その38 遠足
「じゅんびできた!」
「できた!」
「レフラン、バスケットはちゃんと持ってるか?」
「はい。ここにしっかりと」
家の前で背中から荷物を垂らしてピョンピョン跳ねるスワニとシロナ。
外で遊ぶのが楽しいって思えるのは元気な証拠だな。
まー確かに今日は天気が良く、雲一つない青一面の空だからそういうのも関係しているんだろう。
今から俺、レフラン、スワニ、シロナらと一緒に黄色い花畑に行くことになっていた。
母親が元気だったころには週に1回は遊びに行っていたが、病を患った後はなかなか行けなかったらしい。
「すみません、昨日ずっと働いてばかりだったのに……スワニ、シロナ、ちゃんとサハタダさんとレフランちゃんの言うことを聞きなさいよ」
そう言いながらこちらに近づいてきたのはこの双子の母親……もといラスマだ。
「気にしないでくれよ、たまりにたまった洗濯物とか掃除とかしないといけないんだろ? それに俺も散歩がしたかったからさ」
「サハタダさん……本当にありがとうございます」
「こちらの頂いたバスケットの中身は何ですか?」
「お昼になるまでのお楽しみです。皆さんで食べてくださいね」
ラスマはそう言いながら微笑んだ。
……なんつーか、ラスマって上品さの中に女々しさを感じるというか、女性特有の色気があるな。
そして獣人の笑顔ってなんか可愛い。
……これがケモナーってやつか。
「パトリックはここに残るんだよな?」
「ああ。私はここでラスマさんの手伝いをする」
ガチャガチャと音を立てながら家の中から出てくるパトリック。
だが昨日の姿とは少し違い、鎧の上からエプロンのようなものを身に着けていた。
……なんで「鎧脱がないんだよ」ってめっちゃツッコみたい。
「貴方も行ってこればいいのに。とても綺麗ですよ」
「いや、それは……そんなことよりも貴女の体が心配だ」
「ふふっ、パトリックさんありがとう」
「あっああありがとうだなんてそんなっ!!」
なんであいつあんな緊張気味に話してんだ。
……ん? あの別方向から近づいてきてる人影は村長……いや違う。
「あなた達、そこで何をやっているんですか?」
聞いたことがない声だが……いや俺が忘れてるだけか?
と声がした方向へ向くと、そこには数人の獣人を引き連れたローブを被った男がいた。
それにしてもこの先頭の男の服装……他の貧乏そうな服を着た獣人と比べて少し豪華な気がするな。
右手に分厚い本を持ってるし、首から変わったネックレスをぶらさげているし……ん? ラスマさんめっちゃ嫌そうな顔してる?
「私を治療してくださった先生とお喋りしてたんです。何か問題でも?」
「人間と話していると心に存在する『ドーマ』が穢れますよ。それにアノプトリス神に願わず不気味な術で治療した貴方は死後、地獄に落ちてしまうでしょう」
クスクスクス
後ろの取り巻き数人はラスマをジロジロと見ながらわざとらしく口を隠して笑った。
なんかこいつら嫌な奴だな……。
「ラスマさんだけではない、貴方が愛する子供達もですよ? それでもなおその人間と『おしゃべり』などという屈辱的な行動をするのであれば、神が自らの手によって貴方に天罰を下すで——」
「やれるものならやってください」
ラスマは睨みつけながら男へと近づいていく。
「ほう……神の言葉を綴る私に歯向かうというのですか?」
「歯向かうわけじゃないですよ。ただ私の目の前に一瞬でも映ってほしくないだけです」
……なんだこの空気。
ピクニックに行く前にやっていい雰囲気じゃねーぞ!!
「……それに、私は知っているんですよ」
……えっ、ローブを被った男って俺見てんの?
俺何かしたっけなぁ……。
「貴方達があの病を広めたということをね」
そう言うと満足したのだろうか、変わった人たちはそのまま別方向へと進んでいった。
……前の世界でもあんまり関わりたくない奴らだな。
「あの変なやつら何?」
「……あまり好きではない連中です」
「あーまあ確かに性格悪そ——」
「あの人達は変った神を信仰しているんです」
「あーやっぱそうだよな! うん!」
全然予想とちげー!
しかし宗教関連か……そういうのは確かに大変だな。
「それが理由で集落の中でもゴタゴタを起こすことがありまして……時々ピリピリする時があるんです」
「ほーん……なるほどな」
妄想を垂れ流してイチャモンつけてくるあいつらに恐怖心なんかはあまり感じないが、目をつけられてるという点では気を付けた方がいいのかもしれないな。
念のために警戒しておいた方がいい。
「……よし、じゃあ行くか!」
「はい、わかりました!」
「やったー!」
「おっはな! おっはな! おーはーな!」
「気を付けてね~」
後ろを向いて手を振ってから、前へと向いて歩きだす。
スワニとシロナはスキップで前へ前へと進んでいき、その光景を眺めていたレフランの表情は満足げな表情だった。
とても微笑ましい光景だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
兄が死んだ。
オオカミのような外見をした、けれどまだ育ち切っていないせいか小さい魔獣「ダイアウルフ」がそれに気が付いたのは数分経過してからのことである。
数分前、初めての狩りをするために兄と獲物を探しながら森をさまよっている最中、突然足音が聞こえたのですぐさま草むらに隠れた。
もし目の前を歩いたら後ろから首を掻ききってやる。
初めての狩りで獲物を引きずって巣に持ち替えれば俺が褒められるだろう。
そう考えていた直後、周囲に血の匂いが立ち込めた。
兄がやったのか? と思いながら草むらからでようとする直前、あることを思い出した。
俺が鳴くまで絶対に出てくるな。
それは狩りが初めてだった彼だけに、兄が約束させた決まり事だった。
……そう考えると、どこかで嗅いだことのある臭いだと思い出す。
だけれども、そんなことが……これは誰の血の匂いだ……?
「……グルㇽㇽ」
自然界では弱きものが一瞬で捕食者から獲物になる。
だから彼はこの状況で、自分自身が獲物の立場になっているのを理解していた。
だが、それよりも優先すべきものが彼の心の中にあった。
ガサッ!!
復讐だった。
兄が隠れた位置の近くに必ず兄を殺した奴がいるはずだと。
近づくにつれ血の臭いは強くなっていく。
間違いない、これは兄の血だ。
そう確信すると同時に、視界に横たわる兄を見つけた。
上半身がどこにもない、下半身だけの死体だった。
「……」
けど、何かがおかしい。
しばらく眺めていると、そのおかしさにようやく気が付く。
それは断面だ。
兄の下半身の断面は、上半身があればピッタリとくっつけられるのではないか? と思うほどに一つの歪みもなく真っすぐだ。
何か大きな動物にやられたのだとして、それにこんなことができるのだろうか?
今まで兄の狩りを見学している最中に、殺された他の生き物を何度も見てきたが、こんな死体は見たことがない。
一体、兄は何に殺されて――
「――みつけましたよぉ」
足元が黒く染まる。
「私のご・は・ん♡」
次の瞬間――目の前が真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます