その36 医者らしい疲れ

「ぬわぁぁぁん疲れたもぉぉぉぉおん」

「ご主人様、お疲れ様です。それにしてもあれだけの患者を今日中に全員診察するなんて……すごいです」

「本当にその通りだ。サハタダさん、本当に……よくやってくれた!」

「ああー……まぁそうだな」


 ドスっと音をたてながら古く変色したソファーに座る。

 今俺とレフランと村長がいるのは持ち主が居なくなった空き家だ。

 俺が患者に薬をぶっかけてる間、村長と村人がわざわざ泊まるための場所を用意してくれていた。

 ついちょっと前に家主が死んだばかりらしく、おかげで多少ボロくはあるが寝泊まりするのに困らない程度だ。

 

 この集落に着いてから5分ちょっとで俺は集落に住んでいた獣人達を治療するために歩き回っては薬をかけて、また歩き回っては薬をかけるを繰り返していた。


 それを10時間ほど繰り返していたわけだがそのお陰もあってか謎の病気に犯されていた獣人は全員回復、これで完全にこの集落から消え去っただろう。

 それが俺が疲れている理由でもあるわけだが……それだけではない、というか一番の理由は患者の家族の俺に対する対応だった。


 まず俺が家に入ると老けた獣人がめーっちゃ睨みつけてくる。

 それは患者の隣に座るまで続き、その間村長がずっと「彼は信じて大丈夫だよ」とか説得させようと必死だった。

 それに対して俺は「めっちゃやりにくいんだけど」とか思いながらポケットの中から薬を取り出した直後——


『アンタ、ワタシの旦那に一体なにする気なんだい!?』


と叫んで俺の薬を奪い取ろうと覆いかぶさったりしてきた。


 他にも娘を人間に見られるのがそんなに嫌なのか診断中後ろでずっとグルルル言ってる夫婦がいたし

、俺にお茶出しますとか言いながらコップの中に思いっきり指突っ込みながら差し出してきた若い男性もいた。

 そんで治療が終った後はほぼすべての家で何も言われずに背中を押されて外に追い出されたりもしたし……やっぱ人間が嫌われてるんだと改めて実感する。

 ここは俺が考えていた以上に深刻だ。


「……それにしても」

 

 アイテムポーチ画面に移っているガラス瓶をボンヤリと眺める。

 最初の患者を治して瓶に一匹入れたり時には中身に何が入ってるか見えづらかったが、今ではかなりの白い虫が底に溜まっており真っ白だ。


 結局、色々な獣人を検査した結果、患者全員にはニキビのようなものの中に虫がいることを確認。

 薬をかけると容態は回復していき、最後に決まって口の中から虫を吐き出した。

 その口から吐き出した虫をとりあえず瓶に詰め込んだんだがこれは何なんだろうな……アイテム説明欄から見てみる――


「ご主人様、ぼんやりとしてどうしたんですか?」

「えっ、あーいやね、この虫のことについてちょっと考え事しててさ」


 アイテムポーチ画面邪魔だよ消えろゴルァ。

 あたかもポーチから出したようにするため手を突っ込んで出現させねーと。

 まだ活動しているのだろうか瓶の内壁を登ろうとして止まっているのが数匹わかる。


「それは一体なんだね?」

「患者さん全員の口から出てきた虫です。私達も詳しくはわからなくて」

「ほんとにね……一体何なんだ―」


 ……いや、まてよ。

 これって師匠っぽく弟子に問題出したりとかできるそういうチャンスじゃね?


「……いや、じゃあレフラン。これについて今から考えてみよう」

「これについて……どういうことですか?」

「俺も今朝まではこの病気のことをなーんにも知らなかった、だけど今のでこれがどういうものなのか大体知ることができたんだよ」

「えっ!? スゴいですご主人様!」

「本当かね!?」

「いやレフランと村長、これは凄いことでもなんでもないんだ。今まで見てきた事実をよ~く考えれば誰でも考えられる超簡単な問題だ」

「そう……ですか?」

「そうだ。そしてこれが一体何なのか考えるのも修行の一環さ」

「……」


 こう言っとけばレフランとか村長からは「サハタダはもう答えを知ってる凄い人」みたいになるだろう。

 ……いや黙り込んで下見るほど考える必要ないよレフラン、まず俺が正解なんて知らんし――


「私はこれが寄生虫だと思います」

「えっ」


 ……えっ。

 き……寄生虫? 

 なにいってんだこの子。


「いや、続けてくれ」


 レフランは一度頭をペコリとされると話を続けだした。

 

「この虫は患者さんの体の中に入り込むとそこで肉を食べて繁殖し、時間が経つと体の外へと出るんだと思います。その証拠にご主人様が治療した患者さんの体の一部が水が抜けた皮革の水筒みたいになってました。恐らく肉を食いつくされたからでしょう」


 ガチ考察始まったぁぁぁ!

 い、いやまあちゃんと黙って最後まで聞こう。


「……ふ、ふむ。それで?」

「次にこれがどうやって体内に入り込んだかです」


 そこまで考えてんのね……。


「ご主人様がこの虫を取り出した時、決まって口の中から出てきました。そして患者さんの首元は必ずと言っていいほど皮一枚で中身がないようでした。ここまでの全ての事実を合わせた結果、この虫は口から侵入するのだと思います」

「ほ、ほーう……」

「確かにそう考だな……」


 いやー……どうすっかなこれ。

 俺が見てなかった所までしーっかり見てるし、何よりガバってる所が一つもねぇ!

