笑われた。これは傑作とばかりに手を叩いて。

「いっちゃん偉い人に会いたいのやけど」そのふざけた笑いを止めるのが先決だ。

「おっもしろいね君たち。サネが気に入るのもわかる気がすんなあ」

 サネ。聞き覚えがあるようなないような。あった。

「ちゃっかり鞍替えされちゃってんじゃん。かわいそ」自称偉い人が身を乗り出す。くるくると表情の変わる。「ふーん、こーゆー子がタイプなわけね。なに?君から見てKREは将来性がないってわけかな」

 どこまで。

 見抜かれてるのか。

「いっちゃん偉い人に」わからない以上、拾うわけに行かない。

「伝言?」

「面会させてもらえへんやろか」

「面会したいってゆう用事にもよるね」誰なのか。は問題にならないのだろう。

 すでに。知られている。

 どこまで。

 害がない。とみなされたということか。

「最近おっきな贈りもんがあったのと」

「あったよ。あーそっか」自称割かし偉い人がぽんと手を叩いて。

 次期総裁候補に注目する。

「そーゆこと。ふーん、へー。返してほしいって?」

 なかなかに鋭い。やりやすい反面やりにくい。

 適当にスーツを着ているが、その適当が様になっている。もともとの素材がいいのもあるが、適当にする加減を熟知している。手の抜き方を知っている。さぞ女性社員の話題の的になることと想像に難くない。

 しかし、話題の的止まりだ。

 この手のタイプの、視界に入ることは。生易しいことじゃない。

 世界を斜めに見ている。厭きている。

 そうゆう人間を。

 もう一人知っている。

「しゃちょーサンのご血縁なん?」

「そだよ。かわいくない甥っ子」

「おい?」甥って。きょうだいの息子じゃなかったか。

 確か一人っ子のはずじゃ。

「社長の、姉の、自慢の一人息子ね。実質僕がKREを儲けさせてる」

 ああ、そうか。

 彼のいう社長は、現社長のことだ。

 当たり前。KRE社長といったら、ふつーその人を思い浮かべる。

 社長サンの母親。

「支部長の従兄ゆうわけね」

「そ。んで?君は。名前を聞いとこうか」

「会わせてもらえるんか、あかんのか。そんだけゆうたってよ」

 社長サンの従兄はふう、と息を吐いて。「名前も名乗れないような素性の怪しい人を我らが社長サマに会わせるなんてできると思う?」

 名前を明かせば。

 即行で素性調査に取り掛かられる。底の底まで浚おうとしている。

 生憎と、

 偽名しか持ってないのだが。「聞いてへんの?俺のこと」

「聞いてるよ。それはそれはもう。魂まで持ってかれてるね、あれは。そこまで入れ込んでる最重要マークの君を、最重要パーソンな社長サマにほいほい会わせるなんてこと。僕が許せると思う?割かし偉いんだよ、僕は」

 駄目だ。

「バトンタッチ」意外にも一言もしゃしゃり出なかった次期総裁候補に譲る。

 待ってました。とばかりに微笑んで。

 朝頼アズマは仰々しく頭を下げる。「どうも。ご挨拶が遅れました。ご存知の通り僕は、白竜胆会総裁の次男」

「君の名前は知ってるよ」途中で遮った。片手を前に突き出して。「素性も明らかだ。だからね、君たちの目的を教えてくんないとさあ、こっちも返事のしようもないってこと。わかる?」

 仕方ない。

「なんかの手違いで、俺がもろうはずやったもんが、そっちの社長サンのとこにあるゆうことを、ぐーぜんに」

「正直に言ってくれたほうが、僕も社長に取り次ぎやすい」

「小張エイスという彫刻家をご存知ですか。僕の祖父に当たるのですが」朝頼アズマが勝手に喋りだした。ここで止めても余計に印象が悪い。

 大丈夫か。任せるしかない。

「いんや、オワリ?なんだった?」脳内検索にかけようとしている。もしくはあとで検索しなおすための付箋。「君の祖父。てことは」

「母の父です。祖父はまったくの無名で」

「発表しなかったの?」

「作品を創ることそれ自体が、祖父が作品を創り続けていた目的でした。創った作品を認めてもらって有名になりたいだとか、売って大儲けしたいだとか、そんなことは微塵も考えていなかったんです。だから誰にも見せることがなかった。見せる意味がなかったんです」

 社長サンの従兄には、朝頼アズマが導いていこうとする話の道筋も、行き着く先の結末も完璧に見えているようだった。が、

 敢えて当事者の口から言わせようとしていた。当たり障りのない絶妙な相槌を挟みつつ。

「祖父は僕が生まれるよりも前に失踪しました。誰にも告げることなく、突然に姿を消したのです。アトリエに、自分がいままで創ったすべての作品を残して」

「置いてったんだ。ふーん、てことは作品の完成形に興味がなかった」

「詳しいことはわかりません。前置きはこのくらいにしまして」朝頼アズマが紅茶に手をつける。「すみません。喉が渇いたもので」

「いーよ。それは君に飲まれるためにそこにあるんだから。そちらの君もどうぞ?」

「あーお構いせんといてな」

「用心深いね。別に毒なんか入れてないよ。ほら、お連れに異変がないでしょ?」

「ひどいですね。客に毒見をさせるなんて」朝頼アズマが苦笑い。

「前置き長すぎるのと違うん?」自業自得だ。

「そだね。そろそろ結論を聞こうか。こう見えて僕もそんなに暇じゃない。割かし偉い人だしね」終着点なんか見えているくせに。

 相当性格が悪い。

 朝頼アズマが気づいてないはずないのだが。誠意をみせる意図があるのかもしれない。こんなものが誠意と呼べる代物なのかわからないが。

「あれは、祖父が白竜胆会のために創った大切なものです。返していただけませんか」

「うーんとね、なんか矛盾してない?」社長サンの従兄がわざとらしく首を捻る。「創ることが創る目的って聞いたような気がするんだけど」

「唯一の例外です。だからこそ希少価値がある。違いますか」朝頼アズマは何も考えずに話を展開していたわけではない。ここで、

 ひっくり返すために。

 あの長い前置きを披露したのだ。いちいち弁論大会に向いている。

「創ることが目的の彫刻家が、どうやって食べていけますか。パトロンというよりは信者に近かったかもしれません。いたんですよ、祖父の彫刻を、完成を心待ちに見守っていた人間が。白竜胆会の創始者です」

 この展開まで読めていたかどうか定かではないが。

 社長サンの従兄は、通信機器を取り出してなにやら操作する。「ちょいとごめんね。なにやら問題発生らしいんだけど」テーブルに置いた。「簡潔に要点だけ頼むよ。興味深い話ではあるんだけど、次に鳴ったら行かなきゃなんないからね」

 もしかしたらアラームをセットしたのかもしれない。

 どちらにせよ、割かし偉い人の耳を傾けさせることには成功した。


      2


「ホントのプレゼントはこっちだったりして」ボイスレコーダ。

 どこぞで、また勝手に相手の許可も取らずに。

 取りようもない。まさか相手は自分たちの会話がつぶさに録音されてるだなどと思いも寄らないのだから。ケータイにしか見えない機器。どこぞで。

 それが。それだけが問題なのだが。

「サネの考えてること当ててあげよっか」

「当たったらどうするんだ。聞かせないのか」見せびらかすだけ。

「いんや。聞かせてあげるよ。彼ね」来た。と、いうことを示すために床を指す。

「おびき寄せたんだろ」ツラが見たくて。

 KRE次期社長の俺の弱みを握るために。

「違うって。来たんだよ。社長サマにお目通り願いたいってさ」

「会わせたのか」社長に。何の用事で?

 何の用がある?

 挨拶?何を今更。黙認だ。

 違う。

「一人じゃなかったんじゃないのか」連れがいたはずだ。

 俺からツネを奪った。

 いや、奪うも何も俺の所有物じゃないんだが。所有権を主張するくらいさせてもらっても罰は当たらない。

 一体幾らつぎ込んだと。

「ちっさいのがいなかったか。お供に」

「なんかね、話がでかいことになってるようで、そうでもないようにも思えたりでさ。どうなわけ?社長サマにご相談しても?」

「それを俺に聞いた時点でわかってるだろ」いいわけがない。

 かけゆきが親切心を働かせて、まず俺の耳に入れた。というのは誤ってる。

 まず最初に、関係者の俺の耳に入れたほうが。

 俺が無様に足掻く醜態が間近で見れて面白い。

「今度は何だ」交換条件。

「言っていいの?別に今回、傍観者でよかったんだけどなあ」

「早くしろ」振りもポーズも要らない。時間が惜しい。

 かけゆきは、強いて言うなら。という二の次的な態度を演技して。「彼の名前」ケータイにしか見えないボイスレコーダを手渡す。「偽名じゃないよ。知ってる?んなら、だけどさ」

 不発弾を置き逃げして地上に出る。

 移動中に最後まで通して聞けた。長居はしなかったようだ。かけゆきが編集や改竄をしていなければ、という希望的観測の下でだが。

 会話の流れや間に不自然さはなかったが、かけゆきが不自然さを残すわけがない。残すとすればそれは、編集や改竄を行ないましたという目印代わりのわざと。

 ツネがKRE本社に出向いた経緯を掻い摘んで整理すると。

 白竜胆会次期総裁の祖父が創った彫刻が、どういうわけかうちの社長の元にある。

 それを贈ったのが他ならぬ浅樋うすほ。売れば三億は下らないという。

 ツネは、それを手に入れたいと目論んでいる。

 なぜ?三億という金額に目が眩んだ?

 いや、三億は付加価値だ。ツネは、

 他の何かとてつもなく大きな意志の下、

 どうしてもなんとしてでもあの彫刻を手に入れなければならない。そのために、

 その彫刻の制作者の孫である、白竜胆会次期総裁のコネが必要だった。

 だから、俺を見限って。

 本当に?

 見限りは、一時的なものだろうか。一時的な見限りってなんだ?

「最期のお別れは済んで?」車に乗り込むとすぐに声がした。

「最期でもないしお別れをする意味もありませんので」反論しようと思ったわけではない。口が勝手に、というやつで。

 浅樋うすほが微笑む。

 気が遠くなった。


      3


「本当のプレゼントがあるんじゃないの?」走って追いかけたら間に合った。

 甥は地下に戻る前に。とりわけあたしに呼ばれたあと、

 ここに寄る習慣がある。

 展望回廊。

 この一帯でKRE本社ビルよりも巨大な建物は存在しない。

 豆電球のようなささやかな夜景。真昼間の賑わいからすると控えめだが、昼間と夜間の人口の差が激しすぎるのだ。ここは、暮らすには向かない。

 カネを稼ぐために訪れる街。渋々でも嫌々でも。

 通わなければ、生きていけない。

 案の定。甥は、壁伝いのソファにもたれて、もう一方の壁を見ていた。

 ガラス張り。

 自分の顔しか映らない。

「お待ちしてましたよっと」勢いをつけて立ち上がる。

 手には。

 ケータイ。じゃなかった。ボイスレコーダ。

 早速中身を聞こうとしたら止められた。「なによ。いけないわけ?」

「聞いたらアレですよ。業務をほったらかしにして駆けつけたくなっちゃいますよ?」

 つる。

 と言いそうになって。

「誰と誰の会話?」白竜胆会?

