その37 井の中の寄生虫
井戸の場所はここからそこまで遠くない。
いや、というか滅茶苦茶近い。
もっというと俺たちがいた家の前にあった。
光は俺の持っているランプ一つということもあって周囲は滅茶苦茶暗かった。
「1つしかないおかげで虫の場所が簡単に予想できましたね」
「しかしここにしかないのは大変だな、住んでる獣人多いのに」
「集落の中や周囲を探しても水脈がなくてね……使いたいときはいつもみんな一列になるんだ」
確かに地面をよくよく見るとかなりの足跡があるな。
被災地で水のために並ぶのと同じ感じなのだろう。
「しっかし水なんて毎日飲むようなものだからいつ虫が体内に入ったか予測できないな。そうなるとまた数か月後に症状が……」
「……私がもう少しでも速く気づいていれば」
「いやいやいやそんなネガティブ発言やめてくれ。こんなの治療しなかったら俺でもわからんし」
「そ、そうか……」
そう言いながらポケットから取り出されたのは茶色い鍵だった。
確かに井戸をよく見てみると鉄製の蓋のようなもので鍵がかけられている。
鍵を捻ると同時にカチリと音を立て、それを確認した村長は力強く蓋を開いた。
「さーてと、じゃあまず水をすくってみるか」
ポーチからコップと縄を取り出し、ぶら下げた時にコップの口が斜めにならないように結びつける。
それを井戸に投げ入れてから引き上げて、その近くまでランプの位置を移動させて覗き込むと、確かにレフランの考え通りコップの中をスイスイと泳ぎ回る白く小さな虫がいた。
「これは確定だな。よし、じゃあこいつを取り除くか」
「本当にそんなことが可能なのかね?」
「あー……うん、大丈夫大丈夫」
さーってと、なんかそれっぽいアイテムがないか探すか。
浄水器っぽいのとかないか―――いや、それっぽい薬みたいなのがあるな。
△system
説明:水解虫薬
植物の汁を集めて固めた半透明な丸薬
水に溶かすことによって虫や菌を殺することも、その水を飲むことで体に寄生した虫を殺すこともできる
酷く汚れた井戸の水は、とても人が飲む代物ではない
だからこそ穴底たちはこれを頼み、それは子孫へと受け継がれた
説明通りの半透明……というか飴玉っぽいな。
試しにこのコップの中に一粒入れてみるか。
ポチャン
「これはなんだ?」
「すいかいちゅうやく……だな。水の中に入れると溶けて中の虫やら菌を殺してくれるんだ」
「すごいですご主人様! 虫が浮いてきました!」
コップの中で泳いでいた虫は、いつの間にかまったく動かずに水面へと浮かんでいた。
「よっしゃ。じゃあ成功っていうことでどんどん入れていくか、1粒~2粒~3粒~」
ポチャン
「……でだ、これを溶かした水を飲むことで体に入った寄生虫も殺せるらしいからさ、明日から普通に使ってもいいよ」
「本当にありがとう、まさか君がここまでしてくれるなんて!」
「まー気にすんなって。パパっとやる感じで片手間で終わるからな」
さーてと、これでもう安心できるだろう。
獣人も全員治したし、虫の出どころも判明したし、湧きつぶしも完了したしで完璧だ。
「それでは私はお茶を入れようかな。ソプテマ茶でもどうだ?」
「ソプテマ茶……? あ、ああ。じゃあ頼む」
「私も飲んでみたいです」
「勿論、お嬢さんの分もいれるよ」
村長はニッコリとしながら頷くと家へと足を進ませ、レフランもその後をついていく。
俺もついて行ってソプテマ茶っていうのを飲んでみるか――
「……」
いや……何かが気になる。
……だが一体何が気になっているんだ?
獣人も全員治したし、虫の出どころも判明したし、湧きつぶしも完了したしで完璧……もしかして気になっているのはそこじゃないのか?
一度最初から思い出してみよう。
井戸から出た虫は水と一緒に患者の口の中へ、喉から浸食しはじめそこから外の空気に触れないように増える。
……その後は?
