第2話 きーきルきール≪かなめは脳殺の竜骨≫

      1


 幹部用のエレベータに直行する。秘書を振り切って。

 例のごとく甥が待ち構えていた。絶妙なタイミングでドアが閉まる。エレベータをはじめ、本社の設備はごっそり甥のおもちゃと化している。

 その是非についてはここでは論じないとして。

「キリンになってますよ。お客人」甥がボタン操作する。

「せめて音声切りなさい」社長室の監視カメラの。

「録音は可ってことすよね?」

「あんたが聞かないんならね。わかった?聞いたら殺す」

 最上階。

 基本的にあたししか入れない。あたしの許可さえあれば、誰でも。

 許可した覚え。ないんだけど。

「うすほ」

 どうやって入ったのだ。

 幹部用エレベータでしかここには。幹部用エレベータは文字通り幹部しか乗れない。そうゆうプログラムを。

 一時的に解除した奴がいる。一人しかいない。

 カメラを睨みつけてやった。思いっきり。思いつく限りの呪いを込めて。

 今日はなんの賄賂?

「かけゆきさんは悪くありませんわ。わたくしが我が儘を言って」うすほは、すました顔でソファに。ちょこんと。

 お人形みたいだった。

 あたしは買ってもらえなかった。欲しくなかったから。

 姉は持っていただろうか。持っていなかったから欲しくなかったかもしれない。持ってたら余計欲しくなかったかもしれない。

 柔らかくてふわふわの長い髪。ここに来る途中でイチョウの落ち葉の上を転がってきた、みたいな色のスリーピース。キリン、はこの色のこと?

 すまし顔のうすほはいいとして。それはいつものことだ。

 いつもと違う。

 うすほは手ぶらで来る。バッグも財布も持ってない。いつも身一つで。

 それこそどうやって移動しているのかわからない。

 飛んでくる?空を?

「重かったの。とても重くて。一緒にエレベータに乗れませんでしたのよ」

「そんなに太ったわけ?」

 うすほが微笑む。結構本気の冗談だったのだが。

 うすほが座ったのと、ほぼ同じ高さ。

 ソファの傍らに。

「なによそれ」

 赤にも黄にも緑にも茶にも黒にも紫にも見える。

 この世に存在する色をすべて混ぜ合わせた成れの果て、みたいな色彩の。

「もとえさんにあげようと思って。もらってくださらない?」

「だから、それなに?」形容しがたい。

 渾身の力を込めてぐっちゃぐちゃに潰した肉の塊みたいなものを、

 これまた渾身の力で引き伸ばして、そのまま時間を止めた。みたいなグロテスクな。

「なに?彫刻?いいシュミしてるわね」

「売れば三億は下らないらしいの。熔かして三億円玉にしましょうよ」

「よくわかんないんだけど」あたしの部屋であたしが突っ立ってるのも妙なので座る。

 うすほの前も隣も厭だった。

 そのグロテスクな彫刻から少しでも離れたかった。

「用件は?忙しいの知ってるでしょ?邪魔しに来たんなら」

「プレゼントですわ。受け取っていただける?」

「そんなまどろっこしいことしないで三億持ってきなさいよ。そしたら喜んで受け取ってあげるわ」メールボックスを開く。差出人だけ高速でチェック。

 ないか。来るわけない。

 何を期待してるんだろ。

 あり得ないのに。戻らないし。戻れない。

「わたくしにはできませんわ」

「だったらあたしにもできないと思わない?」

 うすほが、それに触れる。

 ちょっとどこかだいぶヒいた。触ったところから腐り落ちそうだった。

「ただの彫刻ですわ。この特異な作風のお蔭で生前まったく売れなかった哀れな彫刻家の遺作ですの」

「へえ、そう」もうどうでもよかった。早く帰ってくれるのを待とう。

 いつものように。

 行くだろうか。

 エレベータにも乗らないほどの重量の。それをまた持って帰ってもらわないと。

「ねえ、どうやって持ってきたわけ? 一緒に乗れなかったんでしょ? あんたが降りたってことじゃない」彫刻に足はない。「あんたが社員用使って」エレベータに載せる前と載せたあと。それが問題だ。「馬鹿力があるとは思えないけど」かけゆきに。

 いくら賄賂をもらったからといって。荷物持ちまでするようなお人好しじゃない。おべっかも使わない。もらった賄賂に見合った分を即行で返す。借りを作った状況を一秒でも早く解消したいのだ。

 見返りに、ここに連れてきたじゃないか。あたしの部屋に。あたししか入れないことになってるはずの部屋に。

「わたくしのほかにもう一人、いると思ってるのね?」

 誰だ。

 まさか。

 まさか?

「帰ってちょうだい」

 連れてきたのだ。あたしを。

 喜ばせるために。

「あんただったわけね。おかしいと思った。あんな」奇遇?偶然?

 必然のわけがない。

 うすほは。そうゆう子だった。

「さっさと帰りなさい。疲れてるの」予想もしないことが起こって。

 馬鹿みたいに浮かれてたことが。

「喜んでいただけない?」

「何が欲しいか聞いてからにしてよね」

「何が欲しいの?」

 決まってる。でもそれは、自分で捨てた。

 捨てさせられた。

 あの男と。離婚したあれに。

「わたくしが取り戻しますわ。すべて。もとえさんが失ったものを」

 だから。

 あんなこと。

「ねえ、本当?本当なわけ」

 浅樋ゆふすだは。

「殺しましたわ。わたくしが」

 浅樋まさむらは。

「明日、殺してきますわね。待っていて?」

「さねあつは」息子は。

「殺しますわよもちろん。生まれる前に死ぬはずだったのですもの。それをもとえさんが優しいから、いまのいままで生きられただけですわ。もう限界ですのわたくし」

 もとえさんが、

「不幸なのは」

「でも」殺さなくても。殺す?

「安心して?もとえさんに迷惑はかかりませんわ」わたくしが。「やっただけのこと」

 甥は聞いているだろうか。見ているだろうか。

 聞くな。と言ってあるから。観ているだけかもしれない。

 お願い。

 見てるんなら。「誰かに言った?」

「言う必要があって? もとえさんだけが知っていればよろしいの」

 殺したかもしれない。

 うすほなら。あたしのために。

 全人類を皆殺しにするだろう。それをたった三人に絞った。

 一人はすでに死んだ。

 次の一人は明日死ぬ。

 最後の一人は。「殺すの?さねあつは」

「優しいのね?あんな遺伝子に」うすほだって優しい。そんなに優しく微笑むのに。

 なんで。

 そんな。

 殺すとか。殺しただとか。「あたしの子だよ?」

「もとえさんの息子ですわよ」

 そんな。

 ふつーに。「あたしの子なのに」

「あの家はわたくしが途絶えさせますわ。だからもとえさん、これを」

 受け取って。

 厭。「要らない」

「売れば三億に」

「そうじゃないでしょ?何言ってんのよ。三億?」そんなもんどうだっていい。

 カネも。名誉も。地位も。

 どうだっていい。あたしがすべてを取り戻したとしても。

 あんたが。

 うすほが、「いなくなったら意味ないじゃない。そうでしょ?なに馬鹿なこと考えてんのよ」その三億で。

 あんたを釈放させる。

「ありがとう。もとえさんのその言葉だけで、わたくしは」

 あと二人。

「殺せる決心がつきましたわ」

 そうじゃないでしょ?「だから、違うって言ってんじゃ」

 うすほは微笑む。

 グロテスクな彫刻に頬を寄せて。「どうやって殺してやろうかしら。ねえ?もとえさん? もとえさんにあんなことしたんですもの。ただで殺したりなんか。いっぱい。いーっぱい苦しめて。苦しめて苦しめてそれで」殺すの。

 止める理由がない。


      2


 止まる価値がない。

「らしいんです、僕らの心臓は」朝頼トモヨリアズマが笑顔で言う。「母の抹殺リストに名を連ねてるあなたはどうか知りませんけどね」

 いますごく。

 聞き捨てならない。内容が。さらっと通り過ぎたような。

 ツネはきつねうどんをすするのに夢中で聞いてるんだか聞いてないんだか。なんだそのがっついた食べっぷりは。俺が大したもの食わせてないみたいじゃないか。

「ダシがいいでしょう?絶対こちらのほうが好みだと思って」朝頼アズマが誇らしげに。してるのがなんともかんとも。こっち見るな。「どうぞ?遠慮なさらずに?」

「要するに俺は殺されるんだな?」

「はい」全肯定するな。全否定しろよそこは。「ですが、あらかじめ殺されることを知っているのといないのとでは、生存の確率に雲泥の差が」

「殺されるんだろ?どっちにしろ」

「ええ」だから全肯定するなって。

 ツネもなんか言え。ずるずるずるずるやってないで。「おまが殺されたら、ほいさいならやね」聞いてるんじゃないか。

 さいなら。は、二重の意味だ。

 この世から。手元から。

「というわけで、ヨシツネさん」おい、いつの間に名乗った?「巻き添え食らって死んじゃうかもしれない前に、僕のところに鞍替えしませんか?幸い僕は抹殺リストに入ってませんし、絶対安全ですよ」

「せやなあ」なんだその、満更でもない。まさか。

 まさかだよな?

 おい、ちょっと。

 ツネは箸を置く。丼は汁の一滴も残ってなかった。「厄介になろかな」

「おい」

「死ぬのは厭やね。巻き添えもご免やさかいに」

「お前それ、本気で」

「ゆうたやん?おまなんぞ、飛び石に過ぎひんて。わーった?」社長サン。

 どうやら困ったことに、本当の本当に。

 見殺し決定らしい。

 ツネが俺を見限るのは百歩譲って仕方がないとしよう。でも、だが、

 ぽっと出の出処が限りなく不明瞭の嘘くさいの権化な団体の後継者だかなんだかに。

 奪られなくてもいい。こんなにもあっさりと。

 3年弱が覆されなくたって。

 あまりに拍子抜けすぎて反論のはの字も浮かんでこないのがまた。

「それでは。用件も済みましたし」朝頼アズマが椅子を引く。「奢りますよ。ああでも、手を付けられていませんね。残念です」お礼のつもりだったのに。

 なんのだ?なんの。

「ひとつ、訊いときたいんだが」

 ツネが朝頼アズマに釣られて立ったかどうかすら確認できない。

 麺が伸びてくのを見つめる。

「依頼ってのは」

 朝頼アズマは、ここで微笑んだだろう。

 見たくもなかったし。見るつもりもなかった。

 容易に想像がついた。

「嘘に決まってるじゃないですか。あなたが彼を連れてのこのこ現れてるくれるための餌ですよ。まんまと引っかかってくれて」ご馳走様でした。

 お前だって。

 ちょっとも手を付けてないだろ。箸すら取ってない。

「待て」隣に座っていた気配が消えている。

「ひとつ、助言のほどを」

 隣にはいない。もういない。顔を上げなきゃ見えない。

「殺されたくなかったら」眼を「瞑って」耳を「塞ぐことです」なにも「感じずに」

 それはつまり端的に。

 死ね、と。

 言ってないか。

「つ」ね、を言い損ねた。

 言うべき姿がそこになかった。ないのだ。あるはずが。

 伊舞イマイの顔がのぞいて。「大丈夫ですか?」

 夢か。

 それにしたって、ひどい。いろいろとひどい。

 髪を掻き上げる。「切るべきか」

「それは支部長がお決めになることです」

「だろうな。悪い」夢を見た。

 首のあたりにねっとりとした汗が纏わり付いて。口が乾燥で貼りついている。べりべりと剥がすために。とっておきのアレが。

 思考が途絶える。考えに考えて思いついた端から断崖絶壁に真っ逆さま。

「うなされていたようですが」

 夢じゃない。

 わかってる。

 そのくらいは。「察しろ。今日は休む」

 本社じゃないから。社長の眼が届かないから。支部長の俺が特に気にしないから。伊舞は普段着のまま。フォーマルのふの字も掠らない。

 支部に配属、もとい俺に付き添って本社を飛び出した経緯があるので、本社勤務だった頃は違ったのかもしれない。スーツやらネクタイやら。想像もつかない。

「わかりました。ゆっくりご休養を」伊舞は気を遣って退室する。階段を下りていく音がした。耳に障らないよう配慮して。

 何時なのか聞きそびれた。

 ふと眼を遣ったら。見覚えのあるようなないような買い物袋が。

 三袋。

 こんなに。「誰が」食べるんだ。

 置いてった。

 本当に。見限られたのだろうか。

 内線が鳴る。「ご休養のところすみません」伊舞だった。伊舞以外にいないのだ。そもそもツネは万年着信拒否で。内線でも外線でもつながれない。

 この上に住んでいた。俺の住居。

 この下から掛けている。俺の支部。

 さっきのいまじゃないか。「どうした?」休養が認められないだとか。耳聡い従兄が何か感づいてからかいの電話でも寄越したか。「急ぎか」

「マサが」

 跳ね起きた。ことを後悔する。

 なにもこのタイミングで。「電話なら」つなぐな。

「いえ」電話でない。なら、直接。

「用は?」言伝なくていい。

「急用だそうです。かなり切羽詰った様子で」

 なにしに?

