その40 蝿女

「な、なんだよ今の音!?」

「今日工事なんてなかったわよね?」

「おいうるせーぞ! こんな真っ昼間から何やってんだ!」


 騒音に気が付いた村人たちの声が聞こえる。


「これは……まずいわね」

 

 緊迫した表情でそう呟いたラスマさんに同意して頷く。

 投擲物を受け流したときに実感した、こいつの強さは精霊か……もしくは使徒。

 そんなモンスターがここで暴れたら……大惨事になる。

 

「おい君!」

「えぇ? なに貴方?」

「井戸の蓋を外しているのを見ていたんだ!」

「はぁ……もう――」

「一体何を——」


 なっ……あれは村長さん!?

 マズい……!


「駄目だ村長っ! 逃げてっ!」

「?」

「――邪魔」


ガキィィィィインッ!!


ガチガチッガチッ


 間一髪だった……もう少し遅ければ村長の体は真っ二つになっていたところだ。

 怪我させることなく近づくことはできたけど、だけどまだ油断はできない。


「へぇ……アナタなかなかやります――」

「ラスマさんッ!」

「ていやぁぁぁぁあああ!!」


ガシッ


「なっ――」


 完全に死角だったハズだ。

 私が敵とにらみ合っている間にラスマさんは後ろに回りこみ、木に駆け上って握っていた鎌で奇襲を仕掛けたが……まるで最初から知っていたかのように一瞬でラスマさんの足を掴んだのか!?


「後ろから攻撃なんて感心しちゃいますねぇ……けどぉ、私には聞きませんよぉぉぉぉ!!」

「――けど」


ザシュッ


「その『腕』は私が奪う」

「!?」


 ラスマさんが地面に叩きつけられそうになった一瞬の隙を狙って腕を一本切り落とし、そのまま村長を抱きかかえて後ろに大きく下がる。

 危なかった……それにしてもあの反応速度は並の生物にはできない。

 こいつは一体何者なんだ?


「ううっ……ぱ、パトリックさん大丈夫!?」

「大丈夫だ。村長は大丈夫——」


 ……どうやら気絶しているみたいだな。


「へぇぇえ……私の腕を持っていくなんてさっすがですねぇ」


 片腕を失ったというのに満面の笑みでそう叫ぶ蝿女に狂気すら感じる。

 だが相手のペースに流されてはいけない、命の駆け引きの時こそ冷静にしなければ。

 この状況ならば少し……いや、勝てる。

 自分を信じるんだ。


「その身のこなし……お前は何者だ?」

「うっふっふっふぅ……知りたいですかぁ? 知りたいですよねェ……けどぉ、相手に名前を聞くのなら先に自分から名乗るのがフツーじゃないですか!?」


 ニタニタと笑いながら、自身から垂れている真っ赤な血を空中へとばら巻いて飛び回る蝿のような女。

 それだけの行動で嫌な予感がする。


「……私はパトリック・トナー、騎士だ」

「パトリック……ふーん、あーんな凄腕ならちょーっとくらい聞いたことありそうですが~……。まあいいや! 私は【新人類の子供達No.10】の蝿女ぁ! よろしくおねがいしますね❤」


 「新人類の子供達」……何かの組織の名称か?

 いや、それよりも優先すべき問いがある。


「……何故ここに来た? 目的を言え」

「ちょっと~人に聞くときに刃物向けるとか何様ですかぁ~? ……まぁいいでしょう! 育ったペットを迎えにきたんですよー!」

「迎えにきた……だと?」

「ええ! けどぉ、全然育ってないんですよねぇ」


 ——まさか。


「こんなに一杯エサがあるのにねぇ」

「——ッ!! お前ッ——」

「なにやってんだあれ?」


 この声は……もしかして村人たちの声か!?

 この状況はマズい……守らなければならない対象が多ければ多いほど私が不利に——


ズニュッゥゥゥ


「……ッ!」

「!?」


 切り落とされたはずの腕が生えただだと!?

 再生能力まで持ち合わせているのか……。


「さぁ~て、ここからが本番ですよぉパトリックさぁん!!」

「ラスマさん、貴女は村長と後ろに下がってくれ」

「だ、大丈夫よ。私もまだ戦え——」

「駄目だ」


 ラスマさんの戦闘能力は、平均的な人間と比べたら十分すぎるくらいに強い。

 事実、一瞬目を合わせただけで何をすべきか互いに理解することができた。

 そしてそれがあったからこそ私がオトリとなり、その隙に背中に向けて攻撃を仕掛けたことができた。

 この人は戦い慣れている。


 けれど、こいつはここで私だけで殺す。


 ラスマさんには家族がいる。

 死んでしまえば、スワニとシロナはきっと泣く。

 

 私には、もし私が死んだとしても泣いてくれる人なんていないから……だからこそ……私だけで。

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