「……ご主人様、どうしました?」
「いや……今喉につっかえていた骨が取れてな」
「骨? どういうことでしょうか?」
「あー……ほら今日俺が治した患者たちをさ、治療しなかったらどうなっていたんだろうって」
「それは……虫が外に出るのではないでしょうか? そして次の宿主を探しに行――」
「空気に触れることができないのにか? それにそれだとさ、そもそもまずどうやってこの井戸に来たかも謎だろ?」
「……言われてみれば……」
レフランは何かを考えるように下を向く。
だけど正直言うと今の段階じゃわからないだろう。
まだただの予想であり、それを裏付ける証拠も何もないからな。
まあ……とりま仮説を立ててみるか。
「えーっと……まず1つ目は『何かしようとするとそのために変異する』だな。生物が適応していくように、外に出れるようになったら出ていき空気に触れない場所を見つけると、そこで寄生するための準備をするがその変わりに空気に触れれなくなる……」
「でもそれだと虫が変異する理由がよくわからないですね」
「ああ。つーか瓶の中で死んじゃってるからな。で、2つ目は『その場に適用しようと進化して第三形態になる』だ」
なんとなく近くにあった井戸に腰かけた。
ヒンヤリとした感覚がズボンを通してジワジワと伝わる。
「あのニキビだらけの状態からどうやって症状が進行するのか俺たちはまーったくわからんからな。もしかしたら体の中で育って進化からの食い破って出てきたりとかもあったかもしれん」
「ですがそれも気になる点がありますね。もしそうだとしたら体内に入る前の状態で空気に触れると死んでしまうのは変だと思いますし……」
「……いや、つーかこの虫本当に謎が多すぎるわ」
レフランは俺の近くまで来ると、俺の後を追うかのように井戸に腰かけた。
「どんな方法でこの井戸まで来たんだ……地面を這ってきたのか? 空から雨水と一緒に振ってきたのか? ……いやそれとも——」
「——誰かがこの中にこの虫を入れた?」
「……」
そうだ、その通りだ。
空気に触れたらアウトなこんな小さな虫がこんなところまで這い上がって入れるわけがない、空に飛ぶなんて論外、そうなるとやはり……。
「……誰かが実験してるとか」
「えっ?」
「いや……だってこの虫無茶苦茶だぜ? 空気に触れたら死ぬ、突然井戸の中に出現、最終的な目標がよくわからない計画性がないような病の進行。そんでこの獣人の集落ってのがそんな虫の実験場として相応しくないか? 他の場所と連絡とれてるわけじゃないっぽいから完全に周囲から孤立しているし……」
「……」
「……ってレフラン? どうした?」
いつのまにか下を向いて黙り込んでいたレフランの肩をポンポンと叩く。
「おーいレフラン? どうしたんだよまさか気分が悪いとか——」
「スー……スー……」
「いや寝てるだけかよ!」
いつの間にか寝てんなぁおい! 俺が無駄に心配しただけじゃん!
……まーでもレフランには今日すごく頑張ってもらったからな。
それにまだ中学生くらいなのに、本当によくやるよ……よし、とりま背負って家に戻るか。
「……ごしゅじんさまぁ」
「あうえっ!? ……あ、ああなんだレフランの寝言か。幽霊かと思った」
「ほめてぇ……くださぃ……」
「……えっ」
すげぇ、寝ながらも俺にねだってる。
今日は頑張ってくれたし、少し恥ずかしいが言ってやるか
「今日はありがとうな。お前のおかげで助かったよ」
「……ごしゅじん……さま……ずっと……一緒に……」
「ああ、お前を捨てるなんてないさ」
……俺の予想が外れればいいんだが。
いやいやいや、何を心配してるんだ俺は。
そんなの当たるわけないじゃん、つーかほとんど陰謀論じゃんそんなことないだろ。
——なのに、なぜこんなにも胸のあたりが締め付けられるのだろうか。
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