 ではない。甥は不用意に地下を留守にしない。

 だとするなら、

 あの子?「置き逃げしてったときの?ちょっと。あるならさっさと」

「いやあ、優秀な人材だと思いますけどね」ボイスレコーダをあたしの耳に押し付ける。ボイスレコーダじゃない。

 ケータイだった。紛らわしい。「しゃちょーサンですやろか。えら遅うすんません」

「誰よ」甥に言ったつもりだったが。

 甥は、含み笑いをして。

 無言で去っていってしまう。

「ちょっと。なに?誰なの?」追いかけようとも思ったが。「誰?名乗りなさい」本人に聞けば済むことだ。

「しぶちょーサンとこでお世話んなっとるフジミヤゆいますが」

 さねあつがどこからか拾ってきた家出少年だ。

 名前は初めて聞いた。

「フジミヤ君。そう、はじめまして。挨拶してくれるのは嬉しいけど一般常識的に言ってあり得ない時間よ。掛けなおしなさい」

「失礼を承知で繋いでもろうたんです。しゃちょ、やのうて。しぶちょーサンがな、戻ってへんのですわ」

「来てないわよ。来るわけないでしょ」そうゆうことを言ってるんじゃない。

 わかってる。

 フジミヤ君が、こんな時間に。

 あたしに非常識な電話を寄越した理由。

 甥の姿を探したけど。巧妙に隠れてるらしく。

 あたしが、電話を切った瞬間に。

 さも当事者を気取って現れるに決まってる。その超絶なタイミングを計ってる。

 だったら。

「あなたどこまで知ってるの?関わってるの?」切らずにエレベータに乗る。「いまどこ?支部?」ボタンを押して上昇の命令を下す。

「ついさっき帰ってきたらお部屋真っ暗で。いてへんかったゆうわけで」

 お部屋真っ暗?「伊舞イマイは?いないの?」

「え、あ。イマイはんは寝るとこ別もんやさかいに」知らないはずはないのだが。そうゆう口調だった。

 知るわけない。伊舞がどこでどんなことしてるのかなんて。

「連絡取ったの?」まずはそっちだ。あたしには結果だけ報告してくれればいい。

 死んだのか。殺されたのか。

 到着。

「それなんやけど」

 部屋に入る。「取れないの?どうゆうこと?」椅子に体重を投げつける。

「せやからひじょーしきしょーちでしゃちょーサンとこ」語調が苛々と怒りで。「すんません。もう、時間あらへんや思うて。手遅れんなる前に」

 時間もなくたっていい。手遅れになったって。「そんなことで電話しないでちょうだい。部外者のあなたが」

「しゃちょーサン、白竜胆会と癒着してますやろ」

「癒着?」思わず笑う。「なに?癒着って。面白いこと言うのね」癒着。

 してたら、

 いいのに。

「白竜胆会の総裁となにやら如何わし関係にあるのと」

 癒着って。「そっちの意味?」笑いが止まらない。「発想が突飛すぎてわけがわからないわ。どうしてそうなるの?ねえ」

「匿名の垂れ込みがありましてな。しょーこもばっちりやゆうて」

 証拠って。「なに?写真?密会してたとか?」お腹が捩れそう。

「さすがにそこまで致命的なんは。メールです」

「メールくらいするわよ。知らないの?白竜胆会は」

「大事な顧客やゆうて。そらもうしぶちょーサンからきつーくゆわれとります。せやのうて、お仕事な内容のメールやったらええのやけど」

 ちょっと待って。「フジミヤ君。用件を聞くわ。さねあつが」いないのは。

 いなくなる理由はそもそもたった一つ。

 なんで?まだ一週間経ってない。待ちきれなくなった。

 うすほはああ見えて。気が短い。

「話がすり替わったような気がするのやけど。まあええですよ。まだるこしいの厭やさかいにずばっと片付けさせてもらいますわ。しゃちょーさんと白竜胆会総裁とのなんやら如何わし関係をバラされたなかったら」

「なかったら?なによ。脅し?」

「俺とデートせえへんですか。いまから」

「デートプランによるわね」白竜胆会総本山見学とか。

 絶対に厭。

「そらも任せたってください。元カレの仕事場兼住居なん、殴り込みやらなんやら」

「ひとりで行きなさい」元カレ?