 ウンウンすることしかできねーよ赤べこみたいになってんよ!

 い、いやでもちょっとまて……一旦ここで質問を入れてみよう。

 そうすれば頭良さそうに見えるし!


「じゃあ……じゃじゃあ質問だ。その虫はどうやって口の中に侵入したんだ?」

「井戸の水からだと思います」

「井戸……? どうしてだ?」


 返事はえーな!

 クラスに一人はいる優等生みたいだ……


「まず私は仮説として『直接進入した』と『食べ物と一緒に侵入した』の二つを考えました」


 仮説とか頭良さそうな言葉使ってんなぁ。


「『直接侵入した』は、例えば『寝ている間や生活している間に口から侵入したのではないか?』という考えです。けどこれは違うと思います。理由は恐らくですが、その虫は長時間空気に触れていると死んでしまうからです」


 そうそうその通……え?


「患者さんの面皰の中には破裂しそうなほど虫が沢山いました。そこで気になったのは『なぜ体の皮膚に外傷はないのか?』です。肉を栄養とするのであればそのまま食い破って出てきてもおかしくないですが、この虫は皮一枚だけ残して中身を食べていってます。まるで外に出ることを避けているような……そこがとても気になったんです」


 ほ……ほ~う。


「確かにレフランさんの言う通りだ。肉を養分に増える虫ならば、確かに皮を食らって外に出てくるだろうが中身が見える患者には出会ったことがなかった」

「それにその瓶の中の虫も動かないところを見ると、やっぱり空気に弱いみたいです」

「あー……そうだな」


 ホントにそうか? と疑いながら瓶を除くが、言われてみれば確かに全く動いていない。

 壁に張り付いたやつは1ミリも動かないし、それを動かそうと上下に強く振ってみたところコロコロと乾燥しているのか瓶の中を舞った。

 つーかよくそんなこと気が付いたな!?


「わ、わかった。じゃあその外に出たら虫は死んじゃうのは本当だとして何故井戸の水なんだ? 肉とか野菜とか、もっとそっちのほうかもしれないぞ」

「患者さんに『ここ3か月は何を食べていたんですか?』って聞いたんです。すると『野菜と水しか口にしていない』と言ってました」


 そういえば俺が家から出ていこうとしたときに患者とレフランが何か話していたのは見たが……そんなことやってたのか。


「そしてその患者さんたちからあるものを貰ってきました、それがこの野菜です」

「それは……」


 そういうとレフランはポケットの中から茶色い、なおかつ丸い石ころのようなものを取り出して俺に差し出した。

 それを受け取ると同時にその野菜の異様さがわかった。

 想像以上に軽く、想像以上に脆く、みずみずしさを全く感じない。

 少し握っただけでジリジリと音をたててへっこみ、そこから粉のようなものが落ちてくるぐらいにはパサパサだ。


「それはコロッテという野菜です。水分が全くなく中身もスカスカですが、水に浸すと大きくなり栄養もあるので植物を育てにくい地方の人間の集落でも主食として扱われていることもあります」


 本当かどうかを確かめるために村長に事実を聞こうとするが、目が合うと同時に村長はコクリと頷いた。


「その通りだ。私も集落のみんなも最近これしか食べていない」

「はーなるほどな、これじゃ確かに空気まみれだ」


 親指で真ん中に力を入れるといとも簡単に穴が開く。

 中をかき回してみるとこの野菜の繊維なのだろうか、それが指に絡みついた。

 井戸の水の中なら虫は空気に触れないから生きてる……すげーな全部辻褄合ってるよ。


「……と、いうことなのですが……どうでしょうか?」

「……」


 ……うん。

 変なところもないし筋も通ってるしで気になるところなんてないと思うんだが……この疑問はなんだ?

 胸のざわつきというかなんというか、コーラが気管に入って咳き込む感じというか……。


「……ならつまり、井戸の中に虫がいるということになるのか!?」

「は、はい。そういうことになりますが……」

「こうしちゃおれん。早く井戸を閉鎖しなければ!」

「この集落に井戸って何個あるんだ?」

「1つだけある。だがそこを閉鎖してしまえば集落のみんなは水が飲めなくなって——」

「わかった。俺が井戸の虫を全部取り除く、だからその心配は不要だ」

「「えっ」」


 一瞬でその場を静寂が支配する。

 「何言ってんだコイツ」といったはてなを浮かべた状態で村長とレフランは数秒経過した。


「この小さい虫を井戸から全部取り除くんですか!?」

「それに井戸の口から水面までの距離は君の身長の2倍はあるぞ。どうするつもりなんだ?」

「まあ行けばわかるって。……おいおい何固まってんだほら行こうぜ」


 外へと出ることができるドアノブに手をかけて二人を誘う。

 そう、とりあえず行けばわかるのだ。

 

 どんな障害であろうがどんな邪魔であろうが完璧に解決してくれる……そう、俺ではなくチートがなッ!!

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