 離婚して行方知れずだった父親がいまさら。

 俺にどんな用事がある?

「帰らせろ」

「サネ?」浅樋まさむらの声だった。

 父親じゃない。

 俺は父親だと思ったことは一度だって。

「用はない」切ろうとしたとき。

 ドアがノックされた。

 いるのだろう。すぐそこに。

「一瞬でいいんだ。顔を見せてくれないかな」

「写真がある。イマイに」言えば。むしろ伊舞に言ってほしかった。

「いまの顔が見たい。一番新しいサネの顔が」

 会いたくない。

 いまこの顔を見られたくない。

 なんだってこんなときに。

「社長の許可は?」母親の。

「要らないよ。息子の顔見るだけなんだから」

「息子じゃない」

 父親でもない。

「息子だと思ったことは」

「息子じゃないよ」電話が切れて。

 ノック。

 静かな。無理矢理踏み込もうとはしてない。

 ノック。

「開いてる」息子じゃない?

 記憶の中のまさむらと照合するのにだいぶ時間がかかった。

 まさむらの記憶を引っ張り出すのにも時間が要った。仕舞ってあるわけじゃない。必要がないから。必要のない記憶を入れておく場所に埋もれていたのだ。無造作に。

 やっとの思いでそれを探り当てて、見比べてみても。

 違う。誰なのだ。この、痩せこけてやつれたみすぼらしい。

 男は。

 俺に会うために一応それなりの格好をしてきてはいるが。それなりに見えない。スーツもシャツもネクタイも別次元にいるみたいに。まさむらのほうが別次元にいるのかもしれない。

 乱れた髪。除草剤を撒きそびれて面倒になって結局放置した庭のような。ヒゲこそ伸びてないが、肌は廃墟のごとく荒れている。眼に生気がない。意志も感情も。使い古した雑巾みたいな口が、何かを捉えて笑おうとする。

 俺だった。俺しかいない。その方向には。俺以外が見えて。それに対して笑おうとしてるように見えなくもなかった。

 居心地が悪くなって。視界から外れる。

 まさむらの眼球がぎょろりと。

 安心して背中を預けられる間柄でもないので横を。「いいだろ?帰れ」ご所望の顔を見たことだし。

「僕は今日殺される」

 殺される?今日?

「死ぬんなら」死んでくれ。「わざわざ俺に」

 言って。どうして欲しいのだ。

 止めてほしいのか?

 止める?

 誰が。誰を。

「今日殺されるから最期に俺の顔を拝みに」来たとでも。

「元気ないの?」

「お前に心配されることじゃない」落ち着かない。落ち着きたくない。

 こんな男の前で。息子じゃない?

 上等だよ。

 同感だ。

「お前とは何の関わりもない。帰ってくれ」

「父親だとは思ってくれないよね?こんな僕じゃ。社長も愛せない。サネも愛せない。僕自身愛せてない。そんな僕じゃ」まさむらは泣こうとしてた。

 でもうまく涙が零れないようだった。自分で自分を追い詰めてダムを決壊させたところで。そのダムがすでに。涸れ果てている。一滴の水も塞き止めていない。ダムはもう何も。

 意味のないダム。存在意義のない。

「何か言ってくれないかな。手向けの言葉と思って」

「二度と顔を見せるな」

「ありがとう」まさむらは笑おうとした。

 ドアが開いて閉まって。足音が聞こえなくなるまで絨毯の染みを数えてた。

 買い替えよう。

 それがいい。何でもカネで買える。買えないものは。

 カネが足りないだけだ。

 伊舞が何か言ってくると思ってコードレスを睨んでた。鳴る。

「なんで入れた」

「社長のご友人がいらしてます」

「誰だ」と反射的に訊いたが。ひとりしか。

 社長の友人。

 まさむらの父親の再婚相手。つまりは、俺の。

 なんだ?

 何の関わりもない。まさむら以上に他人だ。用があるのは。「俺じゃないだろ」彼女の用があるのは。「ここじゃなくて」本社に。

「支部長にご用だそうです。社長の息子に」

 時刻を確認する手っ取り早い方法は人に尋ねることじゃない。

 自分で時計を見ることだ。

「わかった。下りる」開店まで少し余裕がある。

 開店時刻まで店の前で待機して開店と同時になだれ込むような店でもないし。飛び込みを受け付けてないわけではないが、基本はアポを取ってもらうことにしている。

 そんなもの取らずとも依頼は受理するし、メールのほうが来店の面倒がない分、リプライも解決も断然早い。顔と顔を合わせなくても仕事は成り立つのだ。

 ここに来るような物好きは、

 ①KRE支部長の俺の顔を見たいか、

 ②KRE社長の息子の俺の顔を見たいか、

 ③KREの次期社長の俺の顔を見たいか。そのいずれか。

 浅樋アサヒうすほの目的は、

 ②ということになる。

「こんな朝早くにごめんなさいね。さねあつさん」喪服だった。これから葬式に行くにしてはやけに晴れやかな。葬式というよりおめでたい門出のような趣の。「どうしても言っておきたいことがあって」

「ここではなんですから。どうぞ」応接室に。そこなら個室になっている。「コーヒーでよろしいですか」

「まさむらが来たのでしょう?下らない遺言を言いに」

 うっかり伊舞の顔を見てしまう。

 伊舞は俺を見ずに浅樋うすほを見ていた。視線が一周する。

「なんて?」

「遺言ですか」下らない遺言。

「ええ。なんて言ってたの?」

「それがご用件でしょうか」

「なんて?」

 言ってたろうか。思い出すほどの価値はないが。「顔が見たいだのなんだのと」

「見せたの?」

「はあ。まあ、最期だとか言ってましたし」早いこと追い払いたかったのが本音だ。

「そう。最期までつまらない男だったのね」浅樋うすほはカウンタに両手を重ねる。

 爪が真っ黄色に塗られて。喪服との相性が最悪だった。踏み切りか。

「今日死ぬわ」今日は晴れだとか雨だとか。天気を言うみたいに他人事だった。

「死ぬんですか?」どうでもよかったが適当な相槌をしなければ場が。

 今日死ぬ?

「どうして」

「今日死ぬの。それだけのこと。さねあつさんが気にすることではないわ」

 どうして。は、そうゆう意味じゃなくて。「どうしてそれを」

 浅樋うすほが知っているのか。

 天気予報じゃないんだから。天気予報なのか?死ぬとか死なないとか。

 予言。

「わたくしが殺します」

「はあ」予言じゃない。予報とも違う。

「本日中に必ず」

 おかしいのは俺か?

 伊舞は何も言わないし。何か言いたいなら言っていい。遠慮しないで。いつも言いたいことずばずば言ってるだろ。猫被るな。いつもみたいにずばっと。

 言わないんじゃない。

 言えない。何も。表情に僅かながら歪みが。

「まさむらが死んだら次は」浅樋うすほが微笑みかける。方向には生憎と俺しか。「あなたの心臓は止まります」

 一週間だけ。

 七日後にまた。そう言い残して浅樋うすほは。

 葬式だ。

 浅樋まさむらの葬式に出掛けていった。喪主として。死因として。

 止める?なんで俺が。

 でも止めないと。次は俺だとか。止めたら俺は死ななくて済むだろうか。

 予言。予知。

 とんだインチキ予言者だ。さもこれから起こるような口振りで。

 自分で起こしにいく。予言を予知にするために。

 駄目だろそれは。反則だ。やらせにもほどが。

「浅樋ゆふすだ、てわかりますか」伊舞が俺を見ずに言う。さっきまで浅樋うすほがいたあたりを釘付けながら。「先日亡くなったそうです。マサが言ってたんですが」彼女は。

 浅樋うすほは、

 あの家を絶やす気です。


      2黄


 浅樋家の葬式をするにはまだまだ主賓が足りません。

 夫。

 浅樋ゆふすだ。こないだ死亡。

 長男。

 浅樋まさむら。いますぐ死亡。

 孫。

 岐蘇さねあつ。これから死亡。

 次男は、

 もとえさんが悲しむから生かしておきましょう。

 彼はとっくに浅樋を脱していますし。浅樋も名乗っていませんし。

 父に見捨てられ、兄に裏切られ。

 名字も名前も記憶ごと。

 忘れてしまいました。消してしまいました。

 死んだのです。

 浅樋の中で誰よりも真っ先に。

 次男。

 浅樋りつるが。すでに死亡。

 あとひとり。

 妻。

 浅樋うすほ。わたくし志望。

 社員用のエレベータに直行します。亡霊を振り切って。

 重い想い心臓を引きずって。

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