その25 落ち着いた時間と

「起……………い」

「……」

「起き……ださい」

「……」

「起きてください!!」

「……へっ、えっ」


 ううっ……あれ? ここは……外?

 

「大丈夫ですか? これが見えますか?」

「えっと……縦線?」

「よかった。問題なさそうです」


 そう言いながら立ち上がった男は、胸にギルドの紋章が付けられた制服を身につけていた。

 ……あっ! 他の皆は——


「グぅぅぅ……ぐぅぅぅ……」

「スー……スー……」


 よ、良かった……無事だったのね。

 

 ……それにしても、これは一体どういう状況なの?

 太陽の光を見るに、ここはゴブリンの巣の入り口で時刻は夕方ってところかしら。

 それにしてもやけに騒がしいような気がする。

 わざわざテントなんて張ってるし、それにギルドの人たちが私の前を右から左へ、もしくは左から右へと忙しそうに歩いている。


 ……あれ? そういえば、魔道士は腹を焼かれ、騎士はホブゴブリンに潰されて、私は……。


「……っ!?」

「どしました? まさか体調が」

「い、いや……なんでもない……」


 あ、あれは……夢だったの?

 確かに私たちは……ゴブリン共に殺されそうになって、なのに……。

 

「いや、それにしても凄いですね。あれだけの戦闘があって無傷だなんて、我々ギルドは貴方たちをマークしていませんでしたから中を見た時には驚きました」

「そ……それはどういう意味なの?」

「どういう意味って……あなた達がゴブリンのボスを倒したことですよ」

「なっ!?」


 どうなってるの……ボスなんて私は知らない。


「僕は今まで様々なクエストクリアの確認をしてきましたが、あれだけ地面がえぐれ天井が傷ついてるなんてのは今までで一度も見たことないです。それに行方不明者を全員怪我一つない状態で発見するなんてゴールド級の働きです!」

「そう……なんだ」

「それによく巣の中心まで辿り着けましたね。ついさっき巣へ調査に行ったパーティーが帰ってきたんですが『洞窟内には色々な罠が仕掛けられいたが全て解除されている形跡がある。これを初見で突破するのはゴールド級でも難しいだろう』って言ってました」

「……」


 一体どういう……私が見た残酷な光景は全部夢だったということ?

 いや……けどそんな、あれが全部夢?

 けど、確かにあの脳裏に焼き付いている記憶は今の私たちの状況とは辻褄が合わない。

 だとすれば……いや、でもそんな……。

 

「……ねえ、サハタダさんとレフランさんはどこにいるの?」

「サハタダさん……あー、彼らはもう帰りましたよ。なんでも戻って市場で買い出ししてくるとか」

「そ、そう……」


 ……そんなバカな話ないわね。

 

「今度また会ったときにサハタダさんに感謝の言葉を贈ったほうがいいですよ」

「ど、どうして?」

「激しい戦闘で巣の中で倒れてしまった貴方たちを外まで運び、ギルドまで走って報告をしたのはサハタダさんですか——」

「ねぇ! ちょっと貴方たち!!」


 突然大きな声で呼ばれたかと思うと、男の後ろから女が顔を出して覗き込んできた。

 あっ……ギルドの受付嬢さんだ。


「勝手にクエスト承認しちゃあ駄目じゃないですか! 私はとーっても心配してたんですよ!!」


 そう言いながら半分怒りと半分安心という色々混じった表情で私の前に立つ。

 

「ご、ごめんなさい……」

「ごめんなさいで済む話じゃーありません! クエストをクリアできたのはいいものの、これで全滅とかしてたら私の首も冒険者さんたちと一緒に吹っ飛んでましたからねっ!」

「まあでもゴブリンに連れ去られた人達も助かったし、冒険者もみんな無事だったしでよかったじゃないですか」

「そう、そのことで貴方たちに報告があります!」


 受付嬢さんは腰のポーチから巻物のようなものを取り出した。

 嫌な予感がするわ……もしかして冒険者を辞めさせられるんじゃ……。


「貴方たちは受付嬢の許可なくクエストを承認しました。これは非常にマズいことであり、本来ならば即クビですが……繁殖する前に敵を全滅させ、国の重要人物である行方不明を助け、攫われて今回の功績はとても素晴らしいものであり評価できるものです。なのでギルドの除名をナシにします!」

「本当!?」

「だけどそれでも貴方達がやらかした罪は重罪です! よって今後、決まった期間の間は指定されたギルドのみで活動してもらいます! ……と、いう感じですね」

「よかったですね。罪が軽くなりましたよ」

「え、ええ……」

「嬉しくないんですか?」

「いや……なんというか……」


 私は下を向いて黙り込んだ。

 実感が湧いてこない。

 いつの間にか私以外の時間が進んでて、置いて行かれているかのような……。


「あなた方が私の娘を救ってくれた冒険者ですよね!?」


 ハッとして頭を上げると、そこには見知らぬ男の人と女の人が今にも泣きそうな顔で立っていた。

 様々な装飾が施された高そうなコートとスーツと杖を見る限り、お金持ちな方なんだろうか。

 そんなことを考えていた最中、突然裕福そうな男はしゃがんで私の両手を強く握った。


「へっ!?」

「娘は商人である私の仕事を手伝うために商品を運んでいる最中行方不明になってしまい、見つけるために私は沢山の金を使い傭兵を雇い探させました。しかし2週間探しても全く証拠も握れず途方にくれ、もう見つからないのではと諦めかけていました……けど! そんな諦めをあなた方が否定してくれたッ!」

「そ、そうね……」


 ただただ呆然としている。


「あらあら冒険者さん、今この人から握手を求められることがどれだけ凄いのかわかってませんねぇ?」

「凄い……? それはどういう意味なの?」

「この方はデュラール・ストークさん! 冒険者さん達が扱っている武器の60%を取り扱っている超有名人です!」

「60%……えーーー!?」


 60%!?

 それって半分以上の冒険者が使ってるってこと!?


「そこで寝ている青年の武器もストークさんのですねぇ! ロゴがしっかり書かれてますよ!」

「……」


 確かにロングソードの柄頭には「ストーク」とお洒落な文字で彫られている。

 それだけ凄い人なんだ……。


「コホン。それで娘を助けてくれた君達にお返ししあげたくてね、今度私の家に来た時に好きな武器や防具をあげるよ!」

「ほ、本当!?」

「ああ! 本当の本当さ!」


 それはとても助かるわ!

 私達のパーティーはみんな金欠でいい装備が買えなかったのよね……けれどこの人が装備をくれるならその悩みは解決しそう!

 ……けど、本当に私たちがゴブリンをやっつけたの?


 うーん……記憶の中で、どこかで聞き覚えのある声が聞こえたような気がするような……あれ? そういえば洞窟に入った途中からサハタダさんを一度も見ていなかったような……。

 ……もしかして、ゴブリンを全部倒したのはサハタダさんが——



『すまねえ遅れた』



「まさか……」

「……? どうしたんで——」

「走竜っ! どこかに走竜はない!?」

「えっ!? 走竜なら僕が乗ってきたのがあそこに——」

「貸してっ!」


 急がないと……!


「えっ! ちょっとどこに行くつもりですか!?」

「ギィ~ッ!」


ダダッ!!


 しっかり本人に聞かないと!!

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