 聞き捨てならないけど聞き捨てないと。

「未成年連れ回しなん、じょーしきぶち超えてあかんですやろ?せやけどもっとあかんのは未成年を夜の街にたった一人放り出すことと違います?」

「夜の街に一人放り出されるわけ?フジミヤ君は。あたしが止めないと」

「止まれへんさかいに。しゃちょーさんができるんは、未成年に付き添って如何わし連中と如何わしことせんようにぎらぎら見張ることだけですわ」

 付いて来いと。

 言っている。

 是が非でも。なにがなんでも。「どうしてそんなとこ行くわけ?明日じゃいけない?」明日になろうが行く気はないけど。

 真正面で断れなかったから。遠回しに。

「しぶちょーサンがふとーに拉致監禁されてはる恐れが」

「どうしてそんなことわかるわけ?」

「しぶちょーさんをふとーに拉致監禁しぃはった張本人から連絡がありましてな。じょーけん変わらはった瞬間どかん、やゆうて」

 ケータイを持つ手を変える。脚を組み直す。

 時刻を確認。

 特に意味もないけど。「嫌がらせの類でしょ?相手にするだけ無駄よ。伊舞は何をやってるの?」支部のことに干渉するなと言っておきながら。

「その肝心のイマイはんにも連絡が取れへんのですよ。せやから困りに困ってそちらのゆーしゅーな割かし偉い人に助けを求めたったてさっき」

 そういえば。まったく同じことを聞いたような。

 話が堂々巡りしている。

 取り合う気がないからだ。あたし側に。「メリットがあるの?社長のあたしまで巻き込んで」巻き込まれたのはさねあつのほうだ。

 中心にいるのは、あたしと。うすほ。

 あたしと、

 うすほの問題だ。

 さねあつは仕方がないとしても、関係のないフジミヤ君を巻き込んで。

 もしものことがあったら。

 あたしがさねあつに殺される。それほどの入れ込み様だと、甥に聞いている。

 あたしの出方次第でさねあつが助かるとも思えない。それに、やっぱり。

 さねあつを助けても。

 あたしが。

 救われない。

「とにかくこんな遅くに出歩くのはやめて。一般常識的に」

「見殺しにする気なん?」

「イタズラよ。そんなもの、いちいち関わってたら」身が持たない。

「せやったらこれ、見てもおんなじこと言えますか?」

 メールが来た。パソコンのほう。

 添付。

 写真。解像度が最悪だけど。

 茶褐色の部屋。仰向けに倒れてるさねあつらしき傍に。

 もうひとり。

 それが誰か。見なくたってわかる。どうして?

 うすほ。

 殺すのは三人だって。「なによこれ。どうしてこれを」この無駄な背の高さは。

「真っ先に見せんかったんは、ほんますんまへんけど、しゃちょーサンのしぶちょーサンに対する生命の重要度ゆうか、優先順位を見たかったさかいに。ちーともだいじやあらへんのね」

 つるだ。つるしかいない。

 壁にもたれているが、動けない。逃げられない。

 馬鹿で優しいつるならこう言うだろう。意識が戻ったさねあつに。

 逃げなさい。

 私のことはいいから。

「もっかい聞きたいのやけど。俺とデート」

「2分で行くわ」

 駐車場までの最短経路に。フジミヤ君との電話を堂々と盗み聞きしていた甥が待ち伏せているかと思ったけど。いなかった。

 いないだろう。

 この忙しいときに、あたしを妨害しようだなんて。

 命を捨てるに等しい。

 あとでねちねち質問されるのが癪だけど。押し付ければいい。

 あたしの息子なら、

 そのくらいのことしたって。罰当たらないんじゃない?

 次期社長でしょ。

 さて、問題は。

 運転なんて十何年ぶりかってことなんだけど。


      4茶


「ここでじっとしていればいいのかい?」

 内壁と心中させようとしてるのにこの反応。鈍すぎる。

 さねあつさんはまだお休み中だけれど。

 あと数分で目覚める。予定。予言。

 あなたの、

 心臓は。「止まりますの?」

「止まるさ。止まらせよう」

「あなたに言ってませんのよ」

「それはすまない」ちっともすまなそうに見えない。

 一週間という猶予が。徒らに死期を延ばしてしまうことに気づき、

 断腸の思いでこの装置を仕掛けた。

 心苦しいです。

 もとえさんを泣かせてしまうかもしれないから。

 いいえ、もとえさんは。

 このような絶望的な状況でも自分を見失わずなにが大事か優先順位を決して誤らない。痺れるような英断を下してくれるはず。

 父の遺した気持ちの悪い部屋が初めて役に立つ。

 役に立った瞬間、茶色を通り越した炭になってしまうのが皮肉だけれど。

「私だけではないのだね」爪先のあたりに転がっているさねあつさんを見遣って。

「お父様もまったく同じことをしましたわ。話していなかったかしら」正確には、

 臓器に取り憑かれた彫刻家、小張エイス。と、

 その彫刻に魅せられて白竜胆会を創ってしまった開祖。が、行なった実験。

 むしろここから白竜胆会は始まった。この実験を行なった事実そのものが、白竜胆会のアルファでありオメガ。

 人体の内部に見立てた細長い部屋。

 3メートル×15メートル×3メートルに、二人が入り。

 出入り口はたった一つ。ロックを解除し外に出るためには、どちらかが内壁内に留まる必要がある。

 助かるのは、

 たった一人。

 そのたった一人が外に出て、扉を閉めると。

 残ったもう片方が丸焦げになる。

 たった一人が助かろうとすると、必ずもう一人を犠牲にしなければならない。

 内壁内重量が、百キログラムを切ると。自動でドアがロックされこれまた丸焦げ。

 小張オワリエイスの代表作。

 臓器シリーズ~コノ内側ヨリ~内壁

 父の作品はもとよりそれほど一般大衆向きとは言えないけれど、これなどあまりにも一般大衆が常日頃慣れ親しんでいるものから著しく逸脱している作品なので、わたくしの独断で封印していた。操作を誤れば死人が出てしまう。

 扉から最も遠い壁際に、りつるがが腰を落としている。「なるほど。ここが最期の地というわけかな」

「どちらが死んだと思っていまして?」

「こののちに白竜胆会が開かれたとするのなら」開祖だが。「オワリ先生は現在も行方不明だったね。いや、やめておこう。白竜胆会総裁という立場上」

「あなたの意見を聞きますわ」白竜胆会総裁でなくて。

 浅樋りつるがとしての。

 部分が少しでも残っていたらいいのですけれど。

「どちらだね」考えもしない。

「あなたが白竜胆会の総裁であることが、なによりの反証ですわ」思考が死んでいる。

 唯々諾々と受け入れることしかできない。

 超常現象であろうと、一般大衆が理解不能な逸脱であろうと。

 認めることができる。仕組みがわからずとも了承できる。

 茶色の膜。

 そうでなければ、白竜胆会の総裁など務まらない。

「行きますわ」もとえさんはあなたを助けるためならなんだってする。

 さねあつさんの命などその程度。

「さようなら」

「感謝するよ。道を示してくれて」嫌味ではない。本気で言っている。

 こんな男のどこがいいのか。

 もとえさんの趣味をどうこう言うつもりもありませんけれど。もとえさんが、

 好きだというのならば。

 愛していると。言うのならば、わたくしは。

 殺すことができません。

 その程度の命。代替可能な。

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